横浜日記 2010

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「横浜日記」(178)その2 10・11・18 梅本浩志

<「裁かれたのは最高裁だ!」=山口俊明君逝く>

 日本の民たちの消費支出が見合わないまま生産力だけが一方的に、急速に拡大していた日本経済の高度成長時代に、山口君がライフワークの原発問題の海外取材を行おうとして、1ヶ月間の長期有給休暇であるバカンスを基本的人権だと主張して夏休みを取った1980年はおろか、2010年の今なお長期休暇を日本人が取れないという状況は、全く変わってきておりません。
 物を作り過ぎ、サービスを過剰に提供し、情報を氾濫させるばかりで、それに見合う消費がついていっておりません。その結果、日本は輸出して金儲けしなければ成り立たない国になってしまいました。外需中心の経済体質が根付いてしまった。根深い体質だから、どうにも治らない。過剰生産の体質となり、それがどうにもならなくなっていま日本は明らかに過剰生産恐慌に陥ってしまって、抜け出すことができずに、日本人も日本の支配層も『失われた20年間』を悔やんで嘆くばかりです。

     バカンス不在の血の債務

 反面、働く者はといえば、その大多数は、夏休みどころか、数日間の年次有給休暇さえとれていない。せいぜい病気のときとか、会社が連休などの折に、あるいは生産調整などしなければならないときなど、使用者側のご都合で従業員が休みを取ることを公認する場合などの折だけに、有給休暇を取得することが『許される』のが実態です。
 日本の労働者・テクノクラートの有給休暇取得率の低さは世界的に定評あるところで、バカンス制度を確立している先進諸国の100パーセントとは比べものになりません。
 働くものたちは夏休みどころかわずか数日間の休みもとれていない。それも労働者自身が職場中毒になっていて、休みを自由に取れないのが普通だと思うようになってしまっている、というのが現実でしょう。自分自身の本来人間としてあるべき姿を見失っているのです。そんな働く者たちが消費生活を楽しむなどという余裕がないことは自然なことです。それどころか今、働く者たちはいつ首を切られるか、戦々恐々の状態にあり、職があってもワーキング・プアなどと呼ばれて低賃金で弱い立場に置かれて苦しんでいます。若者たちに就職口がないのが今の社会です。残酷な社会となりました。
 こうした日本社会の崩壊状態が内需、つまり国内需要の弱さに起因している、言い換えれば経済の低迷の原因が日本人の消費能力の低さにあることはいまや明らかです。その消費能力の弱さの最大の原因が、欧米諸国並みのバカンスがこの日本には未だに認められていない、存在しないことに求められるのは当然のことでしょう。
 つまり長期有給休暇が基本的人権として認められないため、働く者がフランスやドイツ並みの夏1ヶ月、冬2週間といった長期連続有給休暇を取ることが許されないため、認められないため、働く者とその家族はゆっくりと解放された休みを楽しめず、自分の自由にやりたいことを時間をかけてやれず、文化的に貧困な生き方を余儀なくされているのだ、と言っても決して間違いではないだろうと思えます。このことを経済の面から見てみますと、消費が、過剰となった生産と供給にバランスがとれずに、経済の体質と構造がいびつなものとなってしまった、と言うことができましょう。

     ブルムの道か、ヒトラーの失敗か

 私の記憶が間違っていないとすると、日本人がバカンスを取るようになると、年間15兆円もの内需を喚起することができると言います。政府試算による分析の数字です。このことは日本の経済社会は、バカンスが存在しないために年間15兆円もの消費支出を、つまりバカンスが根付いてさえいれば本来生み出されている消費を失っていることでもあります。その結果が円高であり、社会の崩壊であり、人間の崩壊となり、悲惨な結果を招いているのです。
 つまり年間15兆円もの消費が生み出されているとすると最高裁判決のあった1990年からこの20年間で300兆円もの内需を生み出していたこととなります。それがバカンス不在によって生み出されていないわけですから、その分日本経済がいびつなものとなって、循環すべきカネも円滑に巡り回らず、遂に今日の事態を招いたと言えるわけです。
 日本経済の破綻は日本国内の経済や社会の崩壊を招いただけではありません。外需依存の結果、海外経済の情勢や動向に他国以上に影響を受け、常に海外の動向に敏感にならざるをえず、それが日本の外交や軍事政策にも甚大な影響を与える結果となってしまっています。沖縄の基地問題でも必要以上に米国に気兼ねしなければならなくなってしまっているどころか、『日米同盟の深化』などという言葉が勢いを持って日本の政治・外交をいびつなものとしてしまっている。領土問題でも中国やロシアに言うべきことを言えないでいる。
 外需依存でなく、国内生産と国内需要とがバランスをとれていさえすれば、経済的に自立できてきたことは当然で、外国にことさらに遠慮せずに、堂々と胸を張って、言うべきことを主張もできる。あまりにも他国依存の日本経済の有り様であれば当今のような惨めな国際関係に陥らなくてすむことぐらい子供でも分かることなのです。ひとえに日本にバカンスがなく、そのマイナス面があらゆる面ににじみ出て、日本をその悲惨で自尊心を失わせる状況から抜け出させないでいるのです。
 日本経済はいまこそ、先進諸国並みのバカンスを基本的人権として認めて、経済の本義たる経世済民に立ち戻らせなければならないことは言うまでもありません。
 バカンスが世界大恐慌からの脱出つまり経済復興を図って、フランスがレオン・ブルム人民戦線内閣時代に案出されたこと、それに対してドイツがヒトラーによって高速道路アウトバーン造りと軍需産業への資金投入によって経済的難関を克服しようとしたこと、その結果、レオン・ブルムはナチス・ドイツによってミュンヘン郊外のダハウ強制収容所に放り込まれて殺されかかったが戦後フランスを復興させたこと、一方のヒトラーは愛人と心中し、ドイツを破滅させたことを、いま日本人は思い起こすべきだろう、山口俊明君逝去のこの今こそ、と思えるのです。

     最高裁敗訴判決から始まった「失われた20年」

 まさに『最高裁が裁かれた』のです。歴史的に。その判決によって日本はダメになってしまったのです。『失われた20年間』と言われています。その『20年間』とは1990年から今年2010年の期間です。つまり山口敗訴判決を最高裁がを下した1990年から今日の日本の不幸が始まったのです。
 1980年から10年もかけて、その間、東京高裁で逆転勝訴判決を勝ち取りながらも、最高裁で実質敗訴とされた判決によって日本がダメになったことはいまや明らかです。10年間、山口俊明原告が『日本にも欧米先進諸国並みのバカンスを認めよ。それは日本国憲法および国連人権規約で保証された基本的人権である』と主張し続けた叫びが実に正しかったことはいまや明白です。
 最高裁よ、頭を垂れよ!山口君を不当にも報復懲戒解雇した時事通信社よ、恥じよ!九州男児・山口俊明よ、さらば!」  (了)

「横浜日記」(178)その1 10・11・18 梅本浩志

<「裁かれたのは最高裁だ!」=山口俊明君逝く>

 今年の夏はまことに暑かった。耐えがたくなって8月下旬に茨城県の大洗海岸から福島県のあぶくま鍾乳洞そして栃木県の那須高原へと一家で旅してみたのだが、帰ってみると、わが「平安時代」製のパソコンの電源が入らなくなり、見事に潰れてしまった。
 やむなくマッキントッシュの最新式のパソコンに買い替えてみたのだが、老人性機械理解不能症の私には、これがなんとも使いがたい。そんな中で、なんとか、この連ブログ前号の「内田剛弘著『司法の独立と正義を求めて半世紀』を読む」だけは書いてみたもののそれ以上には、どうも積極的に書く意欲が出てこなかった。とはいうものの書くべきテーマは山とあったのだが。

     葬儀の場でのスピーチ

 そうこうしているうちに私にとって衝撃的なニュースが飛び込んできた。もう1年間、意識のなかった山口俊明君が息を引き取った、という連絡情報である。山口君死去のこのニュースが私に再びこの「時代状況 横浜日記」再連載へと一押しした。この稀代のジャーナリストにして戦闘者だった彼との付き合いはずいぶん永く深いからでもある。彼の言いたかったこと、果たせなかったことの万分の一でも、もう年取った私だが、引き継いでいくのが、せめてもの供養というものだからだ。
 山口俊明君の葬儀はまことに感動的だったというべきだろう。ご子息たちのアイデアだそうだが、無宗教の音楽葬だった。故人の好きだったアルビノーニの『アダージオ』を中心に、曲が流れている7分間、全員黙祷し、その後で友人たちが別れの挨拶をした。前夜祭も同様だった。数名の人間が故人の思い出や人柄を語り、こうした会合こそ、まさに故人を偲ぶべき「お通夜」にふさわしいものだとしみじみ思ったものである。
 その前夜祭に1人の若いアメリカ人女性が来てくれて、スピーチしてくれた。かつて彼女は山口家に寄宿していたことがあるといい、いまは米国の名門大学で博士号をとるべく、再び日本に留学して、博士論文の準備をしている、テーマは「日本の60年安保闘争」だと棺を前に語った。
 先日のアメリカ人映画監督リンダ・ホーグランドの作品『アンポ』といい、この山口君の前夜祭における米国人女子留学生といい、アメリカでは今、日本の60年安保闘争が、強く、広い関心を集めているのだという。60年安保闘争を理解することなくして日本現代史は理解不能だというのが、かの地では常識になってきているようだ。それに比べて今の日本では、と思うことしきりである。60年安保が遠くなりにける日本。
 山口俊明君の人生行路は時事通信社における「長谷川体制打倒闘争」を原点としているが、その闘争は、まさに60年安保世代の私を中心として、同闘争を体験してきた者たちを中心に、当時の若い世代が同社で働き、闘いを開始したからこそ、一定の勝利を呼び込むことができたことは確信を持って言えるのである。

     あえて無骨な別れの言葉を

 さてそんな山口俊明君の葬儀だったが、彼が死去した直後に山口夫人から「なにか言葉をください」と頼まれていたことや、式の準備をしていた人たちが告別の挨拶を梅本にやってもらうことが決まった、などと連絡してきたこともあって、いざというときに備えておくことも必要かと思って、何を話そうか、と思案した。
 実は、ストレスを避けなさい、と医者から言われてきたこともあり、また告別式で永別の挨拶をさせられたことが過去3度もあって、なんとか逃れたい、私よりも適任者は他にいるではないか、と葬儀を準備してくれた人物に、事前に強く言っておいたのだが、私の言い分を取り入れてくれた気配がなく、このまま行けば、確実にしゃべらされることになるだろう、そのときのためにもいささかなりとも、語るべきことを整理しておかなければなるまい、と覚悟した。
 そんなこともあって前夜祭のときには完全に沈黙を守り、ただひたすらに故人の過去を展示する写真や遺品の掲示用の説明書きに没頭した。
 その翌日、式の2時間前に会場に着いて、こうした時にはいつもそうするように、棺に眠る山口君の顔を改めて見つめ直して、誰もいない部屋で「わが告別の挨拶」を書いた。幾度も筆を入れて推敲した。
 ところがまことにありがたいことに、私はそんな大任の役割を果たさなくてすんだ。友人4名の回想の言葉で見事にその日の最大イベントを飾ることができた。それぞれに素晴らしいスピーチだった。まさに私ごときが無骨な言葉でせっかくの流れるように取り運ばれた葬儀の雰囲気をぶっ壊すことを避けられての取り運びだった。おかげで医者の忠告も守ることができた。
 とはいえ、私はここに、当日語ろうとして、しかしその機会がなかった無骨な言葉をここに掲載しておきたい、と思う。以下のとおりの言葉である。

     裁判を弾劾した2人

 「私が本日述べる別れの言葉は、あるいは場違いで堅苦しいものになるかもしれません。人間・山口俊明のことを語れば、幾晩あっても語り尽くせません。それほど山口君はエピソード豊かな、つまり人間的魅力のある存在でした。しかし限られた時間の今、そんなあれこれを語る余裕はありません。そのような数多くのエピソードの中でも最も強く、印象的なエピソードを一つだけ紹介したい。
 それは『バカンス裁判』で最高裁が差戻しという敗訴判決を下した直後に行われた記者会見の席上で、山口君が『裁かれたのは最高裁だ』と叫んだ言葉です。
 このような言葉を吐いたのは、かのチェ・ゲバラの戦友だったフィデル・カストロでした。1953年7月26日、独裁専制のバチスタ政権を打倒すべく武装蜂起してモンカダ兵営を襲撃し、失敗し、捉えられて、裁判にかけられ、有罪とされてピノス島に流刑になったその裁判で、弁護士でもあったカストロが弁論を行った結語において、裁判官たちの『臆病のゆえに、あるいは法廷がそれについて何もできないがために』そして『判事たち全員が辞職して人間らしい人間にならないならば、私は、諸君のために悲しみ、また司法権を汚す前代未聞の汚点のために泣く』と弾劾した上で、「私を断罪せよ、それは問題ではない。歴史は私に無罪を宣告するであろう!』と述べたのです。
 山口君がこのカストロの弁論記録を読んだとは思えませんが、しかし全く同質の裁判弾劾の叫びをこの時、山口君が発した、と思います。まさに歴史的な叫びでした。

     経世済民の破綻

 さて山口君のこの叫び『裁かれたのは最高裁だ』は正しかったかどうか。歴史的に検証してみる必要があります。
 私たちが日々痛感しているように、いま日本も世界も酷い状態に陥っています。経済も政治も社会も窮地に陥っていると思います。特に日本は。とりわけ日本経済は。山口君がこの叫びを発したのはたしか1990年だったと記憶しています。それからの日本、日本の経済。
 経済とは経世済民から来た言葉です。つまり物とサービスと情報と、それに適合するカネとがバランスを保ってうまく巡り回って初めて成り立つ人間社会のメカニズムを指して言う言葉です。
 ところがこの日本は経済が高度成長して急速に拡大伸張し、世界第2の経済大国とまで言われるようになったにもかかわらず、あいも変わらぬ生産中心のいびつなままで今日まできたことはご承知のとおりです。 (つづく)

「横浜日記」(177) 10・9・25 梅本浩志

<内田剛弘著『司法の独立と正義を求めて半世紀』を読む>

 本の題名が固いから、そして副題が「<60年安保>後の日本を在野法曹の立場で透視する」とあるから、なんとなく中身まで硬いのではないかと思いがちで敬遠する読者が多いのではないかと思えるのだが、それでも目を通してみると、実におもしろいのである。おもしろいというと誤解を与えるかもしれないが、とにかく知的な興趣をかき立ててくれるのである。
 私自身そうしたのだが、頭から読み下していくのではなく、自分に興味があることからアトランダムに拾い読みしていくと、今日われわれを取り巻く状況を形成してきた歴史的な事実、事件を実にわかりやすく、簡潔に、主観を混じえずに描写、紹介し、その上で、鋭く厳しい眼と温かい心と歴史の先を見通す学識でコメントし、自らの見解と主張を述べていて、まことに爽やかな読後感を各事項ごとに与えてくれるから、大いなる満足を得るのである。

 ちなみに私が読んだ順序はといえば、まず「全学連の60年安保6・15事件」、ついで「大島渚監督の『愛のコリーダ』無罪事件」、それから「『横浜事件』再審」、「民間企業の労働組合の権利擁護活動」とりわけ「長期有給休暇の権利をめぐる裁判」、「深層でつながる『横浜事件』と『大逆事件』」、「CSCEとポーランドと日本」といったあんばいだ。とにかく興味あるものから読んでいった。それぞれが独立して書かれているから、そんな読み方で十分なのである。
 そうした好きなような読み方で個別事項関係の全体を読んでから、序文の「司法の独立を危うくするもの」と「あとがき」を読み、第1章の「よりよい司法を求めて」を精読した。おそらく著者が訴えたかったであろう論理内容とは逆な方向から目を通していったのである。そんな興味本位的読み方が許されるのが本書の特色でもあろうと思う。
 ほとんどそれら内容が独立しているからであり、法律専門家である著者ならではの裏付けのある事実を客観的に提示し、しかも法律には素人の人間でも比較的わかりやすい文章で書かれているから、そんな読み方が許されるのである。しかもそうした客観的叙述の後で、歴史の過去を踏まえて先を見る眼の確かさと鋭い観察眼と論理的思考そして心の温かさからにじみ出てくる人間的な味が読むものの心をとらえ、ハッとさせられるから、これは読書の醍醐味である。

 そんな事例をいくつか。例えば第2章「刑事裁判における弁護活動」に収録されている「全学連の60年安保6・15事件」。この裁判は弁護士駆け出し時代に著者が担当した事件で、それだけにほとんど知られていない裁判経過を簡潔に叙述した上で(この大闘争については60年代世代はよく知ってはいるものの、裁判の経過についてはほとんど知っておらず、マスコミも報じてこなかったから、それだけに貴重な歴史的文献になっている)、次のように評価しているのである、
 「ともあれ60年安保闘争は、戦後日本の歴史にエポックを画する大事件であった。樺美智子さんが亡くなられた(虐殺された)ことは忘れてはならない。
 私はこの日を国民的追悼の記念日にすべきであると考えている。」

 あるいはまた第3章「『横浜事件』再審請求の周辺と顛末」においては、「裁判所は、治安維持法の冤罪事件に真正面から取り組むことをせず、逃げたのである」と指摘した。この再審裁判を傍聴するなどして関心が強かった私も全く同感である。この一言ほど「横浜事件再審裁判」の本質を鋭く指摘し、日本司法の堕落ぶりを糾弾した言葉を私は見ない。
 それだけで著者は筆を置くことはない。この裁判が現在の裁判になお受け継がれていることを鋭く、強く指摘してこう書いているのである、
 「現在の裁判所も、かつての裁判所の誤りを率直に認めて、被害者の名誉を回復しようとはせず、形式論理を駆使してもっぱら責任を回避しようとする姿勢を、顕著に表現したといわざるをえない。」
 結局、日本の裁判所は地裁から最高裁まで、誰が見ても司法犯罪のなせる技の結果であり、無実の被告たちを拷問にかけて少なくとも4名も殺害した特高刑事たちに対して有罪判決を下しておきながら、片や被害者の被告たちには無罪判決を下そうとはせず、「免訴」という訳の分からないうやむやの判決で逃げた。しかしさすが良心の呵責を感じた裁判官もいたようで、被告たちの冤罪に対して刑事補償を行うとの決定を横浜地裁が下したのだが、著者の内田弁護士はこう書いている、
 「この決定(注・刑事補償を認めた横浜地裁決定)はさらに、被告人たちを有罪に追い込むために、特高警察の故意に匹敵する重過失、検事の過失、予審判事の過失、公判判事の過失を、それぞれ認め、国家犯罪であることを裁判所自らが認めた。この決定を得るために敗戦から約65年もかかった。被害者である再審請求人はすでに1人もいない。裁判所が第一次再審請求の段階で正面から答えて再審を開始し無罪判決を下していたらと悔やまれる。」

 「横浜事件再審裁判」についての叙述はここで終わることはない。通常の弁護士や法律専門家であるならば、ここまで言えばこの主題に関する叙述は終わり、それもせいぜい回顧録風に書いて終わるのだが、学識が深く歴史を心眼で見る著者は、ここからさらに新たなる場面へと読者を案内する。
 特高刑事に虐殺された中央公論編集部員の、弾圧冤罪事件が故の、冤罪被告・浅石春世の切ない悲恋の物語や、「横浜事件」と「大逆事件」との見落とせない関係について、単なる弁護活動に留まらない知的なフィールドへと読者を案内してくれるのである。
 例えば、「横浜事件再審裁判」被告団の中心的人物で国連においても訴えた木村亨は、和歌山県の新宮で生まれた人物だったが、単なる新宮出身者ではなく、「木村の祖母は、大逆事件の被害者である医師・大石誠之助の患者でした」という事実に読者を誘い、こう切り込むのである、
 「『大逆事件』と『横浜事件』は、実によく似ている。天皇を絶対者に仕立てた大日本帝国憲法の下の、天皇制絶対主義者のもとで産み落とされた一卵性双生児である。『明治の横浜事件』が『大逆事件』であり、『昭和の大逆事件』が『横浜事件』である。」
 法律専門家の域を超えた著者・内田剛弘弁護士の軽妙な筆が読者を惹き付け、知的好奇心を満足させてくれるのである。

 こうした各論の中で私に最も強い衝撃を与えたのは、第2章「刑事事件における弁護活動」に収録されている「知られざる法廷の内幕」での事実叙述である。1971年に元原稿が書かれていることからでも分かるように、全共闘運動とベトナム反戦運動に対する刑事弾圧を裁く裁判が当時集中的に行われていて、その模様を著者・内田剛弘弁護士が法廷内で目撃し、あるいは担当弁護士たちから直接見聞した事実を生々しく描写しているシーンがなんとも衝撃的なのだ。
 例えば「傍聴人のある婦人は、(東京地裁ビルの階段を暗くするために電灯のスウィッチを意図的に切った)機動隊員の暴力的な排除行為のさいに・・・後から付き添っていた機動隊員に腹部をひざげりにされ、ついで前向きになった際、この隊員から今度は臀部をけられ、階段を二、三段つまずきながら駆け降りることになった。この婦人はその後まもなく腹部に激痛を感じ、立っていられなくなり・・・」といった描写である。
 著者が弁護士であることから、直接見聞した事実だけを淡々と記述し、それら記述がいずれも裏付けのある客観的な事実であるだけに、かえって迫力を増し、とりわけ公安事件関係の裁判がいまやファシズム化している現実に、本書を読みながら私は改めて激しい戦慄を覚えた。裁判所がこれほどまでに恐ろしいものになってしまっているのか、私も全く知らなかった訳でもないののだが、この1971年内田レポートを読んで、身震いしてくるのであった。
 私は、ドイツ映画『白バラの祈り』で描かれたナチス統制下の裁判シーンを思い出した。そうだ、いまや日本の裁判所は、少なくとも公安事件に関するかぎり、ファシズム下に置かれているのである。戦前の悪名高い「大逆事件」冤罪裁判の時代に舞い戻ってしまっていることを痛感した。
 とりわけ第2章「刑事裁判における弁護活動」の中に収められた「知られざる法廷の内幕」のレポートは超一級のドキュメントである。弁護活動の第一線で活躍してきた著者でこそ書き得たレポートだと言えるが、本来こうしたレポートはジャーナリズムが日常的に報じていなければならないはずのものである。だが日本のジャーナリズムはその使命を果たしているのか。

 ある意味では戦慄的なこの著作は、著者の過去を振り返ることによって現在を照射し、警告を発する遺言の書であると言えるだろう。とりわけ冤罪を防ぐ具体的な処方箋を「あとがき」を中心に全編にわたって書いている。著者は「今までの弁護士活動を自分のために整理する目的でこの本を出版することにした」と書いているが、著作の中身はそれを超えていて、「憲法は変わっても裁判所はかわっていない」事実と状況を指摘し、告発し、具体的改善の処方を示しており、はなはだ今日的な問題を提起しているのである。
 裁判所には「司法の独立」を求めて裁判官1人1人に憲法の原点に立ち返ることを、そのためには日本のみならずドイツなどの歴史を学び、市民の感覚を取り戻すことの必要を著者は要求する。「ワイマール共和国の裁判所は、旧ドイツ帝国に郷愁を感じて共和国憲法の価値体系を否定する裁判を蓄積して、ついにヒトラー独裁の道を開くのに役立った」と指摘して、現代日本の危機的状況に警鐘を鳴らすのだ。
 弁護士には弁護士法第1条「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」の原点に立ち返ることを求める。そのためには法に携わるものに、なによりも勇気が必要だと叫ぶ弁護士歴50年の著者の姿と息づかいが、著作のはしばしから伝わってくる。
 「人権擁護と社会正義」、これは私もその1員であるジャーナリズムに従事するものたちにも課せられた最大の使命である。その点で司法はジャーナリズムと目的が共通している。それにしても司法の世界も、ジャーナリズムの世界も、なんと堕落していることか。携わる人間どものなんと勇気のないことか。なんと「画一主義」(本書68ページ)であることか。三猿主義であることか。

「横浜日記」(176)その5 2010年8月10日  梅本浩志

<文明史転換の時代=静かに進む世界恐慌の第2段階>

 幸運にも日本は公債の資金調達先を、郵便貯金など国内に求めてきたから、財政赤字の実体が円の信用、信頼に結びつかなくてすんでいるのだが、もし外国に求めてきたのであれば、日本は破産国家として全世界から相手にされないだろう。
 そんな酷い状況にいま日本はあり、これが先進国・日本の実態なのである。もし先進国の中の先進国とされている日本がこけたら、全世界はたちまちにしてハードなパニックに襲われることだろう。

    進退極まった日本の国家財政

 資本主義体制にとってこれほどの危機はない。だがない袖はふれないと昔から言われる。そんな財政危機がいま、全世界を襲い、巻き込んでいる。ギリシャのような経済規模が小さな国でさえ、政府の財政危機克服策によって暴動も起こる事態となり、ヨーロッパ諸国の支配者たちは戦々兢々だ。
 ではいま唯一の危機克服策のように宣伝されている消費税の大幅増額や社会福祉費の削減といった施策で、財政危機を克服できるかというと、それが不可能なことは少しでも考えてみれば分かるというものだ。消費税の大増税は民敗れて国家あり、という惨澹たる結果をもたらし、国家財政は更なる赤字となって増幅し、破滅的な悪循環過程に突入するしかない。
 社会福祉費の大幅削減は文明国家を自認する先進国にとっては、不名誉極まることだけに留まらず、需要の減退をもたらして、経済悪化を加速することになるから、容易には実行できない。日本においても自民党小泉政権が社会福祉費を強行削減し続けた結果、医療は酷いものとなり、社会は暗澹(あんたん)たるものとなってしまったばかりか、景気回復の足腰を弱めてしまった。

    資本主義の破綻と甦り
 
 だがそれにもかかわらず、資本主義はその残忍な本能と性格から、人間を食いつぶし、社会を惨澹たるものにしつつも、やがて景気は反転上昇することだろう。景気は「自然」なのだから、人間世界の事情など無視して、自律的に動くからだ。
 財政はというと、もはや増税などではプライマリー・バランスを回復することさえ不可能である。いやそれどころか、ますます悪化して、どうにもならなくなり、最後の切り札として、現代の棄捐令ともいうべきインフレーションを人為的に起こさせて、形の上では財政赤字を解消するようにせざるをえなくなるのではなかろうか、と私は見ている。いまから65年前の太平洋戦争敗戦を境として爆発したハイパー・インフレーションのときのように。
 こうして資本主義は、のたうちまわりながらも、人間が起因する現代資本主義体制そのものを打ち破る勇気と意欲と能力がないかぎり、力を取り戻し、再び反転上昇に転じて、繁栄を謳歌するようになる、屍累々たる上に、と私は見ている。
 大恐慌に身を任せるか、戦争で息を吹き返させるか、赤字公債の大量発行によるか、その結果としてのインフレーションによるか、それとも全体主義的あるいは独裁専制政治によってか、とにかく人間に多大の苦痛を強いることによって、なにかのきっかけで資本主義は甦るだろう。

    夢のまた夢

 そうした時、人間はというと、これといった抵抗もせず、できずに、時の流れに身を任せて、ひたすらに時の経つのを我慢して待ち続けることだろう。ここ数年間の非正規労働者たちの無抵抗に象徴されるように、特に現代日本人にはこの性癖が強い。
 非人間的状況に耐えかねて、あるいは人間的誇りを貫こうとして、労働者階級が立ち上がって革命を起こして、人間的な社会に再構築するなどということは、少なくとも日本においては夢物語であろう。かのビートルズのジョン・レノンの歌に『労働者階級の英雄』というのがあるが、およそ日本には「労働者階級」などという一見野暮な言葉を使っている唄がない国だから。
 19世紀当時の社会主義者たちが信じた労働者階級の自己解放などというものは、現代資本主義世界においては、ありえないと断言してよいだろう。経済的困窮に苦しめられ、人間崩壊の現実に立ち向かう術を見失い、自らの生命が断たれることを知りつつも、悲劇を静かに受容する世界にあっては、自己解放など夢のまた夢でしかないからだ。このことは私自身のささやかな少数派労働者運動の体験からも言えることである。
 過去、マルクスからレーニンそしてスターリンに至るまで唱えられてきた言葉。即ち失うべき何ものも持っていない労働者階級は、非人間的な窮乏に対して立ち上がるだろうとの予見は、絶対的貧困化を待望したり、社会ファシズム論を唱えたりすることに繋がっていたが、もうそんな夢物語の時代は過ぎ去ったのである。
 そうした幻想を思想とし、戦略とし、確固たる前衛政党さえ組織していれば、少数派といえども、資本主義が危機的状況に陥ったまさにそのとき、前衛政党(党派)の強靱な指導によって、まず政治革命を成し遂げて、強力な権力の下に社会革命を遂行していって、遂に資本主義体制国家を廃絶することができるだろうなどという革命思想など、ありえないことなのである。ロシア革命と中国革命の裏切り的挫折でそのことは見事に証明されているではないか。

    最悪状態からでも甦るしたたかさ

 ソロスが指摘する世界恐慌の第2段階、ケインズが特効薬として提起した有効需要の創出理論の破綻、国家財政の克服しがたい絶望的赤字、そして大増税あるいはインフレ政策導入の必要性等々の最悪の局面に直面している、現在の世界資本主義経済の置かれている「土台」の崩落、それに伴う人間の崩壊という救いがたい社会状況に、資本主義は今後なおしばらくは置かれ続けることだろう。
 それどころか米国経済は、景気が本格的に回復していないはずなのに、「今後、景気は後退するだろう」とマスコミや経済アナリストたちは観測していて、株価は低迷から脱しきれていない。日本の長期金利は1パーセントを割る低水準に落ち込んでいる有り様だ。カネがカネを生まないのは、もう本来的な資本主義ではないのである。財政赤字の累積といい、ゼロ金利といい、資本主義はいま資本主義の本性まで投げ捨てて、なんとか生き延びようとしているのである。
 ヨーロッパ経済も深刻で、EUは悪化の一途をたどっている経済の現状をなんとか糊塗しようとしているが、肝心の通貨ユーロが不安定化し、統一通貨の創出によってなにか経済社会の矛盾を一挙的に解決させ、できたかのような幻想を与え続けてきたEU全体と、経済の発展段階もちがい、財政規模もGDP(国内生産)の規模もチグハグな加盟諸国との矛盾の酷さから、どうにもならないのが現実である。
 財政赤字や経済状態の悪化という矛盾の壁にぶちあたってしまって、一方ではユーロを防衛しなければならず、もうどうすることもできない有り様だ。
 とはいえ資本主義経済は反転上昇するだろうと私は思っている。資本の自動反転力という本性がなお持続しており、また人間の弱さが故である。資本は人間以上にしたたかなのである。
 1968年から始まったと私が見ている21世紀は、こうして1980年代から悪化し始め、1990年に入るや、世界第2の経済大国だと自惚れて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などとおだてられていい気になっていた日本は、バブル化していた経済が破綻し、崩壊した。
 そしてそれが既に20年以上も続き、なまじ誤魔化しの手を使って経済政策を遂行していたために、日本経済は免疫力が低下して、資本主義が持っていたはずの景気の自動反転上昇力が効き目を発揮できず、以来「失われた20年」などと嘆き節があちらこちらで聞かされ続けてきた今日だ。

    1968年に革命思想は変わった

 にもかかわらず資本主義はなお強力であり、現代の人間が闘い変革する勇気を持っていないから、持つことができないから、資本主義は再び甦ってくるだろう。今がもし不況の底なら、あと10年を過ぎれば、骸(むくろ)となった人間を横に下に見つつ、反転上昇し、高度経済成長期時代とまではいかないにしても、日本もあるいは繁栄を再び謳歌する時代が巡り来るかみしれないし、そうなるだろうと私には思える。
 こうした繁栄を取り戻すであろう資本主義とその体制に、ブルジョワジーと官僚階級を主力とする支配階級は、もう人間どもが騒ぎ、反抗することはない、まして世の中の仕組みを変えようなどという愚かな考えは持つことなどありえない、と安心することは十分考えられることである。
 だがそうして景気が上昇し、経済が活性化して、資本主義体制の繁栄が再びもたらされたと彼らが安心してから間もなく、世界の若者たちと、仕事の主人公となって働きがいと生きがいを価値基準とすることに目覚めた、テクノクラートや労働者を主体としたプロレタリア(生産手段を持たない生産主体)が、人間性の解放を求めて、自らの主人公制を訴えて、真の人間的な社会を再構築するために、総叛乱を起こすだろうと私は見ている。豊かだからこそ起きる叛乱だ。
 片やベトナム反戦運動、片や好況の時代状況下の1968年の全世界の若者たちの総叛乱を境に革命の像が変わったのである。もう19世紀の「共産党宣言」の時代とは変わってしまったのである。
 それもいまや資本主義のおかげで経済がグローバル化し、文化的にもそうなってきた状況総体を考えてみると、来る叛乱と変革は全世界的なものとならざるをえない。それは「シトワイヤン」(市民)の復権でもある。
 戦前までの革命は貧しさからの解放と人間平等を目的としていたが、来るべき革命は民(シトワイヤン)の人間性の解放とそれを実現するための社会の構築そして生産現場の主人公制の確立を目指すものとなるだろう。自己疎外からの解放だ。反権力・反権威の抵抗運動だ。それは同時に官僚階級の打倒をも意味するのである。
 その時季はというと、おそらくあと20年後から兆してくるだろう、と思えるのだが。その季節をもう私は見ることができないだろうが。  (了)

「横浜日記」(176)その4 2010年8月10日  梅本浩志

<文明史転換の時代=静かに進む世界恐慌の第2段階>

 恐慌、戦争、貧困、失業、諸格差の拡大、日常的な人権蹂躙、植民地支配、差別、政治腐敗、労組の御用化等々実に多様な社会問題を発生させて今日に至っていて、未だに根本的な解決、つまり人間の資本に対する優越や制御は不能なままである。

    100年周期のうねり

 だから民たちがそんな資本の圧倒的優位のシステムに対して叛乱を起こし、社会を変革しようとする人類の挑戦が絶えず生じる。
 1929年の世界大恐慌を予測したコンドラチェフの理論のように、資本主義経済は短期、中期のサイクルで発生する恐慌だけでなく、50年周期の長期の大恐慌が襲ってくることも分かってきた。多数の民たちは喰うに食なく、働くに職なく、希望を失い、路頭を彷徨(さまよ)わされた。
 そうした恐慌を大きな契機として世界規模の戦争が起こったり、全体主義的な独裁専制体制が社会を支配することも珍しいことではなくなった。こうした状況に対して民たちが抵抗し、叛逆し、人間的な生活と自由な社会を求めて大規模な叛乱を起こしたりした。
 思いつくままに羅列してみても、フランス革命から1世紀後のパリ・コミューンと明治維新、そして20世紀に入ってロシア革命、ドイツ革命、世界大恐慌、スペイン内乱、第一次、第二次の両世界大戦、対独・対日抵抗運動、中国革命、ベトナム戦争、パレスチナ闘争、インド・東欧・南アフリカ等における非武装抵抗運動等々とても数え上げられるものではない。
 よく見ると50年、100年を周期に大きなうねりが発生しているのが見受けられる。1789年のフランス革命、その100年後の1868年の明治維新と1871年のパリ・コミューン、さらにその100年後の1968年のフランス五月革命やチェコ「プラハの春」といった具合にだ。おそらくこの100年という大周期は、経済的なものに起因しているのではなく、文化的な次元のものであり、社会革命的なものだろうと私は見ている。

    出口見出せぬ資本主義

 18世紀を起点とする新たな3世紀は、それまでの歴史とは異なり、資本主義というとてつもない「自然」がその固有のシステム原理で人間社会を支配するようになって、景気変動等の周期律に支配される時代となってしまった。
 酷いものは恐慌となり、戦争と形を変えて人間を悲劇的な状況に追い込んだりした。「自然」だから牧歌的でそれなりに豊かな時代を謳歌できる時季もあるのだが、嵐や地震のように荒れ狂い、暴威を振るい、人間の生活を破壊し尽くす時季もあるのだ。生命を奪うことも希(まれ)ではない。
 4年周期、10年周期、50年周期と景気は自律的に変動し、金融(信用)は膨張と収縮を繰り返して、経済活動が活発化するかと思えば停滞し、下降の段階においては、それに乗じたわずかな人間は「勝ち組」として潤ったが、大多数の人間は「負け組」となり、戦争で殺され傷つき、貧窮などで不幸のどん底に突き落とされ、悲劇的人生を余儀なくされるのが常だった。
 そうした弱者たる人間がいかに多いか、昨今の世相をみるだけよく分かるだろう。人間関係もずたずたにされ、親が子を殺し、子は弱いもの苛めに走る。人間そのものが崩壊してしまった。
 こうした資本主義社会の矛盾をなんとか克服する経済の「理論」や「政策」が打ち出されてはきた。財政出動を積極化して公共事業を盛んにしたり、軍事産業を振興したり、社会政策を活発に展開して、有効需要を喚起し、景気の低落を押しとどめようとしたりした。国債から個人ローンに至るまで信用を人為的に膨張させて需要を喚起し、拡大する術を見つけたと思い込み、これで資本主義の矛盾は克服できたと政治家や財界や御用学者たちは囃し立てた。
 だが結果は今日見るように国家財政の破綻であり、格差社会のまん延である。こうしてあらゆる資本主義国家が苦しみ、出口を見出せないような状況に陥り、断末魔の苦しみにいま喘いでいる。

    破局に直面している資本主義

 それが現在の人類が直面している全世界的な状況である。わが世の春を謳歌しているかに見える中国やインドも決して例外ではない。前面に見え隠れするのは予測しがたい大インフレーションと戦争である。信用社会の崩壊である。人間そのもの崩壊である。
 それはまず、状況総体において大きな比重を占める、マルクス主義哲学でいう土台の矛盾と行き詰まりが状況を揺るがし、揺さぶる。土台の中でもとりわけ経済が政治を突き動かし、社会を揺さぶり、人間の感覚や思考に影響を及ぼす。
 資本主義経済は国家資本主義と形を変えて生き延びてはきたが、資本主義が宿命的に利益、利潤の飽くなき追求という本質・本性から逃れられない以上、その矛盾の発現形態としての景気循環の土俵から逃れ出ることはできず、少々の時間的振(ぶ)れはあっても、コンドラチェフが予言したように、50年周期で大恐慌が襲いかかってくる。財政出動も信用の膨張も、景気の悪循環の変形でしかない。
 1929年世界大恐慌と10年後の第二次世界大戦。その50年後といってよい1980年代末期からの経済大国日本のバブル経済崩壊や90年代に米国を襲った不動産への異常投機とそれに悪乗りしたサブプライム・ローン大量発行に伴う危機的信用不安の浸潤からリーマン・ショックに端を発する大銀行の倒産やギリシャに見られるような国家破産の危機的状態への陥り、日本をはじめとする全先進諸国の財政破綻。
 こうした恐慌的な経済状態と、それに並行して進められた米軍のアフガンやイラクへの軍事侵攻。いままた火を噴きかねないイランや北朝鮮との危険な状況。
 英国ポンド攻防戦で英国政府に勝利したかのジョージ・ソロスもつい1ヵ月ほど前に指摘したように「現在の世界的恐慌はまだ第一幕が閉じたところであり、いま第二幕が上がりつつあるのである」という局面に差しかかっているのだ。

    絞首される資本主義

 だが資本主義は決してこのままではくたばらないだろう。人間が、特に日本人は、暴虐化した資本と資本主義体制に対して、闘い、打倒する勇気と精神と思想を持つだけの余裕も持たなければ、自覚を持つゆとりもなく、ただひたすらになんとか自分だけは災厄から逃れて、生き延びようとするからだ。
 19世紀には「プロレタリアは失うべき何ものもない」(「共産党宣言」)などと言われもしたが、現代のプロレタリアは失うべきものがあるのである。たとえそれが幻想でしかないにしても。
 「自然」を本性とするこの強靱な魔物「資本」とその体制は、弁証法的に突き進むから、その自然律からやがて逆境から反転し、見かけの上とはいえ、景気も好転し、経済活動も拡大上昇し、それなりの繁栄を取り戻すだろうと私は見ている。その時人間はそれまでの屍累々だったほんの少し前の現実をけろりと忘れてしまうのである。
 しかしそんな景気と経済状況の回復には、その前に横たわり、立ちふさがる大きなボトル・ネックをなんとかしなければ、怪物も簡単に息を吹き返すことが不可能であることもまた確かなことである。ネックとはなによりも資本主義諸国を苦しめている財政赤字である。
 資本主義が会計バランスを保つことを支柱として発展し、システムを形成してきた歴史的性格から解放されない以上、国家といえども収支バランスを失い、赤字のままでいつづけることは許されないのである。
 過去、景気後退などの際には、財政出動と金融政策を操ることによって、なんとか危機を脱してきた現代資本主義であるが、もう収支を改善できないところまで追い込まれて巨額の債務を背負った国家資本主義は、いまや進退極まり、完全に行き詰まってしまったのだ。

    ケインズの魔法が消えた

 いまや唯一の超大国となった米国以外の資本主義諸国においては、それ自体財政出動の1形態である戦争をそうやすやすとはできないために、公共投資を盛んにすることによって人為的に景気を刺激して回復させる政策を採り続けてきた。
 それは国債や地方債などを発行するなどして、国家や地方団体が巨額の借金をして財源とした。返済する確たる見通しもなくそうした。日本などでは財政法で禁じられている赤字公債を特例として、だがいまや常例として、発行し続けているから、その発行額が超巨額なものになり、首が回らなくなってしまった。
 いまや国家予算の半分以上がそんな国債発行で賄わざるをえなくなっているのは日本だけではない。今日のような酷い不況下にあっては、本来ならもう国家は財政出動することで不況をなんとか乗り切ろうとするのが常だったのだが、それもできなくなってしまった。強行すれば赤字が増え、借金が溜まるだけである。ますます首を絞めることになるだけだ。もうケインズの魔法は効かない。
 おかげで日本国家はいまや国債などの借金額が900兆円以上もの巨額に達しており、これは国民1人当たり1000万円もの借金額だと思ってよい。これをこれからの国民は長期にわたって、利子をつけて返済しなければならないのだ。同時に今後、国家予算も組めなくなる。(つづく)

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