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みるく世(ゆ)がやゆら
6月23日沖縄の戦没者追悼式で

高3の知念さんが自作の「平和の詩」を朗読した。

タイトルはタイトルは「みるく世(ゆ)がやゆら」(今は平和でしょうか)。

素晴らしい詩だ。
この詩を理解するには
若干の事前知識が必要になる。
その為には、まず朝日新聞の記事を先に読んだ方が良い。
みるく世(ゆ)がやゆら
クリックで詩の本文へ
 朝日新聞の記事
追悼式では、沖縄県立与勝高校3年の知念捷(まさる)さん(17)が自作の詩を読み上げた。タイトルは「みるく世(ゆ)がやゆら」(今は平和でしょうか)。沖縄戦で夫を失った祖父の姉の体験にふれながら、戦後70年の世の中は「平和でしょうか」と問いかけた。


沖縄はいま
「今は平和でしょうか」沖縄戦没者追悼式 平和の詩全文
 知念さんの詩は、県平和祈念資料館が募った「平和の詩」2274点の中から選ばれた。祖父の姉は、沖縄戦で夫を亡くしたが、その遺骨はみつからず、小石を墓に納めるしかなかった。その悲しみに「少しでも寄り添えれば」と題材にしたという。

 〈夫の足跡を 夫のぬくもりを 求め探しまわった〉

 〈彼女のもとには 戦死を報(しら)せる紙一枚〉

 〈亀甲墓に納められた骨壺(こつつぼ)には 彼女が拾った小さな石〉

 知念さんの祖父の姉は戦後、再婚しなかった。詩では、高齢になり、認知症を患いながらも夫を思う姿と、戦後70年の社会で進む戦争の記憶の風化とを重ねて表現した。

 〈無慈悲にも自然の摂理は 彼女の記憶を風の中へと消してゆく〉

 そして、〈刻まれた礎(いしじ)に 私は問う〉〈六月二十三日の世界に 私は問う〉〈戦争の恐ろしさを知らぬ私に 私は問う〉と繰り返した上で、〈しかし忘れてはならぬ 彼女の記憶を 戦争の惨めさを〉〈伝えねばならぬ 彼女の哀(かな)しさを 平和の尊さを〉と決意を示した。

 知念さんは「それぞれの人が心に問いかけ、何かを感じ取ってもらえたら」と話している。(吉田拓史)

転載元転載元: どんぐりの徒然草

死んだ男の残したもの

今こそ反戦歌を歌おう。

「死んだ男の残したものは」

谷川俊太郎作詞・武満徹作曲


1.
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

2.
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

3.
死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

4.
死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

5.
死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

6.
死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない

転載元転載元: どんぐりの徒然草

君死にたまふことなかれ   
     この時期だからもう一度読んでみよう。
           
   與 謝 野 晶 子
あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。
堺(さかひ)の街のあきびとの
舊家(きうか)をほこるあるじにて
親の名を繼ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。
君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戰ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獸(けもの)の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思(おぼ)されむ。
あゝをとうとよ、戰ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家を守(も)り、
安(やす)しと聞ける大御代も
母のしら髮はまさりぬる。
暖簾(のれん)のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻(にひづま)を、
君わするるや、思へるや、
十月(とつき)も添はでわかれたる
少女ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
あゝまた誰をたのむべき、
君死にたまふことなかれ。

転載元転載元: どんぐりの徒然草

戦争法案が世論を踏みにじり
空前の暴挙によって衆議院で可決されんとしている。

今は亡き
詩人・石垣りんさん
にも戦争法案反対の隊列に加わって
頂くことにしました。

以下
石垣りんの反戦詩
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
弔詞
(ちょうし)
宿場新聞に掲載された105名の戦没者名簿に寄せて
ここに書かれたひつつの名前から、
ひとりの人が立ちあがる。

ああ あなたでしたね。
あなたも死んだんでしたね

活字にすれば4つか5つ
その向こうにあるひとつのいのち。
悲惨にとじられたひとりの人生。

たとえば海老原寿美子さん。
長身で陽気な若い女性。
1945年3月10日の大空襲に、母親と抱き合って、
ドブの中で死んでいた、私の仲間。

あなたはいま、
どのような眠りを、
眠っているのだろうか。
そして私はどのように、
さめているというのか?

死者の記憶が遠さかるとき、
同じ速度で、死は私たちに近づく。
戦争が終わって20年。
もうここに並んだ死者たちのことを、
覚えている人も職場にいない。

死者は静かに立ち上がる。
さみしい笑顔で
この紙面から立ち去ろうとしている。
忘却の方へ発とうとしている。

私は呼びかける。
西脇さん、水町さん、
みんな、ここに戻ってください。
どのようにして戦争に巻き込まれ、
どのようにして
死なねばならなかったのか。
語って
下さい。

戦争の記憶が遠ざかるとき、
戦争がまた
私たちに近づく。
そうでなければ良い。

8月15日。
眠っているのは私たち。
苦しみにさめているのは
あなたたち。

行かないでください
皆さん、どうかここに居て下さい。

石垣りん詩集から







転載元転載元: どんぐりの徒然草

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