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「時代状況 横浜日記」(277) 2019年7月12日 梅本浩志
<恐ろしいかな、令和新時代奉祝全テレビ報道の翼賛カルテル>(その6)

 そしてそれはAIという新しい歴史世界を急加速的に推し進め、遂にもっとも人間的な営みであるはずの、エロスの世界まで占領するようになった次第である。人類はいま新たなる神としての電子、その大魔王たるAIに支配されつつあるといえよう。人類は滅亡の危機にさえあるのである。自己疎外の最終社会がいま現実化しつつあるといってよいだろう。
 
     衆寓マスメディアとしてのニュース・ショー

 そんなこんなの動きがここ数年、とりわけ改元の年だった2019年の4月末から5月末に至るまで存在し、早急に日本人はそのこと、つまり人類は文化文明の飽くなき追求の何処より至り何処に置かれていて、何処に向かいつつあるのか、自らの頭脳と知的営為によって知らなければならなかったのであり、そうした営みを行うにあたって極めて重要な役割を果たしているマスメディアとりわけテレビは広く、そして深く報じるべき義務があったのである。
 とりわけ時代が歴史的に急変換している現代においては、ほぼ全ての動きや事件がなんらかの形で関連しあっているのであり、その大きな流れが何であるのか、どこから生じてどこに行き着こうとしているのか、マスメディア全社は、事実を可能なかぎりありのままに正確に伝えるべきことは当然である。人間が懸命に状況を察知し、思考し、判断し、対応していく事実を提示し、あるべき社会の姿や進むべき方向を選択し、より人間的な誤りなき方向へと進む思考と判断の材料を勇気を持って提示すべきことは当然であり、義務ですらある。
 歴史的な背景やその結果どのように時代が変わっていったのかとか、あるいは正確なバックデータを掲示し、様々な視点から問題を取り上げて分析し、その上でわがテレビ局では、あるいはわが新聞社ではかくかくしかじかのように捕らえ、考えて、視聴者に問題提起し、視聴者1人1人に考えてもらいたいのだと訴えるべきだと私は考えるのだ。その報じ方は各社が独自に、個性的に、そのためテンデバラバラである方がよいのである。
 現在のように、お笑い芸人か誰か知らないが、お囃し方を司会者の横に並べて、あるいは学者と称する人間や弁護士や元警察官や元検事なる人物を登場させて、専門外の分野についても単なる思いつき的な発言をさせてそれでよしとする現在のやり方はもういい加減に変えるべきである。
 そう考えてみれば、もし「平成の時代から令和の新時代への喜ぶべき新時代の到来」と全テレビ局が囃し立てるのであれば、どうしても「平成天皇の在位時代」についての冷静な総括が絶対的に必要であったと私は考えるのだが、全テレビのどの番組にも、そうした総括報道はなされなかったと言ってよいだろう。だがどのテレビも、せいぜい平成の時代は天災が多かったといったテレビ局の司会アナウンサーとお囃子方たちの感想が視聴者の耳目に伝えられた程度だったように思える。
 放送局によっては、司会者がほとんど1人で自分個人の感想を口にし、お囃し方にはごく短時間しか、それもたったの1人しか感想を述べさせない局もあり、およそそうしたニュース・ショー番組では、まさに浅薄な出席者たちの思いつき的なわいわいがやがやのショー番組でしかなく、一般市民や専門家の声や意見だとは思えなかったことは当然である。
 これでは視聴者に物事をどのように捕らえて考え、今後どのように進んで行けばよいのか、対応・対処すればよいのか、参考にさえならないではないか。以前からそうしたお粗末さに流され続けてきたほぼ全テレビ局だったが、今度の令和改元放送騒動に際してはことのほか酷かったと言えよう。
 だが現在のテレビ局には、こうした衆寓も露な放送姿勢を変えてみようとする気配はほとんど見られず、せいぜい女性のチーフ司会者を変えて刷新したかのような印象を与えるのが精一杯だったとしか思えない最近のニュース・ショー番組である。思い上がりも甚だしく、もういい加減に視聴者をバカにするニュース・ショー番組は取り組み方を変えるべきではないか、としみじみと思ったものである。
 視聴率至上主義のテレビ局の体質と姿勢が、こうした悪しき傾向を助長しているとしか言えないが、それにしてもNHKまでがそんな民間放送の体質を取り入れて、真似をしている最近の傾向はいかがなものであろうか。

     なぜ取り上げなかったのか「戦争のなかった時代」

 平成天皇の時代には確かに天災も多発し、米国では「恐慌」だったとされている「リーマン・ショック」に伴う深刻な経済不況の諸現象があり、一方の日本では経済状況も現実とは逆に好況が持続していると政府当局は言い張ってやまず、貧窮化する大衆の苦しみにまともに向き合おうとしないどころか、参議院選挙においても消費税をさらに2パーセントも増税するとぶちまくってやまない自公政権の悪政ぶりである。
 残虐な犯罪も多発し、公務員も腐敗し「非正規社員の社員化」という名目の首切りが行われ、実質賃金は低下し、可処分所得も減る一方で、労働者の身分は不安定化し、金利付きの多額の奨学金を返済するために売春さえ余儀なくされる女子学生が決して少なくないと言われているのに、その一方で大企業は利益を上げ続けて内部留保の額は400兆円を優に越えるというまことに歪な社会にされてしまったという深刻な負の時代でもあったことは確かである。
 だがその平成天皇の時代は、ただ一つ歴史的な好事が続いた時代だったこともぜひ指摘しておかなければならない、と私は考える。それは、ほかでもない、明治維新以降、明治、大正、昭和の3天皇在位の時代つまり旧明治憲法の時代には必ず発生していた戦争が、1度として起きず、平和な時代を過ごせたという掛け替えのない幸福を享受できた時代だったという事実である。
 現代の新憲法の最大のおかげである。日本国民にとってはまさにご利益だった。戦争放棄をうたった憲法第9条と「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないやうにする」ことをうたった現憲法前文が生かされてきた結果、人間にとって最大の不幸というべき戦争からわれわれ日本人が免れた結果だったことは当然である。その重大にして重要な現憲法の「おかげ」についてどのテレビ局も報じることがないどころか、問題点さえ挙示しなかったテレビ報道ニュースショーの闇カルテルの在り方はいくら糾弾しても糾弾し足りない。
 そうしたことを指摘したくても立場上、口にできなかった平成天皇の精一杯の抵抗の言葉が「私は常に象徴としての天皇について考えつつ」という言葉ではなかったか、と思うのである。様々な点から共和主義に賛成の考えをもつ私が、平成天皇の言葉を強く、重く受け止めて評価するのだから、天皇の座を去るにあたっての平成天皇の最後の言葉としての発言の重さははかりしれないと言うべきだろう。
 敗戦からまだ間もない時季に平成天皇が皇太子時代に滋賀県内を見て回ったことがあり、私の父はつき切って同行したことがあったが、日頃仕事のことはほぼ一切口にしなかった父がただ一言「安心した。しっかりされている」とふと口にしたことをいま思い出す私ではある。

     唯一の救いだったNHKヘッピリ腰番組

 「令和新時代の到来」と一体的だった「トランプ米国大統領の国賓招待」のテレビ全局の闇報道カルテルはこうしてお粗末極まるものだったが、そして現在のテレビ各局の悪しき姿勢に大いなる疑問を感じざるをえなかったが、そうした中で非常に優れた番組があり、私は救われた気がしたことをここに書き留めておきたい。
 NHKが6月22日の午後3時から、今回のような全放送局の権力や権威に対する一種の忖度カルテルが顕在化した報道姿勢について、真っ向から自己批判を含む報道批判とテレビ報道の在り方を批判し、警鐘を鳴らしたことである。
 その番組は、『1984年』化している現代のテレビ・ジャーナリズムを真っ向から批判し、マスメディアに対して厳しく警告を発する番組を企画して、座談会という形をとって、現代社会が陥ってしまっている全体主義的な社会的・歴史的危機を指摘したのである。ごく短時間ではあったがNHK自身も批判の例外としなかった点は大いに評価できるそんな番組だった。
 番組名はまことに分りづらく味気のないもので、『お願い!編集長 100分deメディア論 知的刺激が満載の特番 激動するメディア状況どう向き合うべきか?』という1時間40分もの長編番組である。それにしてももう少し見てみたいと視聴者に思わせる番組名をつけられなかったのであろうか。この番組のプロデューサーというかチーフディレクターが怖じ気づいたことは分らないでもないが、しかしせっかくの魅力的な内容の番組だから、堂々とした魅力あるタイトルにして、それで攻撃されたのであれば、真っ向から闘えばいいではないか。
 わざと見てほしくはない、注目を浴びたくないといった番組担当者のふらついた心持ちと姿勢も露な、およそ目につかないでほしいという怯えも感じられたタイトル名で、実際私は全く気がつかず、どの放送局の番組もあまりにも面白くないので、次ぎから次ぎへとチャンネル・ボタンを押していたところ、番組が始まって10分ほど経ってから、たまたまわが目に飛び込んで、思わずその後1時間半もの長時間、じっとテレビの前に吸い込まれたかのように見た番組だった。
 その番組では、局外の司会者と司会補助役を務めたNHKのアナウンサーが並び、私が知らない年老いてはいない気鋭の学者が2人、問題提起を行う形でかなり聴きごたえのある報告を行い、最後に作家の高橋源一郎が文庫版のオーウェルの名作『1984年』にたくさん青い紙の枝折(しおり)を差し挟んで、ごく短くではあるが「1984年」化した現代社会の恐ろしい実像を報告して終わったが、せっかく高橋がオーウェルの指摘を具体的に述べる前に時間切れで番組が終わってしまって、残念だった。
 しかしテレビ放送としては非常に厚みと深みをもつ優れた番組になっていて、説得力があり、令和・トランプテレビ放送報道カルテルの時代状況の一端を抉り出して非常に興味あった。惜しむらくは放送時間が短かすぎて、せっかく高橋が枝折を多数挟さんで準備してきた具体的な問題点をほぼ全く紹介しきれなかったことが残念だったのである。
 同番組は座談会の形をとっていたために、ほぼ一切、例示となる映像が映し出されなかったことも残念で、また折しもの令和新時代翼賛とトランプ国賓招待第一号の歓迎一色カルテル報道という目の前の現実に対しては、ほぼ全く指摘したり議論しあうこともなく、またせっかく映像媒体たるテレビをメディアとしながら、テレビの最大の武器である映像をほとんど写しださなかったのも残念だった。
 それでも恐るべき「1984年」的現実を真っ正面から取り上げて、討論させた勇気と意義は非常に高く、重く、いらつきが続いたおよそ2か月間のわが反全体主義の神経を唯一鎮めてくれて、ようやく少しは安堵できた気がする。
 私が生まれた1936年には、日本で226事件が起き、スペイン内乱が発生し、ヒトラーとゲッペルスが中心となってベルリン・オリンピックを開催し、日本政府は日独防共協定をヒトラーとの間で結び、片や政敵を全員抹殺したスターリンが声も高らかに共産党の一党支配独裁体制発布の確立を宣言した「スターリン憲法」公布施行の歴史分岐の年だった。
 この憲法はスターリンの党内闘争の勝利の上に「1984年」的な独裁体制を確立したことを宣言し、美辞麗句の言葉を書き連ねた上で党官僚至上主義的な政治支配体制の確立と施行を高らかに宣言したものであり、この結果世界は米英仏を中心とする通商軍事ブロックと日独伊3国軍事同盟と1国社会主義スターリン主義体制のソ連との3ブロックに分かれて激しい対立となり、やがて日和見を決め込んでいたソ連が米英仏側に加担して漁父の利にありつくこととなり、ここに全世界は一路戦争へと追い込まれていった時代だった。どこか現在と似ていないだろうか。  (了)

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