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日米開戦の真実

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「日米開戦の真実」佐藤優。

大川周明の「米国亜細亜侵略史」「英国亜細亜侵略史」から、当時の日本が米英と開戦するに至った理由を解説した本。

大川周明の分析によれば、日本の戦争は自衛戦争である、という単純な見解ではない。ではなく、大亜細亜主義という思想があって、その中で英米世界との激突は避けられないという「最終戦争論」によって開戦したのだ、ということだ。
それを、佐藤氏は「トーナメント戦」と表現する。
当時の世界は「宗主国になるか」「植民地になるか」二者択一であった。つまり、独立国家同士が植民地を支配しながら雌雄を決する形で歴史は進行していく、その最後の戦争が終われば、世界は一国が強固に支配することで平和になる、という思想である。それが、当然だと思われていたのだ。事実、そのように当時は歴史が進んでいたのである。植民地をもった強国同志が戦い、そこで勝利を収めた英国が世界のヘゲモニーを握っていた。
だから、何も「最終戦争論」は石原莞爾の独創ではなかった、ということなのである。石原の独創は「日本が大亜細亜主義をもって、英米世界と戦わなければならない。そのためには、日本一国の力ではムリだから、満州を一時借りておく」という戦略論であった。借りる方には貸す方の痛みがわからない、そこが日本の欺瞞につながったという批判は新しい。

最終章に至って、佐藤氏は世界の外交は「性悪説」であり「力の論理」だと断言してみせる。従って、大川周明の論理は「敗者の論理」でしかないだろう、と指摘する。その上で、なぜこのような「誤謬」に日本が落ちたのか、それは日本人が考える「正義」が世界で通用すると思いこんだ点にあるといい、大川の多元主義思想に習えと言う。

評価は☆。
大川周明の論理自体は、実に明快。

終章にいう佐藤氏の「東アジア共同体」への反対論は、充分に首肯できるものだ。EUと違って、東アジアには共通の価値観(ローマ法のような)がないから、経済共同体しかつくれない。だが経済共同体は、実際は自由な経済以上の効果を上げることはできないだろうから。役人を雇うだけムダだと思う。

大川周明の弱点は、彼がインテリだということにある。同じ右翼指導者でも、北一輝とは格が違う。死の前日に「大魔王観音」と揮毫して大川に送りつけた稚気。
226事件のときの北の電話の録音を聴いたことがある。「マル、マル、マルある?、、、あ、そう。じゃあ、頑張ってね〜」
まるでドリフのコントのような軽い口調。(マルとは円すなわちカネの隠語)一方で「玉を押さえなかったから負け」だと事件発生時にただちに予言した。玉は玉体、すなわち天皇陛下のことである。このカリスマを受容できずに処刑してしまった、戦前の「日本軍国主義」の限界であった。

日清、日露、大東亜の中で「名将」と呼ばれた人物は、ほとんどが「元武士」の家系なのである。平民出身のすぐれた頭脳を集めた陸軍士官学校も海軍兵学校も、残念ながら代々武家の教育以上の成果を出せなかった。せいぜいが小細工を弄する参謀を量産しただけだった。このあたりに、日本が敗けていった「文化」の問題が潜んでいるように思えてならない。
明治を経なければ日本は生き残れなかったし、その経緯のなかで、当時としては充分に「民主主義」も育まれていたと思うのだ。その結果の敗戦は、実は「民主主義」の大きな弱点を示しているのじゃないか、と思うのである。
今は、これ以上は踏み込めないのだけど。

comment:
国防を考えないのが、町人文化ですね。幕末の英国外交官(誰だか忘れた)は、「町人は御しやすいが、武士には手こずった」と言っています。お互いに相手の腹が読めるんですね。さて、大東亜戦争敗戦で、武士文化は絶滅し、「国防」を考えない町人文化・商人文化になったわけです。新渡戸稲造あたりの「武士道」は、再読されて良いでしょうね。
2006/12/8(金) 午後 5:37 [ tatsuya11147 ]

町人文化ならばまだ良いが、当時の町人には「儲かったらカネを散じる」という美学があったような。芸術や学問のパトロンになったり、道楽をしたりする。有望な貧しい子どもにカネを出したり。いわば、心の豊かさです。今の金持ちは、ただカネのために動くばかりで、あれじゃ心は貧乏じゃないか、と。町人文化の残り香があったのは、昭和40年代くらいまでみたいな気がしますねえ。
ちなみに、上の地図が明治の頃の世界です。赤が宗主国。灰色が植民地。緑が独立国です。日本とタイ、エチオピアくらいのものですね。白が独立中だったり建国中、内戦中のグループとなります。
2006/12/8(金) 午後 6:18

この記事の最後のパラグラフ、特に最後の一文に答えている評論がありますよ。産経2006/12/4の「正論」「真珠湾への道 日米開戦65年 4」の伊原吉之助「衝突不可避への7つの契機」です。なんならここに、サワリを紹介しましょうか?
2006/12/10(日) 午後 7:36 [ tatsuya11147 ]

tatsuyaさん、大変興味があります。ぜひご紹介ください。
2006/12/11(月) 午前 10:27

了解。サワリと言っても、少し長くなります。【以上】が出るまで続きます。では…。「負け戦は断じてすべきではなかった」という反省もある。三国干渉時のように、臥薪嘗胆すればよかったというのである。しかし、昭和に米国の言いなりになって臥薪嘗胆するのは無理だった。なぜ無理か?軍部を含めて日本の各界が官僚制化し、指導者不在のまま「誰も責任を取らぬ」世の中になったからである。
進出は指導者なしでもできるが、撤退は無理。江戸時代に各藩は藩校で指導者教育をしたから指導者に事欠かなかったものの、近代化を担う専門家・技術者が払底していた。そこで開国後は技術者・専門家教育に専念した。帝国大学も陸海軍の大学校も、官僚・参謀教育機関であって指導者教育はしない。そこで、日本は帝大卒業生が政治家になる頃から、国家指導に問題が出てくる。
第一次大戦に不用意な参戦をし、二十一カ条問題でも不用意な追加要求をして五四反日運動の原因を作った加藤高明がその代表である。大正デモクラシーが、国家運営弛緩の転機を示す。帝大や陸・海大を卒業した官僚・参謀群は、自分らの思いのままに国家を運営すべく、天皇を祭り上げて、内大臣ら補弼者の進言をそのまま認可するよう誘導した。昭和天皇は、それが立憲君主と信じ込まされ、3回の例外を除き、終始「指導」を控えられたのである。
こrを嘆いた徳富蘇峰は戦後日記に書く。明治天皇は要所要所でちゃんとご指導なされたのに、昭和天皇は御指導を控えられた。かくて中枢が空洞化し、官僚群がてんでんばらばらに国家運営に参画したから統一的戦争指導ができず、負けたのだと(『徳富蘇峰終戦後日記』講談社)。明治天皇は重要問題は納得するまで臣下を問いつめられた。だから臣下は周到な準備を心がけた。
2006/12/11(月) 午後 5:25 [ tatsuya11147 ]

tatsuyaさん、ここまで、大変おもしろい!実に正鵠を射た分析だと思いますね。思い当たることばかりです。これは、とてつもない根本の問題があぶり出されてきていると感じる。続きを願います。
2006/12/11(月) 午後 5:25

「あの戦争」の反省点は、まさにこの「指導者不在」に尽きる。指導者教育の不在は、戦前よりも戦後に著しい。各組織の」官僚制化・無責任化も戦後に著しい。国家百年の大計など、誰も考えてはいない。これでは集団は壊滅し、国家は滅びる。乃木希典凡将論が出て偉人を踏みにじり、平等思想が横行して下司がのさばる世の中になった。これが「人民主義」の産物なら、「人民主義」とはゲスの政治である。
日本は日露戦争の反省を怠って昭和の敗戦を迎え、敗戦の反省を怠って経済成長に突っ走った。国家運営が迷走しているのは、反省不足の当然の報いである。【以上】ああ、疲れた…。
2006/12/11(月) 午後 5:42 [ tatsuya11147 ]

「官僚化」=「近代化」だった、というあたりに、根本の問題が潜んでいるようですね。その流れで言えば、実は戦前も戦後も変わりない。相変わらず、無責任な「組織」のままに国が(あるいは企業も、社会全部も)動いていますね。その意味では無反省である。私は憂国などという柄ではないけれど、しかし、これでいいとは全然思えません。
人民主義がゲスの政治であるという指弾は、おそらく一面の真実でしょう。。。
2006/12/11(月) 午後 10:11

世の中では、「民主主義、万歳」と言わねばならぬお約束になっているが、「ゲスの政治」という事も知らないと、国を誤りますなあ。
おっと、そんな大問題に踏み込む前に、「官僚化」対策ですな。インパール作戦も、陸軍の官僚化で白骨街道になったとか…。
「民主主義の問題」より「官僚化の問題」の方が、先決と言ったが蒸し返す。民主主義の祖形をギリシャの都市国家の民主主義に見いだす考えがあったが、アレは違うんじゃないか…と。そもそも「市民」と訳すのが間違いだろう。「市民」には兵役があり、「奴隷」にはない。「市民」は武士階級であり、「奴隷」は百姓・町人なのではないか?ギリシャ都市国家の民主主義は、武士階級内の民主主義であって、決して「人民主義」ではない。その「ギリシャ」も永遠ではなかったのだが…。
オリンピックなんて、軍事教練そのものではないか!槍投げ、砲丸投げ、マラソン(伝令)…。「オリンピックは軍事教練の祭礼・儀式化だ」と言って、誰も異論はあるめえ。だから、女は出場できなかったんだ。
2006/12/12(火) 午前 0:33 [ tatsuya11147 ]

それは自分も考えたことがあって、日本の封建制度における武士は「政治権力」を握ると同時に「戦争兵力」でもあったワケです。戦をすると決めるのも武士ですが、戦いに行くのも武士。政治に対する「覚悟」が違う。ところが、民主制度になって「口は達者だが自分は戦争にいかない」奴が偉くなってしまった。これが無責任の始まり、、、と言ったら乱暴ですかねぇ。
2006/12/12(火) 午前 9:25

いや、分かりやすい。シビリアン・コントロールが良いとばかりは言えない。
2006/12/12(火) 午後 5:01 [ tatsuya11147 ]

本当に。政治に対する「覚悟」の姿勢が足りないですね。わたしも今のお偉いさんにこんな無責任さを感じます。
2006/12/13(水) 午前 1:13 [ p_su315 ]

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