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http://blog.goo.ne.jp/btblog.php?bid=08e1138dbd3a0a799e0a972bd59249ab&eid=791eb6874c0287c9481c95dc0c4b343b&m=e もうひとつの南京虐殺事件
これは遡ること10年、昭和2年支那革命軍(国民党)が南京入城後に行った略奪、暴行事件です。
その記事を転載させていただきました。
転載元:一燈照隅 http://blog.goo.ne.jp/misky730/
南京虐殺事件をご存じでしょうか。いわゆる世間で言われている日本軍が南京入城後に行ったとされている件でなく、昭和2年支那革命軍(国民党)が南京入城後に行った略奪、暴行事件です。
蒋介石率いる国民党は南から北上していき、上海占領後南京の攻略にかかりました。 3月24日南京に入城するのですが、入城後各国領事館を襲撃し領事館を殺害したり、館内の物を一つ残らず略奪していきました。
「暗黒大陸中国の真実」ラルフ・タウンゼント著(この本は1933年にアメリカで発刊された本です) を読んで南京虐殺事件が書いてありましたが、日付が変なのでよく読んでみると1927年(昭和2年)になっていました。日本軍が南京に入城したのは1937年(昭和12年)です。 年代が合わないので図書館で昭和2年の朝日新聞を調べてみましたところ、3月24日国民党軍が南京入城後、共産党の手引きによって外国領事館に略奪、暴行、虐殺を行っていました。まさに、日本軍によると言われている南京虐殺事件その物の内容が、日本軍の南京入城より10年前に国民党によって行われていたのです。
この事から考えて、東京裁判で始めて南京虐殺事件が出てきたのですが、東京裁判で日本軍の残虐性を出さなければいけないため、占領軍による日本軍の残虐行為を捏造する必要があったのではないかと。
日本にはドイツのようなジェノサイトが無かった。どこを探しても捕虜虐待程度の、いつの戦争でもあるような事しか出てこなかった。そこで、昭和2年に南京で起きた虐殺行為を昭和12年の日本軍が行ったようにしたのではないかと。
昭和2年の時アメリカ宣教師が「南京虐殺に関する声明文」を発表していますが、その中に東京裁判で南京虐殺の証言をしたマギー牧師の名前があります。 この事からしても何らかの意図があったのじゃないかと思います。
中国にある南京虐殺記念館は、国民党と共産党による虐殺記念館に名前を変えるべきです。
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「東京裁判で始めて南京虐殺事件が出てきた」
これはウソです。右翼のプロパガンダ情報です。
事件当時、英字新聞ニュースで、世界中に報道されています。
しかし、残念なことには、日本国内だけは、厳重な報道規制がされ、
日本国民は一切知りませんでした。
勿論、南京大虐殺を行った日本兵には、緘口令が布かれました。
虐殺・暴行の被害者の映像「マギー牧師のフィルム」は
必死の思いで持ち出され、
上海で現像され、4本プリントされました。
これを使い、全米で講演して募金して回りましたので、
南京大虐殺は大勢の人に知られました。
そして、残虐性が暴露され、
見た人が体の具合を悪くしたという報告もあります。
更に、有名な「Life」にも大々的に写真が掲載されました。
この映写会は、日本の<駐米>大使館でも把握しており、
日本政府に報告を送っています。
また、英国でもこの「マギー牧師のフィルム」が、多くの場所で
見られています。
2009/4/13(月) 午前 9:41 [ イエスちゃん ]
残念ながら
シカゴ・デイリー・ニューズ 一九三七年十二月十五日 A・T・スティール
ニューヨークタイムズ 一九三七年十二月十九日 ハレット・アベンド
同一二三八年一月九日 F・ティルマン・ダーディン
マンチェスター・ガーディアン・ウィークリー 一九三八年二月十一日
などで既に日本による「南京大虐殺」は報道されています。
ついでにいうと1927年の方の南京事件と南京大虐殺じゃ規模が全然違うし、27年の方も当時からとっくに外交問題になってた上に第一次国共合作崩壊に関係するほどの大事件なわけで、だれがどう考えたってこの二つを混同してくれるほどマヌケな人は、いないよね。
2010/6/10(木) 午前 8:42 [ bus**rd8*001 ]