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米機密文書公開に見る731部隊の実体
日本の戦争責任?
[ fagyokuran ]
2018/6/26(火) 午後 2:59
偕行社の「お詫び」に見る南京大虐殺
「南京大虐殺」?
[ ななしさん ]
2017/7/9(日) 午後 8:17
大東亜戦争が残したもの
日本の戦争責任?
[ 壮年老い易く学成り難き ]
2017/5/5(金) 午前 8:35
掠奪と搾取
350 年にわたりインドネシアの香辛料など独占的に収奪したオランダは、19世紀に入ると、強制的栽培制度を導入し耕地の5分の1(実際は半分)にわたって、コーヒー・砂糖・藍などのヨーロッパ市場向け作物を強制栽培させた。
これによる巨額な収益は国家予算の3分の1を占めた。
インドシナ半島東部を支配したフランスは、無主の土地に没収令を出して、申告のない土地を収奪しフランス人らに無償で与えたため、農地を奪われた農民は小作人からさらに債務奴隷へと没落した。
イギリスは、インドの綿織物輸入で利益を上げていたが、産業革命で自国の綿製品が盛んになると、インドの綿製品には課税しイギリスの綿製品には免税して逆輸入させてしまった。
これによりインドの紡績業は大打撃を受け、織物都市のダッカの人口は激減した。また、茶の輸入により入超になったイギリスは、中国へ流出した多額の銀を取り戻すためにインドにけし栽培を強制し、大量のアヘンを中国に密輸して暴利を得た。
財政悪化を招いた清はアヘンの密輸を取り締まったため、イギリスはこれを口実に戦争を仕掛け、香港を租借した。これが悪名高いアヘン
南京大虐殺の嘘を暴いた外国動画?
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2017/2/26(日) 午前 8:31
日本を激怒させ国民党政府軍と戦争をさせる為に、同年七月二十九日、中国保安隊によって日本人婦女子を含む二百二十三人が残虐に虐殺された「通州事件」や、同年八月九日に起こった「大山大尉惨殺事件」、更には、1937年八月十三日、国民党政府軍に潜入していたコミンテルンのスパイである南京上海防衛隊司令官の張治中(ちょうじちゅう)の謀略によって、上海に合法的に駐留していた日本海軍陸戦隊四千二百人に対して、三万人の国民党政府軍が総攻撃を仕掛けた第二次上海事変を起こすなど、中国は日本に対して次々に挑発を繰り返し、それまで自重し冷静な対応を取っていた日本も、中国との全面戦争を余儀なくされたのであり、不当に日本が中国を侵略したわけではない。
上海事変で勝利した日本軍は、敗走する国民党政府軍を追撃し、国民党政府の首都であった南京を攻略し、同年十二月十三日に南京占領。このとき敗残兵が住民に対して略奪、虐殺を行なった。
それらの敗残兵が民間人の衣服を奪って便衣兵(ゲリラ)となったことから、日本軍は便衣兵の掃討作戦を行った。
『本当の日本の歴史 理論近現代史学』より引用
偕行社の「お詫び」に見る南京大虐殺
「南京大虐殺」?
[ ななし ]
2017/1/24(火) 午前 0:21
米機密文書公開に見る731部隊の実体
日本の戦争責任?
[ lad*on*del*ci*lo ]
2016/2/8(月) 午後 10:26
南京大虐殺の嘘を暴いた外国動画?
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[ col*rcy*u*32t ]
2015/1/28(水) 午後 3:21
えっと、初めてブログに書き込みさせて貰いますd(^^*)
迷ったんですけど、どうしてもありがとうを伝えたくて書き込みしました(=^_^=)
スポーツとかでもそうですが、ブログも小説みたいに書き手のセンスが問われるんだなって。
同じようにブログを書いてる者としては刺激的でもあり、実力の差を知ってちょっとがっかりしたり笑(^▽^●)
でも純粋に一読者として楽しくブログを拝見させた貰いましたし、あっというまにファンの一人になってました(о´▽`о)
自分のブログでもないのにちょっと書くか迷ったことがあるんです。
というのもちょっと抱え込んでる悩みがあって。
私の悩みにどんなことを、◆◆usami◇◇さんなら言ってくれるんだろうって率直に知りたい気持ちです。
koikaren@i.softbank.jp
時間がある時でもちろん構わないので、もしよかったら連絡を貰えませんか。
大東亜戦争が残したもの
日本の戦争責任?
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2014/9/28(日) 午後 2:23
アメリカは、1941年7月18日、アメリカ陸軍長官・海軍長官からルーズベルト大統領に中国からアメリカ人が操縦する150機の爆撃機で9月から10月にかけて東京・大阪・京都・横浜・神戸を奇襲爆撃で焼き払う作戦計画が提出され、大統領による承認がなされる。
7月21日には、中国戦線に派兵していたフライングタイガース隊を核とした日本本土への先制攻撃作成が大統領、海軍長官、陸軍長官らの署名のもと認可された。
7月25日には在米日本資産を凍結。
8月1日に、日本に対しても石油輸出の全面禁止という厳しい経済制裁を発令した。
40年から41年にかけて民間会社を通じ、必要物資の開拓を進めたがアメリカ政府の干渉によって契約までたどり着かない上、仏印への和平進駐及び満州増派に伴う制裁が実施され、物資の供給が完全に絶たれることとなった。
対日制裁を決めた会議の席上、ルーズベルトも「これで日本は蘭印に向かうだろう。それは太平洋での戦争を意味する」と発言している。
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