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これは転載記事「歴史解釈について」へのコメントです。 この記事において日本近代史の解釈が割れているということに対しての考察が述べられているわけだが、 筆者は、それを 1-新自由主義史観を標榜する人々→資料史観をストイックに採用する 2-糾弾派→傍証の積み重ねで、充分に証明できるとする と大別する。そして、双方の主張の様な単純な判断では完全に説明することは不可能である、という。 そして、新自由主義史観と言う、自己欺瞞の解釈を生んだとも言える、とし、 資料史観を否定しないが、刑事裁判の様な狭義に於ける史観ではなく、傍証と証言による推察を徹底すべきである。と結論づけている。 その通りでしょう。 ただワタシが見る所、双方ともが1,2の方法論を折衷して証明しようとしている。 そして、気になったのが、傍証についてだった。 傍証の扱い方が、ご都合主義的ではないのか、 学問の方法と倫理 五 論証と傍証 京都市 古賀達也 http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou41/koga41.html 傍証とは、それ自体では証明力を有せず、ある仮説が論証により成立した時にのみ、論証の成果にして対応物としての位置づけが可能となるものだ。その上で、優れた傍証は歴史の真実を生き生きと表現する役割を果たし、学問的価値を持つこととなるのである。 逆に傍証のみをいくら積み重ねても肝心の論証が成立していなければ真の学問的価値を持ち得ないし、それによって論証を成立させることもできないのである(もしできるとすれば、それは傍証ではなく、証明力を有する「直接証拠」である)。 上記サイトよりの引用にもある、傍証のみをいくら積み重ねても肝心の論証が成立していなければ真の学問的価値を持ち得ない、を過去の事実として証明されたとは思えない、とすれば、それがワタシの考えです。 傍証は確かに、直接証拠をより正確に理解する上で、必要だとは思う。 ただそれには明確な定義付けが必要なのではないかとも思われる。 それは、その時代に既に存在したモノ、という。 社会的な背景、国際情勢、世情、民心、あげればきりがないが、 すべて、時代とともに変化するモノで、後世にいたって記憶により述べられたモノは述べられた時点における、社会のフィルターから逃れられないと思われるからです。 歴史に< If >は不毛だといいます。 その通りだと思う、ワタシにとって歴史とは現代をよりよく生きるための指標となるべきモノです。 歴史から学ばないモノに未来はない、学ぶためには正確に知る必要がある、恣意的に歪めた歴史にどのような価値が見いだせるのか、それは欺瞞に過ぎない、とも思うわけです。 ワタシがブログを始めた頃、首相の靖国参拝で世間が騒がしかった時季でもあり、日本の戦争責任が問われていた時季でもあった。 それまで、いたってミーハーに生きてきたワタシも、少しは考えなくてはならないような気になって、関連する記事を集め始めたのです。 戦後60年が過ぎ、昔習ったはずの歴史知識も、すり切れて、のんべんだらりと生きてきたツケが回ってきた、、 日本の戦争責任、と言われても、具体的にはどういうモノかわからない、 戦後に生まれたものとしては、理不尽にさえ感じるこの言葉、 自分の中にどう落としたらよいのか、いまだに模索しているありさまです。 そして、日本の、と一括りに言っている、この戦争責任、国家としてのか、民族としてのか、 それによってさえ、その採る姿は違ってくると思う。 そんなことに悩むのも、やはりワタシが日本人だからで、良くも悪くも、この日本という国体から逃れられないからなのだろう。 ただ、この意識は、愛国心などと言うものではなく、ワタシにとって日本という国体は空気のようなモノだからだと、言うしかない。 空気は見えない、しかし無ければ死んでしまう。誰かが汚したり奪ったりすれば それは、ワタシの生存を脅かす、故に怒りが湧く。反撃をしたくなる。 これを愛国心といえるだろうか?
言えるとすれば、愛国心とはワタシにとってエゴそのものですヮ。 |
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2007年03月30日
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