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「横浜日記」(142) 08年12月31日 梅本浩志
<暗愚の帝王ブッシュ>
2008年が去るにあたり、希望の21世紀だったはずの新世紀をそれは酷いものにし、全世界の民たちを悲惨な状況に追い込んで、米国大統領として最低の人気のうちに退陣せざるをえなかった米国大統領ジョージ・ウォーカー・ブッシュについて、ごく簡単な感想をメモ書きしておきたい。
アメリカFRB議長のグリーンスパンも日本の総理大臣・麻生太郎も「いま世界は100年に1度の酷い状況に陥っている」と口にしてやまない。「世界恐慌」という言葉を使うのが怖いためにこうした持って回った言い方をしているのだが、ずばり言って1929年の世界恐慌が再来した、と言っているのである。その最大の責任がブッシュと彼の政権にあったことは誰の目にも明らかである。
1929年世界大恐慌について描いたレポートやドキュメントは数多いが、その中で『オンリー・イエスタディ』と『アスピリン・エイジ』は抜きん出ている。そんな『アスピリン・エイジ』はオムニバス風に執筆・編集されているが、世界大恐慌直前まで米国大統領を務めていた当時のクーリッジ大統領について描いたアーヴィング・ストーン著『1924年 能なしのカルヴィン・クーリッジ』はとりわけ秀逸である。その冒頭の文章から。
「カルヴィン・クーリッジの信条は、最も政治をしない政府こそ最善の政府であるというにあった。かくてかれは、アメリカ史上で最も仕事をしない大統領たらんと志し、そして見事にその志を全うしたのである。
かれは自分の率いた政府に、ほとんど何事もさせず、むりやりにうたた寝をさせていたが、この間に世界は着々として、あの経済不況に突進し、ついに世界はいくつかのブロックに分かれて、あらゆるものごとを反動的に支配しないではやまない政治形態を生みだすにいたった。行政におけるかれのニヒリズムへのあこがれは、自由放任主義(レッセ・フェール)をさえ積極的な干渉主義と思わせる程のものだった。現在、ヨーロッパおよびアジアを風靡しつくそうとしている社会主義革命を招来したことに最も責任ある人物をあげようというならば、クーリッジこそまさにその人物である」(木下秀夫訳)
そしてそのほぼすぐ後にこう付け加えている、
「かれは腐敗とは絶対に縁のない人物だった。かれの罪といえば、すべてが無為の罪である。かれは、アメリカの津々浦々にまでゆきわたり信頼されている、ヤンキー的節約主義の生けるシンボルだった。1929年に先立つあの株式市場の大熱狂時代に、連邦準備局をはじめ、ワシントンのほとんどあらゆる経済学者が、大統領にたいして、目の前にせまった経済恐慌を回避するため、金融市場のひきしめを懇請したとき、クーリッジはこれに耳を貸すどころか、逆に、40億ドルにのぼる株式仲買人貸付け(ブローカーズ・ローン)は決して大きすぎるものではなく、『証券市場における自然な取引きの盛況を反映した増加』である、との声明を発表した」(同)
この引用文で、「クーリッジ」を「ブッシュ」に、「いくつかのブロックに分かれて」を「グローバリズムの名の下に」に、「節約」を「浪費」に、「ブローカーズ・ローン」を「サブプライム・ローン」に、「1929年」を「2008年」に読み替えれば、そのまま現在に通じる文章であると言えるのではなかろうか。
ただし、それにはかなりの補正が必要であることも言っておかなければなるまい。
「最も政治をしない政府」とはいえ「軍事は政治の延長」であるという軍事思想の常識から言えば、ブッシュは大変な政治を仕出かした政治家だった。それも取り返しのつかない悪政と失政を軍事の領域でやってのけたのだ。ランボーの言う「田舎の旦那衆」(『パリ市民の戦いの歌』)の三文西部劇の三流役者にすぎなかった。
とりわけアフガン、イラク両戦争のお粗末さは筆舌に尽くせない大失政だった。はじめての大統領選挙では対立候補のアルバート・ゴアに50万票もの差をつけられながらも弟ジェブ・ブッシュが知事をしていたフロリダでの投開票システムのいかがわしさに救われて大統領に当選できたという引け目を感じていた2001年9月11日に、オサマ・ビン・ラディン率いるアラブゲリラの同時都市ゲリラ攻撃で3000人に満たない人的被害(広島、長崎、東京空襲では瞬時にして10万人以上もの市民が虐殺されたのだが!)を貴貨として、「テロだ、テロだ」とことさらに大袈裟に喚き立ててアメリカ国民を煽り立て、おかげで90パーセントもの支持率を獲得するというパフォーマンス政策を徹底的に追求したブッシュだった。
「反テロ戦争」などと喚きに喚き、アメリカ国内ではジョン・レノンの歌も放送させないほど人権を抑圧し、他国に対しても「われわれはテロリズムに安全な隠れ場所を提供する国家を追及する」と議会で演説して、同調しない国に対しては「テロ支援国家」のレッテルを張り付けた。ブッシュは三流西部劇そのままにリンチ縛り首の暴走外交に突き進んだ。宣戦布告もなしにまずアフガニスタンに報復戦争を仕掛け、いい気になって、ありもしない大量破壊兵器を保有しているなどとデマをでっち上げて、イラク侵略宗教戦争を仕掛けた。結果は惨澹たるものだった。
その結果、アメリカの若者たちはイラク戦争だけでも08年12月20日現在で実に4、211人が命を落とした。イラクの民たちはその幾十倍、幾百倍もが無惨に殺戮されたのである。肉体的、精神的な怪我やダメージを受けて苦しめられ続け、人生を台なしにされたものたちの数はいかばかりか。
直接的な戦費だけでも08年12月12日現在で約8500億ドルと言われ、さらに毎月々100億ドルも投入し続けなければならないというから、08年末では8600億ドル(注・08年12月の為替レート1ドル90円で換算すると77兆4000万円となるが、イラク戦争勃発後5年半を経過しており、この間の平均レートを1ドル115円とすると約99兆円となる)と、とてつもない金額に上るのだ。
戦争にかかる経費は直接的な戦費の数倍に及ぶことは常識。データは半年前で少し古いが、朝日新聞08年5月19日付紙に掲載されたノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ米国コロンビア大学教授のインタビュー記事によると、次のような恐るべき事実が指摘されている。
即ち、米国がイラク戦争とアフガニスタン戦争で負担した金額は合計3兆ドル(当時の為替レートで約315兆円、1ドル115円をベースにすると345兆円)に達すると同教授は試算しているという。もちろんこの数字は間接的な費用まで含まれているというのだが、同教授は、この数字には幅があって「低めに見積もれば2・2兆ドル、多めに見積もれば5兆ドル近くに達する」と言い、そうしたことを含めて3兆ドルだとはじき出したというのである。
戦争が一切の再生産につながらない全く無駄な経済的浪費であることはもちろんで、こうした「ブッシュの戦争」が米国のみならず全世界に計りしれない悪しき結果をもたらしたと指摘し、警告している。即ち、(1)ドル安を招いた、(2)石油価格の上昇をもたらした、(3)金融危機の導火線となり、米国の国家財政を極度に悪化させた、(4)そうした結果として流動性の過剰供給つまり経済社会にカネを溢れさせて、サブプライムローン問題をはじめとする深刻な問題を発生させ、インフレと景気後退を助長し、不況対策を困難ならしめた、(5)こうしたことの総和として国際経済の状況が悪化し、人々の生活水準が低下した。
新聞記事どおりの用語を必ずしも引用使用していないので、あるいは不正確な紹介かもしれないが、スティグリッツ教授の指摘はざっと以上のようなものだった。そしてこの5月での総括的指摘は以後的中して行き、遂にこの年の秋口以降、アメリカをはじめとする全世界は、世界大恐慌的な深刻な経済状態に追い込まれたのである。
確かに、例えば石油価格の高騰などは戦争だけが唯一の原因ではなく、ヘッジファンドなど巨大投機資金の暴走などが大いに作用したことは事実ではあったろう。しかしそうした暴走行為をなんら規制せず、意識的、意図的に放置して、クーリッジ流の不作為を徹底してきたブッシュのキリスト教原理主義信仰(なんとブッシュは経済の世界に「神の御手」に委ねれば全てよしとする思想を持ち込んだのである)と、「ネオコン」(ネオコンサヴァティヴ=新保守主義)に凝り固まったチェイニー副大統領をはじめとする仲好しクラブ的取り巻きたちよってリードされたアメリカ帝国主義覇権の思想とが完全一体化して産軍複合化させ、軍事暴走路線を突っ走り、巨大投機資金のやりたい放題を助長し、それがイラク・アフガン戦争の大失敗と連動し、重合しつつ遂に今日の経済恐慌的現実を招来したことは紛れもない歴史的事実なのである。
このほかにもブッシュは、「京都議定書」から脱退して世界の自然環境悪化に敵対したり、全世界的に民を「勝ち組」と「負け組」に仕分けし、「負け組」を虐げ、人間として生きていく権利さえ奪う政策を取り続けた。大豆やトウモロコシを石油に代わる燃料にする事態を招く政策をとり、発展途上国の民たちを飢餓や餓死に追い込んで苦しめた。「戦争捕虜」や一般市民を拷問する非道さはアメリカの大義を失わさせ、名誉と誇りを失わせた。パレスチナ問題では一方的にイスラエルに肩入れして、08年末にはガザ地区無差別爆撃で384名(12月30日現在)ものパレスチナ人を殺害するなどして、国家テロリズム(これが本来のテロリズムの意味である)をやらせている。とにかく全てにおいて、いや記者会見の席上イラク人記者から投げつけられた2足の靴を避けた運動神経だけは実に見事でその点だけは有能だったが、それ以外の全てにおいてブッシュは実に無能、無策で暗愚だったと断ぜざるをえない。
哀れを留めるのは、そうしたブッシュ夫妻を前にして、プレスリーの物真似をしてまで媚びをうった、時の日本国首相・小泉純一郎である。まさに醜態で、世界中から物笑いになったことをこの裸の王様は知っているのか知らないのか。
その小泉の「改革」によって今日、8万5000人もの働き盛りのロストジェネレーションたちが、無惨に首を切られ、住む家を追い出され、寒空と空腹で絶望の淵を彷徨(さまよ)わされているのである。小泉改革がブッシュと同じ、大資本に都合がよく、利益をもたらせる新自由主義、つまり「神の御手」の信仰を基にしていることは明白であり、その路線を後継者を自認する安倍晋三、福田康夫、麻生太郎が踏襲して、今日の社会危機と悲惨を招いていることを再確認しておかなければならない。
新年1月20日にブッシュは大統領のポストから降り、オバマが新大統領となる。アメリカはじめ、全世界は新大統領オバマに多大な期待を寄せている。しかしブッシュの悪政が残していった負の遺産はあまりにも多く、大きく、はたしてオバマは敬愛するリンカーンのように、自ら信ずる理念と理想を実現できるかどうか。
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