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新しき村時代の日記

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薬師丸ひろ子の写真集

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 1984(昭和59)年 9月16日 (日)


 <孤独><不安><恐怖>を通して
 つまり<死>を通してのみ
 本当の幸福が得られる。

 死の解決こそ真の生への道である。
 死の解決を与えているものが
 真の宗教である。

 秋の光りの中で
 今まで見えなかったものが見える。


 11月5日 (日)


 アメリカかどこかで
 近頃電車の中でも
 赤ちゃんにオッパイを飲ませている
 婦人が多いという。

 <母乳の大切さ><スキンシップ>
 戦後女性が乳房の形を気にして
 母乳を与える婦人が少なくなったとか?
 ピンと張った乳房こそ美しいのだそうな。

 それに対して武田鉄矢がうまいことを言っていた。
 赤ちゃんにとってはピンと張ったオッパイより
 ダラリと垂れて下を向いたオッパイの方が飲みやすいと。
 美は必要だが愛はもっと大切なものなのだ。


 1985(昭和60)年 1月27日 (日)


 25日はF君とY氏と僕の
 3人の誕生日会をやった。
 ビデオで薬師丸ひろ子の『探偵物語』を見た。
 昨日34歳になった。

 ●僕のコメント
 F君はモーツァルトと同じ25日生まれで
 僕は先日亡くなったポール・ニューマンと同じ26日
 Y氏は確か27か28日だったと思う。
 この頃二人は僕の部屋によく遊びに来ていた。
 面倒だから3人一緒に誕生会をやった。
 薬師丸ひろ子は僕の好みで写真集なども買っていた。
 
 

夏から秋に感じるもの

 1984(昭和59)年 6月24日 (日) くもり

 ラジオの<宗教の時間>で
 千原英作<神のたまえる風景>と言う
 話を聞いて感銘を受けた。
 この人は琵琶湖の北にあるよう湖を撮り続けている。

 ある雪の降る日
 湖も半分シャーベット状に凍った日に撮りに行くと、
 一人の少女がジーっと湖を見詰めているのに出会った。
 
 その少女と北陸本線の中で
 (当時は列車内も暗く残光で少女が美しかったと言う)
 <どうして湖を見ていたのか?>と聞くと、
 <好きだから>と言う答えが返って来た。

 この人は少女のこの言葉を聞いて
 己が如何に不純であるかを知り、
 この少女の一言ですべてを悟った。

 風景をありのままに見詰める事。
 そして感動した時にシャッターを切る事が
 写真を撮る秘訣だと言う。
 彼は写真家でありキリスト者である。


  7月4日 (水) 30℃を超えムシムシする一日

 昨日今日と30℃を超すうだるような蒸し暑さ!
 今パンツ一枚になって書いている。

 昨日昼休みに久し振りにカメラ(コニカ)を持って
 宿谷の滝へ行って来た。
 
 途中焼け付くような暑さ!
 総合プールを横目に
 恨めしく見やりながら行く。

 しかし滝へ着くと流石にヒンヤリとして気持ちがいい。
 誰も居ないので裸になって歩く。
 20枚ばかり写した。
 滝に打たれたかったが
 <ドオーッ>と言う音を聴いていると
 何だか出て来そうで恐くて一人では入れなかった。

 今日はまた朝から暑い。
 ムシムシするのだ。
 どうして日本の夏はこうなのかと恨めしくなる。
 
 しかし夜は生ビールに冷や奴で
 日本人に生まれて良かったという感慨。
 しかも夕立になったので幾らか凌ぎやすくなった。

 ●僕のコメント
 <宿谷の滝>は村から一番近い所にある滝で
 日光の<華厳の滝>のミニチュア版と言った大きさであるが、
 中々迫力のある滝である。

 <恨めしい>と言う言葉を連発しているが
 夏の幽霊みたいである。


  8月15日 (水) 晴

 昨日ようやく涼しい風が吹き始めた。
 秋の風のように爽やかであった。
 
 何時までも暑い夏が続くのではない。
 やがて秋になり、冬が来る。
 何時までも悪い事が続くのではない。
 何時か必ずいい時が来る。

 それまでジッと耐える事だ
 怠らず勉学に励む事だ。
 迷わず一筋の道を歩く事だ。
 目的は必ず成し遂げられる。

 昨日久し振りに聖書を開いた。
 阿子島さんから頂いた注解書を読み始めた。
 昨日の涼風のように爽やかな
 腹からの呼吸が出来久し振りに満ち足りた気持ちになった。

 何時の間にかヒグラシ・アブラゼミが去って
 ミンミン・ツクツクボウシが鳴くようになった。

 ●僕のコメント
 今年の夏も例年になく暑いが
 最近は7月の終わり頃から朝晩
 涼しい風が吹く事がある。

 今はまだ明け方からひぐらしの声で眼が覚め
 太陽が上り暑くなるに従って
 アブラゼミの鳴き声で埋め尽くされるが、
 後2〜3週間もすれば朝晩は
 秋の涼しい風が吹く事だろう。


  8月25日 (土)

 いつの間にか陽は秋の光りに変わっている。
 先日の台風が去ってすっかり涼しくなってきた。

 一昨日の夕焼けは美しかった。
 ピンク色の雲にブルースカイの空の取り合わせ!
 やはり美しいものは人の心を清める力がある。

 薄明かりのする朝
 秋の光りがもたらしてくれるもの。
 それは澄んだ空気がもたらしてくれる静寂さ。
 この静けさが何よりも心地良い!

 心が静まって気分が落ち着いてくる。
 八木重吉の詩が心の中で鳴り始める。
 僕がバッハの音楽に感じるものも
 この深い静寂から来るものかも知れない。

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 1984(昭和59)年 4月17日 (火)

 自分は余りに考えすぎる。
 自分は自分以外の者には決して成れないのだ。
 今までの自分は自分以上の者に憧れ羨望していた。
 そして現実の自分は何時もみじめであった。

 言い換えれば現実の自分から目を背ける為に
 自分以上の自分を何時も夢見ていた。
 しかし自分がこの世でどんなにみじめな者であろうとも
 自分はありのままの自分で居ていいのだ。

 自分は最早他人と自分を比べない。
 何故に人は他人と比較するのか?
 それは自分を誇りたいからである。
 自分は最早他人をうらやまない。

 他人をうらやんだからと言って
 自分がその人になれる訳でもないし、
 もし成れたとしても
 自分は決して満足しない事を知っているから・・・。

 他人の魅力。
 それが何だろう。
 人は人の外側の良い所ばかり見て
 その人の内心は見ないようにするものだ。

 しかし本当に魅力のある人は
 心の内に於いて真実であり
 愛であり美しい人なのだ。
 

  4月24日 (火) 快晴

 土岐雄三の<老いを楽しむ>を聞く。
 人生の持ち時間を大切にすること。
 人との出会いめぐり逢いを大切にすること。
 志ん生の落語を聴くような面白さがあった。

 めくるめくような晴天の日々がやって来た!
 心のありのままを申し上げれば
 それが立派な告白であり文学である。
 松本兄と大高取山ハイキングに行く。

 
  6月6日 (水) 半晴

 昨晩からまた座禅を始めた。
 朝晩15分ずつ。
 とにかく理屈抜きにやるしかない。
 ゆっくりした歩みになると思う。

 夜15分の座禅をする。
 本当に仏道とはただ座ることにのみある。
 そして座ると言うことは考えている時
 歩いている時、テレビを見ている時とも違う。

 ただ現実そのものという感じがする。
 蛙の声・コオロギの鳴き声・電車の音
 自分の呼吸の音、そして静寂と・・・。
 
 その中に自分が一体となって調和している感じは
 何とも言えないいいもので、
 座禅も時にはいいものだなあと思った。


  6月13日 (水) 曇りのち雨

 昨日ベッドでマンガを見ていて
 寝返りを打ったらひどいめまいがして、
 しばらく気持ち悪かった。
 こんな事は初めてなのでひどくあわてた。

 夜15分座禅する。
 ひどく雑念が浮かんできて長く感じた。 
 気になることがあると集中出来ない。
 この頃また中途半端な日々が続いている。

 キリスト教から生まれた最高の思想書
 パスカルの『パンセ』。
 仏教から生まれた最高の思想書
 道元禅師の『正法眼蔵』。


  6月16日 (土) 半晴

 午前中曇り午後きれいな青空が出た。
 梅雨とは思えない美しい青空。
 白い大きな雲。
 雨蛙 死んだ振りして 死んでいる。

 夜座禅15分程。
 10分位で足と腰が痛くて止めようかと思ったが
 腰を真っ直ぐに伸ばしたら具合が良くなった。
 雑念多く15分が長く感じた。

 ●僕のコメント
 この頃西島和夫(わふ)氏の
 『サラリーマンのための座禅入門』を精読し、
 自己流で座禅を始めるようになった。
 座禅は先ず体にいいことが座ってみて
 体で分かる感じがする。
 そして精神的にも心の落ち着きが感じられた。 

天罰はあるか?

 1984(昭和59)年 3月17日 (土)

 彼岸の入りである。
 <自分の力を誇る人には中々神の恵みは分からない。
  弱さの場こそ神の一方的な愛の恵みを受けるに相応しい>
 富士野さんから頂いた最初の手紙から。

 <すべて深遠なるものは詩的なり>
 内村鑑三の言葉。

 我を深き孤独に導くも神なれば
 我の孤独を深く慰めた給うもまた神なり。

 <人は皆青草の如し>(詩篇90/5〜7)
 人は皆何時までも生きているものだと
 呑気に構えて生きているが・・・。

 <裏を見せ表を見せて散る紅葉> 良寛。

 <直観正読> 加藤一二三
 <忍> 大山康晴
 加藤は<天才型>であり、大山は<努力の人>であった。
 共に二人の人柄を表したものであり
 聖書研究にも必要なものである。

 <人間どん底まで行かなければ
  人間の本当の幸福なんて分かりゃあしない> (「おしん」)より。

 <詩篇の人>永見七郎。
 詩と賛美と祈りの詩人。
 そして何よりも<信仰の人>
 <愛の人>であった。


  3月22日 (木) 半晴

 自分の古い日記を読むと恥ずかしい。
 不平不満で一杯である。
 人の罪を責め社会の罪を責めている。
 
 無論自分の中にも悪しきものがある事は
 薄々感じてはいるが、
 しかしそれはあくまでも小さなものにしか見えない。
 自分は神を知る事によって
 自分の悪い者である事をいよいよ認め、
 人の罪に寛大なる事を喜ぶ。

 住井すゑさんのお話は色々と考えさせ
 反省を与えてくれる。
 人間の思い上がり
 人間のエゴを心から怒っておられる。

 <人は何をしてもいいのか?>
 便利や進歩の名のもとに人間はすべてを犠牲にし
 破壊に次ぐ破壊を為してきた。
 いわく<我々の為に>
 いわく<人間の為に>
 いわく<人類の為に>
 自由の吐き違いであり愛の吐き違いである。

 <戦争は<恐い>ものではなく<悪い>ものだ>
 <真に恐るべきは天罰である>と言われる
 住井すゑさんは現代の予言者である。

 今や善悪の区別もつかなくなってしまった人間。
 教育の必要は昔も今も子供にあるのではなく
 大人にこそあるべきである。

 現代文明は<白く塗りたくる墓>である。
 外側ばかりで内側には見るべきもの無し。

 ●僕のコメント
 <真に恐るべきは天罰である>と言う
 住井すゑさんの言葉を信じる人が
 この世に何人居るだろうか?

 科学を信じ便利なものを愛好し
 <携帯信仰>に走る若者は五万と居るが、
 真に恐るべきものを恐れる人間は昔から少ない。
 僕には携帯を見立てている姿が
 白く塗りたくる墓や仏壇の位牌に見えて仕方がない。
 彼らはあるいは彼女らは便利なもの
 自分に都合の良いものは信じ
 自分にとって不利益になるものは一切信じようとはしないのだ。
 僕はそれを<ケイタイ信仰>を呼んでいる。
 <形体信仰>と言ってもいい。
 中身がまるでない現代文明が生んだものである。
 そう言う文明は滅んで当たり前で
 大昔から歴史は繰り返している。
 人間が真に恐るべきものを恐れなくなった結果である。 
 

 1984(昭和59)年 3月6日 (火) 晴れ後曇り

 キリスト教は理屈ではなく事実です。
 而してキリスト教は宗教ではなく
 神よりの啓示です。
 2千年以前に行われし事実です。
 そして今も厳然として働き給う
 神の生きた事実です。
 
 福岡正信氏の体験せしことは尊くある。
 氏は自覚したのである。
 仏教に言う所の悟りを得たのである。
 而して氏の<自然農法>はその実践である。

 釈迦もしかりである。
 彼は人間として目覚めたのである。
 その意味に於いて二人は尊くある。

 新しいテレビ(ソニー)が来た。
 その晩はテレビを見て過ごした。
 夕べ蛙の声を聞いた。
 動物か自然に従って胎動してくる。


  3月8日 (木) 晴れ後曇り

 <おしん>のスーパーで使っているレジは
 僕が本屋で使っていたのと同じ型で懐かしかった。
 望(のぞみ)の作った骨壺を見て
 人間の肉に対する執着の深さ・強さを感じた。

 我々は観念でものを見考えている事が多い。
 事実そのものを見ようとしない。
 自分の観念にやられている人間が多い。

 道元禅師のものを読むと
 自分達のさかしらな考えというものを
 見事にぶち壊してくれる。
 道元こそ事実そのものを見ようとした人である。

 
  3月11日 (日) 晴れ風強し

 <老いの問題>が問われつつある今日である。
 老人の20%は<うつ病>に掛かると言う。
 日本人のように真面目なる勤勉な民族は
 この病に掛かり安き性格を有していると思う。

 漱石の追求した問題は<罪の問題>であると思う。
 <嗚呼、われ悩める人なるかな>と
 パウロのような叫びを発し
 ヨブのような苦痛をなめた人である。

 先日の休日に食べた<シベリア>は
 欲のみ(目の欲)で食したせいか余り美味くなかったが、
 今日の十時休みに食べた<シベリア>は
 労働の後で体が甘いものを欲していた所為か、
 非常に美味かった。

 先日の良子姉より頂いた<桜餅>と言い
 今日の<シベリア>と言い、
 日本人に生まれて良かったとつくづく思う。

 今日の<おしん>は良かった。
 おしんの初子に対する本当の愛が滲み出ていた。
 おしんと初子の関係は旧約のナオミとルツの関係を思わせた。
 <ルツ記>を思うて懐かしく思った。

 また今朝読んだ『一日一生』の
 詩篇118/8<主に依り頼むは人に頼るよりも良い>
 と言う御言葉を思わしめ感謝であった。
 
 自分の事よりも先ず人の事を先に思うおしん。
 それに引き替え仁(ひとし)夫婦は
 自分の幸福のみしか考えない。
 本当の幸福はおしんと初子の関係に於いてある。

 ●僕のコメント
 <おしん>はいいドラマであった。
 人間の幸福とは何であるかを考えさせてくれる
 いいドラマであった。
 毎日画面に見入って見ていた。


  3月16日 (金) 雪のち小雨

 今日もまた雪。
 十時のコーヒー・タイムに
 一人静かにショパンの夜想曲を聴く。
 何時もながらその甘美なる調べに
 我が心は喜悦に胸が締め付けられる。

 丁度乳飲み子が母の柔らかき温かき胸に
 休らう想いを思わしめる。
 詩篇131編にあるが如し。
 僕の永遠に愛聴する名曲である。

 昔の農民は大豆を畑に播く時
 一つは神さまが食する為
 一つはカラス(自然界)が食べる為
 そしてもう一つは人間が食べる為に
 3つ播いたと言われるが、
 昔の人の知恵は何とうるわしき事か!

 ●僕のコメント 
 僕はショパンが理屈抜きに昔から好きだった。
 誰に教わったのではない真から好きだった。
 聴いているととろけるような気持ちになる。
 僕が聴いた夜想曲は<変ホ長調・作品9の2>であるが、
 僕は<変ホ長調>の曲が何故か好きだった。
 音楽に詳しい方が居たら解明してくれませんか?

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