政府の「除染と帰郷」方針は東電と原子力ムラ、財務省の救済狙いか
(東京新聞「こちら特報部」12月24日)
政府は年間放射線量が20ミリシーベルト未満の地域を「居住できる」と宣言した。「除染と帰郷」を強調して、疎開や移住の選択を狭めるという従来の方針を踏襲した。これに対し、避難住民の意見は一色でないが、生活の場の自由な選択肢は保証されてしかるべきだ。だが、そうなっていないのはなぜか。背景には東京電力と原子力ムラ、財務省の「救済」を優先する政府の狙いが透けて見える。 (出田阿生、鈴木泰彦)
透ける「救済」相手
「住民が生活できる積算放射線量の上限は年間二〇ミリシーベルト」−。低線量被ばくの健康影響を議論する政府の作業部会は二十二日、最終報告書を細野豪志原発事故担当相に提出した。提出を受けた政府は、二〇ミリシーベルト未満の地域への住民帰還を来春にも認める検討を始めた。
「子どもの年間被ばく許容量を『二〇ミリシーベルト』から『一ミリシーベルトを目指す』に見直させたと思ったら、今度はこれだ。がくぜんとした」。市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」世話人で、福島市に住む深田和秀さんはこう話す。
住民の間には、事故直後の被ばくで、現時点での積算被ばく量が二〇ミリシーベルトを超えている人もいるはず。なにより、二〇ミリシーベルトを基準にするのは、いわば超法規的措置。法的には、一般人の被ばく限度は年間一ミリシーベルトだ。
とかく原発推進派寄りと批判される国際放射線防護委員会(ICRP)ですら「一〇〇ミリシーベルト以下であっても線量とその影響の発生率には比例関係がある」と低線量での健康被害を認めている。
推進派がまとめ役
それなのに、なぜ部会はこうした結論を出したのか。まとめ役は長滝重信・長崎大名誉教授(被ばく医療)と前川和彦・東大名誉教授(救急医学)。二氏とも「二〇ミリシーベルトで健康被害は出ない」という立場で知られる。
放射線影響研究所元理事長の長滝氏は「一〇〇ミリシーベルト以下では、健康への悪影響は確認されていない」と断言。前川氏も今年四月、「今のレベルで一般住民が健康被害を受けることはない」「原子力発電を続けるしかあるまい」と語っている。
二氏をまとめ役に指名したのは、政府の放射性物質汚染対策顧問会議のトップで原子力委員会委員長の近藤駿介・東大名誉教授(原子炉工学)。より厳しい制限を主張する独協医科大の木村真三准教授(放射線衛生学)らもゲストに招かれたが事実上、推進派人脈に仕切られた形だ。
東京電力 疎開巨費抑えたい
深田さんは「居住制限の緩和は事故を過小に見せかけるイメージづくりの一環。『日本は連戦連勝』と国民をだまし続けた戦時中の大本営発表のようだ」と憤る。
国の基本姿勢は「除染すれば、帰郷できる」。十六日には、疎開を求めた福島県郡山市の子ども十四人の仮処分申し立てが、福島地裁郡山支部で却下された。
来年一月には特別措置法が施行され、除染活動が本格化する。しかしこれも「地元住民の実感からすると、荒唐無稽だ」と深田さんは言う。
放射性物質が降り注いだ山林が汚染源となり、水や落ち葉を通じて市街地に汚染は広がっている。除去した土や落ち葉の保管場所すらない。雪が降れば、作業は滞る。
原発再稼働したい 原子力ムラ
政府の方針は「除染と帰郷」、そのための居住制限の緩和だ。だが、住民たちは必ずしもこの方針を歓迎していない。
全域が警戒区域に指定されている福島県大熊町では、十一月に実施された町長選で「ふるさと帰還を目指す」と訴えた現職の渡辺利綱氏(64)が、「集団移住を検討するべきだ」と主張した新人の元町議木幡仁氏(60)を破って再選を果たした。しかし、“帰郷派”である現職の得票率は58・7%で、約四割が“集団移住派”に投票している。
三千二百二十四億円かけて除染を行い、二年後をめどに帰還する計画をまとめている同県飯舘村では、有志らが「安全安心な地の提供を国に求め、自治権を持った『新飯舘村』を建設して移住したい」と、村の計画の全面撤回を求める署名活動を展開している。
大手銀行守りたい 財務省
南相馬市も同様だ。桜井勝延市長は除染と市民の早期帰還に積極的な発言をしている。だが、ある市職員は「自治体の長としては税収危機につながるため、戻ってほしいと言わざるを得ないのだろう」と語る。「それでも幼い子がいる市民は戻って来ない。自分も子どもを戻したくはない」
ただ、政府が「郷土愛」をくすぐればくすぐるほど、移住を考える人たちは声を上げにくくなりがちだ。住民たちは二者択一の議論に切り裂かれかねない状態だが、慶応大の金子勝教授(財政学)は「議論の前に、考えなくてはならないことがある」と指摘する。
まず、移住案についてだ。一九八六年のチェルノブイリ原発事故では、移住する住民には別の土地と新たな仕事を与えられた。「旧ソ連では土地が国有だったため、新しい街をつくることが容易にできた。もし、日本で旧ソ連と同じことをすればいくらかかるのか。とても見当がつかない」
一方で「除染と帰郷」についてはどうか。
野田佳彦首相が十六日の会見で明らかにした政府の考えている当面の除染費用は一兆円。金子教授は「住宅一軒をしっかり除染しようとすれば、およそ五百万円ほどはかかる。高線量地域であれば、コンクリートをめくる必要もある。政府の試算は甘い」と話す。
除染モデル事業を担当するのは「こちら特報部」でも指摘してきたように、独立行政法人・日本原子力研究開発機構(原子力機構)で、再委託を受けるのは全国でこれまで原子炉建屋を造ってきた大手ゼネコンだ。
いわば、身内による“安上がり除染”でも効果がある、と盛んにアピールするのは「原発の再稼働をにらみ、何とかして福島事故の影響を過小評価したいからだろう」と金子教授はにらむ。
透けて見えるのは、除染を新たな「メシの種」にしながら、なにより自らの存在根拠である原発を再稼働したいという原子力ムラの狙いだ。
帰還・移住 「住民に決定権」
さらに経済人の間では疎開による巨額の出費を抑えたい東京電力と、抑えることで賠償スキームを維持し、債権を持つ大手銀行を保護したいという財務官僚の思惑を指摘する声も少なくない。
政府の方針は、そうした狙いや思惑を優先しているように映る。金子教授はこう批判した。
「比較的容易に除染できそうな地域もあれば、あまりに線量が高く、除染作業に危険を伴う場所もある。大原則は帰還できるか、移住しなければならないか、それぞれの地域の事情に応じて住民たち自身が決めるということだ。政府が上から決めてよいはずがない」
<デスクメモ> 怒りが忘却で薄まりつつあるとみてか、国と東電の「何ごともなかった」攻勢が勢いを増している。その狙い通りか、世間には諦めの感情も広がりつつある。どうしようかと自問する。いまはしのぐしかない。被災者たちがいる。少しでもその怒りや無念に寄り添いたい。それが「絆」だと信じている。(牧)