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昨日の報捨てでの防衛省のニュース。なにあれ? シビリアンとは選挙で選ばれた議員の事です。あるいは閣僚を指していいます。ところがここで防衛庁を縛っていたのは、国家公務員試験に合格した文官であり選挙を経た文民ではないのですから、全くもってシビリアン・コントロールとは関係の無い人たちだったのです。 戦前の反省に立って軍の文民統制に特段の配慮をするというには甚だ誤解があったと思えます。 文民統制において、防衛庁事務次官が文官でもよく、また武官でも大きな問題ではない当然総理府を経て内閣府へ至る文民の統制権限、責任を不明確にするような文官統制はシビリアン・コントロール上何ら必要なものではなったんですが? シビリアン・コントロールの見地から言えば防衛省となり、文官統制という楔なく文民統制を行なえる体制に正常化したといえるんじゃないかと・・・ そして、この防衛省に反対している人たちの「賛成派や賛成議員は自ら戦場に赴く事のない無責任な人たちだ」というもの。それを言えばこれまで防衛庁を統制し防衛庁長官より上に位置していた内閣府官僚などは、より以上に戦場に行くことのない聖域において統制権限を有していたという事になるがお分かりかな?
徴兵制を施行したとしても、国家公務員が徴兵されることはほとんど無く、内閣府という重要部局なればなおのこと聖域と言えることを全く認識せず、自ら墓穴を掘ってる事に気が付いているのかと、哀れみさえ覚えてしまう。なによりここ最近の海外派遣は政治家や外務官僚が推進し、防衛官僚や自衛官は常に大多数が慎重派であったことなど、彼らには全く認識の外に放り出しているようにも見受けられます。 ?H1>旧軍の反省というなら、最も肝に銘じるべきは国民の側である。シビリアン・コントロールにおいて最終的に責任を負うのは国民であるという認識無く、ただただ被害者として振舞う事は、何ら有益ではない
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2007年01月10日
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