北朝鮮分析

北朝鮮のブログ : huntbaki@yahoo.co.jp

北朝鮮

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Q)今まで金正日の喜び組と言ったら、彼の宴会に参加して踊ったり歌ったりする女性たちが、夜の生活まで一緒にするとされていましたが、今までお話された内容から考えて見たら、真実は違うという感じがしますね。

A)金正日は無智で暴悪な暴君に見えても、彼も部下たちの視線は気にします。部下たちに非常に道徳的な指導者として見て欲しいようでした。もちろん全くそうではないと断言できませんが。踊りや歌が上手な女性の中には、彼の好みの女性がいる確率も高いでしょう。歌舞する女性たちはすらりとしていますよね。もし金正日に選ばれた女性がいたら、多分、私たちと一緒に隠遁生活を始めたことでしょう。でも、彼が寵愛した普天堡電子楽団の歌手たちを、その楽団の楽器演奏家たちと結婚させたことから推察すると、そのような女性たちにも一線は守ったと見なければならないでしょう。

Q)今までのお話の中で、金正日が付けてくれたミヒャンという過去の名前や当時一緒にいた人たちの名前を語られましたが、大丈夫なのですか?

A)どうせこの記事が北朝鮮で読まれたら、私が誰だかすぐに分かるはずです。金正日の側にいた人が韓国に脱出するということは不可能である前に、あり得ないことです。私以外には今後も出現しないでしょう。本人だけではなく家族まで最高の待遇を受けられるのに、北朝鮮を脱出する必要がありません。ですから、名前を隠してこのようなお話をする必要はないのです。それから、5科の生活を終えても、自分の故郷には帰してくれません。前述したように、以前海外のマスコミに出演して、私の過去のお話をちょっとした事がありましたが、その時は私の名前も周囲の人物の名前も言いませんでした。教育を受けた建物のことも言いたくなかったので、適当にお話しました。彼らはエロチックな点に関心があって、「喜び組」や「満足組」があるのかと執拗に質問しました。詳しいお話をしたくなくて大まかに説明したので、誇張されたことが多いです。しかし今は、私が名前まで全て明らかにして、事実をそのまま堂々と話しています。

Q)では、なぜ顔が公開されるのを断るのですか?どうせ北朝鮮では全てを知っていると思いますが。

A)私がこのインタビューを受けるのは、人気を得るためではありません。韓国へ来た初めの頃は、そのようなことも考えましたが、今は「過去、喜び組にいたミヒャン」として生きたくないです。今後、私の写真が出回ったら、面倒な事が多くなります。周辺の人たちの視線も変わります。私は今のままで暮したいのです。韓国へ来て芸能界にデビューする機会も沢山ありました。俳優や監督の中には、知り合いも多いです。私の過去は知らないのに、映画に出演して欲しいと執拗に説得して来た監督も何人かいました。しかし、全て断りました。韓国の芸能界について知れば知るほど、北朝鮮出身の私が適応する自信はありません。

Q)この記事を読む読者たちが、どのようにして韓国に来たのか知りたがっていると思いますが。

A)全ての人に過去の事情と痛みがあります。静かに胸の中にしまって置きたいこともあるでしょう。簡単にお話すると、私の家族が北朝鮮では許されられない罪人になってしまったのです。罪人の娘を金正日の側に残すことはできないでしょう。ミオクお姉さんが私を抱きしめながら、「大変なことになってしまった。もう会えないかもしれない」と言いながら大変悲しみました。お姉さんが「お前が死なないように、私が最善を尽くす」と言いながら、お金も沢山くれました。別れる時、私もすごく泣きました。1997年に私は中央党保衛部に閉じこめられて、本当に長時間審問を受けました。でも、私が言うことが何もありませんでした。

ある日保衛部の人が言いました。「将軍様の命令通り、命だけは助けてあげるから感謝しなさい」その瞬間、ミオクお姉さんが思い出されました。私は深い山奥の革命化区域に追放されて、しばらく世間と隔離されました。理解できなかったことは、追放された時、金正日がくれたプレゼントの一部は持って行かせたことです。流刑中に恩人ができて脱出するのに成功して、彼が教えてくれた方法に従って、数カ月後に北朝鮮を脱出して韓国まで来ました。思い返すのは嫌ですが、その過程を書いても、多分ぶ厚い本1冊にはなるでしょう。

エピソードを1つお話します。中国で北朝鮮料理が食べたくて、北朝鮮食堂へ行った事があります。自分なりに眼鏡を掛けたりして変装をしました。でも、その食堂で働いていた1人の女性が、私をしきりに眺めました。私も彼女をどこかで見たような気がしましたが、思い出せませんでした。ずいぶん長い間躊躇していましたが、彼女が私が近付いて来て静かに、「失礼ですが、もしかして000さんではないですか」と聞くのです。心臓が止まりそうでした。彼女は5科の試験を受けた時、私と一緒に3次まで行って、最終試験の時に同じホテルで生活した子でした。どうして中国にいたのか分かりません。5科に選ばれても、最終選考まで行けなかった美貌の女の子たちは、別に教育してホテルに常住させながら、外国からのお客たちの応待をさせるという話を聞いたことがありました。しかし、海外にいるとは知りませんでした。知らないと手を振りながら、料理も全部食べないで、逃げるように出て来ました。それがもう10数年前のことです。最近、海外にある北朝鮮食堂の従業員たちは、権力がある幹部の家庭の子供の中から選抜されると聞いています。

Q)韓国へ来て良かったと思いますか?

A)私が来たくて来たのではありません。運命が導いたのです。そして韓国での生活について、結論を出すには早すぎると思います。30代に「成功しましたか」という質問に、答えることができなようにです。来て良かったかどうかは、数10年後に答えられる問題ではないでしょうか。多分、北朝鮮にいたとしても、それほど幸せだったとは思えません。年を取るにつれて、幸福とは特別なものではないということを感じます。結局、幸福とは自分が感じる感情ではないでしょうか。金正日といた事は、私の人生の一場春夢に過ぎません。生きて行く日々は、その瞬間の数10倍です。これから、いくら辛くても、目標と夢は失いたくないです。夢が何ですかって?将来、北朝鮮に帰って、両親を失った子供たちの面倒を見る孤児院の院長になりたいです。


(終わり)

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北朝鮮の金正日が、「コメのご飯に肉汁を食べて、絹の服を着て、瓦屋根の家に住めるようにする」とした金日成の遺訓を貫徹することができなかったことを是認したと、9日付けの労働新聞が伝えた。金正日は去年、現地指導で、「政治思想的な面からは言うまでもなく、軍事的な面からも、強国の地位を築き上げたが、人民生活では成し遂げられなかったことが少なくない」としながら、このように語ったと言う。

北朝鮮の生活が困難になったのは、昨日、今日に始まった事ではない。沢山の脱北者、又は彼らが伝える北朝鮮住民の惨状は、聞き者も辛くなる程である。対岸の中国を放浪しながら物乞いをする子供(コッチェビ)たちや、飢えに耐え切れなくて市場で幼い娘を売ろうとした親の話が特にそうである。社会主義計画経済の破綻が生んだ悲劇により、最近は貨幤改革を断行して自生的に芽生えつつあった市場経済の芽まで摘み取ってしまい、住民たちの苦難だけが広まっている。

金正日はまた、最短期間で人民生活の問題を解決して、人民たちが楽に暮らせるようにすると強調したと言う。しかし今の体制では、住民たちがコメのご飯と肉汁を食べられる日は、決して来ることがないだろう。過度な軍事予算、日増しに落ちる農業生産性、核兵器の開発が招来した国際制裁など、北朝鮮が処した内外条件のどれ1つとして有利なものはない。北朝鮮が去年、アメリカに特使派遣を要請し、韓国との首脳会談開催に積極的に取り組み、年頭から中国訪問説を提起するのも、このような事情とは無関係ではない。

北朝鮮が今のように核兵器の開発に固執する限り、国際社会が援助してくれる余地はますます少なくなる。世界食糧計画(WFP)が北朝鮮脆弱階層に食糧を供給しようという緊急救護事業資金も、国際社会の無視により余り集まってはいない。去年の末までに集められた8,988万ドルは目標額の18%に過ぎず、それさえも他の使用可能な資金を合計した金額であり、北朝鮮を受恵国として指定した金額は2,181万ドルに過ぎない。コメのご飯と肉汁をと訴えるのではなく、今すぐに住民を飢えさせない為には、外国からの援助を受け入れる道以外に方法はない。金正日が本当に住民生活を気遣っているのなら、国際社会からの要請を受け入れて、核兵器を放棄しなければならない。

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北朝鮮の英語教育は、各地域の外国語学校から大学の英文学科へと繋がる、エリート中心の教育である。一般の中学校でも英語を教えるが、教師のレベルや学生たちの熱意は、非常に低い。何故ならば、極少数の外交官以外、一般学生たちが英語を学んでも、使い道がないからである。

北朝鮮は、アメリカやイギリス、オーストラリアなど、正当な英語を駆使する英語圏の国家と敵対関係にある。1980年代末までは留学生を派遣していたが、それもタンザニアやインド、イランのような国々に国費留学生を送る程度だった。甚だしくは、中国の北京大外国語学科で英語を学んでも、「私は留学をして英語を学んだエリートだ」と自慢する教授がいた位である。このようにして留学を経験した人でさえ、金日成大や平壌外国語大のような最高の英語教育機関でも20%前後の少数派である。北朝鮮では公式的にはオックスフォード標準英語を学ぶとは言うものの、実際に留学を通じて英語を学んだ教授たちも、タンザニアやインドのような国で英語を学んだので、発音も標準英語とは違う人が多い。

以前は労働党の高位幹部たちを中心に、子供たちを留学させようと努力する人々が多かったが、1990年代半ば以後雰囲気が変わり、幹部たちが子供たちを留学させることを自粛する傾向にある。留学したとしても、下手をすると、修正主義という批判を受ける可能性が高いからである。実際に外国の学校で勉強した現地の外交官の子供たちも、1990年代初めには全員本国に呼び戻された。

アメリカのジョージ・W・ブッシュ政府の執権8年で、アメリカと北朝鮮の関係は非常に悪化してしまった。しかし、反対にこの期間、北朝鮮では子供たちに英語教育をさせる幹部が大幅に増えた。正確に言えば、外国語教育の人気が非常に高まったのである。金持ちだけが享受できる外国語の課外授業も増え始めた。その理由は、外国語が出来たら、ドルを儲け易くなったからである。エリート英語コースを受けて、権力を持った親が、力を少しでも利用したら、外交官になることが出来る。北朝鮮でドルを儲けようとしたら、外国に出るのが一番良い方法である。実際、外交官の中には金持ちが多い。外交官になれなくても英語が出来たら、貿易会社や旅行社など「ドル確保」が容易い職業を得る確率は、非常に高くなるのである。

北朝鮮の一流大学で外国語を専攻するという自体が特権と言える。このような大学では、比較的以前から、開放がそれなりに進められてきたとも言える。「風と共に去りぬ」、「ローマの休日」、「ベンハー」、「ロミオとジュリエット」などの外国映画を聞き取り用の教材として使って、英語を学ぶ。また、例を一つ挙げて見ると、北朝鮮では韓国の本を持っていると、政治犯にされてしまうが、韓国で出版された英語の辞書だけは、例外だと言える。韓国の本だと分かる表紙の商標だけを切り取って、「KOREA=大韓民国」のような単語に黒インクを塗ったら、辞書を持ち歩いても問題がない。徹底的な統制社会である北朝鮮で、英語学習の分野だけは統制が厳しくないのは、高位層の子供たちが主に学んでいるので、統制をすることができないからである。韓国製の英語辞典を持っている学生は、皆、高位幹部の子供たちだと言える。取り締まりが出来るわけがない。

重要なことは、このような高位層の英語教育に対する関心の根本原因が、外部世界に向けられたエリートたちの欲望と、未来に備えるという先見之明にあるということである。北朝鮮のエリートたちは「子供たちの世代には、必ず開放されるだろう。そうなったら、外国語の知識が何よりも重要だという判断を下している」のである。また、今すぐは英語の必要な職業が多くないが、将来、北朝鮮が開放されたら、英語の知識が即ち権力になるということが分かっているので、予め準備しているようにも見られる。一部の幹部たちを中心に、「金正日政権が永遠に続くと思うか?政権が崩壊したら、我が家の子供たちを外国に送って、上手くいったら、私も一緒に逃げよう」と考える人々もいると言う。

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−韓国のブログに掲載された記事を翻訳したものです。
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北朝鮮で幹部たちは、一般的に豊かに暮らせます。しかし幹部と言っても、特別に国家からより多くの報酬を貰えるわけではありません。配給を少しだけ多く貰うだけです。しかし、これだけでは豊かに暮らすことはできません。幹部たちが豊かに暮らす方法は、自分たちが持つ権力を利用して、人民から搾取することです。実例としては、強い権力がない電気供給関連の仕事をするとしたら、賄賂をくれなければ電気を供給してあげなかったり、脱税を取り締まって暮らしたりします。また、党幹部や保衛部は人民を搾取するだけでなく、下級幹部まで搾取することができるので、もっと豊かに暮らすことができます。一言で言って、弱肉強食の社会です。

北朝鮮で道路を造る事を例に挙げて見ましょう。道路を造ろうとしたら、砂利と人材が必要です。ここで、軍や党の幹部は計算をします。

「道路建設に必要な年間の人材が1,000人。我らの村から動員できる人材は200人で、1人が5日働き、砂利は600袋必要だから、1人が3袋ずつ提供したら良い。」

北朝鮮で幹部は、足し算と掛け算、引き算さえ出来たら、誰でも出来ます。このように頭数どおりに分配すれば良いからです。ところで、いつも虚数というのが存在します。全ての人が1週間に5日ずつ働く事が出来ないこともあるし、砂利を必ず3袋ずつ提供するという保障もありません。軍の幹部はこれをすべて計算して、このような形で指示を下します。

「将軍様にお仕えするためには、1人が10日ずつ仕事をして、砂利は1人当たり6袋ずつ提供しなければならない。提供しない人は、将軍様に対する忠誠心が不足な人だ。」

人々は仕方なくは要求に応じなければなりません。ところで商売をする人々にとって、時間がお金です。だからこのような人々は、幹部たちに賄賂を差し出します。

「私が行かない代りに、お金を払いますから、便宜を図って下さい。」

これこそ、幹部たちが望むことです。結局、幹部はお金を貰い、工事は予定どおり進められます。権力が無い人々だけが、本来は5日だけ働いたら終わる仕事なのに、10日も働かなければならないし、3袋だけ提供したら良い砂利袋を、6袋も提供しなければならないのです。しかし、このように自分たちの村でする工事は、すこしはましです。見えない所で行われる工事は、搾取される部分が膨大だし、一体、そこにどれ位投入されたのか、把握することが出来ません。実例としては、遠く両江(ヤンガン)道白頭山に金正日記念碑を建立するとして、遠く離れた原山(ウォンサン)から人材を提供するとします。すると、高位党幹部が現場に行って、工事に必要なものは何かと質問します。

「シャベルが不足しています。約100個必要です。」

それで、高位党幹部が帰って来て、指示を下します。

「シャベル200個が必要だから、集めなければならない。」

その下の下級幹部が帰って来て、もっと下の区域幹部たちを集めて、言います。

「シャベル400個が必要だから、皆、提供するように。」

区域幹部は帰って来て、もっと下の下級幹部たちに言います。

「シャベルが800個が必要だ。」

最後の下級幹部は住民たちを集めて、「将軍様の記念碑を建設するのに、シャベルが必要だから、1世帯から1個ずつ提供しなければならない。」

ところで、全ての家庭にシャベルがあるわけがないのです。幹部は親切に教えてあげます。
「市場でシャベルを1個買うと1,000ウォンだから、お金を払っても良い。我々が買って持って行けば良い。」

大多数の人々は面倒なので、そのままお金を払います。このようにお金を集めて、区域にシャベル800個分のお金を差し出します。そして、市には400個分のお金が上がります。道には200個分が上がって、建設現場には、結局、シャベル100個が到着します。幹部たちはこのような搾取に、完全に慣れ切っています。最近は、150日戦闘、100日戦闘などをしていると聞きます。これは即ち、搾取の強度がもっと強くなっているという意味です。

幹部たちが住民たちに提供するようにと指示する内容も、種類が非常に多いです。軍隊支援コメ、石、セメント、老兵(軍人)支援費、鉄道・道路・塩田・発電所・養魚場・大学・病院建設支援費、土木工事食事費、垣根のペイント塗り及び修理費、警備費用、掃除罰金、忠誠資金のための犬の皮、兎の皮、古鉄、廃紙等々…甚だしくは、農村の肥料用に使う糞もバケツ1杯ずつ提供するようにと命令されるし、建設場に動員された女性たちの生理用ナブキンまで提供するようにと指示されます。このような沢山の品物が家に全てあるわけがないです。だから、お金で払うわけです。

提供するようにと指示を下す組職も沢山あります。労働党、青年同盟、女性同盟、農業勤労者総同盟、少年団…各組職の幹部たちが、競争して建設現場を作って、住民たちを搾取します。特に幼い学生たちを提供するようにと言われるのが怖くて、学校に行けない場合が本当に多いです。住民たちの恨みは大変なものです。

今年の4月に金正日が憲法から「共産主義」という用語を削除して、「共産主義というのが何だかよく分からないが、社会主義を私が一度、正しく実践して見よう」と言ったそうです。北朝鮮で社会主義と言うものは、このように人民を搾取することを指すようです。

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今年6月末、中国の「中広網」に、北朝鮮との国境地域である吉林省が、中国最大の麻薬密売市場として浮上しているという興味深い記事が掲載された。2009年の上半期に吉林省公安政府に検挙された麻薬密売容疑者は総勢367人で、彼らから押収した麻薬は総計6,139tに達するという内容である。6,000tが超過したとは、信じ難い記事である。

押収された麻薬は、北朝鮮で製造されて流通しているメスアンフェタミンとエクスタシーが主流を占めているとのことである。中国の一つの省で6,139トンが押収されるほどなら、北朝鮮で麻薬がどれくらい出回っているのかは、見当がつかない。北朝鮮で麻薬は咸興(ハムン)市で主に製造されているが、他の地方でも、やはり製造されている。北朝鮮で麻薬が拡散した理由は、国家が独占していた麻薬製造技術が、民間に流出したからだとされている。

北朝鮮では麻薬が、既に深刻な社会問題としてクローズアップされている。2006年9月に会寧(フェリョン)市で党幹部をはじめとする約200人が、麻薬投薬などの疑いで摘発されて処罰された。北朝鮮産の麻薬は韓国にも密輸される。北朝鮮の人々は、麻薬に対して全く違和感を感じていないと言う。北朝鮮で麻薬は、「オルム(氷)」、「アイス」、「ビンデゥ」、「銃弾」という隠語と呼ばれている。ところでこの「オルム(麻薬)」が、北朝鮮では万能の新薬のように認識されていると言う。病気になったら、「オルム」を飲むのが一般的だと言う。

「オルム」を試飲した北朝鮮住民の証言を聞いて見ると、これを飲んだら饒舌になるし、記憶力も良くなり、気分も良くなり、いくら働いても疲れないとのことである。しかし、口の中が渇いて、舌がもつれるのが問題だと言う。薬効が切れると、寝続けてしまうと言う。しかし、中毒性についてはよく知られていない。「ビンデゥ」は主に水に溶かして飲む。もちろん、吸入も一般的である。北朝鮮で現在、1グラムが中国貨幣で100ウォン程度で取り引きされている。北朝鮮では、麻薬中毒者を国家次元で厳格に処罰しているが、減少しない。麻薬中毒者たちは非常に多い。関連記事によれば、中学生たちまで「オルム」を使うと言う。

北朝鮮に麻薬が急速に拡散したのは、1990年代初めに「白桔梗」という名前で芥子を大量に栽培し始めてからである。芥子の採取には幼い学生たちも動員されるが、強烈な臭いにより、子供達が倒れる場合もあり、周囲に医療陣が待機したりした。ヤニを摘出した後の実を乾かすと、粟のような黄色い種がいっぱい詰まっていて、子供達はこれを間食のように食べるのである。

しかし、最近、国際社会の監視が厳しくなり、生産された阿片の輸出が難しくなったので、芥子の栽培面積は急速に減少し、栽培地も国境付近から、監視が難しい内陸に移された。外国駐在の北朝鮮大使館に出入りする人々は、外交官の兔責特権を利用して、阿片を持ち歩くと言う。高価な他の麻薬代わりに、相対的に安価な阿片を持ち歩く理由は、麻薬は成分の鑑定に時間が掛かるので、すぐに取り引きをするのが負担になるが、阿片は比較的識別が簡単なので、汽車や空港で数秒の内にお互いに確認して、お金と阿片を交換することができるからだと言う。

北朝鮮に拡散している「オルム(麻薬)」に関する記事は、今まで沢山登場した。子供たちにまで麻薬が拡散しているというのは、既によく知られた事実で、はなはだしくは金正日が死亡して生き返った理由が、麻薬のおかげだという噂もある。最近、金正日が非常に痩せてしまった理由も、麻薬によるものだというのである。金正日が麻薬を服用しているという噂が事実かどうかは分からないが、充分に可能な話である。北朝鮮の住民たちに、してはならないと言うことを、金正日は結局、自分独りで全てしているではないか。あらゆる贅沢と性的な乱れ。それに麻薬が付け加えられたとしても、それほど驚くことではない。

全国が麻薬に侵されている状況なら、滅亡するのは時間の問題である。多くの関連ニュースを分析して見ると、金正日の死と北朝鮮政権の崩壊は遠くないということが、明らかに見えて来る。


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