横浜日記 2012

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「横浜日記」(208)(下) 2012年12月29日 梅本浩志

<イヤーゴの悪だくみで民主党が潰滅=続・総選挙雑感>


 かって政権の座について間もない村山社会党内閣の久保蔵相を洗脳し、社会党そのものまで解体させ、潰したあのイヤーゴの囁きのやり口をこの際再び用いない手はない、と官僚どもが思ったとしてもなんら不思議ではない。

     褒め上げで社会党が滅亡

 バブル経済が崩壊して、自民党が国民から見放されかかり、危機感を強く抱いたときが、そんな「イヤーゴ」たちの最初の作戦開始の歴史だった。
 当時多数派を占められなくなった自民党は、社会党を抱き込んで、村山富市社会党党首を首相にし、大蔵大臣に同党の幹部だった久保亘を据えた。久保たち社会党指導部は、当時のマスコミの「社会党も政権を担える大人の責任政党に脱皮すべきだ。そのためには自民党と手を組むべきだ」との無責任な扇動に乗り、いい気になってしまった。そんな世論が形成されてきてイヤーゴたちにはもう笑いが止まらなかった。
 こうして与党、しかも総理大臣の地位まで自民党から譲られて、社会党はのぼせ上がってしまった。それまでの同党の主張であり公約だった日米安保条約反対を取り下げてしまい、憲法第9条の実質的変質も容認する「大人の政党」に脱皮することまで宣言する始末だった。
 社会党はここに大きく変質したのであった。イヤーゴのリーダーたる大蔵官僚がこの絶好の機会を見逃すことはなかった。
 その時、大蔵官僚が用いた手は、褒め上げリークによって、社会党大臣の久保亘蔵相を気分よくさせ、洗脳してしまう、超安上がりの手だった。
 「久保さんは勉強家です、感心しますよ」、「頭の回転が早い人で、呑み込みが早い」、「こちらの言うことに対する理解が早くて、社会党にもこんなすごい人がいるのですね」などという言葉を、局長級の人間が新聞記者に漏らす。
 お粗末な日本国新聞記者は、会社の人間や記者クラブの他社の記者たちだけに止めずに、自社の政治部の同僚記者や、時には社会党の幹部たちにも久保亘蔵相の大蔵省内でのよい評判なるものを話す。「久保さんは省内で評判が結構いいんですよ」、「社会党にも物分りのいい、頭のいい政治家がいるんだと言われていますよ」などといった調子で。
 そんな評判はたちまちにして社会党内を駆け巡り、久保亘本人の耳にも達する。大蔵官僚もこの辺りをよく計算していて、社会党議員たちに適当に予算などをつけてやる。自民党議員たちにやってきた地元選挙区の土木事業などに予算をつけてやるなどの手だ。蔵相・久保亘の口利きだとなおさらである。こうして久保亘の社会党内での影響力は高まり、存在感が増す。
 間もなく久保亘は、社会党を名実ともに変質させ、党名を社会民主党に変えてしまい、その社民党で副党首兼参議院議員会長という最高指導部の席を占め、その直後にその社会民主党からも離党してしまうのである。
 1998年のことだから、久保が村山内閣で蔵相になってから、わずか2年。こうしてかっては自民党の向こうを張っていた日本社会党は、久保蔵相になってからわずかの年月で解体してしまい、久保が中心となって「社民党」に変えられてしまい、もう全く政治的力量も持てない弱小政党に成り下がってしまったのである。
 かっては衆参両院でまず3分の1の議席を確保していた社会党はこうして事実上潰されてしまったのである。そんな「元社会党」は今度の総選挙では、わずか2議席しか取れない、完全滅亡過程に入った弱小政党に転落してしまったのである。

     イヤーゴたちの再勝利

 こうした久保亘の二の舞を民主党は演じなかったであろうか。党首にして首相だった野田佳彦は、総理になる前の菅直人内閣で財務大臣(蔵相)にいきなり就任し、イヤーゴの大蔵官僚たちに大歓迎されたことは当然で、自然だった。なにしろ松下幸之助から金をもらって大事に育てられてきた、純情な愛国者なのだから。
 その財務大臣・野田佳彦の後継者になったのが世間知らずのお坊ちゃま政治家の安住淳だった。御年49歳8ヶ月で、NHK記者あがりのこの男もまた前任者同様、野田内閣でいきなり財務大臣で入閣したのである。大蔵官僚たちにカモにされる「若手政治家」の代表的な物分りのよい政治家だった。
 党内では、野田同様、松下政経塾上がりの、「日米同盟」派の防衛族として知られる前原誠司のグループに属していて、安住自身も防衛族のつもりであったとインターネットのウィキペディアに。
 そんな野田首相と安住財務相がコンビを組んで成立させ、民主党を破滅に追いやったのが、確信犯的で我武者羅な消費税の倍額引き上げである。財務省官僚の悪しき意図たる政治戦略が見え見えの、この消費税倍額引き上げの手に、野田と安住の財務相コンビは見事に引っかかった、というのが私の、永年の新聞記者経験から言える感想である。
 野田首相と安住財務相のコンビの落ち着き先は、当時の大蔵官僚出身の藤井裕久・民主党政権初代財務大臣と、同じく大蔵官僚出身の伊吹文明・自民党幹事長(現衆議院議長)との間で形成されていた。消費税倍額増税カルテルの土壌だった。いわゆる「三党合意」なるものは、その土壌の上で形成され、育成されたもので、この「合意」が野田民主党政権をがんじがらめに縛り上げて、民主党政権を破滅に追いやっていったのである。
 そのカルテル土壌の上で、野田と安住は無邪気に日本財政の立て直し、イコール日本国家の危機からの脱出というイヤーゴ・財務省取り巻き官僚の囁(ささや)きを信じこみ、とにかく遮二無二突進した。その2人にはもう苦しむ国民の声は聞こえなかった。
 日本財政の危機なるものは、戦後久しく傲慢に政権を維持し続けた自民党の犯罪だったのだが、とりわけ日本列島改造論と公債発行政策の誤りにあったことは明らかなのだが、それを自分たち民主党政権が誤りを正して日本を「国難」から救うのだ、と思い込んでしまった野田と安住だった。宗教的信仰に近い信じこみで、この2人には、もうイヤーゴの囁き以外には何も聞こえなかった。
 そんな公債発行政策の中でも財政法違反の赤字国債発行政策に最大の原因と責任があったのだが、その自民党の責任を、自民党にとらせないで、馬鹿正直にも民主党政権が担うというお人好しぶりだった。
 野田、安住の2人の側近たちも、権力病に罹ってしまって、なにも進言しなかった。進言しても聞くだけの余裕を持てないほどに、イヤーゴたちの洗脳は強烈で、根強かった。
 お人好しにも、野田たちは、イヤーゴOBが作っていた増税闇カルテルの土壌の上で坐り込んでしまい、民主・自民・公明3党間だけで談合してことを運ぶ新翼賛体制の路線を突っ走った。それが奈落に向かっていることを、民主党内では、誰も忠告することがなかった。

     冷たいものだぜ官僚どもは

 こうして愚かにも民主党は財務官僚を中核とする官僚階級の隠微なサボタージュ攻撃とイヤーゴの手法を使った洗脳攻撃によってもろくも潰え去った。かって社会党を潰し、社民党を実質消滅させ、いま民主党も足腰立たぬまでに潰した。
 潰された権力者には、もう官僚階級は見向きもしない。利用するだけ利用した敗北者に権力は冷淡である。
 野田内閣が霞が関から姿を消し、官僚階級の真の味方である安倍内閣が登場した12月26日の前日の25日は野田佳彦が首相官邸を去る最後の日だったが、財務官僚は去りゆく野田には消費税増税努力の恩と労をねぎらう挨拶にも出向かず、いやもう見向きもせず、新たなる権力者の安倍晋三に擦り寄りの挨拶に出向いた。
 朝日新聞12月26日付紙に掲載された首相動静と安倍総裁動静にその事実が記録されている。即ち、野田首相に挨拶に出向いた官僚は、農水、国交、文部科学、法務、復興庁、総務、内閣府の各事務次官と警察庁長官だけだったが、権力中枢の財務、外務、防衛3省の事務次官はまだ正式には総理大臣に就任していない安倍自民党総裁を訪ねているだけである。
 この権力中枢3省事務次官はまだ総理大臣の座にある野田には挨拶にも伺っていない。使い捨ての哀れな旧主人には見向きもしないのである。その前日も、前々日もだ。
 冷淡なものである。シェイクスピアの『オセロ』では、イヤーゴは最後に殺されるが、官僚階級の田舎芝居では、イヤーゴどもは生き生きとして、新たなるご主人様に満面笑みを浮かべて、ほくそ笑んでいるのである。 (了)

「横浜日記」(208)(上) 2012年12月29日 梅本浩志

<イヤーゴの悪だくみで民主党が潰滅=続・総選挙雑感>

 中学生時代から私はシェイクスピアの作品が好きだった。中でも『オセロ』が『リア王』とともに好きだった。演劇作品でありながら、その心理描写の巧みさは、現代文学の作品に劣らないばかりか、凌駕していると思っている。
 そんな私は数日前、改めて『オセロ』を読み返した。なんとかの坪内逍遥訳でである。もう半生記前から私は、エッセイ作品として『イヤーゴの唄』というのを書いてみたいと思っているのだが、書くには至っていない。
 怠けぐさと身辺状況の変化が大いなる原因だが、今回、総選挙で壊滅的敗北を喫して、民主党が見事に潰されたのを目にして、それも官僚階級の魔手によって倒されて、文学的エッセイとは全く別ではあるが、イヤーゴを官僚階級に見立てて、一文を書きたいと思い、それに先立って、翻訳本とはいえ原作を読んでみたのである。
 『オセロ』のテーマと筋書きは複雑ではない。黒人のムーア人将軍オセロが、部下の1人の旗手イヤーゴの奸計によって、将軍の愛してやまない妻デズデモーナが副官のキャッシオに浮気をしていると吹き込み続け、まじめ一方のオセロがそれを真に受けて、激しい嫉妬心を掻き立てられて、遂に妻を絞殺してしまい、殺害直後にそれが嘘だったことが分かって、将軍も自刃してしまう、という悲劇である。
 この『オセロ』の芝居で、悪しき心の持ち主であるイヤーゴの存在が、霞が関中央行政官僚とりわけ大蔵官僚に同じように見え、民主党を自滅に追いやる手法が、実にイヤーゴの手管(てくだ)のように思えたのである。
 自己の階級的利益を守るために、共に大蔵官僚の出身である、腹黒いイヤーゴのOBたる民主党の藤井裕久と自民党の伊吹文明が裏で手を回しておいて、素人娘同然の野田佳彦や安住淳をたぶらかせて、民主党に対する国民の信用と信頼を地に落ちさせ、その結果として官僚階級にとっては最も好ましい政党で、絶対的なパトロンである自民党に復権させる、という手練手管である。

     慇懃無礼なサボタージュ
 
 3年前の前回総選挙の際の公約で民主党は官僚依存からの脱却と政治主導を掲げ、予算編成権も財務省から取り上げて、官邸で編成するのだと大見得を切り、同時に官僚階級の政治カルテルの頂上機構として存在してきた各省事務次官会議を廃止すると宣言し、まず事務次官会議をやらせなくした。
 いくら選挙公約に掲げていたとはいえ、まさか、政権成立早々にこの様な荒療治を、たかが烏合の衆の寄せ集めにすぎないと思っていた民主党政権が実行するとは、と官僚どもは強い衝撃を受け、こうした事態を放置すれば官僚階級の存亡に関わる、と思い、まずサボタージュに出た。
 官僚どもは官僚ならではの慇懃にして悪質なやり口でサボタージュに臨んだ。事務次官会議は開催しなかったが、各省局長レベルの横断的会合で、連絡を取り合い、官僚主導の実務運営を実質的に確保しつつ、あくまで政府各省庁の横断的事務連絡が取れないために、政府全体としての実務が滞るのだと、新政権に冷水をぶっかけた。
 実務面でもシニカルに対応し、平安時代の新興武士階級に対する貴族どもよろしく、実質的なサボタージュを行い続けた。資料提出をサボるは、説明を行わないは、意見を求められても本当のところは言わないは、事務作業が停滞するはという次第で、特に予算編成に当たって財源の正確な姿を示さなかったり、専門的なスキルを伝授しなかったりして、素人同然の民主党政権に対して、成り上がり者どもめがと、偉そぶっているノーメンクラツーラ(党官僚)に協力しなかった。
 口先だけは勇ましいことを言っても、実務面での知識もスキルも持たず、人間関係を握っていなかった民主党新政権の団塊の世代のノーメンクラツーラたちはこうしてどうにもならなくなり、官僚階級に頭を垂れざるをえなくなっていった。
 そうなるまでにはそう時間を要しなかった。間もなく事務次官会議は復活し、予算編成権も大蔵官僚つまり財務官僚が完全に奪還し、官僚階級はいまや敵なしの形で、以前にも増して好き勝手に動き出した。
 それが国民の目に明白に見えたのが、八ッ場(やんば)ダムの工事再開の決定だった。近年、ダムが費用対効果の面で問題視され、実際滋賀県などではダム建設を中止して河川の防災機能を強化することで、費用を節減し、防災面でも効果をあげているのだが、そうした潮流を民主党が取り入れて、群馬県長野原町に建設中の多目的ダム「八ッ場ダム」の工事を中止すると、3年前の総選挙の際、選挙公約に取り入れていた。とにかく問題が多く、費用がかかりすぎ、住民の反対も根強かったダムである。

     八ッ場ダム建設再開が突破口

 ところが、いわば民主党選挙公約の目玉だった八ッ場ダムの建設工事中止を、石原慎太郎・東京都知事(当時)を先頭に立てた、神奈川県を除く関東各県知事が工事再開を民主党政権に強く迫り、これを受けて旧内務官僚の体質をいまなお持っている国土交通省官僚どもが建設工事再開の方向へと、ずんずん推し進め、既成事実化して、民主党政権はやられ放題にやられて、為す術を見いだせなかった。国交省関東地方整備局が先兵となっていた。
 挙げ句の果てに民主党政権内部も国交省官僚に蚕食されて、最後には閣議決定を待たずに、時の国交相・前田武志は、ダムの地元の群馬県や工事関係者に、建設工事再開を伝える有り様だった。さながら軍事クーデタのようなやり方だった。
 官僚になめられた民主党は権威を失墜した。同ダム建設中止を叫んでいた当時の前原誠司・前国交相には伝えることなく、こうして工事再開決定について事前に連絡を受けることさえなかった。前原は怒ったが後の祭りだった。
 あとは、各省官僚階級にやられるだけやられっぱなしの民主党であり、民主党政権だった。政権と官僚階級との位相は逆転した。沖縄の米軍基地問題、電力料金値上げ問題、原発再稼働問題、TPP問題、年金問題、消費税増税問題等々、官僚階級は好きなようにやった。
 その総仕上げが「3・11」大震災復旧のための19兆円に及ぶ予算のメチャメチャな、官僚どもが好き勝手に編成し、使った許しがたい悪政だった。
 このようにして霞が関に巣食う官僚階級は、当初のサボタージュによる抵抗から、その後の政策立案・推進の主体へと変貌していった。さながら昔の陸軍のようだった。
 こうして再び思いのままに振舞うようになった官僚階級は、天下り、高額給与、そして数字では現れない役得利益(低額な公務員住宅、食糧費と称する晩飯のタダ食い、公用車や事務設備あるいは通信施設の自由な使用、官僚同士のコネクションを活用しての様々な便宜相互供与など)等々の甘い汁を、以前にも増して吸うようになったのである。
 ブルーノ・リッツィの言う「国家を通しての剰余価値の間接的な搾取」であり、「国家を通しての国家の所有」であり、「国家全体の剰余価値の統計を現金に換えて、それを自己の役人たちの間で分配する」システムであり、そんな官僚階級の甘い利益を役人どもが吸い続けられる搾取システムをしっかりと官僚階級は守り続けたのである。

     うぶな相手には

 いまや官僚階級は民主党を徹底的に弱体化させるだけで満足してはいなかった。官僚階級の真の守護者である自民党を復権させるべき密かな方法で実行していった。財務官僚という大蔵官僚が、以前に社会党を潰していったイヤーゴの手で、巧みに、狙いをつけた就任したての純情な財務大臣を洗脳し、掘り崩していったのである。
 それは菅直人政権当時の2011年7月の参議院選挙で民主党が大敗北し、参議院で過半数割れを起こして、いわゆる国会のねじれ状態となって、民主党政権が政権運営能力を失い始めた時期に開始された。
 まずは松下政経塾出身の野田佳彦、そして菅政権が崩壊してその野田が総理の座についたときに野田の跡を襲った安住淳がターゲットとされて、うぶな2人はオセロ将軍の役割を演じることとなった。
 野田、安住両名とも、いまや第二東大と化した早稲田大学の出身で、初入閣でいきなり内閣の中心を占める財務大臣に就任するという、過去に例のない異例の「大物政治家」だったから、攻略相手として不足はなかった。
 大蔵官僚にとってこれほど格好の担当大臣はいない。なによりもおぼこい。純情である。悪賢いイヤーゴにとっては、2代続けての格好のお客様であり、相手である。財政が危機的である、日本が危ない、などと囁けば、身を乗り出して話を聞いてくれる。 (つづく)

「横浜日記」(207) 2012年12月20日 梅本浩志

<民主党最期の日=総選挙雑感>

 愚かとしか言いようのない民主党政権が、遂に滅びる時が来た。そして安倍政権の成立で、日本が憲法改悪の瀬戸際に立たされ、増税とインフレの二重苦へと民たちが追い詰められていく時代を迎えた。その日は12月16日。総選挙が行われ、安倍自民党が圧勝した日である。この日、私は日頃の思いとは逆の行動をとった。
 ジャン・ジャック・ルソーの間接デモクラシー批判の主張に意を同じくする私は、現行の選挙システムの在り方に強く批判的であり、極論すれば選挙などどうでもよいと思ってはいる。しかし、選挙には時代反動化に対する一定の抵抗の機能があることも事実だと思うので、反動の波が際立ってきたここ20年ほどは、その限りにおいて投票所に足を運ぶことにしている。

 今回の総選挙もそうで、体調が悪く、昔ならこんな時には投票所まで足を運ばなかったのだが、今回は少し元気を回復してきた夕方近くになって、投票にいった。
 実は今回の総選挙を心待ちにしていた気分も少しはあった私である。今度選挙が来たら、民主党にだけは絶対に票を投じまい、と楽しみにさえしていたのである。
 前回、私は、自民党政権にだけは投票することなく、絶対に打倒しなければならない、そのためには現実的に同政権を打倒できる政党に投票すべきだ、と考えて、これまでの投票態度やものの考え方を変えて、いや敢えて捨てて、民主党に1票を投じた私なのである。
 選挙公約も比較相対的にそう悪くもないし、なによりも官僚主義からの脱却を掲げていたところが気に入っていた。問題は多々あるにせよ、まあ仕方ないか、こんなものだろう、と思っての投票だった。
 だが同党が政権をとってからこの3年、どうだったのか。まず国土交通省官僚どもと石原慎太郎を先頭に立てての関東知事会の強い反対圧力を受けて八ッ場ダム建設中止の公約を破棄したことから始まり、沖縄住民への裏切り行為、失業者やワーキング・プアの加速度的増大、失業の蔓延があった。そして貧富の格差の顕著な拡大だった。東京電力福島第一原発の大事故に対する犯罪的無能無策と関西電力大飯原発再稼働に見られる財界・電力会社および電力労連に対する屈従が許しがたかった。はたまたいじめ問題に象徴される公教育の破綻。
 「3・11」東北・北関東地域の大被害からの復旧のための19兆円にも及ぶ予算の大部分の他用途への転用(例えば大震災で過激派なる組織の行動に備えるためと称して公安調査庁が車を6台も購入したなどとのテレビ報道)と遅々として進まない大震災復旧と被災者たちの苦しみ等々だ。国民の大多数は苦汁を飲まされた。消費税の倍額増税。どれくらい大多数の人間が騙され、殺され、生活苦に喘いだことか。若者たちから職場と希望と喜びを奪ったことか。
 それに愚か極まるとしか言えない民主党指導部の政治的体質と資質。とにかく松下政経塾出身者たちのお坊ちゃま政治思考、財界と「連合」へのすりより、「日米同盟」の無条件受容、そして全共闘世代特有のセクト主義と権力抗争趣味。その結果として消費税に反対した小沢派に対するいじめと冤罪粛清。
 そして結局、自民、公明両党に屈従して大政翼賛会的政治体質へと堕してしまい、愚かなる民主党はうまく騙され、罠にはめられて、国会解散と総選挙へと駆り立てられての大敗北。
 この民主党にだけは絶対に投票しない、とかなり前から心を決めていた私だ。そのことを唯一の楽しみにしていた、今回の総選挙だった。もし間接デモクラシー主義者であったなら、私は今回の総選挙は非常に待ち遠しかったに違いない。

 ところがである。そんな私だったが、考えに考えた挙げ句、いや迷いに迷った挙げ句に、投票に行く寸前に、正確に書けば家を出る10分前に、その民主党に1票を入れることに心変わりしたのである。具体的には、小選挙区では民主党、南関東比例区では未来の党に投票することに決め、実際にそうした。
 私の選挙区では、自民党、民主党、共産党の3人しか立候補していない。憲法改悪を唱えている安倍率いる自民党には絶対に入れない。共産党は、言うことはおそらく一番、まともであろうが、この党が労働者運動、学生運動、社会運動の現場でやっていることは、ガリガリのセクト主義で、言う事とやっていることとは全く正反対で、この党に投票すると、自虐の苦汁が喉奥から湧き出てくるから、絶対に票を投じてはならない。
 では棄権するか。実際に私は、小選挙区の投票用紙には「バカ野郎!」と書いておくことを真剣に考えた。しかし、それでは自民党にも共産党にも3分の1だけ投票したことになる。これはわが意に反する。 
 では絶対に票を投じないと考えていた民主党はどうかといえば、私の予想では、どうみても80名の当選者を確保することは難しい。
 私は現役記者時代に、東京都庁と京都府庁の記者クラブに合計5年近く在籍していたから、選挙取材と報道は、地方議会議員から都府知事選挙、さらには国会議員の選挙とありとあらゆる選挙は経験している。だから選挙とはどういうものか、かなり知っているつもりである。
 その体験的知識の1つとして、選挙には大きな流れというものがあって、その流れに乗れば当該政党に属する候補者は加速度的に票が伸びて当選し、逆に乗ることに失敗した候補者や政党は、いくらあがいても当選圏内に達しない。そうしたことをよく知っている私だ。 

 そんな体験から判断してみたところ、今度の総選挙では民主党が大敗北するだろう、と予想できた。そうなれば憲法改悪の安倍自民党をますます勢いづかせ、その結果が惨憺たるものになることは確実である。
 ということでへそ曲がりの天性が私の投票行動を一変させたのである。そうすることで自民党に投票した誰かの票を1票分減殺する効果が出る。それで我慢しておこう、そう考えたのである。
 私のこうした心理状況は、民主党に投票したかなりの選挙民に共通しているのではなかろうか。
 そのことはこうも言えるのではなかろうか。つまり前回民主党に投票したものたちの大多数は、今回は投票所に足を運ばず、棄権したのである。その結果が投票率60パーセントを切る低いもので、民主党の大敗北に直結した、と私は考えるのだ。
 今回の総選挙で盛んに出た声が「どこに、誰に投票してよいのかわからない」だったことに、そうした棄権者の思いがにじみ出ているのではなかろうか。
 つまり民主党の、とりわけ野田政権は、経団連を中心とする財界に、「連合」を中心とする大労組に、財務・国交・経産官僚を中心とする中央行政官僚階級に、自民・公明両党に、そしてアメリカに媚を売り、延命を図って来たことが、民主党政権下のこの3年間で誰の目にも明らかだった。そうした大衆感情が自然と選挙民の投票行動に現れる、と私は思っていた。
 本来なら自党の基盤とすべき味方たるべき民たち、つまりワーキング・プア、中小企業者、農漁民、老々介護に苦しむ老人たちといった社会的弱者で声を出す術を持てない民たちを無視し、消費税倍額引き上げなどで生活苦に喘ぐ人びとを裏切り続けたために、また逆に原発に対する姿勢を曖昧にして結局は容認して、関西電力に突出して見られる傲慢極まる、利己主義も顕な電力会社に押し切られたために、民主党は民心から離反して支持と政治的基盤を失い、前回民主党に期待して1票を投じた選挙民の多くは、もう民主党に投票するのはこりごりだとなり、投票所に足を運ばなかったのではないか。
 
 こうして民主党は総選挙で潰滅的に敗北し、足腰立たないほど惨敗した。16日夜、開票が始まってすぐにそのことが明らかとなり、野田佳彦党首・首相はその事実を認めて、党首辞任(野田は「辞職」という言葉を使った)の意向を明らかにした。
 翌日には同党の議員たちを集めてその理由を語ったが、そこには敗北の「結果責任」と同党の「有為有能な人材を失ったことは遺憾だ」と閣僚8人を中心とする党上層部にいて野田を取り巻く同僚政治家どもの落選について遺憾の意を表明したが、これまでの国民大衆に対する裏切りについての責任については一切言及することはなかった。
 民主党議員たちの間では、野田執行部に対する恨み節とともに、党の再生のための真剣な方策の検討を望む声が出ていたというが、私の目からみれば、民主党は死んでしまったのであり、再生し復活することはもうあり得ないだろう。
 一度信用を失った存在は、もう信頼を取り戻すことが不可能で、あり得ないのが、大人の社会の常識だからである。松下幸之助からカネをもらって育てられた「エリート」政治家どもと、全共闘運動からの逃亡者連中たちと、霞が関出身官僚と、御用組合中心の「連合」のダラ幹どもからなる、甘えたノーメンクラツーラ集団の民主党に再生も復活もあり得ないからだ。
 そんな総選挙で明らかになったことがある。「連合」の衰退と、組合員労働者や苦しむ未組織労働者から見放されてしまった酷い実態である。苦しむ大衆からの離反の現実である。
 「連合」の労組官僚どもがいくら民主党に投票せよと指令を出しても、もう一般組合員は、低賃金にも首切りにも失業にも老々介護の苦しみにもなんらの実効的な行動をとろうとしない「連合」幹部どもの、財界や大資本と癒着している日頃の有り様を見させられていて、選挙のときだけ集票マシーンとして使われる「連合」の運動の仕方や有り様に対して拒絶反応し、指令を無視して投票所には行かない、そんなささやかなサボタージュを行ったのである。
 そして大企業・公務員労働者を主力とするそんな特権的利益享受者集団の「連合」は、もはや苦しむ一般国民から見放され、加入労組員からも距離感を持たれて、ここに「連合」と一般国民との乖離が決定的になってしまっていることが、今回の総選挙でいみじくも証明されたと言えるだろう。「連合」もまた潰滅したのである。いやしていたのである。
 昔琵琶法師は「奢れるもの久しからず」と歌った。いま奢った裸の王様はわずか3年で姿を消すハメとなった。ただ聴こえてくるのは祇園精舎の鐘の音と死者を悼む読経の声だけだが、早くも安倍だの石原だののドタドタした足音と乱暴な怒声が迫るように聞こえてきている。
 明2012年12月21日は、宇宙について知見明るいマヤの住民たちの暦の最後、いや最期の日だという。西暦とはいえ、奇しくも0と1と2だけからなる暦日だ。マヤの先祖たちの不吉な予見が民主党と「連合」だけに留まってくれればいいのだが。

「横浜日記」(206)(下) 2012年11月29日 梅本浩志

<安倍自民党の本当の狙いは憲法改悪にある>

 失業者の急増を中心とするワーキング・プアの増加、米国に次ぐ貧富の差の酷さに現れている所得格差の増大、経済の衰退と国民生活の破綻、年金問題を中心とする社会保障の破綻、福島第一原発事故に対する無能な政策、その上の大飯原発運転再開をはじめとする危険な原発の操業再開と横柄な電力会社の態度、沖縄住民たちの苦悩に対する無能無策の上の日米同盟のより一層の強化政策、「3・11」震災被害に対する予算の乱費等々の、まさに日本崩壊を地で行く政治の衰滅と、この弱みにつけ込んだ中国や韓国の挑発の数々。
 このままでは殺されると日本国民の多くが思うに至ったことは当然であり、自然である。もっと有能で強力な政治が必要だ、と日本国民の大多数が思うようになった。安倍晋三たち改憲派にとってはまさにチャンス到来となった。
 政治が悪いのは、現在の日本の統治体制がなっていないからであり、憲法の体制や仕組みが悪いのだと、悪知恵を働かせて、蠢(うごめ)きだし、いまや恥も外聞もあらばこそ大声で叫ぶに至ったのである。
 「アメリカ占領軍に押し付けられた憲法が、美しい日本の国情に合わないのだから、日本はこういう無様(ぶざま)になったのだ。中国や韓国からなめられるんだ。だからどうしても憲法を、『美しい日本』にふさわしいものにこの際、変えなければならない」と大声でわめきだした。
 「近い将来に必要となるかも知れない日本の核武装のために、原発を止めるわけにはいかない」などと言う自民党の幹部も出てきた。
 こうしたダミ声に国民が反論する余裕がないことをいいことにして、退役自衛艦(軍艦)を海上保安庁に所属替えして「巡視船」と呼び変えて、退役した予備自衛官を召集してそんな改造巡視船に乗り込ませて、実力でとりわけ中国の艦船を撃退すべきだと喚(わめ)き出し、自民党が総選挙で勝利し、政権をとったなら、そうするとまで言い出す者まで出てきた。安倍晋三本人である。
 現在の日本国憲法が、実際には日本人の頭と手によって作られたという歴史的事実をねじ曲げて、安倍晋三や石原慎太郎たちが「押し付けられた現在の翻訳憲法を自主憲法に変えなければならない」などとわめきだした。
 こんなダミ声に他の大多数の政党も影響を受け、できたての嘉田滋賀県知事を党首とする「日本未来の党」はどうか知らないが、政治的には無力でしかない社民党ともはや革命を叫ぶこともなくなった代々木共産党以外の他の政党は、なんらかの形で「憲法改正」を口にするようになった。

     バーさえ下げておけばよい

 安倍晋三たち自民党の隔世遺伝政治家どもにとっては、まさに好機到来の状況となった。だがそんな憲法「改正」を口にする大多数の政党も、ではどこをどう「改正」するかは、テンデンバラバラである。
 とても安倍たちが言うように、天皇元首制、国防軍創設、非常事態条項挿入に賛成する政党は、少なくとも現時点では自民党以外には見られない。せいぜい維新の会ぐらいが賛同するぐらいだろう。
 だからいざ国会で憲法「改正」について論議すれば、各党テンデンバラバラであり、収拾がつかなくなることが十分ありうるのである。こうしたことを安倍たちが予想していないはずがない。
 だからまず安倍政権が誕生すれば、「国民の理解を得つつ」つまり侃々諤々(かんかんがくがく)の議論だけを出させておいて、「ここは憲法改正の手続きだけを改正して、残余のことは次の機会に議論して決めましょう」ということで、意見集約して、とりあえず最大の難関である「三分の二」の壁を突破して、「改正」のバーを「二分の一」にまで引き下げておけば十分だと考えていると見るのが常識的であろう。
 そうしておけば次の選挙で過半数の当選者さえ確保すれば、あるいは様々な欺瞞的な他党派抱き込み工作を行って、両院で過半数さえ確保しておけば、いつ何時でも、思うがままに、好きなように、本丸の条項に改正すれば、それでよいのだから。
 そうした「二分の一」の条件は過去、自民党が幾度も達成したところであり、今後も十分、達成できることは十分、ありうるのである。そうなればもうさらなる「六分の一」当選者増の苦難を味合わなくてすむのだから。

     姑息で陰湿な闇討ちだ

 今度の総選挙には重要課題が山積している。地震国日本における原発再稼働や使用済み核燃料の保存、大衆を苦しめる消費税倍額増税、日本農業に甚大な被害をもたらすおそれのあるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加問題、いじめ自殺に象徴される教育問題、就職難・失業の増大、中小企業の倒産、「3・11」大震災・原発禍の復興支援、脆弱極まる社会保障、財政再建等々どれをとっても解決困難で緊急を要する問題ばかりであり、それも山とあり、民たちの生活は悪化し、窮迫する一方である。
 民の関心はそうした緊要の問題ばかりである。「憲法改正」などは切実な問題ではないのである。自分の生活が危殆に瀕しているときに、戦前の日本のほうがよかったとか、安倍の描くような「美しい国」にすべきだとか、そんなヒトラーのような美学を後生大事に奉る余裕など今の日本人にはないのだし、そんな暇な人間はいないのである。
 国が破綻する前に民衆が追い詰められ、苦しめられているのだ。エスカレーターで進学して受験戦争や現代の公教育の矛盾には体験したこともない、お受験育ちの安倍晋三ごとき隔世遺伝の「次期首相」のように、憲法「改正」だの、「美しい日本」だの、戦争のできる「国防軍」創設だのと言っている余裕など微塵もないのだ。
 昨夜の民放(東京放送)テレビのニュース・ショーで安倍は「現憲法では戦争になったとき、日本人捕虜たちは国際法による庇護を受けられずに、単なる殺人犯として扱われるおそれがあり、憲法で明確に国防軍だと規定して、各国に通告しておく必要がある」といった趣旨のことを話していたが、なんと戦争に突入する際の心配までしていた。なんといえばよいのか、ただただ呆れるしかない。戦争をしなければ戦時捕虜など生まれないのに。
 そんなどさくさに紛れて、まるで火事場泥棒のように、戦争のできる憲法に改悪するなどという「選挙公約」を紛れ込ませて、しかも憲法改正手続きの面で最大の難関である「三分の二」条項を巧みに変えて、以後息つく暇なく一挙的に戦争のできる、核装備した「国防軍」を創設して、「戦前の美しい天皇元首制の強い日本」にしてしまおうとしている安倍自民党。油断も隙もないとはこのような姑息で陰湿なやり方に騙されまいと警戒して言う言葉である。
 ちなみに現在、マスコミ特にテレビが報じている今次総選挙における各党公約の最大の争点の中に「憲法改正」を取り上げているマスコミは何局あるだろうか。
 まずない、と断言してもよいだろう。原発問題、消費税、TPPそしてデフレ脱却のための経済政策が四大争点として取り上げられていて、改憲に対する主張だの違いだのを比較紹介しているメディアはまずない。
 そんな空隙をついての安倍自民党の姑息な、日本国民への奇襲攻撃である。油断めさるな有権者諸君。ご用心!ご用心!  (了)

「横浜日記」(206)(中) 2012年11月29日 梅本浩志

<安倍自民党の本当の狙いは憲法改悪にある>

 自民党の選挙公約に目を通していると、この彼らにとって最大の狙いたる憲法「改正」には、巧みに仕掛けがしてあることに気づく。それは、とにかく今回の総選挙で改憲勢力として衆参両院で3分の2の議員を確保して、まず現行の憲法改正のバーを低くして、これから何段階かに分けて、状況次第では一挙に、安倍たちの終局の目標に持っていくという魂胆が隠されているということである。
 「『憲法改正原案』の国会提出と憲法改正を目指し、国民の理解を得つつ、積極的に取り組んでいきます」という言葉と、「憲法改正の発議要件を衆参それぞれの過半数に緩和」という二つの選挙公約文章に、その魂胆が透けて見えるのである。
 つまりこうなのだ。今度の総選挙で安倍自民党が第一党になり、「憲法改正原案」を公約どおり国会に提出する。その中味は選挙公約どおりに国防軍創設や天皇の元首化あるいは「緊急事態条項新設」という名の独裁専制条項の盛り込みなどである。
 かつてナチスはワイマール憲法はそのままにしておいて、緊急事態対応特例法を4法だけ成立させておいて、それら4法を法的根拠として独裁体制を確立し、ドイツ国防軍にナチス親衛隊を付着させて、軍をほぼ完全に思想統制して、その統制をドイツ全土に拡大していき、非道な独裁専制支配を確立し、遂に第二次大戦を展開していったことをこの際、想起しておくべきである。
 もちろんこうした極右・安倍晋三の率いる自民党の憲法改正原案は、ナンセンス化したとはいえ、石原慎太郎を党首とする「維新の会」を除けば、さすがの各政党も受け入れることはできずに、反論、異論を賑々(にぎにぎ)しく口にするだろうから、安倍たちはここは「公約」どおりに「国民の理解を得つつ、積極的に取り組んでいきます」。
 つまり言わせるだけは大いに言わせておいて、いかにも安倍自民党は民主的で国民の意見に耳を貸し、譲歩する寛容な態度を示す。この段階で他の政党はおとなしくなり、マスコミも自民党の「大人の態度」を「評価」し、「賞賛」して、大人になった、奢(おご)ることなき自民党を賞賛することとなる。
 だがこうした過程で安倍自民党が形の上で譲歩を余儀なくされ、一見負けた形となっても、安倍たちが絶対に譲らないのは、「憲法改正の発議要件を衆参それぞれの過半数に緩和する」の1項だ。これさえ実現してしまえば、後は好きなように憲法を改悪し続け、「戦前の古い日本を取り戻す」ことができるようになるというわけだ。

     狙いは改正のバーの引下げ

 現在の日本国憲法では、「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」(96条)と定められ、その上で「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」(同)と規定している。
 衆議院と参議院それぞれの議員総数の三分の二以上の議員の賛成を取り付けて、憲法改正を発議して、それを国民投票に付して、投票者総数の過半数の賛成がなければ、現憲法は改正できない仕組みになっている。
 ここで「国民たる投票者」の定義が問題となるだろうが、安倍自民党は正確な国民、つまり死にかけている老人から生まれたての日本国籍を持つ赤ん坊まで含めた国民とは定義せず、強引に現行の選挙制度に基づく20歳以上の有権者と決めて、国民投票に持ち込もうとすることは確実であろう。しかも国民投票の投票率についてはなんらの下限も設けていないから、ことは簡単である。
 もし国防軍が創設され、戦争になった場合には、少年法の改正問題で議論となっているように18歳で線を引いた上での「18歳以上の日本国民」となることはまず考えられず、まして太平洋戦争時においてそうであったように、最前線で死を強制される「中学生以上の人間」でもないことははっきりしている。
 戦場で最前線に立って戦い、あるいは核攻撃で殺される若者には選挙権が与えられずに、青少年たちを、戦争を大義名分にして殺すことによって利益を得る、戦争には役立たずの中年以上の人間だけが投票資格を得て、「憲法改正」の決定権を持つ。これほど非条理なことはない。
 つまり偉そうなことを言いながら、死ぬことはない中年以上の、戦争には役立たずの人間には憲法改正を決める「国民」としての投票資格を与えるが、最大の戦争被害者となる若者たちには与えられずに、やがて彼らは「国防軍」に投入されて、「美しい日本」のために死ぬことを命じられるというのにだ。
 こうした憲法「改正」にまず必要な衆参両院各議員の「三分の二」のバーを、安倍自民党は「二分の一」に引き下げようとしているわけだ。

     厚かった「六分の一」の壁

 「三分の二」から「二分の一」へと引き下げるのなどたいしたことはない、などと思うなかれ。わずか六分の一の差しかないのだが、この六分の一の壁のために、憲法「改正」を結党以来の党是としてきた自民党は、いまだに目的を達成できていないのである。
 確かに自民党は1993年の細川護煕・非自民8党連立内閣の成立と土井たか子衆議院議長誕生に至るまで、いささかの例外はあったものの、常に選挙に勝ち、たとえ過半数を取れなくても連立を組むなどして、常に国会で多数派を形成し、政治的ヘゲモニーを確保してきた。いわゆる55年体制という、日本経済の高度成長と表裏をなす政治的安定期だった。 
 だがそうして衆参両院で過半数を取り、政治的に確固たる基盤を造りあげながらも、憲法改正に必要な両院の三分の二の議員数を確保するには至らなかった。二分の一と三分の二との差である「六分の一」の壁をどうしても突破できなかったのである。
 なにしろ憲法学者で現憲法を愛してやまない土井たか子が護憲の旗印を高く掲げ、最大野党だった社会党の党首の座にあり、衆議院議長のポストをしっかりと守っていたから、自民党はどうすることもできなかった。
 こうして21世紀に入ってきたのだが、自民党は福田赳夫、吉田茂、岸信介の子供や孫を総動員して政権の座をなんとか維持してはきた。しかしボンクラな子や孫はとても父や祖父たちの力量を持てずに、隔世遺伝の精神は声高に叫びながらも討ち死にしていき、まもなく総選挙で自民党を大敗し、党是の「憲法改正」の実現どころではなくなった。
 そんな中で安倍晋三だけは、国民の生活や経済再建をほっぽらかしにして、教育基本法の大改悪をやり、同時並行的に憲法改悪のための条件づくりに精を出し続けていたのである。小泉改革で民たちの生活と日本経済がシッチャカメッチャカになっていたのにだ。だが安倍は病気を理由に首相の座をわずか366日でほっぽり出し、祖父・岸信介の遺志を徹底実現できなかった。

     チャンス到来と安倍自民党

 ところが、歴史というものは皮肉なもので、総選挙で大勝した民主党が財務省官僚という源氏名の大蔵官僚に巧みに手篭(てごめ)されて、大勝した総選挙時の選挙公約は守らないは、公約では実質的に否定していた消費税を倍額引き上げするは、原発事故などで嘘を吐き続けるは、沖縄の住民たちをペテンに掛けるはなどして、国民からすっかり信用を無くして、党からの離反者が相次ぎ、もう二分の一もぎりぎりの線を越えてしまい、あと2週間に迫っている総選挙を前にして、敗北が必至の情勢になるに至った。 (つづく)

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