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<Japan という FLASH >より
                      転載元:緑の木陰のつぶやき


■ククリックド・プラモード(タイ、元首相)

「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。
日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。
それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。
十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。
我々はこの日を忘れてはならない。」

( 十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」において )



■ラグ・クリシュナン(インド、元大統領)

インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。
それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。
驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。

(昭和44年「日本経済新聞」)



■ブン・トモ(インドネシア、元情報・宣伝相)

我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。
インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。
それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。
我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。
一度持った自信は決して崩壊しない。
日本が敗北したとき、
「これからの独立は自力で遂行しなければならない。独力でやれば五十年はかかる」と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。



■ラダ・ビノード・パール(インド、極東国際軍事裁判判事・法学博士)

要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の一七年間(昭和3〜20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と烙印する事が目的であったにちがいない。

 ・・・・・ 

私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。
この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。
その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。

それなのに、あなた方は自分らの子弟に
「 日本は犯罪を犯したのだ 」
「 日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ 」を教えている。

満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。
あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。
あやまられた歴史は書き変えなければならない。

(昭和二十七年十一月五日、広島高等裁判所での講演)



■朴 鉄柱(韓国 平成二年一月逝去・六十八歳 、韓日文化研究所 昭和四十二年十月)

「ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。」

「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。
平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。
それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。
最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。
『事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし』というのが、開戦時の心境であった。

それは日本の武士道の発露であった。
日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。
それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。
日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」

「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。
彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。
戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。
日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。
日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、『聖なる戦争』であった。
ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。
二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」

( 昭和42年10月 )



■H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)

「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」



■ジョージ・S・カナヘレ(アメリカ、ハワイ日本経済協議会事務局長・政治学博士)

日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事の中で、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えた事である。

(中略)

インドネシア人が軍事訓練を受けたことの意義は極めて重要なものであった。
これが後のインドネシア革命軍の大部分の将校と何千の兵士となり、復帰してきたオランダ勢力と独立戦争を戦う際の基盤となった。

日本によって与えられたこのような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。



■バ・モウ(ビルマ元首相 独立宣言より)・・ビルマは現在のミャンマー

約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。
英国はさらにその伝統的陰謀賄賂及び想像し得るあらゆる詐欺及び術策の武器を使用せり。

 ・・・・・

ビルマ人は徐々に搾取され時の進むに従い総ての国民的実質、莫大なる物資的資源、機会、文化、言語、さらに遂にはその生活様式までも失い・・・愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。

ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。

ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり。

(一問に百答 日下公人 PHP研究所)



■モハマッド・ナチール (インドネシア元首相)

大東亜戦争というものは、本来ならば私たちインドネシア人が独立のために戦うべき戦争だったと思います。
もしあの時、私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。
大東亜戦争とはそういう戦いだったんです。



■アーノルド・J・トインビー(イギリス、歴史学者)

第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。

その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。

(1965年十月二十八日、英紙「オブザーバー」)


英国最新最良の戦艦2隻が日本空軍によって撃沈されたことは、特別にセンセーションを巻き起こす出来事であった。
それはまた永続的な重要性を持つ出来事でもあった。
なぜなら1840年のアヘン戦争以来、東アジアにおける英国の力は、この地域における西洋全体の支配を象徴していたからである。
1941年、日本はすべての非西洋国民に対し、西洋は無敵でないことを決定的に示した。
この啓示がアジア人の志気に及ぼした恒久的な影響は、1967年のベトナムに明らかである。

(昭和43年三月二十二日「毎日新聞」)

自民党有志議員による議員連盟「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(会長・中山成彬元文科相)は13日、党本部で総会を開き、従軍慰安婦問題で旧日本軍の関与を認め謝罪した「河野洋平官房長官談話」(1993年)の見直しに向けた活動を強めていくことを決めた。年明けにも小委員会を設置、談話を出した経緯や事実関係の検証を進めた上で報告書を作成、安倍晋三首相に見直しを提言する。 (07:02) 
NIKKEI NET

河野談話は本人が何の証拠もなく,発言したと述べていますからね。
http://www.tsukurukai.com/02_about_us/2_maso/maso01_file/undogaaru_p248.html

裏付けのない論理は崩壊する運命にあるわけです。

転載元転載元: 株式投資に必要な統計とニュースの収集

 我々がイラク戦争で目撃した事実の中でいかに多くの民間人が軍隊とともに行動しているか、また、そ

の民間人の犠牲者がいかに多かったか、という点が目を引く。極端な言い方をすれば現代の戦争は一部を

民間人が請け負っているという感がある。イラク戦争に派遣された多国籍軍(おもにアメリカだが)とと

もに行動したセキュリティー会社の民間人がどのくらいいたか発表されていないが、私は少なくない数だ

ろうと思っている。彼等は物資の輸送や警備の仕事に就く。もちろんその中にはかつて外人部隊にいた兵

士や軍隊経験者もいたが、まったく戦場に出た経験のないトラックの運転手のような民間人も多かった。

彼等は簡単にイラクの民兵に捕まって人質に利用され挙句の果てに首を切られた。彼等は仕事がなくて高

い賃金につられて出かけて行ったわけだが、いのちを引き換えにするほどの金額ではあるまい。それにど

れほど正確に現地の情勢を知らされていたのか、これも疑問だ。

 かつての戦争で多くの軍属が犠牲になった。犠牲になるのは軍人だけではない。輜重隊や工兵とは別に

軍属がさまざまな雑務をやる。民間から徴用された輸送船で物資を運ぶ。自衛隊はいまアメリカの軍属の

ようなことをやっている。日本に頼めば民間セキュリティー会社に高額の金を払って頼まなくてもすむ。

日本だって海外派遣には「軍属」が付いていく。「重工業労組」の書記長が暴露していたがインド洋に派

遣したイージス艦「きりしま」の修理のために石川島播磨重工の社員が7人派遣された。これは「防衛機

密」で家族にすら知らされていない。どうやらテロ特措法とイラク特措法ができてからだけで60人ぐらい

の民間人が「軍属」として危険地域に派遣されている。彼らの仕事はイージス艦や空自輸送機P3Cの修

理にいまのところとどまっている。しかし、必要になればこういった「民間人徴用」はいくらでも拡大で

きる。

 現代の戦争は高度な兵器や情報機器を不可欠としている。それにともなってそれを修理する技術屋が

「軍属」として欠かせなくなっている。また後方の警備は民間セキュリティー会社に委託する。そういう

ことが今度のイラク戦争で顕著に見られた。将来の戦争においては技術支援を含めた民間人の「軍属」的

役割はますます大きくなるかもしれない。すでに戦争の民間委託とも言うべき事態が進行しているように

思える。

 クウェートに派遣された空自の輸送機の修理の準備を指示された川崎重工業の内部文書が国会で追及さ

れたことがある。当時の石破防衛庁長官は「民間企業内の文書について答える立場にない」と言って何も

公表しようとはしなかった。防衛庁もこういうことは「民間企業との通常の契約だ」というコメントしか

していない。今後もこういう民間人の「軍属」の実態は公表されることはないだろう。仮に民間人に犠牲

者が出ても国は何もしなくていい。有事立法が制度化されて以来民間人の徴用は非常時において当然のこ

ととして行われる。医者や看護婦はもちろん運輸や燃料など各方面の人々がその対象になる。そして重要

なことは、前もって多くの情報が与えられるわけではないということだ。今日の情勢においてすら我々に

与えられる情報は極めて限られたものだということを知っておくべきだろう。

転載元転載元: 考えるブタ



2006年12月10日
硫黄島 海軍少将・市丸利之助 「ルーズベルトに与える書」全文掲載(英文含む)

  『硫黄島〜戦場の郵便配達〜』(2006年フジテレビ)が放映された。
  さらに、
  『硫黄島からの手紙』(2006年アメリカ、監督:クリント・イーストウッド、主演:渡辺謙) も公開される。

 「硫黄島の戦い」については、wikipedeiaを参考
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

  本ブログでは、細かい説明なしに、海軍少将・市丸利之助 「ルーズベルトに与える書」全文掲載(英文含む)することにする。

  なぜか?ボスの命令でもある。
  ボスは、「日教組教育を受けていたオレは、これを最初に読んだときの衝撃は忘れることはできない。しかも、それは英文で、なんと米国人に読むようにすすめられて読んだ。しかし、この手紙は、日本でも米国でも、腫れ物にさわるかのように、あつかわれてきた。オレも、厳密には、この手紙を、どう解釈していいのか・・・・・?」
  と溜息をもらすものだ。
  初出は、「昇る太陽−日本帝国滅亡史」(1970年 ジョン・トーランド著)。ここで、全文が初めて公開された。

 一部でいわれているように、この手紙は、

1:欧米諸国によるアジア植民地化を批判したものなのか?
2:それは、ルーズベルトが日本を追いつめ、米英蘭による石油その他の全面禁輸から、中国・満州からの全面撤退を求めたハル・ノートまでの政策批判であったのか?
3:ルーズベルト大統領の露骨な19世紀的人種差別観への批判であったのか?
 しかし、市丸少将は、
4:地球上のあらゆる人類に「その郷土においてその生を享有せしめ、もって恒久的世界平和の確立する」ことを願う・・・と記述している。

  この手紙をめぐる解釈は、日本だけでなく、後に、ルーズベルトの政策を批判的した米国の共和党リーダーであったフィッシュ下院議員や、アメリカ陸軍参謀本部のウェデマイヤー大将らにも多大な影響を与えたとされる。

  とにかく全文を掲載する。
  戦後教育に汚染されてしまった我々には、原文の日本文より、英語のほうが、理解しやすいかもしれない・・・・という皮肉は、ま、おいておきましょう。
(原文は、カタカナ表記ですが、ひらがな表記に改めています)




  ルーズベルトに与える書
  日本海軍市丸海軍少将、書を「フランクリン・ルーズベルト」君に致す。

  我、今、我が戦いを終わるに当り、一言貴下に告ぐるところあらんとす。

 日本が「ペルリー」提督の下田入港を機とし、広く世界と国交を結ぶに至りしより約百年。この間、日本は国歩艱難を極め、自ら慾せざるに拘(かかわ)らず、日清、日露、第一次欧州大戦、満州事変、支那事変を経て、不幸貴国と干戈を交ふるに至れり。
 これを以って日本を目するに、或は好戦国民を以ってし、或は黄禍を以って讒誣し、或は以て軍閥の専断となす。思はざるの甚きものと言はざるべからず。

 貴下は真珠湾の不意打ちを以って、対日戦争唯一宣伝資料となすといえども、日本をしてその自滅より免るるため、この挙に出づる外なき窮境に迄追い詰めたる諸種の情勢は、貴下の最もよく熟知しある所と思考す。

 畏くも日本天皇は、皇祖皇宗建国の大詔に明なる如く、養正、重暉、積慶を三綱とする、八紘一宇の文字により表現せらるる皇謨に基き、地球上のあらゆる人類はその分に従い、その郷土において、その生を享有せしめ、以って恒久的世界平和の確立を唯一念願とせらるるに外ならず。これ、かつては

 四方の海 皆はらからと思ふ世に 
など波風の立ちさわぐらむ

 なる明治天皇の御製は、貴下の叔父「テオドル・ルーズベルト」閣下の感嘆を惹きたる所にして、貴下もまた、熟知の事実なるべし。

 我等日本人は各階級あり各種の職業に従事すといえども、畢竟その職業を通じ、この皇謨、即ち天業を翼賛せんとするに外ならず。
 我等軍人また干戈を以て、天業恢弘を奉承するに外ならず。

 我等今、物量をたのめる貴下空軍の爆撃及艦砲射撃の下、外形的には退嬰の己むなきに至れるも、精神的にはいよいよ豊富にして、心地ますます明朗を覚え、歓喜を禁ずる能はざるものあり。
 これ、天業翼賛の信念に燃ゆる日本臣民の共通の心理なるも、貴下及チャーチル君等の理解に苦むところならん。

 今ここに、卿等の精神的貧弱を憐み、以下一言以って、少く誨える所あらんとす。
 卿等のなす所を以て見れば、白人殊にアングロ・サクソンを以て世界の利益を壟断せんとし、有色人種を以って、その野望の前に奴隷化せんとするに外ならず。

 これが為、奸策を以て有色人種を瞞着し、いわゆる悪意の善政を以って、彼等を喪心無力化せしめんとす。近世に至り、日本が卿等の野望に抗し、有色人種、ことに東洋民族をして、卿等の束縛より解放せんと試みるや、卿等は毫も日本の真意を理解せんと努むることなく、ひたすら卿等の為の有害なる存在となし、かつての友邦を目するに仇敵野蛮人を以ってし、公々然として日本人種の絶滅を呼号するに至る。これあに神意に叶うものならんや。
 大東亜戦争により、いわゆる大東亜共栄圏のなるや、所在各民族は、我が善政を謳歌し、卿等が今を破壊することなくんば、全世界に亘る恒久的平和の招来、決して遠きに非ず。

 卿等は既に充分なる繁栄にも満足することなく、数百年来の卿等の搾取より免れんとする是等憐むべき人類の希望の芽を何が故に嫩葉において摘み取らんとするや。
 ただ東洋の物を東洋に帰すに過ぎざるに非ずや。卿等何すれぞ斯くの如く貪慾にして且つ狭量なる。

 大東亜共栄圏の存在は、毫も卿等の存在を脅威せず。かえって世界平和の一翼として、世界人類の安寧幸福を保障するものにして、日本天皇の真意全くこの外に出づるなきを理解するの雅量あらんことを希望して止まざるものなり。
 ひるがえって欧州の事情を観察するも、又相互無理解に基く人類闘争の如何に悲惨なるかを痛嘆せざるを得ず。

 今ヒットラー総統の行動の是非を云為するを慎むも、彼の第二次欧州大戦開戦の原因が第一次大戦終結に際し、その開戦の責任の一切を敗戦国独逸に帰し、その正当なる存在を極度に圧迫せんとしたる卿等先輩の処置に対する反発に外ならざりしを観過せざるを要す。
 卿等の善戦により、克くヒットラー総統を仆すを得るとするも、如何にしてスターリンを首領とするソビエトロシアと協調せんとするや。

 凡そ世界を以って強者の独専となさんとせば、永久に闘争を繰り返し、遂に世界人類に安寧幸福の日なからん。

 卿等今、世界制覇の野望一応将に成らんとす。卿等の得意思ふべし。然れども、君が先輩ウイルソン大統領は、その得意の絶頂において失脚せり。
 願くば本職言外の意を汲んで其の轍を踏む勿れ。

                                                市丸海軍少将

白人支配の残滓?



白人支配(広義の東京裁判史観)の残滓?

 次に紹介するのは、高山正之『歪曲報道―巨大メディアの騙しの手口―』PHP研究所,2006年.の「まえがき」の一部である。私は2つほどのブログでこの文を読んだが、どこのブログか思い出せなくなった。そこで、今日、この本を入手したので紹介する。


 ロサンゼルスに特派員として赴任間もない頃、ちょっとしたホームパーティに誘われた。日米のジャーナリスト、それにハリウッドのお膝元という場所柄もあって映画の制作関係者、写真家や弁護士など結構な顔ぶれが並んでいた。

こちらが新顔と見て、主催者側の米国人スタッフが話しかけてきた。ユダヤ系で大学を2つ出て、今はシナリオ選定の仕事をしていると言う話だった。

「海外駐在はここが初めてか?」
「いや…、中東に少々。最近までミャンマーに居てアウン・サン・スー・チーに会っていた。彼女を食い物にしている英国人の亭主がたまたまやって来て話も聞いた。帰りにバンコクに寄ったらクーデター騒動に巻き込まれた。軍隊も出て市民が数十人殺された」というような話をした。
 例のスチンダ将軍のクーデターで、首相の座に就いた彼に市民が珍しく大規模な民主化デモを展開して抵抗し、スチンダを退陣に追い込んだ事件だ。

 すると彼、「アジアか…」と深刻そうな顔つきをして「日本は昔、アジアの国々でたいそう悪いことをしたな」と言いだした。
「いや、別に」、と否定すると、彼はかなりびっくりする。鳩が豆鉄砲を食らったようなという表情でこっちを見据えて「いや日本はひどいことをした。日本は朝鮮を植民地にしたではないか!」という。
 「違うね」と、もう一度否定する。「朝鮮について言えば植民地colonizeじゃない。あれは併合annexだった。米国がテキサスを手に入れる時の併合と同じだ。それに日本の統治はうまく行った。少なくとも、フィリピンを植民地支配した米国に何か言われるほど非道なことはしていない」。
 彼は真っ赤になって言い返す。「米国はフィリピンを開化civilizeさせた。いいことをした。しかし、日本は朝鮮で残酷なことしかしなかったではないか!」。
 「お言葉ですが…」、と言い返す。「米国はフィリピン人に独立させてやるからと騙して宗主国のスペインと戦わせた。スペインが降伏すると、米国は約束を反故にしてフィリピンを米国の植民地にした。
 怒ったフィリピン人が抵抗すると、軍隊を出して彼らの虐殺を始めた。彼らの家族も捕まえて家に火をつけ拷問して殺した。米国スペイン戦争は、1898年4月に始まり8月にはスペインが降伏しているが、戦争はなぜかその後4年も続き、1902年に終わっている。
 何をもって終わったかというと、『フィリピン人の抵抗が鎮圧された。もう米国の植民地支配を認めます』と言った時まで続いた。しかも、その4年間で、米軍はレイテ、サマールの2つの島の島民を皆殺しにするなど『20万人のフィリピン人を殺した』と上院の公聴会の記録に残っている。
 朝鮮は違った。T.ルーズベルトが『朝鮮は、もはや国家の体をなしていない』とはっきり発言して米公館を閉じ、日本に任せている。日本は学校を作り、電気を引き、工業を興して真の意味のcivilization、つまりあなたの言う開化を行った」。
 そう説明すると、彼は「日本は朝鮮を植民地にしてひどいことをしたのは事実だ!」と吼えて、「もう、この話はやめだ!」と言う。

 日本をしたり顔でくさして、旗色が悪くなると、怒りわめく。こちらも少々むかついたので、「百歩譲って日本が朝鮮をフィリピン並の植民地にしたとして、それでも日本が悪いというのは、もしかしてあなたは『日本が植民地を持つことを許せないと思ったのか?植民地を持つのは、白人国家の特権と思っているのか?』」と、畳みかけた。
 彼は顔を真っ赤にして四文字の言葉を投げかけて、どこかに行ってしまった。

 この男とは、後に再会する機会があった。彼はあのあと、フィリピンと朝鮮の歴史を調べてこちらの言い分が正しいのを知ったと、あっさり非を認めてきた。そして、こう付け足した。
「初対面の日本人に朝鮮の植民地の話をすると、みんな『申し訳ない』と言う。そういう形で付き合いの主導権を取ってきた。反発されたのは、今度が初めてだった」と。
日本人には有効な「決め言葉だったのに……」と笑っていた。


 ここで注釈をつけると、かれの言う「日本人」は新聞記者であり、総領事館のスタッフ、つまり各省庁からの役人であり、一流企業の駐在員など世論にコミットする世界の人々だ。
 そんな彼らは、朝鮮併合の中身も近代史も何も知らない。特派員に至っては、そういうあやふやな知識で、微妙な国際問題をさもまともそうに記事にしている。

comment:

「まえがき」はこの後、「南京大虐殺の中国人ガイドにその荒唐無稽さを指摘すると、唖然とした顔つきでこちらを見た。あの米国人の表情と同じだった」と続き、「メディア・リテラシー」を結論としている。 アメリカ人・中国人に歴史論争を吹っ掛けられ、撃退したエピソードが書かれています。なかなか面白かったので、ここに記録しておく気になりました。

…、高山氏ほどのタマは日本人にはなかなかいませんからね。「その米国人」じゃなくても、一目置くでしょう。問題は、そこそこ英語がじゃべれていい気になっている日本人でしょう。世界史を未履修で高校を卒業しよう、させよう、大学に入ろう、という輩がいるんですぜ。入試科目の少ない大学出て、そこそこ英語がしゃべれても、「腹黒い外国人」には太刀打ちできません。私は、文科でも理科でも、理社各2教科、国(現国・古文・漢文)を大学入試科目にしろ、といいたい。



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