北朝鮮分析

北朝鮮のブログ : huntbaki@yahoo.co.jp

北朝鮮の話し

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今回の内容も前回(#1)に続き、韓国の雑誌「新東亜」に連載された金正日の「喜び組」(金正日の女性たち)の話を翻訳したものです。過去に北朝鮮を脱出して韓国に入国して韓国のマスコミで働く記者が、前職金正日の「喜び組」の女性を直接取材した内容を元に、記事を作成しました。
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Q)2次を通過した後はどのようにするのですか?

A)2次を通過すると、家へ行って約2週間位休んでから、また呼び出されました。この時は全国から選ばれた学生たちが全て平壌に集まって、高級ホテルに泊りました。4人部屋を使いましたが、4日間は特別なことはしませんでした。

あの時のことを思い返すと、本当に面白かったです。女の子たちの間には、嫉妬と競争心がすごく強いんです。一晩中笑う訓練をする子がいたり、きゅうりパックを塗って横たわっている子がいたり、とにかく皆大騷ぎでした。パンも分けて食べないし、化粧品もお互いに分けて使わなかったです。

元々、北朝鮮では学生に化粧の許可をしませんが、芸術分野で選ばれて来た学生たちだからか、抜群の美貌で注目を集めながら学校に通った学生たちだからか、化粧にはかなり慣れていたようです。当時、既にきゅうりパックをするなんて、本当に北朝鮮では誰も知らなかったことですからね。

思い出に残っていることは、あの時、チキンフライが出たことです。初めて食べました。北朝鮮ではニワトリは油で揚げないのです。それで不味くて、皆、肉を全て捨てて、骨だけ食べた記憶があります。

Q)最終審査はいつしましたか?

A)4日位経ってから、5日目にバスに乗って、どこかへ連れて行かれました。全国から集まった学生たちが約30〜40人位いましたが、男子が15人位いました。そこで試験官たちの話を聞いたのですが、1年にこんなに沢山選ばれた事はなかったと言っていました。

最終選考では身体検査はしないで、主に写真を撮られました。拡大写真、全身写真など沢山撮られました。ところで、化粧をしないようにと注意をされたのに、して来た子たちがいました。そのような学生たちは、皆顔を洗って来るように注意されました。そして、また1人ずつ得意なことは何かと質問されたり、して見なさいと言われたりしました。

この最終選考を統括する女性がいました。黒い乗用車に乗って来ましたが、真黒いサングラスを掛けて、真黒い皮のジャンパーに、膝まで来る真黒いブーツを履いていました。この若い女性の前では、他の年上の人々がペコペコしていました。

Q)最後選考でも脱落者が出るのですか?

A)当たり前です。しかし誰が落ちるかは分かりません。試験が終わると、家へ帰りました。そして、4日位してから、中央党からベンツが家へ来ました。他の人々が見ないように、夜来ました。そして両親に、娘を祖国の為の重要な仕事が出来るように、立派に育ててくれて感謝するという内容が書かれた感謝状が与えられました。特別な点は、お金をくれたことです。当時の労働者の月給と比べると巨額でした。しかし、その時は物価があまりにも上がってしまっていて、市場価値では巨額と考えることは出来ませんでしたが。

Q)どこに連れて行かれましたか?

A)私はそこが何処か、よく分からないのです。ある部屋に入ったら、背広を着てお腹の出た男性が座っていました。そして、机の上に大きな本が置かれていました。大きさはこれくらいで(彼女が描いた絵を見たところ、長さが約70cm、幅が50cm位の大型サイズだった)、表紙は濃いえんじ色で金縁が付いていました。

表紙には「朝鮮労働党中央委員会5科委員会」と書かれていて、その横に何かの数字が書かれていました。私たちの番号ではないかと思います。私のページが開けられていましたが、1人当たり3ページ位ありました。最初のページには私の名前、両親の名前、家族構成、学校の評価、成績などの個人的な事項が書かれていました。3ページ目には、これまでの3次試験までの評価と身体検査の結果などが書かれているようでした。2ページ目を開けたら1番上に「この同士は**学校を卒業して、党と首領の配慮」で始まる文がありましたが、その文を中央党幹部が直接読んでくれました。

その文の下に写真が5枚位が貼られていました。それまでの試験で撮られた写真でしたが、正面、側面と多様な角度の写真が上に貼られていて、全身写真は1番目の写真の下にありました。写真を貼った余白に、言われた通りに文を書きなさいと言われました。

軍人宣誓に似ている忠誠の誓いでした。ところで、北朝鮮でこのような宣誓には、必ず金日成の名前が入っていますが、この宣誓には金日成の名前が入っていなかったのが、ちょっと違う点でした。文を綺麗に丁寧に書くようにと、何度も強調されたのを憶えています。多分、金正日に差し出される本だったのでしょう。全部書いてから、下に血書きをするように言われました。

Q)血書きまで書くように言われたのですが?

生まれて初めて血書きを書いたので、あの時の記憶は生々しいです。初めは血書きを書かなければならないとは言わないで、幹部が先にこのように質問しました。「手で一番大切な指はどれか。もし指を1本だけ残すとしたら、どの指を残したいか」本当に、最終選考まで来たら、幹部の言葉使いも丁寧になりますね。

あの時は、私はこれもテストの1部だと思っていたので、しばらく考え込んでしまいました。1番先に、薬指を除いて、そして次は中指を除きました。そして親指と人差し指、小指の間でしばらく悩みました。小指を除きたかったんですが、それがなかったら耳をほることができないと急に考えたのです(笑い)。結局、小指も除きました。記者さんは親指と人差し指のどれを選びますか。(私ですか。うーん…私は人差し指を選びますね。)そうです。私も結局、人差し指を選びました。

すると、手のひら位の長さのナイフを消毒綿で拭いてから、私にくれたのです。このナイフで血書きを書くようにとのことだったのです。そのナイフはとても素敵なものでした。北朝鮮のものではなく輸入品でしたが、折り畳んだり開いたりできて、切れ味も良くてとても派手なものでした。

その時までは、私はナイフで指を切るということは想像すらできませんでした。でも、雰囲気が雰囲気だったので、薬指をナイフで切りました。でも、血が少ししか出ませんでした。もう1回するようにと言われて、目をつぶって歯を食いしばって、心の中で「お母さん」と叫びながら、もう1回切りました。そして、その幹部が言うとおりに「忠誠に服務する」という7文字を書いたのです。その次に幹部が、その下に何かの判子をポンと押しました。

Q)血書きを書いてから、全く違った生活が待っていましたか?

A)血書きを書いた後にベンツに乗せられて、どこかに連れて行かれました。運転手が前にいて、後部座席に私と案内人が一緒に乗っていました。運転席と後部座席の間にはレースが付いたカーテンが掛けられていました。そして側面にも、全てカーテンが掛けられていました。ですから、外を見ることも出来ないし、運転手が私の顔を見ることも出来ない構造でした。もちろんカーテンは開けたり閉めたり出来ますが、許可なくそうすることはできないでしょう。

私はその後も車に沢山乗りましたが、私が乗ったベンツは、殆ど全てカーテンが掛けられていました。もちろんカーテンの色と厚さは、車毎に違います。外国の首脳が北朝鮮を訪問すると、リムジンに乗るじゃないですか。そのリムジンにも乗ったことがあります。

ベンツの止まった所は、平壌の郊外でした。山に囲まれていて、外からは見えない所でした。静かな郊外で木に囲まれた所に、3階建ての建物が1棟ありました。後に教育を受けて知ったのですが、地下にも3つの階がありました。建物の形は 万景台(マンギョンデ)学生少年宮殿のような丸い半円型でした。その真ん中に金正日の銅像があって、その下に学校の名前が刻まれた大理石の版がありました。金正日の銅像は生まれて初めて見ました。建物の長さは100m以上でした。その時はそれが何の建物か分かりませんでしたが、今考えてみたら、中央党5科の建物のようです。到着するや否や、私をある部屋に連れて行きました。これから暮らす所だと言っていました。

(次回に続く)

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今回の内容は、韓国の雑誌「新東亜」に連載された金正日の「喜び組」(金正日の女性たち)の話を翻訳したものです。北朝鮮を脱出して韓国に入国して韓国のマスコミで働く記者が、前職金正日の「喜び組」の女性を直接取材した内容を元に、記事を作成しました。
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彼女に北朝鮮の金正日国防委員長と関わる過去があるという事実を知ったのは、かなり以前のことだった。金正日の「喜び組」の一員だったと主張する女性は、以前から多くいたし、新たに入国した脱北者の中にも、自分が「喜び組」だったと主張する女性たちはいるが、偽物と本物を区分するのは非常に難しい。しかし、いくら本で読んだ内容を自分の経験のように話しても、自分が知らなかったり経験していなかったら、そのような話は少し聞いただけで、すぐにばれてしまう。

また、もう一つ。特にこのような主張には、ただの1カ所も手をつけた形跡がない自然の美貌としなやかな体つきと魅力といった、決定的な「証拠」がなければならない。彼女がそうである。彼女は現代医学の恵沢とは無縁の美人である。北朝鮮で中央党所属の写真師が撮影してくれたという10代の時の写真の中の彼女は、もっと美しかった。

彼女はこれまで、めったに口を開かなかった。しかし、金正日の重病説が報道された今年の初めから、心境の変化が起きたようである。この記事は彼女との数回のインタビューを通じて整理した内容である。金正日の私生活は、常に好奇心を刺激する素材だが、多くの部分がベールに包まれている。この記事は彼の私生活の一部に過ぎない。そして彼女の願いに沿って、わざと書かなかった話がもっと多い。

Q)今まで私に金正日と関係があったという事実は隠さなかったのに、敢えて記事にすることを避けてきた理由は何ですか?

A)理由を敢えて挙げるとしたら、沢山あります。まずは金正日の「喜び組」にいたと、後ろ指を指されるのが嫌だったからです。人々が、まるで私を金正日のオモチャだったように見るかと、心配で恐ろしかったのです。私は金正日と2年近く一緒にいましたが、彼と寝たことはありません。そして、実は北朝鮮には「喜び組」とか「満足組」という言葉さえありません。ここで全て名前を付けたものなのです。

そして、私の身の上に金正日の側にこれ以上いるのが困難な出来事が起こった時、彼は私を特別に生かしてあげるようにという指示を下したとのことです。元々、私のように彼の側で多くのことを見て聞いた人は、生きてそこを出るのが難しいのです。金正日が私に慈悲を施してくれたおかげで、私の命は繋がったと見ることもできます。

韓国に入国して調査を受けた時、過去の経歴を隠したことも、理由といったら理由になりますね。金正日との話は全て隠して、平凡に生きて来たように話したのです。以前、偶然海外のマスコミに一度出演した事があります。その国の言葉が分からなくて、そこでどのように紹介されたか分かりません。

後に一度、事実を歪曲した記事が出て抗議したら、「それじゃ、訴訟しなさい。ここは外国だから、勝とうとしたら、多分、数十年は掛かりますね」と言うのです。本当に頭に来ました。そんな体験を通じて、マスコミ嫌いになったようです。

Q)では、今はマスコミに出ても良いのですか?

A)いつも記事を書きたがっていたじゃないですか。私が結局、降伏したのです。(笑い) これは冗談です。代わりに、あまり問い詰めないでください。実際、これが国家のための重要な情報でもないし、ただ人々の好奇心を満足させるためのものに過ぎないでしょう。私が実は口を割る必要もないのです。どうせ、今も全部は話したくないです。

ただ、金正日が病気に掛かって痩せ衰えた姿を見ていたら、人生無常という言葉が思い浮かびました。どうせ彼が死んだ後に全て公開されることなのだから、今言っても言わなくても、とにかく私はまだよく分からないのです。私の話が誰の役に立つかも…。それから今は時間も沢山経ちましたから。私が金正日の側を去った時から、もう12年も経ったのです。10年経ったら江山も変わると言うじゃないですか。

Q)金正日の側にどのようにして行くことになったのですか?

A)私の意志ではないです。北朝鮮では、毎年、中央党の幹部たちが全国の学校を回って、学生たちを選抜します。多分、脱北者たちは皆知っていると思います。これを5科に選ばれると言います。5科については、これ以上話すのはやめます。

私もそこで選ばれたのです。 5科対象者の選抜は毎年されますが、中央党の幹部たちが1回学校を回る度に、3つの学年の学生たちを調査して選びます。私は平壌で生まれて、芸術関連の特殊目的高等学校に通いました。私の学校には美貌の学生たちが沢山いました。

Q)初めはどのように選ばれるのですか?

A)私が5年生の時、授業時間に40代位の中央党の男女幹部が入って来ました。 「お前、お前、そこに立ちなさい」と言いながら、一旦、何人か選んだ後、選ばれなかった学生たちをゆっくりと見回しました。もしかして見落とした学生がいるかもしれないからです。その次に自分たちが選んだ学生たちを相手に、沢山の課題をさせます。「何が上手か、して見なさい」とか、「一番可愛くない顔をして見なさい」といった具合ですが、見ながら彼らもクスクスと笑ったりします。中央党幹部の前に立っているので緊張するうえに、本当に難しかったり滑稽な課題をさせる時もあるので、おしっこを漏らしてしまう学生も時々います。私には踊って見なさいと言ってから、一番綺麗な顔をして見なさいと言いました。

このようにして選ばれた学生たちを、教務室に呼びます。教務室へ行って、両親の名前、家族構成、担任の先生の名前などを全て記録します。その場でその中年男性が何と言うかというと、「お前、男と寝たか。寝たことはないか?」こんな質問をするんです。その時、私が満15歳位だったので、どんなに恥ずかしかったか…。

そして選んだ学生たちを病院に連れて行って、健康診断をします。病気がないかどうか検査します。このようにして最終的に選ばれた学生が、私の学校には15人位いました。そして私たちにしっかりと振舞って、男性と恋愛してはいけないと言ってから帰って行きました。5科対象者に選ばれたので、その後、先生たちは「あの子たちは5科に行く学生たち」と言いながら、授業に参加しなくても何も言わなくなるし、とにかく誰も私たちに干渉しなくなりました。

Q)選抜手続きはそのように簡単なのですか?

A)当然、そうではないです。1年後、ですから卒業の数カ月前に、中央からとても素敵な病院の車が来ました。今度の検査は、本当に詳細にされました。そして2番目の検査で私の学校から、たった3人だけが選ばれました。でも、かえって1次検査で落ちたほうがよいです。2次検査で落ちたら、男性と寝たから落ちたと、他の友達から後ろ指を指されます。それから女子だけ選ぶのではなく、男子も選びます。

Q)男子は主にどんな所に使われるのですか?

A)男子も選ばれて上に上がると、部類が分かれます。親衛隊に行く学生もいるし、金正日の狩り場へ行って、10年間秘密裏に豆農業だけして帰ってきた学生もいます。狩り場に雉が沢山集まるように、豆農業をさせて、収穫しないで、そのまま捨て置くのです。

5科に行ったら、休暇もないし、手紙も家に送れなくなります。初めから10年間は家族と断絶させるのです。そうとは知らないで、親は息子が5科に選ばれて行って、素晴らしい働きをすると自慢をします。豆農業だけではなく、豚の飼育をさせる5科もあるし、果樹を育てる5科もあります。とにかく、健康で若い学生たちを選んで、金正日と中央党幹部たちの世話をさせるのです。

Q)一番重要なことは何ですか?

A)顔と性格、心がけを一番重要視します。内向的な性格ではあまり選ばれません。最終審査まで行ったら、写真を正面、側面、後面と多様な角度から本当に沢山撮影します。検査をする時、定規を持ってきて、顔の比例を測り、撮影した写真を拡大して定規で測るなど、何回も顔を測って、目の長さはどれくらいで、口と顎との間隔はどれくらいで、ということも精密に記録します。

背は158〜165cmの間で選びます。私の場合は当時158cmでしたが、身体検査をした人たちが「丁度2cm足りない」としながら、「家へ帰って親に手足を引っ張ってもらって、ぐいぐいと伸ばして欲しいと言いなさい」と冗談交じりに言いました。それから「まだ17歳だから、もうちょっと大きくなるだろう」と彼ら同士話していました。最終的に選ばれた女子たちは、全部で10人でしたが、私の背が一番小さかったです。私と背の高さが同じ子が一人いましたが、残りは私より大きかったです。ただ165cm以上は選びません。金正日の背が小さいからです。声が低かったり、ハスキーだったりしても選ばれません。

そして体に傷跡や染みがあってもいけないのです。私の場合、最終段階で幼い頃に転んで腕に出来た傷跡のために、本当に悩んでいました(彼女の腕には、本当に注意しないと見えない、約1cm位の傷跡があった)。それで私をキム・マンユ病院と烽火(ボンファ)診療所に連れて行きました。年をとった医者に会わせて、あれこれ質問していましたが、とにかく手術はしないという結論が出たようです。

「久しぶりにゴミから真珠を選んだのに、たった2つ(背と傷跡)引っかかる」と言いながら、大変残念がりました。とにかく私は1、2次試験には合格しました。そして平壌では全国から集められた女子たちを比較、最終選抜する3次関門が残っていました。」

(続く)

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北朝鮮ではお正月の1月1日だけ休んで、2日から業務が始まる。北朝鮮ではお正月の朝、新年共同社説が発表されるが、あまり重要な内容はない。いつも、実現不可能な美辞麗句でいっぱいなだけである。

共同社説に普通、必ず登場する文句の一つは、「今年は農業に力を集中して、人民たちの食べる問題を解決する」である。農村では「新年社説で言及された課題を遂行するために」、元気良く初出勤をしなければならない。

ところで、冬は農村ですることがほとんどない。それで、お正月の翌日に普通することは、肥料の生産である。北朝鮮では化学肥料がとても貴重である。従って、天然肥料の生産が必須である。ここで言う天然肥料とは、秋に積み上げて置いた枯草に人糞を交ぜて作るものを意味する。

北朝鮮では人糞がすなわち肥料である。従って、家のトイレをしっかりと見張らなければならない。もし見張るのをさぼったりしたら、革命課業遂行に絶対的なパーセンテージを占めるトイレの人糞が、盗まれてしまうかもしれないからである。

実際、働きに出ている間に、空き家に入って人糞を密かに盗む例が多いので、北朝鮮では冬になるとトイレに鍵を掛ける。人糞をどれ位確保するのかによって、革命課業遂行の行方が決まる。なぜならば、北朝鮮は家毎に肥料課題がある。1冬に1家庭から少なくとも5t位の肥料を提供しなければならない。草は幾らでも集めて来ることが出来るが、人糞は手に入れるのが難しい。人糞を少ししか交ぜられないと、悪口を言われる。しかし少ししか混ぜられなくても沢山混ぜても、とにかく混ぜたら人糞の臭いはする。

お正月の翌日になると、トイレに溜まった凍りついた人糞をシャベルで掘り起こす。困った幹部がいる農村では、お正月から人糞の臭いを嗅がなければなければならない。新年社説が午前中に放映された後、農場幹部たちが党のスローガンを貫徹する為に、お正月も返上して働くとしながら、トイレの人糞掘りに取り組み始める。

平素はブラブラしながら遊んでいるのに、正月や休日になると必ず家毎にトイレを見て回る人間たちである。党に対する忠誠心を証明するには、お正月に歩き回るのが一番良いからである。このような人たちは、いつも他人にさせないで直接人糞を運搬する。誰が見ても、本当に素晴らしい絵が出来上がる。そして党の秘書は、「私たちの農場幹部たちは、お正月から党の方針を貫徹する為に、直接に人糞を運搬しています」と上部に報告する。すると、点数を稼ぐことができる。

とにかく、このような人間のために、一般農場員たちは苦労をする。不満は多いが、少なくても作業班長や班長くらいの中間幹部たちは、仕方なく働かなければならない場合が多い。幹部たちが外で人糞を運んで回っているのに、部下が黙っているわけにはいかないからである。

人糞騷動は農村だけで起きる事件ではない。都市も同じである。新しい年に新年社説貫徹の為に努力するという印象を残すには、都市を人糞の臭いでいっぱいにする以外に方法はない。臭いだけ嗅がせたら、「一生懸命に何かしている」ということを証明出来るからである。幹部たちが大変好むショーである。

職場毎に、個人毎に、人糞課題がある。1人当り普通50Kg位である。1月の北朝鮮では犬の糞を探すのも難しい。毎朝村を歩き回りながら、凍り付いた犬の糞をバケツに入れて回る人を沢山見かける。このようにして集めた犬の糞は、革命課業完遂の為に家ごとに保管される。

1月2日はこのようにして集めた糞が農村に向かう日である。この日は共同社説貫徹の為に努力しているということを見せなければならないので、無条件に農村に向かう。都市から農村まで糞を運ぶ行列が続く。

人糞課題は都市の党幹部たちも例外ではない。しかし幹部たちは楽である。農村まで人糞を車に積んで行き、1t運んで行って10tの領収証を要求する。結局、幹部たちは少しだけ働く振りをしたら、党の肥料課題を全て終えられる。

お金がある人は、人民班長にお金を出せば良い。人糞をお金で買うのである。もちろんこのお金は、「私の分担を他の人々がする代わりに、私は後方物資を提出する」という意味だが、その人の分担を実際にする人はいない。

人民班長や都市で働く人々は、人糞を1日か2日位だけ運んで、農村班に差し出す。班長に賄賂を上げたら、1t運んだだけで、10tの領収証を受け取ることができる。

班長はこの時こそお金が儲けられる機会である。天然肥料1tの偽領収証を作って上げたら、お酒10リットル位を手にすることが出来る。もちろん、これは村毎に差がある。このようにして集めたお酒は班長の収入になる。班長は事業用資金がなければ、農機器や化学肥料を買うことができないし、ビニールなどを貰うことが出来ない。国家の保障がほとんどないので、このようにして班長が賄賂で資金を準備しなければ、その年、班農業をすることができない。

結局、領収証が1万t分発行されても、実際に農場の畑に撒かれる人糞は、百t程度に過ぎないだろう。中央には課題が完遂されたと報告が上げられる。北朝鮮は普通、革命課業遂行がこのようにして行われる。

ところで、問題はお金もなくて権力もない一般労働者たちである。彼らが売れるのは労働力しかない。このような人々は、結局、人糞を課題通りに提出しなければならない。ところで手に入れるのが難しいので、盗んで来るのである。人糞を盗む為に、農場の警備員たちにお酒を飲ませて寝かせたりもする。元々、お酒数十リットルの賄賂が必要な仕事を、お酒2-3本で解決するのだから、ずっと割が良いと言えるだろう。

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今年11月10日午前、金正日の海賊船(海軍)が、韓国のテチョン島近海で国境を侵犯した。これを阻止するために出動した韓国海軍の撃破射撃により、北朝鮮の金正日の海賊船は、船体が破損された状態で、北へ逃走した事件が発生した。(もちろん、北朝鮮は韓国が先に攻撃したと主張している)韓国では今回の事件に関して、偶発的事故なのか、そうでなければ北朝鮮の故意的挑発なのか、各メディア別に活発に分析している。本当に韓国の人々とマスコミは、何も知らなくて、このような論争をしているのだろうか。見ているだけで息が詰まる

北朝鮮の金正日の軍隊には、偶発的思考というのはない。北朝鮮は「主体思想」が支配する「軍隊の国家」という事実は既に常識である。今年4月9日に改定されたという金正日憲法には、永遠なる首席である金日成の主体思想と、朝鮮民主主義人民共和国の最高指導者金正日の先軍思想を「自らの活動の指導的指針」にすると規定していることは、既によく知られた事実である。

この言葉の意味は、何でも金日成がする通りにしなければならないし、どんな事でも金正日が考える通りに考え、金正日が意図した通りに行動しなければならないということであり、死んだ金日成にしたように、生きている金正日に「絶対忠誠、無条件服従」しなければならないというのが北朝鮮特有の鉄則であり、故意でも間違いでも、これに背く者は「死」以外にないというのが北朝鮮の現実である。

これを簡単に解説したら、北朝鮮内では自ら考えて、自ら決定して、自ら行動することができる者は「人民の頭脳であると同時に統一団結の中心」として奉られる首領しかないし、ミイラになった金日成に代わって、金正日だけが自ら決めて指示して監督して報告を受ける唯一の存在という意味である。

従って、北朝鮮では金正日以外に、何者も自ら考えて、自ら決定して、勝手に鉄砲を打つ者は存在しない。たとえ人民武力部長や人民軍総参謀長、または「海軍司令官」とは言っても、金正日の命令なしには、船一隻も勝手に浮かべる事は出来ないし、鉄砲一発も打つことが出来ない、所謂、「唯一指導体制」だと言うのである。

従って、今回の事件に関して、偶発的間違いだと考える者がいたら、その人は北朝鮮に対してあまりにも無知な者か、北朝鮮の肩を一方的に持つ朝総連や北朝鮮のスパイと言えるはずである。

もし今回の事件が、北朝鮮軍の海賊の船長が勝手に犯した偶発的事件なら、これは金正日の三線報告、多重監視制度が瓦解して、独裁統制体制が崩壊しているという「嬉しい徴兆」とも言える。しかし金正日の爆圧独裁体制が、漫画のように、小説のように、それほど簡単に崩れると考えるのは難しい。

従って、今回の事件は、オバマ大統領のアジア歴訪とアメリカ特使の北朝鮮訪問に先立って、国際社会の注目を集めているので、「目立った悶着事件」の様相を見せ、韓国政府を相手にした圧迫用手段を作るために、金正日が綿密な計算と脚本によって海賊船を送り届けて恣行した「故意的な挑発事件」と捉えるのが「正解」である。

むしろ、今、韓国が悩まなければならないことは、今回の事件が、故意か偶然かではなく、果して北朝鮮が復讐をするかどうかである。そしてもし復讐をするとしたら、どんな方法をとるか予測することである。韓国は今、小さな勝利に喜ぶ時ではない。

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北朝鮮で金日成、金正日の肖像画が掛かっていない部屋は、ほとんどない。北朝鮮で指導者の肖像画は、掛けて置くと表現するのではなく、仕えると表現しなければならない。学校の教室にも肖像画が正面に掛けてあり、北朝鮮の子供たちは小さい時から肖像画と共に育つのである。

ところで、教室や部屋に掛けられた肖像画は、単に掛けられているだけではない。埃が溜まらないように、毎日磨かなければならない。これを北朝鮮では、「毎日、忠誠心に小さな埃も溜まらないように、反省しながら磨かなければならない」と宣伝する。肖像画を磨くことを「真心事業」と言う。毎朝、掃除当番が肖像画を磨くが、何時も掃除の前に、必ず肖像画から磨かなければならない。

肖像画を磨く最高級(?)の雑巾を入れて置く箱が、教室毎に必ずあるが、この箱を「真心箱」と言う。労働党に入党するために、忠誠心があるということを証明する一番手軽な方法も、毎朝職場に出かけたら、肖像画からまず先に磨くことである。

学校や職場ではない一般の家庭に掛けられた肖像画は、見る人もいないし、家族しかいないので、毎日熱心に磨く人は精神病の患者に他ならないだろう。しかし、節日になると、労働党の幹部たちが家庭を回りながら、肖像画の埃を検閲をする。肖像画の上に小さな埃が発見されたら、その家族は忠誠心が不足だという理由で、処罰される。

幸いにも、党幹部たちは自分の部下の家に埃が沢山溜まったら自分も処罰されるので、検閲は厳しくない。このような検閲があるときは、密かに職員を先に送って、家ごとに通知することになっている。肖像画を掃除する時間を与えるのである。しかし、その時家に誰もいなくて連絡が受けられなかったら、取り締まりされて、処罰される。

火災が起こったら、肖像画を取り出そうとして(北朝鮮では肖像画は「取り出す」と言わないで、「救出する」と表現する)、中に入った人が皆死んでしまう場合が多いが、決定的な理由は他にある。肖像画は単に壁の釘に掛けられているのではない。「真心事業」をする過程で、間違って、或いは地震などで落ちたりしないように、裏を紐で釘にしっかりと縛り付けられているのである。

ところで火災が起こったら、家の中に煙が充満してしまい、目が見えなくなり、焦ってしまい、肖像画の裏の紐を解くの難しくなる。だから、大抵、大急ぎで引っぱって紐を切るが、その紐がすぐに切れなくて、窒息死してしまう確率が高い。このような理由から、北朝鮮では火災が発生したら、肖像画を取り出そうとして、死ぬ人がよく発生するのである。

かといって、紐で縛って置かない訳にはいかない。子供がいる家庭は、子供たちがいたずらをしたり、または他の理由で肖像画が落ちることもあるからである。金日成、金正日の肖像画を壊したという理由で捕まり、管理不届きという理由で捕まり、火事の時にこれを救出しようとして死に…北朝鮮という所は、肖像画のために多くの人が死に、怪我をする。火災が起こって肖像画を救出することが出来なかったら、政治犯収容所に送られることもあり得るので、そのまま逃げ出すこともできない。

肖像画を磨く時も、必ず「真心箱」に保管されている派手で清潔な雑巾で磨かなければならない。もし、ただの雑巾で肖像画を磨いて取り締まりされたら、運が悪ければ、すぐに政治犯収容所に送られることもあり得る。

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