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兵庫厳島神社
神戸市兵庫区永沢町4-4−21

書庫御由緒

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御祭神と御神徳


 当社の御祭神は「市杵島姫命」です。
この神は高天原において天照大御神が素戔嗚尊と誓約をされた時にお生まれになった神で、国土と海上を守る神です。広く水を司る神として人間の生命にかかわり深く、神仏習合の結果「弁才天」と称え福徳円満、長寿無量を施される福の神として、一方弁舌、音楽の守り神として信仰されています。

御由緒

 兵庫厳島神社は、今から約八百年前の治承四年(1180)、平清盛公によって建立さイメージ 1れました。


清盛公はかつて安芸守に任ぜられた時より、厳島明神を深く信仰していましたので、都を京都から福原に移した際に、厳島明神を安芸国より勧請しました。

当社の縁起によると清盛公が兵庫の港に築島を築こうとされた時、ある夜夢に天女が現れ「私は安芸国厳島明神である。この海を暴風雨から守り、汝の志を能く成就せしめんがために来たのである。篤く信仰して疑うことなかれ。」とお告げになりました。

社を建てる場所を求めていると、ある夜、龍燈が西の方より飛
び立って松の枝に懸り、煌々として光輝いたので、ここが即ち神慮の地あるとして一社を建立し、厳島弁財天女社としたのであると伝えられています。


 この龍燈はその後文政七年(1824)五月五日にも、沖から飛び立って境内の松に懸って煌々と輝き、人々はこれを明神の霊光であると驚き敬ったと伝えられています。


 兵庫厳島神社は兵庫の町の外れにあったことから「外弁天」と称されました。兵庫の人々は当社を敬うこと篤く、それは境内に残された灯篭や石碑から伺うことができます。


 平成七年一月十七日の阪神淡路大震災により石垣、玉垣、灯篭などことごとく倒壊、高燈籠は高さ三段低く当時の姿を留めるに至りました。イメージ 2

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