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1856、
昼講にお出になる。
○御晝講。
●〔省略〕。

台諌が合司で蔭加と廬永孫に関することを奏上する。
○臺諫合司啓永孫事。且曰: 張順孫以大司憲, 爲吏曹參判, 許硡以持平, 爲正, 詳知朴祥之事。然不以祥不合臺諫先啓, 而隱然注擬外任。此則已矣, 後若爲例, 則不可, 請後勿如是。臺諫方論銓曹之失政, 不可如此隱然注擬也。恐或有用情之漸。"
●台諌が合司で啓永孫のことを奏上した。また言った、「張順孫は大司憲で、吏曹参判になり、許硡は持平で正になり、朴祥のことを詳しく知っています。しかし朴祥は台諌に合わないのを先に奏上しないで、隠れて外任に注擬しました。此は既にすんだことですが、後にもし例になったらよくありません。のちにはこのようにしないことを求めます。台諌まさに銓曹の失政を論じています。このように隠れて注擬すべきではありません。あるいは情状の始まりではないかと恐れます。」

1706、2185
大坂乎 吾越來者 二上爾 黄葉流 志具禮零乍
大坂を我が越え來れば二上に黄葉流るしぐれ降りつつ
巻10はなかなか地名のあるのが少ない。五、六ありふれたのが出た後で、これになった。これもほとんど何の問題もないものだ。
拾穂抄、大坂 和名云大和葛城郡 二上八雲大和云々
代精・代初、和名集云、葛上郡大坂、黄葉流とは上にも有つる如く黄葉の散を云へり
童蒙抄、二上山と云は、前にも出たれど川と云所未v見。此歌にては川も有と見るべし。二上爾と計りあれど、二上川に紅葉の流るゝを詠める也。大坂二上とも葛城郡也。和名抄云〔大和國葛上郡〕
万葉考、二上大和國葛城上郡にあり、ちるを流るゝといふ例おほし
略解、大阪は葛上郡。二上、前に出づ。散るを流ると言へり、散リナガラフルと言ふも同じ。
古義、大坂は、大和國葛上郡、神名帳には、葛下郡大坂山口神社、○黄葉流は、黄葉の散をいへり、ちりながらふるなどもよめり、竪横にわたりて云言なり、水に流と云は横なり、雨雪などの零を流と云は竪なり、今の流は竪なり、
この時代は、契沖が正解を出し、古義が敷延する。

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