Minami’s Diary

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こころの日記☆

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【信解!】

信    解
 
 
ーーー信じることは力を生むーーー
 
 
 
 
 信じるものを持っている人は強いものです。いざと言うときに、頑張りがききます。信じる心は強い力を与えてくれるのです。
 
 他の人と組んで仕事をしたり活動をしたりする場合、相手を信じ理解することが大切です。信頼関係を築くことができなければ、協調性が失われることになります。しかし、お互いに信じあい、理解しあって信頼関係ができたならば、それは大きな力を生むものです。
 
 信じることは力を生みます。友人を信じ、同僚を信じ、そして何よりも自分自身を信じましょう。自分自身にある力や可能性、将来性を信じましょう。誰もが、何かを成し遂げることができる力を持っているのです。それを信じ、己を理解し、さらなる向上を求めましょう。
 
 
 
 このようにスッと心が軽くなる仏教の言葉に書いてあります。(抜粋)
 
 友人を信じ、同僚を信じ、そして何よりも自分自身を信じましょう。
本当にいい言葉ですね!
 
 
 
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(私の大好きなベゴニアの花)
  その「向上心」が邪魔になる  
 
 
 
 「向上心を持て」というメッセージも流行しているようですね。「向上心」というのは「欲」ですが、何かをはじめるときに「もっと上達したい」「前よりもよくなりたい」と、「欲」を起爆剤にするのも無理のないことかもしれません。
 
 でも、いざ何かをはじめたら、「向上心」は邪魔にしかなりません。たとえば、パソコンでデータ入力をしながら、「もっと早く」「一カ月後には一分に二百字打てるかな」などと考えていたら、集中力が落ちて進みません。これはマラソンで走っている最中に「後何キロありかな」と思うと疲れてきて、充実感が失われる似ています。
 
 ですから、物事をはじめる前は「向上心」を燃やして目標を設定しても、やりはじめたらきっぱり忘れて、目の前の「やるべきこと」に没頭しましょう。そうすれば、「思考のノイズ」で疲れることなく、ランナーズハイのような充実感を得られますから、「向上心」も少しは役に立つというものです。
 
 
 
 このように「イヤな自分とサヨナラする方法」という本に書かれています。
 この本を読むと心が落ち着いてなぜか安心します。
 
 
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【エチオールベゴニア】
 
 
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「聞くこと8:アドバイス2の法則」
 
 
 友人に相談されたとき、心から相手の気持ちに寄り添って「力になれたらいいなぁ」と思うのに、気の利いたことが言えないという人もいるかもしれませんね。悩む必要はありません。
 あなたが誰かに相談をして「よかったな」と思う相手というのは「気の利いたこと」を言ってくれる人とは限らないのではないでしょうか。むしろ話の途中で急にさえぎられて、持論のようなことを言われると、それが正しそうなことであっても、「あ・・・・・、相談する相手を間違えたかな」と思ってしまいがちです。
 逆に、会話全体の八割か九割くらいを「うん、うん」と聞いてくれて、「最後まで話を聞いてもらえた」と満足感を得た後で、相手が何かを言ってくれたりすると、そのアドバイスが多少とんちんかんであっても、イヤな感じはしません。「自分のことを思ってくれているんだな」とは思うはずです。
 人は自分の話を聞いてもらえたり、受け止められた時点で、ずいぶん満足してなぐさめられた気持ちになります。もちろん、会話の八割を自分が話して、それを理解したうえで、残りの二割は適切なアドバイスしてくれたりすれば一番いいでしょう。でも、そのアドバイスが適切かどうかは、なぐさめられる側の才能にもよりますから、お互いの気持ちは必ずしも関係ないのです。
 人が本当に評価するのは、相手の才能ではありません。「この人と一緒にいると、心地いいな」という相性みたいなものであったり、「自分が困っているときにクッションを与えてくれて、心を軽くしてくれた」というこに対して、感謝したり、「また会いたい」とか、「また困ったときは、助けてもらたい」とおもうものなのですよ。
 
 
 
 
 このように「イヤな自分とサヨナラする方法」という本に書かれています。
 いつもこの本の内容には感動させられています。
 
 
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冬咲きベゴニア(神戸花鳥園にて)
  相手を受け入れて伸ばす!  
 
 
 
 ある条件のもとで相手をほめたり、叱ったりを繰り返すのは、むやみにほめるよりもっと最悪。たとえば、部下が営業成績を達成したときは「すごいね」とチヤホヤしたくせに、達成できなかったときは「ダメじゃない」と叱ったとします。すると、部下は「この人は自分が営業数字を達成したときはよくしてくれるけど、達成できなかったら、すぐに自分のことを嫌いになるかもしれない」と、こちらの顔色をうかがうようになったり、「否定されたーッ」とガラスのプライドが傷ついて、信頼関係が築けなくなるかもしれません。
 目下の人や子どもなどの成長を心から願っていて、何か力になりたいときに大事なのは、相手を無条件で受け入れることです。すでにお話したように、ほめることは相手を受け入れることとは違います。何かを成し遂げたとときに大げさにほめなくても、失敗したり、落ち込んだりしたときに自分を否定しない存在に安心感を抱き、「受け入れてくれた」「支えてくれた」と感じます。その結果、伸び伸びと力を発揮していけるようになるのです。
 
 
 この言葉も「イヤな自分とサヨナラする方法」という本に書かれています。
 
 
 一昨日少し書きましたが、もう一つの体育館で受付のことで新人指導員が電話での応対で相手のお客様との間でトラブルになりクレームが発生したのでその経過報告を書いたのですが、それが上司の目に留まったようです。
 いっさいその新人指導員のことを責めずに「このように対応しておけばよかった」「今度からどう対応すればよいか」だけを報告書に書いたのです。
 先方の方には昨日お出会いしましたが、快く対応していただけました。
 上司からも心から喜んでいただけました。
 
 また、この指導員も最初は泣いてばかりでしたが、気持ちを切り替え仕事に頑張ってくれると私に言ってくれました。
 
 
  昨日は気持ちの良い雪解けの一日になりました。
 
 
 
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 「遠慮しすぎ」も自己主張の一種 
 
 
 
 気軽な気持ちで何かを提案したり、差し上げたりしたときに、「そんなことをしたら猛しわけないですから・・・」「あなたに悪いから・・・」と、なんでもかんでも遠慮してしまう人もいますよね。すると提案した側は、「別に、そんなに大げさなことじゃないのに・・・、遠慮させちゃって悪かったかな」と感じて、気まずい空気が流れたりします。
 すでにお話ししました通り、人は自分がしてほしくないことを、裏返しで「あなたのために・・・」という性質があります。「あなたに悪いから・・・」と遠慮ばかりするのも、これと同じ。遠慮するのは一見慎ましやかな正確に思えますが、実は「本当は自分がイヤだと思っている」のを隠して相手のせいにしているので、ウソっぽい白々しさが漂います。
 遠慮や気づかいも、度が過ぎれば、「自分オーラ」をプンプンさせ、相手との関係を窮屈にするもの。どなたかに親切を提案されたときは、遠慮のフリをした自己主張で気持ちをかたくなにしたりせず、その方の心の優しさをほのぼのと味わうようにしたいものです。
 
 
 
と、「イヤな自分とサヨナラする方法」という本に書かれていますが、みなさんはいかがですか。。。
遠慮もほどほどにって言うことですよね!
これから新しい生活を迎える私にとってはすごく勉強になりました。
 
 
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私の好きなベゴニア(リーガスベゴニア)です。

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