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和太鼓教室×囲碁教室×子育て おんがくの森熊本 坂本新吾ブログ
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国指定史跡 阿高貝塚

 
 
 
 
この間紹介した、
 
熊本市城南町の御領貝塚は、
 
大量の貝が露出していて、
 
こんな感じでした。
 
 
 
 
 
今日はその近くにある、阿高貝塚です。
 
イメージ 1
浜戸川左岸の貝塚を阿高貝塚と右岸の貝塚を黒橋貝塚という。
 
 二つの貝塚がほぼ同時期に存在し、
 
距離も近いところから両貝塚を一緒に、
 
阿高・黒橋貝塚として指定された。
 
 阿高貝塚は大正5年(1916)の耕地整理のとき発見され、
 
調査によって50体に及ぶ人骨の他貝面など多数の遺物が発見された。
 
九州の縄文中期を代表する阿高式土器は、
 
この貝塚の土器を標識とする。
 
黒橋貝塚は
 
昭和47年の集中豪雨によって堤防が決壊したことから発見された。
 
その後、河川内にもその広がりが確認されたことから、
 
阿高貝塚と連結しているとも言われる。
 
 発掘調査によって、土器の他。骨角器や石器が多数発見された。
 
 特に動植物遺体は、当時の食生活を知る大きな手掛かりとなった。

所在地 城南町阿高東原・下宮地萱木

年代  縄文時代中期〜後期(約4,500〜4,000年前)
 
 
阿高式土器、と名付けられるような有名な貝塚です。
 
イメージ 2
とはいっても、
 
御領貝塚みたいに貝が露出しているわけではないので、
 
こんな感じですが・・・。
 
むしろ露出しまくってる方が珍しいんですね。
 
イメージ 3
貝塚から、人骨が出る、という事は、
 
ゴミ捨て場とはいうものの、相当神聖視されていたという事。
 
食べ物がここから大地に帰り、
 
また自分の所に恵みをもたらしてくれるから。
 
亡くなった人もそういった役割を持って埋葬されたのではないでしょうか。
 
 
イメージ 4
一見何も無いように見えるけど、
 
これが普通ですね。
 
 
道を聞いたこの近所のおじさんが、
 
たまたま考古学大好きな人で、
 
昔は高校の考古学部などの手で発掘調査を行っていて、
 
それに携わってた人でした。
 
考古学好きな人って、話し出したら止まらないんだよね。
 
つーパパが興味持って聞くもんだから、
 
かなり長話になってしまいました。
 
 
こういう出会いも面白い。
 
 
和太鼓教室おんがくの森代表・坂本新吾
メール ongakunomori1978@gmail.com
電話  08033760407

  • 貝塚には実は行ったことがないのです。土壌の関係で人骨さえ残らないような日本でもよく残るのが貝塚なのに!

    [ 中野空 ]

    2012/2/3(金) 午後 4:18

    返信する
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    空ちゃんへ
    ここらは貝塚比較的どこにでもあるんだよ。
    関東は、今ある地面は関東ローム。
    昔の地面はかなりしたになるので発見が難しいのよ。
    盛り上がって地面に出てれば別なんだけど。

    つーパパ

    2012/2/4(土) 午前 0:01

    返信する

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