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 別冊正論「日韓・日朝歴史の真実」に新田均・皇学院大学教授の「歴史の嘘に呪縛される不幸を絶つために」という論文があり、「“慰安婦狩り”を許すほど朝鮮の人々は臆病だったか」という文章が、私を納得させるに十分だったので紹介する。

 「従軍慰安婦や強制連行が史実でないことは、はっきりしている。問題は、韓国・朝鮮の人々を納得させるのに、どう語ったらよいかということだ。

 ポイントは、私たち日本人も、韓国・朝鮮の人々も、朝鮮半島のことを考える場合に、今日の在日韓国・朝鮮人のように、多くの日本人に取り囲まれて暮らしていたように思い込んでいないか、ということである。

 しかし実際には、朝鮮の人口に占める日本人の割合は、大正期までは1%足らず、昭和6年でも2,5%に過ぎない。つまり朝鮮半島の日本人たちは、圧倒的多数の朝鮮人に囲まれて暮らしていた。

 その上、警察署長、裁判所の判事・検事、朝鮮総督府の局長・部長・課長に朝鮮人が多数おり、道知事や軍人にも朝鮮人がいた。このような状況の中で、日本の官憲による“慰安婦狩り”などできただろうか。

 できたとすれば、よほど朝鮮人というのは、臆病な人々だと解釈せざるをいない。そんなことはあり得ない。呉善花さんが取材した日本人の証言が、それを裏付けている。

 “朝鮮の田舎へ行って若い娘たちを奪ってきたと言われていますよね。そんなことあり得ないです。もしそんなことをしたら、誘拐犯ですし、懲役刑を受けることになります。いや法律の問題以前に、村の人たちに、めちゃめちゃにやられてしまいますよ。

 強制的に連れていかれる娘を見ながら、そのままほっておくような卑怯な朝鮮人がいたとは決して思えません。田舎であればあるほど、連帯意識も民族意識も強くて、そんな彼らが我慢して、黙って見ているわけがない。

 彼らの民族愛がいかに強かったかは、私はいろいろの場面で見てきていますし、今でも鮮明に覚えています。そんな世界で女狩りなど、きるはずがないのです。

 慰安婦狩りの話は、一度も聞いたことがありません。これは、当時朝鮮に住んでいた日本人の名誉に関わることです。もしあったとすれば、我々もそれを黙って見ていたことになるのですから”。呉善花“生活者の日本統治時代”より。」

 戦時中の日本本土、私の周辺には多くの朝鮮の子供たちがいた。彼らは、ふだんはおとなしかったが、正義感が強く、時に日本人相手に火のような取っ組み合いのケンカをした。まして大多数が同族である朝鮮半島で、若い娘の強制連行など許すはずがない。従軍慰安婦20万人強制連行説など、自らの民族をこの上なく卑しめる言動と思わないのか。

転載元転載元: 台湾春秋

転載元:台湾春秋


10月31日の読売新聞社説は、「問題の核心は“強制連行”の有無だ」と題し、いわゆる河野談話について論じている。要約し考え方を述べたい。

 「この発言のどこが問題だと言うのか。いわゆる従軍慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話について、“研究”の必要性を指摘した下村官房副長官の発言のことである。

 民主党など野党は、河野談話の“継承”を表明した安倍首相の答弁と矛盾するとして、“閣内不一致”と批判する。下村氏の発言は、“個人的には、もう少し事実関係を研究して、その結果を、時間をかけ客観的に考えるべきだ”というものである。

 元慰安婦への“お詫びと反省の気持ち”を表明した河野談話は、前提となる事実認定で、旧日本軍や官憲による“強制連行”を認める記述になっている。韓国政府から”日本政府は強制連行だったことを認めよ”と迫られ、ろくな調査もせず閣議決定してしまった。

 慰安婦問題は、“朝日新聞”が勤労動員制度である“女子挺身隊”を、“慰安婦狩り”だったと虚報したのが発端だ。慰安婦狩りをやったと“自白”した日本人も現れたが、結局作り話だった。政府の調査でも、強制連行を示す直接の資料は、ついに現れなかった。

 河野談話は、客観的資料に基づく科学的アプローチより、反日世論の激した韓国への過剰な外交的配慮を優先した産物だった。そうした経緯を踏まえて、下村氏は“研究”の必要性を指摘しただけだ。

 民主党などが、それでも問題だというなら、強制連行の有無という河野談話の核心部分をどう考えるのか、自らの見解を示すべきである。(全くその通り)

 この談話の継承を表明した首相も、“狭義の強制性”との表現を使い、強制連行は“今に至っても裏付けるものはない”と指摘している。下村発言は、首相答弁と矛盾しない。仮に首相答弁と違っていても、“個人的”と断った見解まで、完全一致を求めるのは不健全だ。

 政府見解は、金科玉条のように継承するものではない、おかしなところがあれば、正すべきだ。大事なのは事実である。軍や官憲による強制連行はあったのか、なかったのか。 “研究”の結果、 “強制連行”の事実がなかったら、河野談話は見直されるべきである。」

 民主党が日本人の立場に立つのなら、「事実に基づかない河野談話はおかしい。それを安倍首相が継承するのは、更におかしい」と追及すべきだ。間違いなく日本人は拍手喝采する。民主党は、いつから社会党のような発想になったのか。良識派の奮起に期待する。


comment:


不思議なのは、まだ戦後60年、そして、これまでにも多くの戦中を生きた人が存在したにも関わらず、まだ、曖昧であるという点です。これは、南京大虐殺にも言えることですけど。また、”強制”と言うのも誤解を生みますよね。例えば、体制やお役所が得意とする”無言の圧力””甘い交換条件を提示した誘惑の提示”など、単に”強制”という言葉の有無の問題ではありませんよね。
2006/11/1(水) 午前 11:19 [ koko ]

kokoさん、コメントありがとう。ご指摘のように戦中に生きた人間がまだいるのですから、その人たちが正確に反論すればいい話です。台湾の人たちは、あれは商売人が戦地で女郎屋をやったのだ、とはっきり言います。もちろんその背景には、当時の貧しさがありました。戦後、日本でも基地の周辺には、政府公認のこの種の施設がありました。子供でしたが、私には何をするところかはっきりわかりました。それにしても、300万の軍隊に20万の従軍慰安婦(娼婦)がいたのでは、戦争になりません。
2006/11/1(水) 午前 11:46 [ kim123hiro ]


転載元:台湾春秋


 本日(11月21日)の産経新聞・正論に、「日本の戦争責任について考える」という、坂元一哉・大阪大学大学院教授のレポートがある。参考になるので要約しコメントしたい。

 「安倍首相は国会で、“A級戦犯を戦犯とは認めない”旨の答弁を行った。戦争責任論の整理に欠かせない重要な答弁だ。敗戦から60年、戦争責任をめぐる議論が決着しないのは、そもそも国家全体で負うべき責任を、特定の個人に負わせようとする発想があるからだ。

 近代国家は個人でなく組織で動く。指導者といえども、国家を思いのまま動かせるわけではない。それに、指導者に責任を負わせる考え方を徹底すれば、指導者が罪を負えば、国家と指導者以外は免責されるということになりかねない。

 近代国家の戦争責任は、個人でなく国家が負うと考えるのが筋である。むろん、一般の国民と指導者とでは、国家に対する責任の大きさが異なる。また指導者の、国民に対する責任も追及すべきである。だがそれは対内的責任であって、対外的責任ではない。

 “A級戦犯を戦犯とは認めない”という首相答弁は、あの戦争の対外的責任は国家全体が負うという、ごく当り前のことを再確認した。それを再確認すれば、戦後の日本が、戦争責任を果たしていないといった言質の誤りを、容易に正すことができる。

 国家がどのように戦争責任をとるかに、決まった定義はない。しかし常識的には、国境線を変更し、賠償金を支払い、戦争犯罪人を処罰し、平和条約を結べば、一応の決着がつく。少なくとも法的には決着がつく。その意味で、日本の戦争責任は終わっている。

 もちろん法的責任を果たしても、道義的な責任は残る。そしてこの責任の果たし方は難しい。なぜなら道義的責任は、何か具体的なことを意味するものではないし、何か具体的なことをしたから、消えるものでもない。

 またそれは、相手に言われて何かするというものでもない。それでは、法的責任と区別がつかない。他の国が、どのようにその責任を果たしているかも基準にならない。戦争の実態はさまざまだし、道義についても考え方も、国によって異なるからである。

 私は戦後の日本が、道義の面でも責任を果たしてきたと考える。謝罪と反省をくり返してきた。戦争で被害を与えた国々の経済発展に協力してきた。戦後60年、過去の過ちをくり返さないために、平和で繁栄した国家をつくる努力を積み重ねてきた。

 安倍首相は、就任直後に中国を訪問して、胡錦濤国家主席から戦後日本の平和的発展を評価する旨の言葉を引き出した。私はこれを、中国の最高指導者が、戦争の道義的責任を日本が果たしたことを認めたものと受取っている。」

 戦後60年も経つのに、戦争責任論とは、異様である。しかし中国や韓国の政略もあって、未だにこれが尾を引いている。政治家の態度も一貫性を欠いてきた。それは、私たち一般国民の考えがあやふやだからである。国民も明確な考えを持たなくてはならない。


comment:

今回のAPECでも、靖国や歴史認識の話は出ませんでしたね。胡錦濤は江沢民と違って、日本を歴史カードで追い詰めても国益にならないことを知っていますから、当面はこのカードを出してくることはないでしょう。そういえば「靖国参拝するから日中関係が悪くなっている」とか「日本が孤立している」といったデマゴギーを垂れ流していた人々は、今や黙りこくってますね。
2006/11/21(火) 午後 3:07 [ naojuv ]

道義的責任とは、受取る側の受け取り方次第でしょうね。法的責任を果たした後での通じない相手からの道義的責任攻撃は、被・加害者の関係が逆転します。従って、道義的責任は受取る側の受取る意志がある場合の責任と考えざるを得ません。
2006/11/21(火) 午後 3:54 [ 中野学校 ]

くさいものに蓋をして避けてきた課題を清算しなければならない時期になってきたと言うことでしょう。その結果を反動と決めつけたがる連中は多いでしょうが安倍さんには頑張ってもらいたいし、我々もネットでできることをやっていきましょう。
2006/11/21(火) 午後 6:48 [ 太郎ともも ]

私もその記事読みました。確かに対外的には法的にも、道義的にも日本はその責任を果たしてきていると言えましょう。然しながら機会が無かったということもありましょうが、日本での責任論はあいまいのままです。少なくても私にはそう思えます。そしてそれが今我々が直面している真の問題ではないでしょうか?
2006/11/21(火) 午後 7:52 [ nat49899696 ]

naojuvさん、コメントと適切なトラックバックありがとう。現在のところ、ご指摘の通りの展開ですね。中国側にしても、靖国やA級戦犯で騒いでも、経済的に得ることがないことを、理解したのではないでしょう。主張する外交が、ある意味で成果を収めているのかも知れません。
2006/11/21(火) 午後 8:23 [ kim123hiro ]

中野学校さん、コメントありがとう。受取る側の受取る意志というのは、その通りだと思います。いくら尽くしても、相手がそれを認めようとしないのでは、どうしょうもありません。これまでの中韓は、ムリにそれを認めてこなかった、と言えるでしょうか。
2006/11/21(火) 午後 8:27 [ kim123hiro ]

太郎とももさん、コメントありがとう。これまで、日本国民は自虐史観に侵されていたためか、いつまでも加害者意識にさいなまされてきました。しかし、考えてみれば、この論者が言う通り、かなりの努力をしてきたのです。それを国民が認識していれば、政治家がよたよたと、うろたえることも、少なくなるのではないでしょうか。
2006/11/21(火) 午後 8:32 [ kim123hiro ]

natさん、コメントありがとう。私もこのレポートを読んで、相当納得するところがありました。中国や韓国、それに北朝鮮の言うままに、いつまでたっても、つくられた犯罪の加害者でいることはありません。正しい歴史認識の上に立って、そろそろこの問題に決着をつけなければならないと、私は考えます。
2006/11/21(火) 午後 8:36 [ kim123hiro ]

itsさん、トラックバックありがとう。参考になります。ただ、この論説はナチスドイツの犯罪行為に大甘であること、先の大戦が、アジアの植民地の解放につながったことの評価が皆無である点に、不満をもちます。戦後の日本の復興に貢献したということで、アメリカの贖罪を認めるなら、その点を評価しなければ、片手落ちです。
2006/11/22(水) 午前 7:38 [ kim123hiro ]

未だ戦争責任を語る人たちというのは、「戦中の日本には自由はなかった」という、しかし、戦時中も選挙が行なわれ、現在の日本国憲法を審議したのは「帝国議会」だと言う事実はどう説明するんでしょうね?
2006/11/22(水) 午後 3:13 [ nukunukupower ]

nukunukupowerさん、コメントありがとう。日本における戦争責任論は、ある種の政治的な魂胆を、後ろに抱いていますね。それが長引く理由ではないでしょうか。
2006/11/22(水) 午後 6:49 [ kim123hiro ]

戦争責任が終わった根拠は?いまだにフィリピンには戦争被害により日本人の血を受け継ぐ人たちが日本国籍をとれずにいるのだ。この事実を日本政府は認識していない。道義的責任を日本政府は果たしていないのが現実である。
2006/11/21(火) 午後 2:58 [ 一 ]

あなたのおっしゃる”道義的責任を果たす”とはどのような行為を指すのか(換言するなら、何をすればあなたが”責任を果たした”と納得するのか)具体的に示して頂けますか?フィリピンに対しては国家賠償として5.5億ドルを支払い、その後も経済援助を行ない、法的にも道義的にも責任は果たしていると思いますが?
2006/11/21(火) 午後 3:20 [ naojuv ]


一さん、コメントありがとう。あなたのご主張は分かる気がします。ただこれまで、日本は戦争責任をどの程度解決してきたかを考える必要だあるでしょう。5%解決したのか。95%解決してきたのか。95%解決して、残りが5%ならほぼ解決したと言えるでしょう。その場合、残る5%が解決していないからと言って、全く解決していないとは、言えないのです。フイリッピンのケースは、解決しなければならない問題だと思いますが、それをもって、日本政府が、道義的責任を全然果たしていないとは、言えないでしょう。
2006/11/21(火) 午後 8:46 [ kim123hiro ]

naojuvさん、コメントありがとう。一さんへのご意見ですので、私のあなたへのお答えは、差し控えます。
2006/11/21(火) 午後 8:48 [ kim123hiro ]

日本語は難しい!!意味は未だに戦争による被害者が生存している現実!!実際に自分の耳目で確かめたのである!!日本の血を受け継いでる真実!!しかし、国籍取得ならずにいることが日本政府へ不満が高まっていて未だに解決されていない!!
2006/11/22(水) 午後 0:17 [ 一 ]

一さん、ご指摘の点、私も同感です。この問題をテレビで見たことがあります。日本政府は、温かい気持ちで、早急に解決すべきだと思います。
2006/11/22(水) 午後 6:46 [ kim123hiro ]


転載元:台湾春秋


 12月17日の朝日新聞によると、満洲国皇帝・溥儀の自伝「わが半生」の完全版が、来年1月に出版されるという。東京裁判での自らの偽証を謝罪し、満州国との連絡役を務めた関東軍・吉岡安直に罪をなすりつけたことを反省するなど、自己批判色が強いそうだ。

 溥儀は、遼寧省撫順にある戦犯管理所に収容されていた57年から、自らの罪を語る形で、「わが罪悪の半生」の執筆を開始した。中国当局や専門家が、これを削除・修正して、64年に「わが半生」として出版した。日本語訳もある。

 出版部数はすでに187万部近く、今回出版されるのは、当時削除された16万字近い内容を、加えたものである。東京裁判で日本側の弁護人は、溥儀が「満州国」の執政に就任したのは、「自発的だった」と主張した。

 日本側弁護人は、その証拠として、溥儀が当時の南次郎陸軍大臣にあてた「宣統帝新書」を示した。裁判に証人として出廷した溥儀は、これを「偽造だ」と強く否定した。今回の完全版では、その証言が「偽証だった」ことを認めている。

 64年版では、「証言を思い出すと非常に遺憾」とする程度だったが、今回は「私の心は今、おわびの気持ちでいっぱいだ」と明確に謝罪している。また45年のソ連軍侵攻の際、日本軍への支援を、自発的に満州国閣僚に命じたと告白している。

 この部分も、「全てを関東軍と吉岡のせいにしたが、事実は全て私が自発的に行ったことである」と告白している。中国政府による戦後の尋問についても、「中国政府をだました」とウソを認めた。

 64年版でも、吉岡中将への責任転嫁に触れていたが、今回の完全版では、自らの関与を認め、強く反省の意を示している。東京裁判で溥儀は、「吉岡が鉛筆で書いたものを私に渡し、それ以外は話すことは許さなかった」と傀儡ぶりを証言していた。

 中国紙の報道によると、出版元である北京の群衆出版社は、資料整理をしていて、64年版の削除・修正前の原稿を発見、「その内容が、溥儀の真実を理解し、歴史を認識するうえで研究価値が高い」と判断して、出版に踏み切ったという。

 満州国と溥儀皇帝については、先にその家庭教師であり、側近であったイギリス人・R F ジョンストンによる「紫禁城の黄昏」が出版された。そして、これが東京裁判の証拠として採用されていたら、あの裁判は成立しなかったとさえ言われた。

 満州国は日本がムリヤリ建国したのでなく、清朝のラストエンペラーだった溥儀の、強い希望に沿って建国されたというのが、歴史の真実として浮かび上がっている。今回の溥儀自伝の改訂版も、その見方を補強するものだ。その記事を朝日新聞が掘り出してくることに、時代の変化が感じられる。


comment:

一番最後のくだりは私には納得できかねますね。昭和初期からの関東軍の満州におけるあらゆる謀略とその後の中国進出をどう説明できますか。日本の産軍入り乱れての満州利権の獲得とその後の中国への武力攻撃は国内の小説でも多数詳しく書かれています。五味川純平の「人間の条件」「戦争と人間」では軍と企業の癒着、政治家、その利権がすさまじい迫力で書かれていて溥儀の弱さも描かれています。
2006/12/18(月) 午前 11:02 [ lamerfont]

やはり時間が経たないと真実は現れないということなのでしょう。生きている間に自らの時代を何処まで省みれるのか疑問ではありますが試みざるを得ない気持ちです。これで「紫禁城の黄昏」とセットで物が見れるわけで楽しみなことです。来年一月の出版は中国ですか?
2006/12/18(月) 午後 6:12 [ nat49899696 ]

なかなか真実とは出てこないものですね。で、朝日ですか・・・、まあ、何をやるかわからない新聞ですね・・・
2006/12/18(月) 午後 8:31 [ nukunukupower ]

lamerfontさん、コメントありがとう。今日の価値観では、植民地は罪悪ですが、当時のシナ大陸では必ずしも悪ではなかった。少なくとも匪賊の跋扈する場所より、よほど治安もよく豊かだったようです。ですから周辺の土地から満州族や多くの中国人が、大勢流れ込んだのです。何を基準に考えるかによって、評価は大きく変ります。これまでは、それを否定する側だけだったのではないでしょうか。ジョンストンの紫禁城の黄昏も、今回の溥儀の改訂版も、これまでの史観を修正するものと、私は思います。
2006/12/18(月) 午後 10:43 [ kim123hiro ]

natさん、コメントありがとう。来年1月の出版は、中国語のようです。しかし、すぐに日本語版も出るのではないでしょうか。どうも満州国の建国やその運営は、東京裁判や戦後伝えられてきたものと、だいぶ違うようですね。それに日本の植民政策は、搾取一本やりのイギリスやオランダのものと、基本的に違うのです。一緒くたに評価するわけには、いきません。 同じ日本が行った植民地政策が、台湾では素晴しく、朝鮮や満洲では極めて残酷だったということは、ありえないと思うのです。
2006/12/18(月) 午後 10:52 [ kim123hiro ]

nukunukupowerさん、コメントありがとう。ご指摘のように、東京裁判史観は、勝者の歴史観です。そこでは敗者の歴史は完全に否定されています。それを敗戦国民は、正しいものとして刷り込まれてきました。時間が経過して、人間が冷静になったとき、それらが修正されるのは、当然のことと思います。
2006/12/18(月) 午後 10:56 [ kim123hiro ]


いじめ関連の報道において、「いじめっこ」にも「まるで集団ヒステリー状態のマスコミ」にも「いじめ問題を語るコメンテーター」にも、そして「いじめられっこ」にも呆れているので、普段、時事ネタを扱っているこのブログでは一切「いじめ問題」を扱っていなかった。

今後も「いじめ問題」は取り扱う気は無いのだけれども、いい加減に“いじめ・いじめられの人間社会を生き抜いている大人たち”が振り回されることがどうかと思うので一回だけ記事にするさ。

そもそも「いじめは無くならない」で結論は出ているのは一致した見解かと。無くならないものを無くそうとして議論しているテレビ番組やらwebサイトがやたらとあって、結局のところ、まるでブームのごとく、今、語っておけ!ってな軽薄な姿勢が尚更現在進行形でいじめられている子供たちを絶望に追いやっているような。

自分の心が読まれていないと信じ込んでいる大人ほど、子供には見透かされているものだと、自分が子供の頃を思い出せば容易に想像がつきそうなものなのだが遥か前の記憶なので、その大事な部分が飛んじゃっている大人の多いこと、多いこと。
よくもまぁ、全国ネットで軽々しく「死んではダメだ!」などと言えるものだと開いた口がふさがらない。

子供にも死ぬ権利はある。死という人生の究極の選択を考えている一人格に、「死んではダメ」とは子供を馬鹿にしているのだろうかとさえ感じる。
愛する家族や恋人の一言ではあるまいし、赤の他人の「死んではダメ」で思い止まる程度の悩みならば、短い人生で命を絶とうと思うはずも無い。子供だって死は怖い。それでも死のうとしている時に投げかける言葉の重さをマスコミもテレビ業界もネットの自称・識者も一秒でも考えているのだろうか?

大体、自分たちに当てはめて考えるという想像力を発揮する行為さえ放棄している大人が、どのツラ下げて、「死んではダメ」と言えるのだろうか。
自分たちが子供のときに、あからさまに上辺の言葉とそうでない言葉の判断は既についたのではないだろうか?
むしろ子供のときの方がそういう言葉を敏感に受け取っていたとさえ思う。

さて、こんなニュースソースがある。 再びいじめ自殺予告文 「豊島」の送り主と同一? (ソース元:Sankei Web)
(一部抜粋)

 「前回指摘した教師は何もしてくれなかった」「この手紙が着くころには死んでいるかもしれない」などと自殺をほのめかす一方で、豊島から発信した理由を「通勤、通学の人が多く、人物の特定ができないようにした」などと説明し「いじめをなくせない文部科学省にたいする挑戦」「教育基本法の改正に活用してください」などといった記述もあった。

 伊吹文明文科相が「身近な人に相談してほしい」と呼びかけていることにも触れ、「(相談して)何をしてくれるのですか。相談しても意味がない」などと記述。法務省や警察OB、弁護士会と司法書士会から派遣された人材で組織する24時間体制の「こども人権対策室」を自治体に設置する「子供の人権安全法」を制定するよう求め、「加害者の親に悪意がある場合は子供の親権の一時停止または家庭裁判所による権利の剥奪(はくだつ)をすること」などとも記されていた。

自分を人質にして文科省を振り回し始めたわけですな。
この件をマスコミが以前よりも大々的に扱わない気持ちも理解できる。

そもそも1回目の手紙の取り扱いを文科省が誤ったという気がしなくもなく、自業自得という気もするが・・・「いじめをなくせない文部科学省にたいする挑戦」という発想はいただけない。
なんで文科省に怒りのベクトルを向けるかなぁ。
「挑戦」なんぞせずに、文科省とだけでなく周囲の大人たちの協力を仰いで、一緒に自分の置かれている事態の改善をしようと、なぜにできないのだろう。
本当にいじめられている子供の行動なのかと疑いたくもなる。死を考えるほどのいじめに遭っているのに、文科省と戦っている場合じゃないだろうに。

さて、多分、一部の人には興味しんしん丸であろうミジンコが「いじめに遭ったことがあるか、いじめっこだったことがあるか?」ということなんだけれど・・・・・
実際、いじめられたこともあるし、いじめたこともあるという漠然とした印象。

自分で言うのもなんだが、ミジンコをいじめられるような存在に学生時代に出会ったことがなくて、いじめられた記憶が無い・・・が・・・・・中学生当時ハブ(村八分の略語)というのが流行っていて、そのハブに自分の親友がなったときに参加しなかったら自分もハブられたのだが、長くは続かず(気がついたらハブを率先してやっていた連中が誰かにボコボコにされたらしい)、あれが深刻ないじめだったとも思えない。なにしろ今では笑い話。

日本なのに○○族とかいう部族に追われる日々があったが、最後にはこっちがその鉄の騎馬に乗る部族をいじめている扱いをされる始末で、世の中の見方は「強い方がいじめっこ」で「弱い方がいじめられっこ」という短絡的なものなのだなと実感した記憶がある。
当時、「じゃあ、弱い方がラクじゃねぇかよ!」って、バックで尾崎の曲が流れるようなことを思ったものだが、今は製材用の長い角材を使ったのは悪かったと思っている。

そういえば、ヤフーブログでもナントカ王子とかいう気持ち悪いのが(今でも非ログインで他の人(「あるそう」、『ぞ』ではなく「そ」)になりすまし粘着中)、「自分がいじめられた」とギャーギャーと主張していた。「いじめ」という言葉を都合良く使う卑怯者もいるってことだね。

いじめには参加したことが無いつもりなのだが、だからといって、学年中から嫌われているタイプに進んで歩み寄るほどの聖人でも無かった。
というか・・・ぶっちゃけ、そういうことに興味すら無かった。
学生時代といえば、女の子を追っかけるのが忙しくて、いじめがどうのとか言っている場合じゃなかった。
まぁ、いじめられっこを助けなかったのがいじめに加担していると言われればそれまでだが、しょ〜〜〜じき言うと、ほとんど誰が誰をいじめているとか興味すら無かった学生だった。

一度だけ中学生のときに担任の教師から学級委員とともに呼び出されて「不登校の生徒と仲良くしてくれ。」と頼まれたことがあるが、全く協力しなかった。
当時から不良と呼ばれる生徒とも、その不良たちにパシリをさせられていたヲタクっぽい生徒とも仲良しだったミジンコが不登校児とも上手くやれると担任が考えてくれたのは、自分が認められたみたいで嬉しかった反面、一度も会ったことが無い同級生にどう接すればいいのか解からないまま、サッカーしてたら頼まれたことを忘れちゃったような。子供なんかそんなもんです・・・と言い訳してみる。
ともかく、言いたいことはミジンコが担任だったら、そんなこたぁ生徒には頼まない。

さて、最後に「じゃあ、自殺を考えている子供に、おめぇならどんな言葉をかけるのよ?」という話ですが・・・・・
人生はいじめ・いじめられの連続だと思う。
辛い人生が続くのは子供だってわかっちゃいる。そんな中で死のうか、引き続き生きようかの瀬戸際にいる子供に「生きろ」とか「死ね」とか、なんの効果があるのかサッパリなので、ミジンコならもっと具体的なことを言いたい。

自分ならこう言う。
「今、死ななければ今まで見たこともないような凄い“PS3のゲーム”ができるぞ。」“ ”←の中はその子供の好きなことに合わせて変更。
それでも「絶対に死んでやる!」って言い張る子を止める手立てなんて殴って気絶させるくらいしか思いつかない。

上辺だけの言葉で「いじめ問題」を語り、悦に入っている大人があんまりにも多いようなので記事にしてみたさ。

転載元転載元: 時代をちょっとだけ斬る!

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