坂本龍馬・幕末

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写真館-龍馬神戸編-

外国人居留地跡

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勝海舟寓居跡

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生嶋四郎太夫が詣でた祇園神社

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ここの神社は鳥居をくぐり本殿までの階段がめちゃめちゃ急だったんですよ〜〜〜
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「海軍営之碑」がある諏訪山公園・ビーナスブリッジ

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神戸と坂本龍馬。
あまり関わりがないように思えますが、
文久3年、龍馬29歳。
勝海舟の建言により、幕府が設立した海軍士官を養成する施設
「神戸海軍操練所」の地。
龍馬はこの操練所の「塾頭」を務めたと言われています。

神戸一の繁華街。三宮を抜け国道2号線を少し南へ下ると「神戸海軍操練所の碑」があります。
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現在は埋め立てられていて、当時を偲ぶものはなんにもありませんが
写真中央の白いビルあたりに操練所があったといわれています。
広さも5.7ヘクタールあったとか。

港沿いにはしる国道2号線を少し西へ。
神戸水上警察横の「みなと公園」内には「海軍操練所顕彰碑」と
「海軍営之碑」の複製が建ち並んでいます。
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石碑の裏にはこう書き記してありました。
勝海舟は軍艦奉行並として海軍操練所長と兼ねていた元治元年
操練所構内に「海軍営之碑」を建立せんとしたが
碑の出来上がった直後、江戸に召還されたため
建碑を中止し、神戸村庄屋生嶋四郎太夫に、どこかに埋めるように命じた。
それを生嶋はひそかに奥平野の己が別邸に運び
そこに建てていたが
大正四年十一月有志によって、諏訪山の金星台へ移されたのである。
このたび金星台に現存の碑を模して
海軍操練所ゆかりのこの場所に建立したのである。

なぜ直後に召還され、建立を中止することになったのか!?などはちょっと省いて行きます。
答えは次週6月20日放送の「龍馬伝」にて(笑)

もちろん「本物」の「海軍営之碑」を観るべく諏訪山へも足を運びましたが
その前に「みなと公園」の「メリケンパーク」内へ〜
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ここには勝海舟・坂本龍馬、そして当時海に夢をはせた若者たちを偲んだ
「神戸海援隊記念碑」があります。
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そしてそしてさきほどの「本物・海軍営之碑」は
JR元町駅の北側に位置する諏訪山公園に建立されています。
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この諏訪山公園というところは、山の中腹に位置していますので
この石碑までの道のりが厳しいコト厳しいコト!ちょっとした山登り気分です^_^;
さらに西へ足を延ばして、記念碑を預かった生嶋の別邸へと向かいます。
↓勝が仮住まいをして、その勝の元を龍馬が訪れた〜
場所なんてもうテンションも上がっちゃいます!気分も「ヒトシオ」でございました^^
神戸操練所時代の146年前に想いを馳せて、
龍馬のように生きたい!!って今日この頃です!
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詳しくは〜↓よろしければどうぞ^^
YouTube龍馬の足跡を探して
たとえば〜好きなテレビ。

お気に入りの連ドラとかが終わっちゃうと寂しいですよね〜

まさにそんな気分でした。。。

NHK教育テレビで放送していた「直伝-和-の極意」という新番組、
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第1回のテーマは坂本龍馬!「古地図で巡る龍馬の旅」というタイトルで

当時の古地図・絵図などを通して龍馬の足跡をたどっていくと内容。

毎週木曜日、4月1日から放送がスタート、9週にわたり放送されてきて

先月の5月27日に最終回を迎えたのですが

僕がこの番組を知ったのは第4回から。。。すでに3回分は見逃しているんです(T_T)

知ったキッカケも偶然新聞のテレビ欄で発見しただけなのですが、

先日、録画してあった分をようやく観終わりました。

いやしかし引き込まれますね〜

参考用の「NHKテレビテキスト」も買っちゃいまして^_^;
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「龍馬伝」に始まり、龍馬を扱った内容のテレビには釘づけ。。

ホントは関連本などもっとほしいのですが〜

とりあえず目についたフリーペーパーは根こそぎです(笑)
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いつかはゼッタイ高知に行ってやるぜよ!
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緒方洪庵・適塾

元、勝塾があった「三休筋」をさらに北上して
大阪市立中央公会堂方面へ、
ほどなくすると〜幕末、緒方洪庵が開いた「適塾」が現れます。
重要文化財に指定されており、江戸時代の町屋の姿を留めていて当時の匂い、
趣き情緒もあって、建物内部の雰囲気はサイコーでした!
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玄関入ってすぐの小部屋を抜けて、奥へと進む廊下の脇には
中庭があって、これがまたなんとも言えない風情で癒される面持ちでした〜
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さらに奥へと進むと、応接間・客座敷。
1番奥の庭の横には便所があって、参観者が利用できるように
中の便器は現在の物になっていました。
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この建物の中で1番気に入ったスペースは「台所」です。
太陽の光の射し込み方と陰と陽のコントラストがなんともイイ感じで
ずっとここで腰かけて眺めていたかったなぁ〜って^^
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2階部分は女中さんの部屋と住みこみで勉学にいそしむ学生さんの大部屋になっているのですが
上っていく階段の急なコト!!
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手すりがないととても上がれません(>_<;)
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大部屋の写真ですが、中央にある柱には気性の荒い学生が跡を残した
「刀傷」まであるんです。
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↓大部屋の障子越しに見える中庭方向への景色です。
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これぞザッツジャパニーズです!
ほんと癒されます^^
建物の素晴らしさ、雰囲気に圧倒されて「緒方洪庵」の人物像や
その素晴らしい功績などには全然触れてはいませんでしたが
緒方洪庵!あなたに1番の驚いたのは!!
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13人ものお子様がいらっしゃるだなんて!お強かったんですね!!!!

勝海舟

アップルストアーを後にして、車を北西へと車を走らせます。

あの勝海舟が、大阪で海軍塾を始めた場所を目指します!

勝塾は、神戸海軍操練所を開くそれまでの間、大阪を拠点に活動していたそうです。

「iPhone」を片手にあらゆるネットを渡り歩いて、ようやく探しだした場所は、

大阪市中央公会堂から南へと下る「三休橋筋」の瓦町と交差するところに構えていたそうです。

〜が、何にもありません。。。
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再度ネットで調べてみても、どうやらこの白いビルのあたりのようですが

記念碑や、石碑のようなものは一切ありませんでした。。。

なんにもなかったガッカリ感よりも
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その隣にある「ノリタケ」の文字を観て

「あ〜とんねるずの木梨憲武やぁ〜」ってソッチに気がいっちゃってました^_^;

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