ばれった〜宮-Love in Palace-創作(byちょるす)

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love(20)バイバイ

「シン君、バイバイ。」

とあいつは言った。


「知ってる?バイバイはね、また会おうね、それまで元気でね・・・っていう合図なんだよ。」





高校の卒業直前に、ふとしたきっかけで見つけたカフェに、僕は今日も一人で訪れていた。

通常、大学で午前中の講義を終えた後、僕はその足で一人昌徳宮に向かう。

しかし、ここ半年は週に一回程度、遠回りをしてこのカフェに立ち寄り、コーヒー一杯の時間を過ごす楽しみを覚えてしまった。

これが、ただ美味いコーヒーを飲む為だけなら、何も人目をはばかる微行を繰り返さずとも、宮に戻れば丁寧に淹れられた最高級の豆の香りを満喫できる事はわかっている。

それでも、たまの息抜き・・・と自分に弁解をしてまでここに通うのは、このカフェに漂う余白の時間。その、なんとも言えぬ居心地のよさだ。



午後の時間を公務に充てる都合上、大学のカリキュラムを午前中心に組んでいる僕がキャンパスを出るのは、一般の学生よりも早い時間だ。

僕が、そんな飲食店にとって隙間の時間帯に訪れるためか、また繁華街から奥まった立地のためか、ここはいつでも余りもののような閑散とした時が流れている。

テラス席の手前に広くとられた駐車スペースには、先客のあったためしがなく、店内もテラス席も祭りの後のように寂しげで、客もまばらだ。

カウンターでは、昼時のラッシュを捌き終えたバリスタが洗い物に精を出し、次に湯気の立つそれらの食器類を大判のリネンで磨き上げ、棚に収納してゆく。

その間に、たいていは一人きりのギャルソンが、思い思いの向きに散らばる椅子を整然と並べ、テーブル上の小物類を整え補充してゆく。

そうして再び、カフェは賑わいを待ちうける。



そんな一連の場面展開を、僕は一杯のコーヒーを前に見守る。

食器やカトラリーの合わさる澄んだ高音や、エスプレッソ抽出機から蒸気が噴出する時のくぐもった低音、バリスタとギャルソンの間で交わされる、短く低声のやり取りに耳を澄ます。

無言のうちに幕が上がり、そして拍手もなく終幕を迎える芝居のようで、短い映画のようで、僕はこの沈黙を破る気にならない。




このカフェを知るきっかけになったのは、あいつの友人の一人で、見かけによらぬコーヒー通の・・・確か、彼女がヒスンだったと思うが・・・。

その彼女が、バリスタの腕とスイーツの味を絶賛するのを聞いたあいつは、さっそく僕を巻き込んでお忍びを決行した。

妻に甘いといわれては一言もないが、あいつの上目遣いにはどうにも勝てない。当のあいつに自覚があるのか無いのか判然としないが、何がなし・・・良い様に操られている気がしてならないのは・・・まぁいい・・・。




今日もそんな空き時間を楽しみに、カウンターのバリスタに声をかけて窓際の席に腰掛けると、入れ違いに先客が出て行き、カフェの客は僕一人になった。

テーブルに置かれた個展の案内は、壁一面を大きく彩る壁画の作者のもののようで、大胆でいながらどこか沈んだ色遣いに興味を惹かれる。


「お待たせしました。」


控えめな声に、僕の心臓が鼓動を飛ばした。

今日は彼女がいたのか・・・。



白くたおやかな指が、僕の前にコーヒーカップを置く。清潔に短く整えられた爪に色は無く、「サービスです」と、小ぶりの籠で素朴な焼き菓子を差し出す。


「ありがとう。」


なんとなく気がとがめて、僕は顔を上げない。

やがて彼女が遠ざかるのを待って、僕はその後姿を視界の端に捉えた。





このカフェを訪れるようになってから何度目かに、僕は初めて彼女に出会った。

今日のように「お待たせしました」と声をかけられて、反射的に顔を上げ、彼女を凝視してしまった。

戸惑って目を見張った彼女の顔は、とにかく、びっくりするほどあいつに似ていた。

勿論、落ち着いて見れば別人だということはすぐにわかる。髪の長さも違うし、表情も仕草も身のこなしも、明らかに別人のそれだ。しかしそれが分かってもなお、僕はどうしても彼女から目がはなせなかった。



年齢的には彼女のほうがあいつよりも上なのだろう。きびきびと仕事をこなすその動作は、自信に満ちて落ち着きがあり溌剌としている。

一度だけ、年配のバリスタが不在の時に居合わせた僕は、彼女がカウンター内で手際よく采配を振るうのを目にしたが、のびのびと楽しげに仕事をこなす様子は心に残った。

聞くとはなしに耳に入ってくる会話から判断するに、従業員は男性のみと銘打っているこの店に彼女が現れるのは、誰かのピンチヒッター的な要素が強いらしく、僕がここで彼女を見かけたのは今日を合わせても四度程。

無論いままでにも、僕は彼女と必要最低限の言葉を交わすのみで、誰に対しても後ろめたく思う必要などないのだが・・・。

それでも、僕はこのことをあいつに言えずにいる。


あのカフェに、お前に似た人がいて驚いたと、ただそう言えば良いだけだと分かっている。そうすればきっとあいつは面白がるだろう。僕があいつに黙ってここに通っていたことなど、気にする性質でもないのだし。

それでも、僕にはそれができない。

ここで、ほんの偶然のように彼女に出会う時間を、のびのびと自分の仕事に打ち込む彼女を見ていられる時間を、僕は貴重なものに感じていたからだ。


もしも、あいつが僕の妃にならずにいたら、今頃はこんな風に溌剌と、自由に、好きなことに打ち込んでいたのだろう。

彼女を見ていると、そんな夢が現実になったように思えて、僕の中にいつまでも消えずに残るしこりを、そのときだけは忘れていられる。

このカフェの、不思議な余白の時間だからこそ、そんな夢を見られるような錯覚の中に、僕は束の間の慰めを見出していた。




初冬の午後、雲も無く天気も上々で、風さえなければ温かな日差しは十分に窓際の僕の背を暖めてくれ、手にしたコーヒーは薫り高く、身体と心の内さえも温もらせてくれる。

満たされた思いで、立ち働く彼女を見守っていた僕は、彼女の様子が普段と異なることに気づいた。

どこか・・・沈んでいる。



椅子を並べなおし、顔を上げた拍子に視線を感じたのか、不意にまっすぐな眼差しを向けて来る――こんなところも妙に勘の良いあいつにそっくり。ついでに見開かれた大きな瞳は、別人と分かっていても心臓に悪い――彼女に、僕は礼儀正しく視線をそらすことも忘れた。



「お気に召しませんでしたか?」

「いえ・・・。」


それでも落ち着いた微笑で問いかけてくる彼女に、なんと言ってよいのか・・・そもそも何かを言うべきなのかも分からず、僕はいったん目を伏せたが、目に残った彼女の微笑に違和感を覚えて顔を上げた。


「何か、消沈されているように感じたので・・・。」


そう口に出したとたん、彼女の微笑に、何か辛いことを飲み込んで笑うあいつの顔が重なって見えたのだと思い当たった。

そうして再び見開かれた瞳は、今度は笑わなかった。


「仲間が、遠くに行くことになって・・・やりたい事が出来たんですって・・・!」


手にしたメニューと砂糖のつぼをテーブルに並べながら、彼女はやや寂しげに、それでも後半は明るく言った。



この店の開店準備のときから、ずっと一緒に働いてきた仲間なんです。私がバリスタ修行にイタリアに行って、戻ってきてからも・・・。

今度は彼が自分の夢を見つけて、歩き出して・・・。もちろん応援しているけど、やっぱり寂しくて・・・なんだか心のどこかにポッカリ穴があいたみたいなんです。

お客様がいつも車を停める場所って、以前は社長の駐車スペースだったんです。でもその社長も、仕事の関係で長期出張中だし、戻ってくれば本社の重役でしょうから・・・この店も開店当時の仲間が半分になっちゃいました。

どんどん変わって行っちゃうんだな〜なんて、当たり前のことなんですけど・・・落ち込んでいたのかもしれません。出会いがあれば、別れもある・・・。季節が変わるみたいに、何もかも同じではいられない・・・分かっているんですけど・・・。

「あの日がとても楽しかったから、いつまでも続くような気がしていたんですよね・・・。」



すみません、お客様にこんなこと・・・と、照れた笑いを浮かべた彼女は、人差し指で額をかいた。



「別れは、再会を約すものです。その人に再び出会うとき、胸を張りたいですね。」


僕は、いつかのあいつの言葉を思い出していた。

一度離れて行ったが最後、決して戻ってはこないだろうと思っていた僕に、あいつが言った優しい言葉だった。

不覚にもそのときの涙まで再現しそうになった僕は、急いでコーヒーカップを手に取り、伏せた顔で彼女の視線を避けたが、そのせいでかえって鋭敏になった耳を、彼女の柔らかな笑い声がくすぐった。


「ありがとうございます・・・ちょっと意外でした。」

「・・・というと?」


やや冷めたコーヒーで体勢を立て直した僕が顔を上げると、一転いたずらっぽい目をした彼女が声を潜めた。

実は今まで、気難しい方なんじゃないかって、ビクビクしてたんですよ?私。

万が一にも、間違いがあっちゃならないと思って!


「でも・・・お客様って広くて明るくて温かい今日の空みたい!やっぱり皇帝陛下になられる方なんですね。」








こちらの御題は下記の「20のお題 詰め合わせ」さんから頂きました
http://aoiyoru.bufsiz.jp/20odai.htm

閉じる コメント(9)

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ちょるすさん、こんばんは〜

何も言う言葉がみつかりません。

ちょるすさんの「バイバイ」・・・きっと届いている気がします。

笑顔の素敵な仲間・・・「バイバイ」

2008/8/26(火) 午前 0:19 naohaha

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ちょるすさん、こんばんは!お邪魔します。

・・・・うぅぅ・・・涙が・・・

その仲間に「バイバイ」って・・・きっと届いている気がします。

「別れは、再会を約すものです。その人に再び出会うとき、胸を張りたいですね。」

そうですね!そうですよ!!

素敵なお話、ありがとうございました!!(i∀i*)

2008/8/26(火) 午前 3:15 kilala

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ちょるすさん、おはようございます。

>別れは、再会を約すものです。

良い言葉ですね…。
人の縁は、三世に渡るもの。
過去・現在・そして未来へと。今は、離ればなれになったように見えても、
いつか、どこかで、きっと会えるはずです…。

素敵な挿話をありがとうございました。

2008/8/26(火) 午前 6:17 kuchen

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うぇ〜〜ん、朝から泣いちゃったよ〜〜。
時間がないからとりあえず一言。
ちょるすさん、ありがとう。
また、後で来ます。

2008/8/26(火) 午前 7:34 まるごん

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ちょるすさん おはようございます。
「別れは、再会を約すものです。」
そうですね。きっとまた、どこかで会える。(涙)
私も、前にすすむぞ〜!

素敵なお話、ありがとうございました。

2008/8/26(火) 午前 9:08 [ - ]

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ちょるすさん、おはようございます。

切ないけど、素敵なお話をありがとうございます。
涙が止まりません・・・

「別れは、再会を約すものです。その人に再び出会うとき、胸を張りたいですね」

胸を張って、再び出会えるようにジフニもウネちゃんにも頑張ってほしい・・
乗り越えてほしいと思います。

2008/8/26(火) 午前 9:14 fumi

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ちょるすさん こんばんは!

いつもながら素敵な文書とすてきな別れの言葉をありがとうございます。
イ・オン君もきっと素敵な人になっているでしょうね。

2008/8/26(火) 午後 8:55 [ スンレ ]

ちょるすさん、こんにちは。

「別れは、再会を約すものです。」
素敵な言葉ですね。心にしみました。

「その人に再び出会う時、胸を張りたいですね。」
私もそうなれるように頑張ろうって思いました。

素敵なお話をありがとうございました。

2008/8/26(火) 午後 11:21 [ - ]

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ちょるすさん   おはようございます。
朝から  じわっ〜とうるんできています。

ちょるすさん ありがとうございます。
心に沁みゆくようななんて素敵なお話でしょう。

2008/8/27(水) 午前 7:50 [ konpeito ]

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