usami_MEMo

ようこそ、netでであったすばらしいアレコレのmemo(転載)mainですが・・・ ^o^;;;

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

軟弱者の戦争論

「軟弱者の戦争論」由紀草一。

いきなりで恐縮だが、この本はすごい。「軟弱者の平和論」ではないのだ。おそるべき論理のキレである。

この本のテーマは「平和主義の矛盾」に関する考察である。
まず、冒頭、筆者はこのように言う。「平和主義だから日本の憲法は良い、と言う。その良い憲法が定めているのだから、平和主義はよい、と言う。論理の環が閉じていることは明らかである。その論理の外から、平和主義について再考してみる」

で、最初にいくつか、代表的な平和主義に関して考察を行う。

「日本を侵略する国などないのだから、平和主義で良いという。この主張の場合は、単に前提条件の見解の問題であるから、もし前提条件が異なった場合は平和主義でなくなくなると考えて差し支えないので、議論の対象にしない(現実に有事になれば主張そのものが消えるから)」

「(井上ひさしらの主張する)無防備都市、オープンネイションについては、私がもし米大統領ならば、ただちに日本再占領を行う。危険がゼロだからである。その上で、改めて米国に忠実な国家を建設するだろう。60年前に行った『良いこと』を、また行ってはいけない理由がない」

また、日本が再び軍国主義化するというアジアの懸念に関してだが
「日本がカンボジアPKOに参加したとき、明石代表に日本が軍国主義なので帰れとカンボジア政府はいっさい言っていない。言うまでもないが、カンボジアは日本が大戦中に占領したインドシナである」
同じものを見て、意見が異なる国が存在するのは、単に見解の相違であって、平和主義の論拠にはなり得ないはずだろう。

トルストイの「イワンのばか」流の無抵抗主義に関して
「住民を虐殺する必要などない。彼らが生きていくだけのものを残し、残りを取り上げるだけでよい。それを受け入れるならば、平和主義は成立するかもしれない。コストのない平和はないのだろう」

そして、平和主義の最大の問題点は「目の前で殺されていく人を見たとき、あなたはどうするか」に収束するというのである。
「そこで武器をとれば、平和主義ではない。いや、無抵抗で殺されようという意見もある。それなら、平和主義は貫徹できる。ただ、その場合、平和主義のために死ぬということになり、そもそも死にたくないから平和主義を唱えたのではないかという疑念が生じる」
「たしかに自分は死にたくない。だから、自分が殺される場合はともかく、他人の場合は無抵抗にしようという考え方もある。それは、自分だけが助かれば良いという主張で、たしかに頷けるものがある。ただし、その思想を、世界の理想と呼ぶのは美化が過ぎるのではないか」
「現実に、日本は自国防衛に関してもそうだが、PKFに関しても資金を出すだけで済ませようというスタンスであった。PKO、PKFを分けようという主張は、日本以外に見られない。なぜなら、前線維持するための後方支援活動だけが安全だという保証はないのである。そうすると、日本は、金だけ出して他国に戦争させる国ということになる。」それが90年代の湾岸戦争時にクウェートから受けた扱いであったと総括する。だから、感謝されなかったわけである。
「論理的に矛盾なくするなら、どうも憲法改正しかないような気がする」

明晰な論理で、平和主義の矛盾をついていく。かなり平和主義的な立場で読んでいっても、反論に窮するのではないか。私は、最初は右派(笑)、再読のときはなんとか平和主義側に立って読んでみたが、非常に手強いと思った。著者は、定時制高校の教諭である。おそらく、生徒さん相手に「ものを考える」訓練を徹底的にされているのではないか?この人の語るロゴスは一流だと感じられるのである。

評価は☆☆☆。
文句なし。これだけの内容が、平易な語り口で、読みやすい新書にまとめられたことに感動。
自分に関して言えば、私は基本的に平和主義のつもりである。なぜなら、腰抜けで、自分さえよければ良いという唾棄すべき利己主義者、命さえ助かれば良いという被支配者階層の植民地根性がきっちり染みついているからだ。
で、当然だが、いざという場合には、そんな人間に関して、誰も助力してくれる者はあるまいよ。一巻のオシマイだろう。え、それじゃどうすりゃいいの?ホントに困りました。。。
平和主義者も、好戦論者(笑)も、等しく、公正な心で(そんなものあり得ないとしても)読んでみてもらいたい。読み終わって「え。。。。」と思って、思わず再読する。
間違いなく、大推薦の書であります。

転載元転載元: 40過ぎて独身で(断じて言い訳ではない)

閉ざされた言語空間


「閉ざされた言語空間」江藤淳。2006/9/25(月) 午後 5:59

高名な書物であるが、文庫を見つけたので読んだ。生来の貧乏性で、ハードカバーにはなかなか手が伸びないのである。

本書は、大東亜戦争において、GHQが行った検閲がいかに準備され、またどのように実行されたかを、米側の一次史料に基づいて詳細に記述したものだ。GHQが仕掛けた壮大な「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム;戦争をしてすいませんと罪の意識を持たせるための宣伝計画)」の全容をほぼ掴むことができる。



米国憲法は修正条項によって、思想・信条の自由を定めている。日本政府がポツダム宣言を受諾して、連合国に降伏した時点で、日本は連合国最高指令(米国)の支配を受け入れることになった。そこで問題が生じるのであるが、連合国司令部(米国)が日本において検閲を行うことは、彼らの国にとっては「憲法違反」であるということである。米国は、米国の政治下にある国において、米国憲法違反の政治を行うことについて認めているわけではない。
従って、検閲の最大の力点として「検閲を行っているということ自体を秘密にするべく検閲する」ことになった。
たとえば、戦前においては、書物・新聞の検閲は発禁になるケースは稀であって、だいたい「○○○○主義」みたいな「伏せ字」が使われていた。つまり、心ある人が読めば「マルクス主義」てな具合に、伏せ字に自分で字を当てて読むことが可能であった。ところが、GHQの検閲は、このような検閲ではない。伏せ字があれば、検閲自体が暴露されてしまう。そこで、差し戻しをする。つまり、発表したくば、全文を書き直すしかないのである。
このような検閲は昭和20年の暮れから実行されるわけである。言葉に関しても、徹底的な言語封鎖が行われた。「大東亜戦争」は禁止して、すべて太平洋戦争と言い換えられた。連合国に対する批判はすべて禁止。東京裁判は、検察側主張のみを詳細に報道させ、弁護側主張については禁止。皇室に関する用語の言い換え(御製→お歌、東宮→皇太子、など)。ラジオ放送「真相はこうだ!」を放送し、「戦争指導部のために国民は苦しむ」という考え方を宣伝した。そうすれば、日本国民のパワーが外に向かわず、自分たちの支配層に向くだろうという目的であった。戦争は、誰が考えても国家と国家の戦いであるが、それを指導者と国民の戦いだというふうに論理をすり替えるのが狙いだった。


私が注目したのは、このときから「現代かな使い」「当用漢字表」の使用が厳しく命ぜられたことである。これは、おそらく「文化の断絶」が狙いだろう。そのように教育を行っていけば、戦前戦中の文書をまともに読み書きできる者は激減するだろうし、仮に読めたとしてもタダの「歴史的文書」であり、リアリティを持って読むことはできなくなるであろうから。


最終ページで、著者はついに日本のテレビ局が「自主規制」をする姿を描き出す。当初は米国から言われた検閲を、日本人自らが行い始める。それは、そのほうが「良識」だからであり、マスコミに携わるものは一般大衆よりも高い見識があるから、良識に沿わねばならんという考えが染みついたためであろう。
さすが米国、見事な手際ではないかな。


評価は、この労作にして名著であることに敬意を表して☆☆。
三つ星といきたいところだけど、前半の準備編は正直読んでいても面白くはない。史料としての価値は高いわけで、重要だけどつまらない(なんたる言いぐさか!すいません)からだ。
後半は、ぐいぐいと引き込まれます。綿密な検証による指摘は鋭く「ああ、そうか。。。」を連発。


ついでに言えば。
インターネットが登場して「ネット右翼」がはびこっているという言説があるけど。なぜそうなったか?を考えると、実はただ1点「ネットには検閲がない」からでしょうな。いや、このヤフーブログにも検閲
はあるんですけど、いわゆるマスコミでやっている「自主規制」がないわけで。
今まで、封じていたから、反動があるわけでしょう。
では、その「反動」がなくなったらどうなるか?
いや、意外と冷静になっちゃうんだろうな、と思ったりするんですな。そう一直線にはいかないだろう、その程度には信用して大丈夫じゃないか、とね。

転載元:40過ぎて独身で(断じて言い訳ではない)

comment――――――――o

ついに出てきましたね。「前半ツマラン」は、その通り。マッカーサーは、昭和20年9月10日にいち早く検閲政策を実行しています。特に注目されるのが、昭和20年9月18日の、朝日新聞に対する24時間の発行停止命令です。「鳩山一郎が紙面で原爆批判」、これに怒ったGHQが発行停止命令。戦後50年目の朝日の言い分。「自分たちが一番怖かったのは新聞発行停止だ。それ以来、自分たちは、どうすれば発行停止にならないかということを、自分たちでチェックした」。これが、自主検閲の起源。
2006/9/25(月) 午後 10:35 tatsuya11147

その結果、マスコミに「閉ざされた言語空間」が出現してしまうわけですね。この手法は、左派知識人にも受け継がれていきます。大江健三郎は言うに及ばず、丸山真男、竹内収などの面々が、右派的な出版をしたことを理由に「中央公論」の執筆拒否。時の編集長、堤暁は更迭。GHQと同じく「戦後民主主義者が、自分の主張に沿わぬ者には自由を与えない」という先例を踏襲するんです。天に唾する行為に見えて仕方がないのですがね。
2006/9/26(火) 午前 9:21 singleandover40

「初めは食うために」マッカーサーにすり寄った者らは、マッカーサーが去った後は「おのれの既得権益を守るために」、マッカーサーの占領政策を代行する。これが「戦後民主主義」だろう。彼らには、強力な武器があった。それが、「占領下で成立した」憲法である。こうして、「占領下の自動延長装置」が作動してきた。
「戦後民主主義が、自分の主張に沿わぬ者には自由を与えない」との表現は、上品すぎるのではないか?本当は「戦後民主主義が、自らの胡散臭い出自にメスを入れられる事を嫌った」のではないか?本当は、「民主主義ではなかった」のではあるまいか?
占領政策の多くは、日本や日本人への誤解に基づいて作られ、実行された。メリーランド州立大のメイヨー教授は、百人以上の占領軍幹部にインタビューした結果、「彼らは占領を終えて帰国する頃には、日本文化の名状しがたい深さに打たれるようになった」と口々に語った。ところが、占領軍の人間が誤りに気づいている占領政策を、日本のマスコミ・文化人が継承し、拡大再生産してきたのが戦後日本だった。問題はアメリカにあるのではなく、日本人自身にある。
2006/9/26(火) 午後 8:29 tatsuya11147

おそらく、問題を複雑にしたのは、米国がくれた「自由」に、確かに日本人にとっても気持ちの良いものが含まれていたことでしょう。もともと、大正デモクラシーのように、日本人なりの民主主義はあったので、受け入れられたのだと思いますね。ところが、そこで素直に米国礼賛となれば話は簡単なのですが、反米=親ソが混じっておかしくなった。
つまり、米国が創った憲法なり戦後民主主義を擁護するのは反米親ソの連中、逆に自主憲法制定を訴えて国益を重視する保守派が親米反ソになる傾向が出てきました。護憲派が「革新」という奇妙奇天烈な状況です。世界で、革新勢力といえば普通は改憲を目的とするものですが。おまけに、ソ連崩壊で「革新派」が「自由主義経済推進派」になった。ねじれにねじれてワケがわからんのです。日本の中では左右は明快なように見えるが、世界はすでにそうではない、と思いますね。
2006/9/27(水) 午前 11:11 singleandover40

「日本の中では左右は明快なように見」せかけているのが、追いつめられた左(マスコミなど)でしょう。「世界はすでにそうではない」。では、どうなっているのでしょうね?
2006/9/27(水) 午後 3:40 tatsuya11147

素直な感想を言えば「米国」が右で、反米が左です。つまり、反米ならば、どんな独裁政権だろうが、軍事国家だろうが、転向勢力(笑)だろうが、とにかく「左のようなもの」。かつてのコミンテルンのような「指導原理」が失われたので、アンチ米国という形だけが求心力なのだろう、と思いますね。逆にいえば、どんな平和主義だろうと、国際協力だろうと、親米なら「右」。まあ、わかりやすくはありますが、思考停止じゃないかとも思います。
2006/9/27(水) 午後 6:57 singleandover40

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/ae/bd/lamerfontene/folder/1464000/img_1464000_41848538_0?20060928181941

                   中国の官吏は囚人は自らの意志で臓器を寄付すると言う

BBCは極秘調査をして死刑囚の臓器売買は中国では依然として非常に盛んに行われていることを報告している。

BBC駐北京記者の傅東飛は父が病気にかかって肝臓移植を必要とすると偽りを述べて天津市の第1中心病院を訪問した。この学院の従業員の紹介では、1つの整合の肝臓の源を探して大体3時間を必要とすると言う。肝臓は手術代込みで必要な全部の費用およそ94,400ドル(1113万9200円)で移植する。肝臓の源は死刑犯でから来る。ある1名の従業員は、死刑囚は臓器を寄付して自分の臓器を使って“社会に奉仕する”ことを望むのだと言う。 

彼は10月1日の国慶節前に犯罪者のピーク期に死刑を執行するため、最近しばらくの期間の病院は臓器の過剰寄付の情況が現れたと言う。普通は死刑囚の臓器は多く売りに出されて需要が多い臓器移植の外国人に渡っている。 

巨大な産業 

中国は世界で死刑囚の総計の最も多い国家で執行数も最も多い。アムネスティ・インターナショナルの報告は、2005年の死刑に処された中国の死刑犯の総計は少なくとも1,770人がいて実際的な数字は更にもっと高いかもしれないと指摘している。今年3月、中国の外交部は死刑囚の臓器が臓器移植に用いられることを承認していて、しかしこのような現象はきわめて少数だと強調している。 

中国の外交部のスポークスマンの秦は、死刑囚は仕方なく社会に臓器を寄付したのではない、臓器を寄付するのは事前に犯罪者の同意を得た上でだと強調している。しかしBBCの記者は、死刑囚は死んだら「死人に口なし」で自分の意志なのか、そうじゃないのか外部は知るよしもないと指摘している。去年の1年間だけで天津市の第1中心病院は共に600例の肝臓移植の手術を行った。中国では臓器移植はひとつの巨大な産業でありビッグビジネスになる。

BBC中国語chinese.comより

この記事では言葉を失ってしまう、中国人の思想がはっきりと読める内容だ。死刑と決まった段階でもう人間ではなくなる、後は食材と同じで利用されるだけである。ひとつの病院で1年間に肝臓移植が600例というのはまともではない異常だ。日本円で1千万以上払える大金持ちが無数にいて、その一方で貧困にあえぐ民衆が無数に存在する。共産主義社会はすべて平等であると宣伝したのはたしか日本共産党ではなかったのか、「いや建前上はそうであって実際の社会では個人差が出るのは仕方ないですよ」ぐらい言ってもよさそうなものだ。

転載元転載元: 問答無用の世界の現実


今日の記事で「奈良女児殺害事件:死刑判決に小林被告、表情変えず」とあった。小林被告は死刑を願い
出て話題になった男だ、女の子一人を殺害して死刑は重いか軽い刑かの問題でははないと思う。では通り
魔殺人で多数が殺されても死刑は一度だけである、日本は海外と違って犯した犯罪が加算されていく「重
加算方式」ではなく一番重い犯罪で処罰される「重犯罪方式」が採用される。黒澤明の映画「用心棒」で
「一人殺そうが100人殺そうが縛り首になるのはいっぺんだけだよ」と山田五十鈴が怒鳴る場面がある、
人間を10回死刑にはできないのである。

第二次世界大戦が終わってドイツではニュルンヘルグ軍事裁判、東京では極東国際軍事裁判が開かれた。
どちらもファシズムを断罪する裁判と呼ばれたが、実質的には戦勝国のみせしめ裁判だった。ドイツでも
日本でも戦犯には戦勝国と敗戦国両方から弁護人がついた、ドイツの場合には弁護人にユダヤ人がいた。
ある人がユダヤ人弁護士の記録を調べたら彼の家族はほとんど、そして親戚も多くがナチスの強制収用所
に送られて死亡していた。調べた人物は驚いてユダヤ人弁護士にこう尋ねたのである。

「あなたが理解できない、家族も親族もナチスに殺されてなぜ戦犯の弁護を引き受けたのですか?普通な
らば戦犯の死刑を望んでも弁護などは考えないはずです」
すると弁護士はこう答えた。

「それは間違った考えです、およそ近代の法においては、どんな残虐な犯罪人でも弁護を受ける権利を有
します。弁護人のいない裁判は無効で前近代的な裁判ということになります、例えば国の国会であるいは
会社の重要な会議で全員一致の採決は無効です。なぜかというと、反対する誰かがいて初めてその採決は
正しいと判断されるからです。その場の雰囲気に流されやすい人間の弱さをカバーするために考え出され
た近代法で民主主義の原点でもあります。私が私情を挟んでナチスを弁護しないと主張することも自由で
すがそれでは法を守る弁護士として十分ではありません。私はナチスではないと彼らに分からせるために
も彼らの権利は守らなければなりません」

転載元:問答無用の世界の現実

民主主義では個人個人の意見をいちいち取り上げられないので多数決採決にになります。その場合でも少数意見を無視していいというルールは存在せず議事録に記載することが義務付けられます。100人いて95人は賛成して5人が反対してもそれは貴重な反対意見ですから、日本の国会みたいな多数派が強行採決というみっともない議事運営は関心しませんね。

全1ページ

[1]


.

ブログバナー

◆◆usami◇◇
◆◆usami◇◇
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

検索 検索
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事