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夏の終わりの週末、珍しく晴れて暖かめだった午後に、ある老紳士とテラスでコーヒーを楽しみながら久々の日光浴を楽しむ機会を得た。 *** インスタントコーヒーに甘いコンデスミルクを入れた西洋とアラブ半々みたいなコーヒーをシカゴ土産だと言うマグで飲みながら、小さなテーブルの上に両足を伸ばし太陽に当たっている。暫くすると、 「御近所がいるのに足をむけてては失礼だ」と言って足を下ろした。 アラブ紳士は何時でも礼儀正しい。 「眼を閉じると大気の甘い風がハイファの午後を思い出させる。自分でも信じられない素晴らしい事だ。43年ぶりに戻ったハイファの街を一度も間違えることなく正確に昔の家へ辿り着けたよ。 よくカルメル山のテラスで午後をのんびり過したものだ。今日みたいな日に、こうして同じように午後のテラスでコーヒーを楽しんで...風も似たようだった。でも香りが違う。あの時は松の木の爽やかな香りを風が運んできた。 週末にはマイ、あのサイヒューン家の娘の、を自転車の前に乗せてカフェへ連れて行ったものだ。一緒にアイスクリームを食べにね。あの山のカフェのバニラアイスクリームは最高だったな。まだ14−5の頃。 60年も昔僕達は男女一緒に出掛けることが赦されていたんだよ。 よく一緒にグループパーティーをしたものだ。 ハイファのキリスト教徒上流社会は可也開けていたんだね。でもジャッファの上流階級の方がもっと西洋的でオープンだった。 エルサレムの人達はもっとコンサバでね。まあ、場所が場所だし、「エルサレム」だからね、当たり前だけど。 ハイファにもジャッファにも60年以上も前なのにナイトクラブもあった。でもキリスト教徒達は行かなかったね。ユダヤ人達が良く行ってた。 僕達のコミュニティーは何て素晴らしかったんだろう。 見てよ、60年後こうして僕はこんな北の街で落ちぶれようとしている。どうしてなんだろう? お袋の墓はハイファにあるのに、親父の所有のカルメル山もあるのに、僕達の住んだあの美しい家も同じ場所にあるのに。 どうしてあの人達があの美しい僕らのハイファに住めて、僕らの土地を使っていて、僕らの家に住んでるんだ? 2000年前の僕らの先祖がユダヤ教からキリスト教に改宗しちまったから僕らは自分の土地も家も権利を失わなくちゃいけないのか? イエスだってユダヤ教からキリスト教になったんじゃないか? どうして僕らは外国で生涯を終わり、外国に葬られ、お袋と同じハイファの墓へ入ることさえも赦されないんだよ? 僕はこの土地、この国に帰属はしないんだよ。I do not belong here!」 *** 日本人と同じでアラブ人の男達も人前で涙は見せない。
彼は目頭を二本の指で押さえメガネをかけ直し、テーブルから立ち上って行った。 |
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