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ほとんどの人間はあきらめて、適当にやっています。だれでも、子どものときには、人生ってもっとすばらしいものだと思っている。大きくなったら、と夢想していた。にもかかわらず−毎日毎日の生き方がなにかほんとうではない。こんなものではないはずだ、とあせります。しかし、そういうふうに矛盾を感じる人は、極めて感受性のすぐれた、良心的な人なのです。多くはそんな疑問さえもちえない。絶望的な状態です。そして知らずしらずに、自分をいつわりつづけている。
(略)
自分自身に充足する。−電気冷蔵庫をおいたり自家用車をもって、生活が楽になる。そんないわば、外からの条件だけが自分を豊かにするのではありません。他の条件によってひきまわされるのではなく、自分自身の生き方、その力をつかむことです。それは、自分が創りだすことであり、言いかえれば、自分自身を創ることだといってもいいのです。
勝ち組負け組の類に惑わされない、自分の充足。法律や政治が最悪のコースを進みつつある中でも、なお強い意志で生きていこうというギリギリの希望を持つよろこび。
家を建てれば、要不要にかかわらず、かならず床の間という型どおりの場所をもうけます。そこにまた同じように型どおりの、この類の符丁を掛けものとしてブラさげる。そうしておけば格好がついた気になるというわけです。はじめから鑑賞などということはどうでもよいらしい。
自分が好きだから、とか、ほしいから、というのではなく、世間体と見栄だけで環境をつくる。生活自体が、おのれ自身の生きた現実を土台にしていないのです。
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いい本ですよね。
同じ本ゆっくり読んでます。
2008/8/29(金) 午後 7:41 [ 1 ]