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画期的な判決に大喜びの弁護団=東京地裁前で21日午後1時40分、堀和世写す 国旗国歌:都教委の「強制は違憲」東京地裁が判決
入学式や卒業式で日の丸に向かっての起立や君が代斉唱を強制するのは憲法で保障された思想・良心の自由を侵害するとして、東京都立高の教職員ら約400人が都教育委員会を相手取り、起立や斉唱の義務が存在しないことの確認を求めた訴訟の判決が21日、東京地裁であった。難波孝一裁判長は「強制は違法、違憲」と判断し、起立や斉唱の義務がないことを確認したうえ、一人当たり3万円の慰謝料の支払いを命じる判決を言い渡した。 都教委は03年10月23日、都立学校の各校長に「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」という文書を通達。国旗に向かって起立▽国歌斉唱▽その際のピアノ伴奏▽こうした職務命令に従わない場合に服務上の責任を問われることを教職員に周知−−との内容で、これに従わず懲戒処分を受けた教職員らが提訴していた。 判決では、「国旗掲揚、国歌斉唱に反対する者も少なからずおり、このような主義主張を持つ者の思想・良心の自由も、他者の権利を侵害するなど公共の福祉に反しない限り、憲法上保護に値する権利。起立や斉唱の義務を課すことは思想・良心の自由を侵害する」と判断。さらに、「通達や都教委の一連の指導は、教職員に対し、一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制することに等しく、教育基本法10条1項で定めた『不当な支配』に該当し違法」と指摘した。 毎日新聞 2006年9月21日 16時21分 (最終更新時間 9月21日 16時37分) 本日、私の頭を真っ白にさせ考える力を奪ってしまった”事件”である。一体何に驚いたというと、訴えた人間と裁判所両方にだ、いや、もしかしたら現在の日本に驚いたのかもしれない。 およそ国というものには国旗と国歌が存在する、地方の県にでもあるところはある。独立した行政組織なら当たり前の話だから当然なのだが、この判決では「日本は国ではありませんよ」と認めたことになる。つまり、日本はアメリカの海外県で国なんていうのはおこがましいと東京地裁が判決したことになる。だから私の頭は「真っ白」になった、言われてみれば思い当たるフシがある、日本の戦後史を思い出せばそこにはたくさんの証拠が存在する。 戦争が終わってアメリカ占領軍はドカドカと乗り込んできた、そして彼らは「現在の日本を解体する、日本人は命令に従え」と命じた。腹をすかせた国民は命令に従わなければ食料が貰えない、誰も飢え死にしたくはない、やっと戦争を生き延びたのに飢え死にじゃみじめだ。飢えの心配がなくなると一番元気になったのが左翼勢力だ。日本が解体されたからもう怖いものがなくなったのである、言論界と教育界を占領しまず日の丸と君が代を追放した。そして今後国民は国旗と国歌には従う必要はないと教えた、なければ困りそうなものだが、彼らは国という概念さえも追放したから困るわけがない。 憲法も同じで自衛隊は違憲だが存在する、すべてにイエスとノーが大嫌いで物事がすべて玉虫色に、で憲法は国立博物館で埃をかぶって放置されている。触ると左翼が騒ぎ出すから現実政治は憲法とはまったく違う方向にどんどん歩き出している。 裁判所はこれまた自由判決で「勝手な解釈」が主流になったから一審と二審で180度違う判決が出るのが当たり前になった。アメリカは戦後多数の学者、研究者を日本に連れてきて日本人という民族の分析を試みている、そして出した結論は日本人は極めて優秀だが欠点がある、それは日本人のメンタリティは小学校高学年くらいにしか感じられないというものだった。この報告書はアメリカに送られて日本研究の材料に用いられている。 国旗と国歌の由来をきちんと教えることもない、国の概念がなくて生きていける不思議な国日本、こうして日本は国ではなくなったのである。私は趣味で世界中のメディア情報を集めている、そして自動翻訳機を使って翻訳して記事にしている。私自身12年の海外経験がある、あらゆる情報と経験を照らし合わせて国や民族の概念を持たない人間を知らない。それは人間の基本だからだ、上記の訴えた人々と裁判所側の意見は多分こうではないかと考える。 「国旗と国歌は強制されるものじゃない、信じるのも否定するのも自由である。たとえイワシの頭を国旗だと主張するのも自由だ、日の丸は日本人だか燃やさないだけの話だ、国家なんて一度は否定されたのだから、なくて当たり前である」 注記:メンタリティ(mentality ) 心的状態、意識、考え方、知性、心性、精神力などの総合的な意味。
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日本社会のアレコレ
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地方紙の社説をTBさせていただきますね。
2006/9/27(水) 午前 0:51
公務員が、国の言う事聞かないのであれば、組織自体が崩壊します。 勝手な教育をしたいなら私立に行けばいいのにね。 でも、公務員と言う地位は欲しい。 なんとも身勝手な教師達だね。
2006/9/27(水) 午前 8:55 [ 夏 ]
民主主義は良くも悪くも多数決で事が決しますが、これは、声の大きな少数派が、眉をしかめながらも沈黙する多数派を引きずり回したような事件だと思うのですが、、、アレッ?!^o^;;;
2006/9/27(水) 午後 6:35
くそばかたれの日教組は、国旗国歌の由来のせいにして、卒業式の国歌斉唱や起立すら行いません。おかげで、自分が気に入らなければ何でもボイコットする生徒が増えました。これをまた、アンポンタン教師が教育現場をしらない学級崩壊は保護者と教育委員会のせいだと言ってます。
2006/9/27(水) 午後 11:12 [ dok*bak**akabo* ]
dokabakabakabonさま>訪問、コメント、ありがとうございました。
2006/9/27(水) 午後 11:56
外国で、日本の国歌が流れる中、国旗を見つめているときに、言いようのない民族の血を感じるのは私だけではないはずです。素直に国を思う気持ちを醸成させるそんなに危険なことなんでしょうか?日の丸、即戦争だとか、個人の自由をふみにじるだとか・・・。戦後の教育の矛盾を改める時期にきているというのに・・・。残念です。
2006/10/23(月) 午後 1:02 [ ym2*552**1 ]
そうですね。わたしも、国外で日の丸が燃やされたりする映像を見ると、腹が立ちます。日常思ったこともない、帰属意識を目の当たりにされるようです。日本というこの国体があってはじめて安穏たる生存を許されている、、その象徴たる日の丸であり、君が代であれば、本来強制されるまでもなく、日常の中にあってよいものだと思うのですが、、強制されても拒否したいという人の意見には納得できません。過去に軍国主義の象徴であったからと言う理由はいかにも最もらしく聞こえますが、情緒に流された強弁に聞こえてしまうのですが、、、拝。
2006/10/24(火) 午前 1:09
韓国で、国家、国旗、愛国心が皆、共通に話せるし、決してそれが国粋主義につながらない、私の偏った?人間関係でしょうか?周りにいる多くの人は、年齢差もあるでしょうが、国旗や、君が代に対しては違和感より、嫌悪感を感じる、と言います。立ってるスタンスが違えども、この様な異常な社会の分断がなくなり、自然とそれらを強制なしで歌い、敬愛できる国家に、社会になって欲しいもんですね。
2006/10/24(火) 午前 8:48
鏡を見て、嫌な顔だと思い、しゃべれば人を不快にさせる、それでもワタシはワタシなのだというように、それでも、象徴としての国旗国歌は日の丸、君が代、整形すればという意見もあるようですが、記憶ばかりは変えられない。だとしたらありのままの姿で受け入れてもらえるように努力をするしかない、fwapyさんの言うように。→
2006/10/25(水) 午前 0:41
→そして、その努力は政府だけに課せられたものでもない、北の核実験で在日の方に嫌がらせをするような事のない個々人へと自らを律していくことが小さな、でも確実な一歩となってくれるのだろう、、などど、考えてしまいました。拝。
2006/10/25(水) 午前 0:42