|
スペインのアルタミラやフランスのラスコーにみられるような原始絵画がなぜ描かれたか、という問いに対しては呪術的意味合いが濃厚とする説が有力です。人類がまだ弱者であり生命サイクルの頂点にはいなかった原始の時代、生きる糧を狩猟を中心にまかなっていました。集団で協力して大きな獲物を狙う狩りをしていたであろうことは壁画から創造されます。しかし、時代は旧石器時代ですから武器は石斧が中心です。狩猟の道具がシンプルなのを補うようにして集団で狩りをするわけですが、獲物が大きければ大きいほど狩りに出て死ぬ確率は高かった。また、しかし大きい獲物ほど見つけやすく、狩に成功すれば一時に一族の糧がまかなえるのです。 |
命のバトン・赤についての考察
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
人類が初めて色を使用したのは15万年から20万年前。地質年代としては氷河期、考古学年代としては旧石器時代後期にあたります。当時の原始絵画に用いられた顔料の色は赤褐色・褐色・黒・白・黄色系統の色調で、まだ青や緑といった系統の色は見られません。色顔料の原料としては、赤鉄鉱・黄鉄鉱・マンガン鉱・などから(主に鉱物含有の土や岩を砕いたもの)赤や黄色・褐色を 創り、骨を焼いたものから黒を得ていたことが解かっています。色はそれら鉱物を粉砕してできた粉を水や獣脂・樹脂などと練り合わせて作られています。そのほか植物色素なども使用されていただろうと予測されますがそれらの痕跡は残っていません。火の使用は50万年前、ジャワ原人や北京原人が居住していた頃にまで遡ることができます。火の使用により黒という色彩は骨や木を焼いた灰から簡単に採取されたと予測されますが、その他の色に関しては色を表現するための研究がされたことがうかがえます。 |
|
さて、先に4大文明の曙の話をしましたが、これらの秩序をもって発達した文明を築く前にも、もちろんその礎となる機能的な生活体系が存在していました。文字の存在によって体系化され、人々の生活様式や儀式などが記録され、その時間の積み重ねが文化や文明を築き歴史となってゆきますが、それ以前の時代を先史時代と呼んでいます。遺跡から出土する用具を分類の基準とした考古学的年代区分として、先史時代をさらに旧石器時代・中石器時代・新石器時代・青銅器時代・鉄器時代と分類することができます。文明の曙とともにすばらしい美術・建築・学問が発展したことは言わずもがなのことでありますが、その先駆的時代である先史のそれぞれの時代にも突出した芸術的な萌芽がありました。 |
|
紀元前6000年頃、中国・インドでは新石器時代に入り、紀元前4000年頃エジプトではナイル川流域に小部族国家が分立し太陽暦の創始があったとされています。紀元前3500年頃、メソポタミヤではシュメール人が都市国家を建設し始め楔形文字(シュメール文字)を発明しています。紀元前3000年頃になりますとギリシアではクレタ島を中心にしてエーゲ文明が起こり、小アジアではトロヤ文明、インドではインダス文明、中国では黄河流域に都市国家が発達し,初期の王朝文化を築いています。 |
|
太陽系第三惑星である地球は、23.5度傾いている地軸を中心にしてほぼ24時間かけて自転しながら太陽の周りをほぼ365日間かけて公転しています。地球が23.5度傾きながら太陽の周りを自転しながら公転することによって地球上の様々な地域に天候の変化が訪れます。これを季節と呼んでいます。日本は北に行けば流氷を見ることができ、南に下ればサンゴ礁の広がる青い海を見ることができます。そしてまた、日本は地球上の温暖気候帯と呼ばれ穏やかに季節が移り変わる位置にあります。(北陸・北海道は冷帯に属する)そのことにより自然の営みのすばらしさを日々の営みの中に、一日一日の積み重ねの中に刻々と感じ取ることが出来るのです。そのことが日本人独特の感性を育んできたといえるでしょう。特に緻密な色彩の変化を捉える感性はすばらしく、それらは文字文化の発展とともに歌や文学・絵画そして服飾などにも見事に反映されています。しかし、日本における文明のあけぼのは、4大文明の発祥に比べればそれよりも遥か4000年もの時間を待たなければなりませんでした。 |
全1ページ
[1]




