よろずよもやまオーラソーマ日記

眠れない夜の枕代わりに、よろしければ・・・・・。http://www.alice-beauty.com

宮澤賢治

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賢治が『春と修羅』を書いた時
法華経への信仰と現実との狭間で、苦悩の日々を送っていました

自分は賢治の作品にペールブルーを感じます
しかも、水の結晶写真のような独自の賢治の宇宙的な広がり
ペールブルーのエルモリアのメッセージ

『汝を通して御心がなされますように』

これはキリスト教の言葉ですが
前世から受け継いできたブループリント
人生の縮図
彼にとって今生で成遂げようとした天なる使命
賢治はそれを現すために
自分の肉をもって、奉仕をもって現そうとしました
そのことは『アメニモマケズ』によく顕れています

『わたしを通して御心がなされますように』

賢治にとって天命とは
「全ての人の平和」
つまり
法華経のあらゆる衆生を救う大本願でありました

この阿弥陀如来の大いなる慈悲の心
大いなる母の愛
慈しみ育てる母性へとつながって行きます

賢治は銀河鉄道の夜の中で賛美歌を歌わせます

あの時賢治は
言いようのない絶望感にとらわれていたのかもしれません
法華経の彼岸は遥か彼方
手を伸ばせば消えてしまうような蜃気楼のように映っていたのかもしれません
蜃気楼の街 彼岸は
確かにある しかしそれは
虚空に映し出された桃源郷
自分にとって欲してやまない彼岸は
あらゆる衆生を救わなければ叶えられない遥か彼方

阿弥陀如来の大慈悲心
賢治こそ
それを欲してやまなかった悲しき赤子だったのではないでしょうか

そのときに
キリストの教えの種が
賢治の心に植えられたのかもしれません

でも
わたしはこれを悲しみのペールブルーとはみません
因果交流電灯のひとつの青い照明(証明)であるみんなのために
賢治が残してくれた
彼岸への橋渡し
それは
けだし本当にその道を照らす賢治の青い照明なのです

自分はこのように
魂の青い明滅を
確かにともっていると確認するかのように
言葉をつむいでゆく
このことは自分なりの
不確かな自己という存在を確認していく
証明書なのかもしれません

けれどいづれは
今確かにあった
あるいはあったと思っていたその事柄も
瞬きするような一刹那のうちにも
変化変質してしまうかもしれません

過去の蓄積された時間の結晶が
時間を積み重ねて顕れてきたはずの
言葉や価値観や、信念体系ですら
それらは確かに記録され
歴史としてデーターに残されてはいますが

なるほど
普遍的なものとして取り扱いたい願望はありますが
しかし

それらは有機的につながった肉体や
それに伴う感覚器官が自分本位に感づるのと同じで
目に見える形で表した資料を
こねくり回し、引っ付き合わせして
感じたいように感じている感覚と同じにして
膨大な時間軸の中に放り込まれてしまえば
ないも同じ

変わらないものなどないのです
有機的なつながりを持つ全てのもの
全ての価値観はいかにも頼りないものです

おそらくこれら二千年もたつころには
その二千年の積み重ねによって構築された価値観によって
また、それを裏付ける証拠も発見され
その評価のされ様、学問のあり方も変化していることでしょう

二千年先には
人々は
青空いっぱいの無色な孔雀がいたとおもい
新進気鋭の学者先生たちは
大気圏の一番上層部から氷のように結晶化した窒素を採取し
それらは日の光にあてると
ダイヤモンドのように輝き
そのきらめく氷窒素の中に宇宙の塵となった今世紀最大の化石を発見したり
あるいは
白亜紀砂岩の地質層に
巨大な足跡を発見し
一億七千万年前には巨人族が地上を闊歩していたと
発表するかもしれません
今このときの価値観において
いかにも荒唐無稽に思われる事柄が
しっかりとした裏づけにおいて
確かにそのようであったと評価されるやもしれません



因果律の中から顕れたわたしという青い照明
青い炎はまるでガスバーナーから燃え立つ炎のように
あるいは
ちろちろと燃える狐火のように
青い

青い炎は因果律の炎です
決して消えることはありません
けだし価値観ががどんなに移り変わっても
電灯はなくなっても青い炎の光だけは残っていきます

そしてその青い光は
肉体は朽ち果てても宇宙の時間軸の中に放り込まれて
また次の事象へと移行し
別の事象で青い炎を燈すのです

青い炎は受け継がれ
そしてまた明滅し また受け継がれる・・・。

しかし
これらのことはじぶんがそのように感づるだけであって
証明されたわけではありません
全てこれらの命題は
自分と言う魂のあり方や感じ方
一人一人の時間の結晶の仕方によって変化してゆくものであり
時空を超えて主張され続けるものであって
もしかしたら
二千年たっても証明されることはないかもしれません

しかし
じぶんが有機交流電灯の
ひとつの青い照明(証明)であるように
いかにも確かにここに
このように存在していたということは事実なのであります

そして
自分がそうであるように
みなも因果交流電灯の
ひとつの青い証明なのです

開く トラックバック(1)

あるいはその光の残像が
いつかは宇宙の塵の様に結晶化され
人や銀河や
また、人の肉の中にある思念や
また有機的なたんぱく質の結晶化された海の下等な生き物の
海胆のようなものにでさえ
私の光の結晶化された塵は有機的な連鎖の中にとりこまれ
私の光の青い結晶はつながっていくのでしょうか
自分の肉体の中に宇宙的なつながりがあるように
みんなの中にも自分を種とする
宇宙が存在する

ああ、阿弥陀仏
全てがわたくしの中のみんなでありますように
一人一人が存在が宇宙的な広がりの中
ひとりがみんなのために
みんながひとりのために・・・。


自分が因果律の中からこの世に生を受け
明滅する青い照明のようだという印象は
それらを導き出すにあたる
過去からの啓示です

神(かみ)とそのつかわす書記によって(硬質インク・自分にそのように伝えるもの)
わたしの目の前に広がるパノラマは
わたしが消えてしまわないように文字として残す
このとおりの景色です
季節が移ろい
春から夏に、秋から冬にその景色の色が変わるように
変わってゆく風物の中の
切り取られた一つの景色であります

自分が感じたことどもを、またその願いを
思いつくままに書き連ねているその作業それ自体が
すべて自分の魂の呼吸と呼応し
明滅しながら映し出される幻燈のように(映画のように)
本当にあるものかどうか
わからなくなってしまいそうになりながらも
それがもし、本当にあるものではなかったとしても
それはそれなりに
がらんどうの洞窟の中に映し出された幻燈であります

しかし自分は
自分の感じたことを書きつづっていくことによって
自分という存在を
確かにあるものとして認識しながら
なんとかここまでモチコタエテキタノデス

自分の書く文章は
自分の魂の明るさや暗さ
光と影
それらを全て現している
心の様を映し出している心象スケッチです

この世に生を受け、肉体を持ってこの世に生れた自分という存在は
この世で与えられた肉の中に、過去から受け継がれた魂を持っています
自分という肉と魂を持った存在は
もし肉が朽ちてなくなってしまえば
魂だけが残ります

魂とは
たとえば蛍光灯の明滅するファルスのように
点いては消えながらつながってゆく蛍光灯の光の帯のように
過去から受け継がれ、今という自分をとおして
また未来へと生まれ変わっていくものです

私という存在も、いくつもの過去を通して今に生まれ
もし肉が朽ちてなくなってしまえば
あの有機交流電灯の明滅する青いファルスのように
それは魂だけの青い明かりになります

有機的連鎖で細胞がつながっている
この巨大な高分子化合物の肉の中にも
なるほど、ファルスが流れ明滅している
肉体的なファルスは
生ある限り肉に宿って明滅していますが
死んで肉が朽ち果てれば
それは魂だけの明かりになります

肉の中の魂は
それを取り巻くあらゆる現象の中にいて
せわしくせわしく
肉に宿る生体エネルギーがその体を生かしているのと同様にして
明るくなったり暗くなったりしながら
せわしく灯りつづけているのです

自分がこの親を持ちこの環境に生れたのは
自分の輪廻転生の因果律の中から導き出された
悲しい結果です
あるいは自分の魂がそれを選んでいるのでしょうか

明滅する青い魂の光に、映し出される影のような現実
ちろちろと燃える魂の光と影のボールダンス
けれども
自分という肉体が失われ朽ち果てても
自分という魂の光は
私が書き残した文章の中に確かに残り
その魂が確かに私が生きていた間私とともにあったように
その文章の中で息づき
それをみるほかの誰かの魂の中に受け継がれていくでしょうか

春と修羅(原文)

私という現象は
仮定された有機交流電灯の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながらも
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電灯の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電灯は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
かみと硬質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつづけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです

これらについて人々や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こころのひとつの風物です
ただたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

けれどもこの新生代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一点にも等しい明暗のうちに
 (あるいは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を変じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変わらないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感覚や
風景や人物を感ずるやうに
そしてただ共通に感ずるだけであるように
記録や歴史 あるいは地史といふものも
それのいろいろの資料といっしょに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじているのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたつころは
それ相当のちがった地質学が流用され
相当した証拠もまたつぎつぎ過去から現出し
みんなは二千年くらい前には
青ぞらいっぱいの無色な孔雀がいたとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんうえの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるいは白亜紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長の中で主張されます



       『春と修羅』 宮澤賢治


わたしは宮澤賢治のファンなんですけど、もっぱら童話に親しんでおりますが
この、教科書にもでてくる有名な詩
大好きなんですね

どちらかというと言葉で表すより、映像に置き換えたほうが美しいと思うのですが
それに値する絵を書くのは不可能に近いので
だらだらと、思いつくままに翻訳してみたいとおもいます。

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