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朝廷と言う言葉のとおり、古来、国のまつりごとは早朝に行われた。 これは民の生活にとって重大な意味を持つ国政を、一日のうち生気の満ちる午前中、すなわち子の刻(23時頃)から巳の刻(11時頃)の間に行う事で、まつりごとの成就と国の安泰を願う為であった。 そのため、気が死気に転じる午の刻前(12時頃)には全ての議事を終了しなければならなかった。 朝鮮王朝も初期の頃、王の御前で朝議に列する重臣たちは、いまだ日も明けぬ夜中から準備を始め、家人を急かして参内するのがならわしだった。 その精神も時代の流れと共に移り変わり、中期にはそんな習慣はすっかり廃れてしまったらしい。 それは「朝議の意味も知らぬ若造どもの専横に・・・」と、当時の文官の日記に書き残された苦言からも読み解くことが出来る。 さて、現代の韓国皇室でも、稀に王族会からの申し入れによって朝議が開かれる事がある。 重要な動議の奏上にあたり古来の風習に倣う事で、国と皇室の安泰と、めでたき繁栄とを願うもので、その決定は王族会の評議委員の中から選出された五人の長老によって行われる。 朝議の開催が提案されると、五長老は先ず皇帝に対し前夜のうちに先触れを発する。 これを皇帝が了承する事で、正式に開催が決まるのである。 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ シンが最長老キム氏の館を辞去した後、キム氏は五長老の上席者タン氏に電話で指示を与えた。 「大掃除は終わったよ・・・。」 キム氏は冗談めかして続けた。 ゴキブリどもを一掃したからにはモタモタしては居られない、かねて合意の通り、シンの皇太弟復位とその妃シン・チェギョンの国外追放の寛恕を皇帝に対し奏上する。 ついては急ぎ、朝議の先触れを発して貰いたい・・・と。 気の置けない古くからの付き合いで、言葉もくだけた調子だが、それでもタン氏は受話器の向こうから伝わる強い圧力に驚きを感じていた。 この方には時も勝てないのだろうか、私よりもなお一回り以上は年長の筈だが、老いたりとは言え決して衰えはしない・・・。 自分よりも老いぼれた人物との会話で自らの老いを実感すると言う、なんとも理不尽な結果に、タン氏は苦笑を漏らしつつ、他の四人の長老に朝議開催を知らせると共に、先触れの手配を進めた。 「女皇帝陛下、ただ今、五長老より使者が参りました。」 シンから面談の報告を受けた後、ヘミョン女皇帝はヒョン上皇から今後の進め方について忠告を受けていたが、侍従の知らせに立ち上がった。 「五長老よりの使者?と言う事は・・・お父様!」 振り返ったヘミョンにヒョン上皇は満面の笑顔で答えた。 「おそらく朝議の先触れだろう。」 ヒョンの言葉に太皇太后もミン皇太后も嬉しげに頷き、手を取り合った。 明日にでも王族会からチェギョン帰国への申し入れがあるものとは思っていたが、朝議とは・・・。 宮廷の内外で、女の皇帝を何かと軽んずる風潮が見える昨今に、古式ゆかしい朝議を求めてくると言う事は、五長老がヘミョンを正当な皇帝とみなし、威儀を正して御前に伺候すると言うあらわれである。 ヘミョンは感慨深く頷き、使者をこの場に通すよう侍従に申し付けた。 侍従の案内で通された使者は、古式どおり伏し目がちに皇帝の前に出ると、上座を直視することなくその場にひざまずいた。 「皇帝陛下には直答のお許しを得、恐悦至極に存じ上げます。」 時代がかった挨拶は、この場合の決まりごとである。 使者は五長老上席者タン氏よりの書簡を侍従に手渡し、主人からの口上を読み上げる。 その間に侍従は尚宮に、尚宮はヘミョン女皇帝に書簡を捧げた。 ヘミョンも重々しく上座に座り、受け取った書簡を一読すると、静かに応じた。 「使者殿にはご苦労、杯を取らせる。」 「はは・・・。」 皇帝が書簡を受け取り使者に杯を与える事で、了承の意を伝える。 これにて朝議は決定された。 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 翌朝六時、それぞれ韓服に身を改めた五長老は、尚宮たちに案内されて、正宮中庭に面した東廊下に顔をそろえた。 そこは廊下と言っても、長いひさしに幅10メートル長さ25メートルほどもある大広間のような板敷の間で、伝統の建築様式のままに残された儀礼用の場所である。 設けられた上座にヘミョン女皇帝が姿を現すと、一同は深く平伏した。 ヒョン上皇、シン公子はヘミョン女皇帝の御座所からやや離れ、下手にしつらえられた略式の御座に、静かに腰を下ろした。 まずは五長老上席タン氏から、女皇帝に型どおりの挨拶がある。 「陛下にはご機嫌も麗しく恐悦に存じます。」 これを受けてヘミョンも静かに応じた。 「五長老方には日頃よりの助力、ありがたく思います。」 「はは・・・。また、この度は御前にて朝議のお許しを賜り・・・。」 古式どおりの台詞を重々しく奏するタン氏の後頭部を見つめながら、シンはカメラを回せたら良かったなと、不謹慎な感慨に苦笑をもらした。 それに気付いたヒョン上皇は横目でシンを見やると、その手を膝の上で握り締めたシンの手に重ねた。 父に目を向けたシンに、ヒョンは温かな眼差しで頷いた。 シンは不謹慎な考えを抱いていた事を申し訳無く思い、神経質になっている自分を案じてくれる父に一礼を返すと、目前の歴史絵巻に意識を戻した。 初めて目にする朝議の光景だった。 聖祖陛下の御世には度々行われたと聞くが、父の代ではシンが幼い頃に三回きり。 儀礼や式次第については充分に学んでいたが、姉ヘミョンにとってもシンにとっても、実際に体験する初めての朝議である。 「先ずは陛下に、公子シン殿下の早急な皇太弟冊封を、お願い申し上げます。」 一通り一夜漬けした台詞を言い終えて安心したらしいタン氏に代わり、五人の中では比較的若いトク氏が一礼の後、先ず最初の議題を切り出した。 「ほう・・・。」 ヘミョンの言葉に促されて、トク氏の論ずる言葉にも熱が入っている。 彼らにとっても、一生に一度あるか無いかの桧舞台なのだ。 トク氏の言葉に他の四人も深く同意の態をあらわし、最終的には五長老うち揃っての奏上となる。 「公子、最後の手続きは済みましたか。」 悠長な第三者の視点で観客に徹していた所に、女皇帝から話を振られたシンは、内心の動揺を見せることなく静かに礼をとると、落ち着いた声で返答した。 「はい、陛下。」 「では、早々に吉日を占い、皇太弟宣下の儀を行う事としましょう。」 シンの内心を見透かしたような姉の瞳を一瞬見返し、シンが平伏しかけたところに、トク氏が遠慮がちに続けた。 「陛下、吉日は三日後の辰の刻が宜しかろうと・・・。」 その言葉にヘミョンは目を見開き、微笑をもらした。 「なんと手回しの良い・・・。では宣下の儀を三日後の辰の刻に行う。」 それまで即位後初の大仕事に緊張し、やや青ざめていたヘミョンの顔に微笑が浮かんだ途端、伝統の韓服に身を包んだその美しい姿が、長老たちの目に、自分たちを圧するように堂々と映った。 「はは・・・。」 一同は声をそろえて、ヘミョンに向かって平伏した。 「次に、公妃シン・チェギョン殿下のご帰国を願わしゅう、陛下に妃殿下への寛恕をお願い申し上げます。」 トク氏の見せ場が終わると、次はオ氏の出番のようである。 ここしばらくオ氏も含めて、五長老をはじめ年配の王族に様々な教えを乞うてきたが、総じてシンに対して好意的で、新しく孫が出来たように喜んで話を聞かせてくれた。 彼らは皆シンの成長をことのほか喜び、皇室の安泰を景気よく祝ってくれたし、中でもオ氏は、それもこれも偉大な祖先と、両親と良い妻に恵まれた為で、決して自分ひとりの力だと過信してはならないと諭してくれた。 自分から心を開きさえすれば、かつて牢獄のようだと忌避していた世界は、こんなにも温かかったのだとシンは感じていた。 そして、自分に心を開かせてくれたのはチェギョンなのだ。 彼女を失う事は出来ない。 シンは握った手に力を込めた。 打ち合わせどおり、ヘミョン女皇帝はやや戸惑う態をみせた。 しかし最後には、熱心に論じるオ氏や、時折シンに視線を向けながら強くオ氏に賛同する長老達の言を快く受け入れ、公妃シン・チェギョンの国外追放を解き、帰国を命じた。 これで終わったと肩の荷を下ろしかけた途端、フッ氏の声が力なくヘミョンに告げた。 「めでたきこの場に相応しからぬと思し召しと存じますが、最後に小生の五長老辞職と後任の推挙をお許しいただきたく、お願い申し上げます。」 還暦を迎えてまだ間が無いフッ氏のはずだが、細身の姿からは覇気が感じられない。 「どうした事です、一体何ゆえ?」 案じ顔のヘミョンに深く平伏すると、フッ氏はつづけた。 「病を得た為か、重責を負う気力が失せてしまいましてございます。」 「それは残念な・・・。」 顔を曇らせるヘミョンに、フッ氏は嬉しげに礼をとると後任にキョ・サンウォン氏を推挙したいと申し出た。 「キョ・サンウォン氏を・・・。」 ヘミョンが表情を隠してその名を繰り返すと、シンの隣でもヒョン上皇の言葉にならない呟きが漏れた。 シンが物問いたげな眼差しを向けるが、ヒョンは考え深い眼差しのまま小さくうなづいた。 何かあるのか・・・?このところ王族会とは親密なつもりだが・・・。 姉ヘミョンと父上皇が揃って複雑な反応を返す、キョ・サンウォン氏の名に特に悪い心当たりの無いシンだった。 「歳は若くはございますが、新たな皇室の繁栄に、必ずやお役に立つと・・・。」 静かな語調でキョ氏の人となりや経歴を披露し、熱心に推すフッ氏の言葉に他の四人も同意した為、ヘミョンは鷹揚に頷き、それを認めた。 議題が全て滞りなく決着すると、ヘミョン女皇帝は女官たちに指示し、朝食を運ばせた。 先例の通り、朝議の後には一同揃って朝食を摂るのだ。 伝統の韓食が美しく盛られた朝食はすべて、宮廷料理人の苦心の作である。 昨夜告げられた朝議の知らせに、一夜にしてこの献立を用意するのは大変な事だったろうと、ようやく肩の荷を下ろして気が楽になったシンは、古式に倣った珍しい品々を味わいながら思っていた。 これでやっと、やっとチェギョンは晴れて帰国できる。 府院君にも府夫人にもこの朗報を知らせなければ・・・。 既に今、皇室広報が正式な発表の準備を整えている筈で、シンの皇太弟冊封とチェギョンの帰国が夕刊のトップに載るのは間違いない。 その前にチェギョンの両親に知らせて、これまでの詫びを言いたいと思うシンだった。
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この回は色々と朝鮮王朝および現代韓国皇室の礼式を捏造しました。
大和朝廷の史実を少しずつ織り交ぜて、テキト〜に作った大嘘でございますので、ご了承ください。
2008/1/13(日) 午前 6:55
えーっ!キョ・サンウォン氏ってどんな方ですか〜シン君の部屋のスパイと関係があるんでしょうか?チェギョンが帰ってくるのにシン君心が休まりませんね、でも二人に関わった者は心が優しくなるから大丈夫?かな
2008/1/13(日) 午後 6:10 [ mam*cya*12 ]
ちょるすさんの”大嘘”をすっかり信じてしまいました(爆)
でも、韓服に身を包んだ王族達の恭しい姿が目に浮かぶような細かな描写すごいと思います!
それにしても、キム・サンウォン氏、気になりますね…。
2008/1/14(月) 午前 1:23
ママチャン様今晩は、コメント有難うございます。
仰るとおり、シン君は受難の相があるようで、今回も一難去ってまた一難・・・とはいえ前回(ドラマ本編)とは違い、今のシンには味方が沢山いますからね!ガメラではありませんが、強いぞ〜!!
2008/1/14(月) 午後 6:58
まるごんさん、今晩は!いつもコメント有難うございます!
ヘッポコ作者としては、まるごんさんの様に心の清らかな方に信じて頂けると、大嘘も書き甲斐があります。
「宮」の場合は、こんな宮廷絵巻を取り入れられる面白さもありますね!
2008/1/14(月) 午後 7:02
すっすご
い


の予感
歴史、文化が盛りだくさん
奥が深〜いお話に、またまたお金があったら『宮』?を作りたーい
でも、でも後半、胸がチクとするのが、涙
2012/8/7(火) 午後 6:52 [ わいわい ]