格差をめぐる潮目と共感我々は99%http://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks525-jlp11496458_m.jpg
ニューヨークの金融街ウォール・ストリート付近の道路をデモ行進する人々。経済格差や高い失業率に不満を抱く若者らのデモは、米国のほか世界各地に広がり、警官隊との衝突が続発した(米ニューヨーク)=2011年10月15日【時事通信社】
「私の税率は17%で私の秘書より低いのは不公平」−。米国で長者番付の上位に位置する著名投資家ウォーレン・バフェット氏が税制の矛盾を指摘するとともに富裕層への増税を訴えている。富裕層は税率が15%の株式配当や株の値上がりで利益を得ているため給与所得者より低くなる。これは不公正だというわけで、オバマ大統領が目指す富裕層増税への支援材料ともなっている。大富豪が自らへの増税を訴えるのは異例と言えるが、注目を集めた理由は、それだけではない。(時事ドットコム編集長・舟橋良治) 2011年秋に米ニューヨークで始まった、いわゆる「ウォール街の占拠」で格差に対する社会の関心が高まり、格差是正が必要だとの認識が米国だけでなく世界各地で広がった。そうした素地があったからこそ、人々の共感を呼んだ。
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ニューヨークの金融街ウォール・ストリート付近の道路をデモ行進する医師ら(米ニューヨーク)=2011年11月13日【AFP=時事】
大きなうねりとなった「ウオール街の占拠」は、カナダの非営利雑誌「アドバスターズ」の発行者カレ・ラースン氏が11年7月13日に行ったインターネット上の小さな呼びかけをきっかけに始まった。ラースン氏は米国型経済モデルの行き詰まりや格差拡大を憂慮。現状を動かす策として、「ウォール街を占拠せよ。9月17日、テント持参」と自社サイトに載せた。ウォール街を選んだのは、2008年のリーマン・ショックを米政府の資金投入で乗り切った金融機関がひしめいているのが理由。格差や失業などに不満を持つ人々が集まるのにふさわしい場所だと考えたという。
最初の参加者は約1000人。ラースン氏も大きな運動に発展するとの確信があったわけではなく、現場に足も運んでいない。しかし、「我々は99%だ」というキャッチフレーズは、1%の大金持ちが富を独占している経済実態を端的に示し、参加者が日増しに増大していった。 オバマ大統領の怒りhttp://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks525-jlp12415484_m.jpg
富裕層に対する増税政策、いわゆる「バフェット・ルール」に関して演説するオバマ米大統領(米ワシントン)=2012年04月11日【EPA=時事】
「ウォール街の占拠」は「99%」運動とも呼ばれるようになり、フェイスブックなどを通じて全米だけでなく、世界各地に飛び火。10月15日には欧米やアジアを含む約80カ国、951都市でデモなどが計画され、人々が反格差の声を上げた。
ウォール街の占拠は、テントに寝泊まりしていた人々の強制排除が11月15日未明から実施され、その後、下火になっていったが、格差に関する様々な層の感心を高めたのは間違いなく、2012年になっても、各地で反格差のデモは続いた。
米国の実態に関しては、米議会予算局(CBO)が公表。1979年から2007年までの30年間で、最も豊かな上位1%の人々の税引き後の所得はインフレの影響を差し引いた実質ベースで約3・8倍に増大した一方で、下位20%の所得は18%しか伸びていなかった。CBOは「米国民の所得は30年間で著しく不平等さが増した」と指摘している。
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米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏。富裕層への増税の必要性を訴えて注目を集めた(米ワシントン)=2007年11月14日【EPA=時事】
上位1%の富裕層は国富の4割を保有するとも言われる。また、米国勢調査局によれば、2010年の貧困者は4618万人で過去最多となり、全人口に占める割合も15・1%と3年連続で上昇した。
貧困が増加、格差も拡大する状況の中で、上位1%の富裕層の中に、公的資金投入で立ち直った金融機関の役員が再び高額ボーナスを受け取ったケースがあった。こうした企業姿勢に対してはオバマ大統領が不満を表明したほどだった。
バフェット氏が訴えた富裕層への課税強化は、こうした環境の中で政策的な課題として浮上。オバマ大統領は年収が100万ドルを超える富裕層に課す税率を最低30%とする、いわゆる「バフェット・ルール」の導入を打ち出した。
ジャスミン革命が起爆http://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks525-jlp10319044_m.jpg
ベンアリ大統領の辞任を求めて政府庁舎前で抗議する人々(チュニジア・チュニス)=2011年01月14日【AFP=時事】
富裕層への増税に加え、格差対策の一環として為替取引などすべての金融取引に課税する、いわわゆる「ロビン・フッド税」が米国でも議論のそ上に上り、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏らが支持。格差拡大に伴う中間層の減少が米経済の成長鈍化を招くとの指摘も出始め、2012年の米大統領選は「格差」が争点の一つになった。
こうした潮流を作るきっかけとなった「ウォール街の占拠」は、北アフリカや中東で独裁政権が連鎖的に倒された「アラブの春」と細からぬ糸でつながっている。ウォール街に集まるよう呼び掛けたラースン氏は、カイロのタハリール広場といった都市中心部に連日押しかけることで半ば平和的にエジプトのムバラク政権を倒した若者たちから「占拠」を思いついたのだという。
「アラブの春」に関して、その発端となった「ジャスミン革命」から、少し振り返ってみたい。
2010年12月17日、チュニジア中部の町シディブジッドで、当時26歳だったムハンマド・ブアジジ氏が、路上で果物を売り始めると警察官が「営業許可がない」と商品を没収。抗議すると女性警官に平手打ちされたという。ブアジジ氏は果物の返却を求めて役所に行ったが相手にされず、「話を聞いてもらいたい」とガソリンをかぶった。しかし、なしのつぶてで、最後には火をつけて焼身自殺を図った。
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焼身自殺した青年ブアジジ氏を「大統領」に見立てた肖像写真を掲げるデモ参加者(チュニジア・チュニス)=2011年01月20日【AFP=時事】
この話を聞いた友人や同じような屈辱を味わってきた多くの人々がデモを組織。その模様を連日、フェイスブックなどで公開すると全国にデモが拡大していく。年が明けた2011年1月4日にブアジジ氏が死亡し、抗議行動が激しさを増すと、死去から10日後の14日にベンアリ大統領は国から逃亡。警察隊によるデモへの発砲で数十人の死者が出たとされるが、大規模な衝突を経験することなく、23年に渡ってチュニジアを統治してきたベンアリ政権が崩壊した。この政変劇は、チュニジアを代表する花ジャスミンから「ジャスミン革命」とネット上を中心に命名された。 武器はネットワークhttp://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks525-jlp10420115_m.jpg
ムバラク大統領の退陣を求める反政府デモの女性参加者(エジプト・アレクサンドリア)=2011年02月06日【AFP=時事】
ジャスミン革命は北アフリカや中東に飛び火し、同じような政治・経済状況にあったエジプトのムバラク政権、さらにリビアのカダフィ政権も崩壊するなど「アラブの春」へとつながってった。
チュニジアは、ベンアリ政権で経済成長を果たしたものの、一族による利権支配や不正、腐敗がはびこり、若年層の失業率は30%にも達していた。焼身自殺したブアジジ氏は1日の収入約400円で家族を養っていたとされる一方で、ベンアリ大統領が国外逃亡する際、婦人が1・5トンの金塊を持ち出したと報じられた。
経済的な格差や困窮、政府への不満が大規模なデモや抗議行動に結びついたのは明らかだが、政権を崩壊に追い込むほどの爆発力を持ち得たのは、多数の人々がソーシャル・ネットワークで結びつき、情報を共有したからこそだ。
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ノキアのロゴとブランドスローガン「CONNECTING PEOPLE(人々をつなげる。)」(フィンランド・ヘルシンキ)=2004年06月18日【AFP=時事】
「CONNECTING PEOPLE(人々をつなげる。)」‐。携帯電話の世界シェアで長くトップを維持したノキアのブランド・スローガンだが、「ツイッター」や「フェイスブック」といったソーシャル・ネットワークの登場により、人々はノキアの企業理念を遙かに超えたレベルで深く、広くつながり始めている。そうした人々が社会への怒りや格差のひずみを共有して行動を起こせば、一昔前なら激しい内戦を経て実現したような独裁政権の崩壊が一夜にして起きうる。
社会変革をもたらす、人々の不満のレベルは一時代前よりも低くなったと見るべきだろう。北アフリカの小国チュニジアは、そんな時代の現実を世界に示した。
ジャスミン革命とこれに続くアラブの春に着想を得て始まった「ウオール街の占拠」も、フェイスブックなどソーシャル・ネットワークが大きな武器となって運動の広がりを加速させたのは、誰もが認めるところだ。 不平等な国、日本http://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks525-jlp07581138_m.jpg
仕事と住まいを奪われた派遣労働者らのための「年越し派遣村」(東京・日比谷公園)=2008年12月31日【時事通信社】
「占拠」を呼び掛けたラースン氏は日本とも少なからぬつながりがある。1960年代に東京に住んだラースン氏は「アラブの春」を知った時、東大安田講堂や仏カルチエラタンを舞台にした学生運動とを重ね合わせ、「占拠」が社会を動かす新たな運動になるとひらめいたという。
「占拠」運動自体は日本では大きなうねりとならなかったが、格差の解消は重要な政治的な課題と位置付けられている。1990年代以降の規制緩和を受けた派遣労働の増加などにより、非正規雇用が拡大して低所得化も進行。日本の格差は、富裕層の所得が伸びた米国とは逆の要因で拡大したと言える。
低所得者の割合や経済格差を示す国際的な指標として、経済協力開発機構(OECD)は「相対的貧困率」を定期的に算出、公表している。相対的貧困率は、国民の可処分所得を高い順に並べ、ちょうど真ん中となる人の額(中央値)の半分未満の人の割合を示す。
OECD加盟30カ国の相対的貧困率は、2000年代半ばの平均値が10・6%。日本で比較対象となるのは03年の14・9%で4番目に高かった。少し細かく見ると、米国の17・1%よりは低いものの、フランス(7・1%)の2倍以上。英国(8・3%)、ドイツ(11・0%)、イタリア(11・4%)よりも遥かに高い。日本は決して平等を誇れる国ではなく、先進各国の中では格差が大きいのが明白だ。
日本政府は「日本に貧困など存在しない」と言い張っていたこともあって、正式な数値を出して来なかったが、マニフェスト(政権公約)で貧困の実態調査と対策を掲げた民主党が政権を取ったのを受けて2009年からようやく公表を始めた。
その数値は、日本の格差が一段と拡大した実態を示している。 マニフェストは骨抜きhttp://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks525-jlp07970964_m.jpg
第80回メーデー中央大会であいさつする「年越し派遣村」村長でNPO法人「もやい」事務局長の湯浅誠さん(東京・代々木公園)=2009年04月29日【時事通信社】
2009年の相対的貧困率は16・0%で06年より0・3ポイント、2003年と比べると1・1ポイントアップし、1985年以降で最も高くなった。2009年の場合、所得112万円未満が貧困の基準。16%の人々が年間112万円という貧困レベル以下で生活しているということだ。
こうした実態があるからこそ、政府は消費税引き上げを含む「社会保障と税の一体改革」の柱の一つとして、貧困や格差に対する対策を位置付けた。具体的には、パートなど非正規労働者に対する厚生年金と企業健保の適用条件緩和、非正規労働の拡大を招いた労働者派遣法の改正などが検討された。
パートの年金加入に関しては当初、週20時間以上働く非正規労働者400万人のうち最大370万人以上を新たに加入させる方針だった。しかし、スーパーなど事業者側が強く反発したのを受けて、対象企業を従業員501人以上に絞り込むなどしたため、45万人程度にまで絞り込まれ、大幅に後退してしまった。
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労働者派遣法の抜本改正実現を目指す集会であいさつする民主党の菅直人代表代行(左)(東京・千代田区の日本教育会館)=2009年01月15日【時事通信社】
労働者派遣法は2003年の改正でそれまで禁止されていた製造業への派遣を解禁。これを受けて企業が派遣労働者を生産の調整弁のように使う弊害が目立つようになり、景気の悪化時には「派遣切り」が横行した。職だけでなく住居も失った失業者が東京・日比谷公園にできた「年越し派遣村」で2008年の年の瀬を過ごす姿は、世間の注目を集めた。
派遣労働者が困窮する実態を突きつけられた民主党は、マニフェストで製造業への派遣を再び禁止すると打ち出した。しかし、自民、公明両党の反対に加え、民主党内でも成長重視や経営側に立つ勢力の台頭もあって「製造業派遣の原則禁止」は改正案から削除、骨抜きになってしまった。 「僕のパパは李剛だぞ」http://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks925-jlp06009366_m.jpg
貧困地区の水たまりに映し出された高層マンション。対照的な光景が今の中国を象徴している(中国・北京市内)=2007年10月28日【時事通信社】
格差の拡大は、平等な社会を理想とする共産主義に基づいて国造りを進めているはずの中国でも、顕著になっている。1978年に改革開放が始まってから30年余。近年の著しい経済成長により国内総生産(GDP)で日本を抜いて世界第2位の大国になったが、中産階級の厚みに乏しく、持てる者と待たざる者の二局化が進んでいると指摘されている。
中国での報道などによると、中国人民銀行(中央銀行)などが共同設立した研究機関・中国家庭金融調査研究センターは2012年12月、中国家庭の所得格差を示す「ジニ係数」は2010年が0・61で、世界平均の0・44を大幅に上回っていると発表した。
ジニ係数は格差がまったくない平等な状態を「0」、一戸が全所得を独占する状態を「1」とする指標で、0・4を超えると社会不安が増大、紛争の要因となる可能性があるといわれる。
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たくさんの若者でにぎわうインターネット・カフェ(中国・北京市内)=2007年03月07日【時事通信社】
中国のジニ係数は1980年代の初頭まで0・3以下だった。2000年に0・412という数値を公表してから中国政府は発表を控えているが、改めて格差の拡大が裏付けられた。国連などの過去調査では、0・6台はボツワナやボリビアなど一部アフリカ・中南米諸国に限られており、中国の格差が危険水域にあるのは確かだ。
格差の拡大は、共産党や政府の腐敗と密接に絡み合う形で人々の不満を高めている。
「僕のパパは李剛だぞ」―。この一言は、2010年に、飲酒運転で人をはねた警察幹部の息子が発し、中国のインターネット上で急速に広まり、流行語にもなった。親の権威をかさにきた傍若無人な振る舞いに非難の嵐が巻き起こった。最終的にこの息子は逮捕され、懲役刑が確定した。
中国のネット人口は5億人を上回り、4億人以上がミニブログ「微博」(中国版ツイッター)を利用。ネットで腐敗を暴露された幹部の解任が相次いでいる。 党・国家の生死存亡http://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks925-jlp13326491_m.jpg
日本大使館前で行われた反日デモで、毛沢東主席の肖像を掲げる若者(中国・北京)=2012年09月18日【AFP=時事】
温家宝首相は2012年11月、腐敗問題に関して「党・国家の生死存亡に関わる」と強調。腐敗を根絶する必要性を訴えた上で「公正な幹部、清廉な政府、清明な政治の実現が不可欠だ」と述べている。米ニューヨーク・タイムズ紙が27億ドルに上る温首相一族の蓄財を報道した後の発言だっただけに波紋を呼んだが、危機意識を持っているのは確かだ。
格差の拡大や固定化に対する持たざる者の不満、共産党や政府幹部の腐敗や蓄財に対する批判は、ネットを介して急速に広まり、国家を揺り動かすほどの力を持ち始めている。
日系のスーパーマーケットや自動車販売店などが襲撃された2012年の反日デモは、ネット上でしか憂さ晴らしができなかった若者が「日本」というターゲットを見つけ、一部が暴徒化したと言われる。
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中国共産党の習近平総書記(中国・北京)=2012年11月15日【AFP=時事】
デモの中には、毛沢東主席の肖像を掲げる若者の姿が見られた。格差がほぼなかった毛時代への郷愁、さらには格差社会への憤りが根底にあるのは確かで、こうした不満が共産党や政府に向かわないとも限らない。
格差拡大などを背景にチベットや新疆の少数民族地域では暴動が多発。テロも起きている。こうした事態を受けて治安維持活動が強化されたが、環境悪化や労働問題などをめぐる抗議も大規模化している。
胡錦濤体制は2003年の発足時、江沢民元国家主席時代の成長至上主義が副産物として残した格差拡大や環境悪化といった「負の遺産」の解消、民衆の利益重視、さらには調和の取れた社会の建設をスローガンに掲げた。しかし、その後の10年間で格差は一段と拡大し、ジニ係数で見る限り、限界点を既に超えている。
胡錦濤体制を引き継ぎ、新たに中国のかじ取りを任された習近平体制が社会を安定させ、成長を維持できるかどうか。世界経済をけん引する中国の格差問題は、大きな懸念材料として横たわっている。 怒りの発露は?http://www.jiji.com/news/handmade/special/v4_photos/kks525/kks525-jlp02369861_m.jpg
参議院予算委員会の証券・金融・規制緩和に関する集中審議で答弁する小泉純一郎首相(東京・国会・参院第1委員会室)=2005年03月22日【時事通信社】
格差を放置できないとの認識や懸念は、世界的な底流となり、フランス大統領選で社会党のオランド氏が現職のサルコジ氏に勝利するなど、是正に向けた動きも出始めている。この流れは旧ソ連の崩壊後、米国を中心に推し進められた新自由主義の揺り戻しと位置づけることができるだろう。
東西冷戦時、西側諸国が旧ソ連に対抗する必要もあって社会保障を充実させていた面は否めない。しかし、冷戦が終結するのと軌を一にして、新自由主義が米国を発信源として世界的な潮流となった。新自由主義は、規制緩和による競争促進、労働者保護の撤廃・緩和、経済の対外開放、公営事業の民営化、さらには市場原理の活用が特徴。日本では小泉純一郎首相が郵政民営化や派遣法改正などを実施した。
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厚生労働省の講堂を出た後、雇用不安で「職と住まい」の確保を求め、デモ行進する「派遣村」実行委員会のメンバーと元派遣労働者ら(東京・永田町)=2009年01月05日【時事通信社】
新自由主義がもたらした負の一面とも言える格差に改めて関心が集まり、その是正や平等の確保がより意識され始めた。そして、フェイスブックなどソーシャル・ネットワークでつながった人々の不満や憤りが社会を動かす大きな力となるのは、「ジャスミン革命」が実証した。
「アラブの春」のような形での政権交代が選挙制度の機能している国で起きるとは考えにくいが、既成政党が民意をきちんと吸い上げ、代表しているかどうか。「格差」が米国や日本でも重要なキーワードとして見逃せない中、有権者の不満や不信が思わぬ形で噴き出さないとも限らない。(肩書・名称は当時のものです) |
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