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うたと信仰は、切り離せないものだ、と思っていた。 うたと生活も、つながっていると思っていた。 だから、この番組を見たときには、がーんと来た。 あまりにも新しい、あまりにも違うように見えるものは、本質が同じということに気づかれなければ決して、受け入れられないと。 そして、人は、環境に、権威に弱いと。 http://www.nhk.or.jp/frontier/archives/20091128.html 2007年米タイム誌は、ユッスーを「世界でも最も影響力のある100人」の1人に選んだ。彼は、アフリカを代表するミュージシャンとして、貧困や食料不足、エイズの問題を世界に訴える曲を歌うだけでなく、自らセネガルの人々を支援する団体の設立に尽力、ユニセフの親善大使としての活動も続けている。 ユッスーは世襲制の職業音楽家「グリオ」の家系に生まれた。「グリオ」は文字のなかった時代、歴史の英雄や生活教訓などの情報を歌で伝え、民衆から畏敬の念を持たれる語り部として存在してきた。その血を引いたユッスーは、アフリカに溢れている社会問題を歌に乗せて発信してきた。その活動ぶりは多くの民衆の共感を呼び、彼はセネガルの国民的英雄となった。 80年代、彼はセネガルの伝統音楽に現代ポップスを融合させた新しい音楽“ンバラ”を作り上げる。彼の音楽は徐々に世界に広がり、98年のサッカー・ワールド杯フランス大会では公式賛歌を制作、アニメ映画「キリクと魔女」の音楽を担当、世界的アーティストの地位を確立する。各国でコンサートを開き、アフリカ音楽を世界に知らしめた。 彼は9.11テロの後、イスラム教徒への反感が高まる中、「平和を求める本来のイスラム教の姿を知って欲しい」と、「エジプト」プロジェクトを立ち上げた。当初は、こうした活動に対し、イスラム教徒からの反発もあった。しかし、セネガル伝統音楽にポップスの要素を加えた歌は世界中で大ヒット、2004年米グラミー賞を受賞する。イスラム教徒である彼の葛藤を密着取材しながら、音楽で人々に平和や幸福を訴えかけていく様子を描いていく。 2004年にグラミー賞を受けて初めて、一番近くに感じ、一番大切にうたってきた、愛するイスラームに、セネガルに受け入れられた、ユッスー。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AB ぜひ、聞いてみてほしい。 平和の街、Touba。 その街を築いた、Bamba。 互いを受け入れ、許す、ラマダン明けのTabaskiの日。 http://www.youssou.com/Templates/Music%20Video.html 世界が、互いを受け入れ、許す日は、来るんだろうか。。。 今日の写真は、やはり彼がうたった、ネルソン・マンデラの生まれた国、南アの、美しい夕日。
この夕日の前では、すべてに感謝する気持ちになれたことを思い出して。 |

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