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さてさて、こちらでは一映画ファンとして振る舞うことを昨日宣言しました。が! 舌の根も乾かぬ内に、思いっきり「分析」しちゃいます(笑)。 というのも、先日『ミスティック・リバー』のレビューを掲載した際、ネタばれ全開で書いてほしい、という有り難いご要望を頂いたからです。 まぁ、続編的なものですので、未読の方には、まず↑のリンクから前回のレビューをお読みいただくことをおすすめします。 また、これはあくまでジェレミーの解釈であり、監督のクリント・イーストウッドが本当に以下のような意図で映画を製作したのかどうかは、当然のごとくジェレミーにはわかりません。念のため。 では、まずは本作の「分析」の上で欠かせない序盤の流れを見ていきましょう。 少年時代の3人を襲った運命的な事件ショーン宅前から、ジミー・ショーンは"裏へ”と移動⇒(つまり、次のシーンは家の前ではない)
場面かわり、道路でジミー・ショーン・デーブが遊んでいる。 しかし、デーブがボールを排水溝に落としてしまい、やることがなくなった彼らはいたずら開始。 それを見つけた刑事風の男が、彼らを注意。「家はどこだ?」 ショーンはとっさに目の前の家を指し、自分の家と偽る。ジミーもそれに乗じる。 しかし、素直なデーブだけは、本当の家を教えてしまう。 結果、刑事風の男は車にデーブを乗せる。 運転手の男は、デーブに十字架のついたリングを意味ありげに見せる。 ジミー・ショーンは、去って行く車を眺めることしかできない。 そして、刑事風の2人組は、デーブを監禁し犯し・・・。 4日後、デーブは自力でなんとか逃げてきたが、以降ジミー・ショーンとの関係はなくなっていく。 ここには、後に展開されるドラマを読み解く上で大切なポイントが詰まっています。そこで、少々詳しく書いてしまいました。では、ポイントをまとめてみましょう。 1 彼らの家はみな離れていて、誰もが被害者となる可能性があった。 ⇒ジミー・ショーンが、大人になっても罪悪感を感じている要因。 「もし自分が連れ去られていたら・・・」と何度も回顧しています。 2 デーブは、嘘をつかなかったために、被害者となった。 ⇒この後、危機を感じる度に、デーブはでたらめな嘘をつくようになります。 決して嘘をつこうと計画している訳ではないので、いずれもその場しのぎの嘘です。 3 十字架のリングの意味は? ⇒イーストウッドは、このリングの意味については明言していないようです。 DVDの音声解説では、ティム・ロビンスは「欺き」ではないかと語っています。 これについては、後でジェレミー流解釈を書いてみます。 ジミーの娘が殺された!ジミーと病死した先妻との間にできた愛娘ケイティはパーティーに行く。
その夜、バーではしゃぐケイティを、たまたまデーブは見かけた。 その数時間後、デーブは血まみれで帰宅。「暴漢に襲われた!」 一方、翌日になってもケイティは帰ってこなかった。 公園前で、ケイティの車が発見されたのだ。 その時、ジミーは後妻との間にできた娘の祝いで教会にいた。 さて、ここでもポイントがたくさんあります。 デーブが妻にトラブルについて語りますが、これは嘘です。それも、途中でつじつまがあわなくなります。これは、先ほどポイント2で述べたことを観客にわからせるためでしょう。このような嘘は、後のキーポイントである「手の傷」について問われた時にも見られます。 これはなぜなのか? ずばり、クライマックスでデーブがでたらめを話してしまうことに説得力をもたせるためでしょう。娘を殺した犯人がデーブだと勘違いしたジミーに殺されそうになり、デーブはやってもいないのに罪を認めてしまいます。観客としては、「なんでだよ〜」という気持ちにもなります。ジェレミーもそうでした。でも、それが、デーブの悲しき過去に起因するとわかれば・・・これはとっても切ない感情を生み出します。なにより、デーブに嘘の重要性(?)の見本を見せたのは、他ならぬジミーなのですから。 また、ケイティの捜索が始まった時に、ジミーが教会にいたのも、ポイント3とリンクしていきます。教会にいても、不幸は訪れるのです。では、なぜ人は教会に行くのか? 神を信仰するのか? ここに本作のテーマが隠されています。が、それを語るのは、もう少し後にしましょう。 事件の顛末デーブが容疑者として調べられるのと平行して、事件に使われた拳銃から様々な事実が明らかになっていきます。
ジミーはかつて”ただのレイ”に裏切られ、刑務所に入っていた。しかし、出所後、ジミーは”ただのレイ”を殺し、未亡人にはお金を送っていた。 また、凶器の拳銃は”ただのレイ”のものであり、今は彼の次男が所有していた。そう、兄の恋人であるケイティを殺したのは、弟と友達だった。 そんなことも知らず、ジミーは嘘自白をするデーブを殺してしまう。 デーブが殺したのは、ケイティではなく、車で少年を犯そうとしていた変質者であったのに・・・。 なんと、後味の悪い話でしょう。デーブがかわいそうすぎます。小説では、デーブが「自分もまた少年を襲うような大人になってしまう」と感じたため殺したことになっているそうです。小説は未読のため、あくまで伝聞形式でしか書けませんが。しかし、本作においては、むしろ「自分の分身(少年)が犯されてしまう」という恐怖心からパニックをおこし、殺害したように見えます。 このあたり、イーストウッドの意図はどうだったかはわかりませんが、いずれにせよ「正義感」からデーブが殺した訳ではないように見えるんですね。ここから、イーストウッドが「正義」というものを本作にはもちこまないよう注意を払っているように感じました。 「あなたがやることは全て正しいこと」と。そして、二人は相手を求め合います。 しかし、この台詞を間に受けて、イーストウッドは「強ければ全てが正当化される」といいたいんだ、と考えるのは、誤りではないかと思います。 このシーンで、ジミーは上半身裸になっています。そして、観客にはじめてジミーの背中に彫り込まれた十字架のタトゥーが見せられます。 そうです。ここでようやく、棚上げしていたポイント3の意味が明らかになります。ジミーは、少年時代のデーブの一件も、先妻を看取ってやれなかったことも、ケイティに寂しい想いをさせてしまったことも、全て悔いて生きてきました。ケイティに好意を寄せる青年(自分が殺した男の息子)をうとましく感じていたのも、実は、「罪悪感」からだったのです。 そして、妻のセリフは「十字架の前で懺悔するジミー」に捧げられた、キリストの教え「汝、罪を憎んで人を憎まず」の自己流拡大解釈だった訳です。彼女も、夫がいとこの旦那(デーブ)を殺したことに心を痛めています。でも、このままでは生きていけない。だからこそ、キリストの教えをねじ曲げて、正当化していったのです。 デーブを拉致した二人の内一人は、法で裁かれた後も「罪悪感」にさいなまれたのか、自殺しています。(これは、序盤にケビン・ベーコンとローレンス・フィッシュバーンの会話で明らかになります。また、この時に、黒人刑事がしきりに「肩に力が入っているジミーは前科者だとすぐわかる」といっていたのも、彼が「罪悪感」を抱え込んで生きていることを観客に暗示しているのです) これを合わせて考えてみると、「宗教は、現代人にとっては、もはや『自己を正当化する手段』にすぎない。同様に、法律も、人間に罰を与えるだけで、決して『罪』を洗い流すものでも、『正義』を生み出すものでもない」というイーストウッドの主張が見えてきます。 法で裁かれた犯人は自殺を選び、被害者デーブはずっと心に傷を残していたのですから。 誤審で裁かれたジミーは、恨みしか感じず”ただのレイ”を殺害したのですから。 そして、信仰しようとも、ジミーの中の罪悪感はずっと消えることなく彼を苦しめていたのですから。 要するに、この物語のクライマックスは、まさにあのジミーと妻の会話であったのだと考えます。前回、ミステリー的切り口でこの物語をはじめたヘルゲランドを批判したのは、このためです。本作の主題は「ケイティ殺害事件」の物語ではなく、「罪を背負った人々」のドラマなのです。 ラストのパレードで、ジミーの妻はいとこであり、デーブの妻でもあるセレステを数秒間眺めます。強気の顔をしていますが、あの瞬間、彼女はジミーを守り抜くことをようやく決心できたのです。その後現れたジミーが、サングラスをしているのも、「罪悪感」を心に押し隠し、生きていくことを決めたからでしょう。刑事ショーンが冗談めかして、発砲するポーズをとるのも、人間としての「罪悪感」と刑事としての「正義感」に心揺れているからでしょう。同時に、逮捕がその「罪」を消し去れないことも悟っているからでしょう。 つまり、逮捕はされていませんが、みんな人として「罰」を受けたラストシーンなのです。 確かに、罪を犯した者たちが生き残る物語ですが、単純に逮捕では終われないところに、イーストウッドの確固たる信念を感じます。 罪は人が裁けるものではない。人は時に運命に翻弄されるだろうが、やはり自分の足で生きていくしかないんだ。だから、みんなもジミーたちのように自分を欺かず、本当の『正義』を追究していこう。 という訳で、ジェレミーは心を揺さぶられまくったのでした。たまには、こんなヘヴィな映画もいいものですよ。 ☆上記レビューは、あくまでジェレミーの解釈であり、これが必ずしも正しい訳ではありませんので、 誤解なきようお願いします。 ちなみに、原作未読、映画鑑賞2回(内一回は映像特典のティム・ロビンス&ケビン・ベーコンの 音声解説)の時点での「分析」です。 よって、原作がどのようなテーマなのかはわかりません。あくまで、イーストウッドによる映画の レビューだとお考え下さい。 ☆先日発表したジェレミーとハイド分裂計画ですが、 ハイドサイドは、おそらくこんな感じの「分析」スタイルになるのではないかと思います。 まぁ、やっていく中で色々試していこうとは思っていますが。 という訳で、ハイドサイドのパイロット版(お試し版)と考えていただき、 ご意見ご要望などもお聞かせ願えればと思います。 よろしくお願いします。 ☆公式サイト(日本) : http://www.warnerbros.jp/mysticriver/index.html
公式サイト(アメリカ) : http://mysticrivermovie.warnerbros.com/index.php
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