|
個人と集団について考えさせられた
社会心理学でそういうモノを研究するらしい。
なんだか難しい名前が付いていたが集団極性化のリスキー何とかだったような気がするんだけれど。。。覚えていられないのが情けない。。
名前は覚えていられないが中身はチョット分かった気にさせられたわけ。
何じゃそれは???と思った時に
例えば戦争について個人個人に聞けば「戦争はダメだ」とか「戦争はしてはいけない」とか戦争反対の考えを持っていても同じ人達に、では国としてとか、社会全体としたらどう思うか?と聞けば
「戦争は国を守るために必要」であったり「先手必勝」であったりあったりしてしまう。特に戦時中なんかだと
戦争賛美、徹底抗戦、とかになってしまう。
個人の考えより、よりリスクの高い方へ偏ってしまうってことなんだって。
これは個々だけじゃなくて集団での話し合いという一見民主的な方法であってもそうなっちゃうんだって。
集団からの圧力を勝手に感じて同調またはそれ以上に危なっかしいほうが当然と感じたり
自分を偉く見せようという自己顕示が働いたりする結果らしい。
もっと難しい解説があったけど忘れてしまった。。。トホホ
で、勝手に少しわかった気分になってしまったわけでございます。
だってさ、集団の意思がリスクの高い方へ偏ってしまった結果が戦争でしょ?
えっ?違うって?
決定した人達にリスクは無いよ?って??
う〜〜〜ん。。。
じゃ言い方変えよう。
戦争中に集団の意思がリスクの高い方へ偏ってしまった結果が信じがたい愛国心とやらの押しつけによる出征兵士万歳送り出しだったり、夫や子が死んでも泣けない喜べの強要だったりしたわけだ。
だけどさ、山本五十六だって個人では三国同盟に反対して戦争はダメ!って言ったとされているけれど結局は真珠湾攻撃を指揮しちゃって泥沼の戦争に突っ込ませたわけですよ。
個人と公人は違っちゃってるわけ。
まぁ
山本五十六は置いておいて。
安倍ちゃんなんかは自分を偉く見せようという自己顕示が働いたりする結果、ドンドンリスクの高い方へ偏って行ってるんだろうな。。
誰か教えてやって頂戴な、その意思決定は唯の自己顕示欲であって首相という立場の人がやることじゃありませ〜〜んってさ。
集団極性化。。恐るべし。
えっ?安倍ちゃんは個人で集団極性化じゃないじゃんて?
イヤイヤ、彼は本気で国がとか企業がとか集団を考えてると思いますよ。
国や企業が集団でしょ。
本気に滅びの道を戦争への道を「この道しかない」と言ってますよ。
お祖父さんより有名で凄いと言われる政治家として名を残したいと思っていると思います。
強引が凄腕とか賢いとかと意味がすり替わっちゃってるし。。
これね、何にでも当てはまるらしいよ。
例えば好きなタレントとかでも個人では○○が好きなんだけど日本で一番好かれていると思うタレントって訊ねると○○じゃなくなっちゃうんだって。
勝手に想像しちゃうのね。
好きなタレントにブレがあっても大きなリスクにはならないだろうけど。
個人ではこう思う、けれど集団で考えたらこっちの方がいいと思うと高いリスクを選ばないようにしなきゃね。
私ね、原則って大事だと思うの。
個人で善悪の判断が出来るのに集団になったら出来なくなっちゃうのって原則を踏み外しちゃうからだと思うのね。
原則的に行きましょう!
反対の前に賛成の条件を考えてちゃダメですよ。
なんでかって?
戦争に反対するためなら原発再稼働やむなし とか
原発再稼働に反対するためなら戦争準備やむなし とか
そういう風にぶれちゃうからです!!
昨年の長崎平和祈念式典で被爆者代表挨拶をした城臺美弥子さんは言いました。
今強く思うことは、この恐ろしい、非人道的な核兵器を、世界から一刻も早く、なくすことです。 日本の未来を担う若者や、子どもたちを脅かさないで下さい。平和の保障をしてください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないで下さい。 核兵器も原発も要らない!平和の保障をして下さい。と
憲法を踏みにじる暴挙はヤメロ!と。
安倍は戦争への道を「この道しかない」といい、石破は「戦争をするため」と口を滑らせ
山本太郎は自前の軍隊を持ちたい小沢と組み
戦争は嫌だ。生きさせろ!という国民の気持ちの大原則を忘れてしまっています。
原則的に行きましょう。
柔軟性なんて聞こえのよい言葉に騙されちゃいけません。
これに騙されると原則が消えてなくなる。
|
おじさんのシッポ 番外編





