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なぜ、ケープタウンで、長崎。 記事を見つけて数日後、注文したCDが届いた。 第1章の響きに長崎原爆資料館とヘクター・ピーターソン博物館の光景が重なった。 http://ext.nicovideo.jp/thumb/sm7296150 【ニコニコ動画】シュニトケ『オラトリオ「長崎」』(1958) これを歌うケープタウンの人たちは、どんな思いを重ねているのだろう。 8月9日、南アで平和コンサート 長崎原爆テーマの幻の交響曲演奏 長崎原爆の日の8月9日、南アフリカ・ケープタウン市で、平和コンサート「ナガサキデイ」が開かれ、長崎原爆をテーマにした幻の交響曲が演奏される。ステージでは長崎の被爆医師、故永井隆博士の写真をスクリーンに映し出し、その生涯の紹介や著作の朗読を通じて、平和の大切さを訴える。 コンサートはケープ・フィルハーモニー管弦楽団が初めて開催。ロシア人作曲家、アルフレット・シュニトケ(1934−98年)の交響曲「オラトリオ・ナガサキ」を、ケープ・フィルと混声合唱団が演奏する。全5章からなり、第1章「長崎、悲しみの町」は「ナガサキ、ナガサキ」と連呼する歌声で核兵器の悲惨さを表現している。 関係者によると「オラトリオ−」は1959年にラジオで放送された後、楽譜の行方が分からなくなっていた。2006年、シュニトケの友人でケープ・フィルのアドバイザー、アレキサンドル・イバシュキン氏が楽譜を発見。同フィルがCD化のために半世紀ぶりに演奏。現地では「長崎原爆の日に、アフリカで平和を願いたい」と声が上がり、コンサート開催の機運が高まったという。 指揮は尾高忠明・札幌交響楽団音楽監督。交響曲のほかに、永井博士の著作を基にした「長崎の鐘」もプログラムにし、現地の合唱団が、博士が病床で書いたとされる「平和を」の文字を描いたTシャツ姿で披露する。佐世保市の歌人、下田秀枝さん(64)の作品「帰り来ぬ夏の思い」も合唱。下田さんは「歌の力で世界中が核廃絶に向かえば」と願いを語る。 永井博士の孫、永井徳三郎・長崎市永井隆記念館館長(43)はコンサートに招待されており、「長崎と博士のメッセージが遠いアフリカから発信されるのは大きな意義がある」と期待を寄せる。 コンサートは日本、ロシアへテレビで生中継する予定。プロデューサーの熊谷冨裕さん(73)=静岡県在住=は「多くの都市で広島、長崎の鎮魂イベントを開くきっかけにしたい」と話した。 ○ズーム/オラトリオ・ナガサキ アルフレット・シュニトケが1958年、当時のソ連・モスクワ放送の委嘱で作曲。「長崎、悲しみの町」「朝」「この辛き日に」「焼け跡にて」「世界の太陽」の5章で構成された約40分の曲。歌詞には島崎藤村の「朝」や広島の原爆詩人、米田栄作らの作品も使われている。原爆の悲劇を表現するとともに、冷戦時代を反映し、対米批判的な要素も込められている。 ************************************** 写真は、2003年のあの日から。
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ヒロシマの怒り、ナガサキは祈りですね…。
2009/7/1(水) 午前 8:09 [ こん ]
広島も長崎もどちらもあの時期に訪れていますけど、違いますね。
その違いについて色々と考えたことがありました。
2009/7/2(木) 午後 11:42
石に刻まれた文章が切ないですね。。
怒り、祈り、、根源は同じはずです。
2009/7/3(金) 午前 2:08
根源が同じだけに、何とかしたいんですよね、kenさん。全ての命の重みは同じはず。。。
2009/7/3(金) 午後 11:32