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放送部顧問の覚え書き…島の伝統校S高校顧問 〔 旧:島の分校I校顧問(2011閉校)、 旧:A高校顧問 〕 最新記事はFBにて

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昨日、2月7日(土)、子どもたちが通う小学校で学習発表会がありました。

1月末から、私たちの町でもインフルエンザウイルスが猛威をふるい、
小中学校では学級閉鎖が重なり、やむなく予定を一週間延期して行った発表会です。


平成20年度の学習発表会は、各学年の表現や音楽劇・劇・合奏などに加え、複数学年での合唱がありました。
各学年とも、子どもたちの表現するレベルが高く、先生方の指導も良かったのだろうと感じました。



そして発表会の最後に、かたちとしては学習発表会を一度閉じたかたちで、
「1.17は忘れない」追悼集会が行われました。

我が子たちの在籍期間中では、初めて学習発表会と続けたかたちでの会になります。
その経緯を私は存じませんが、あまり期待もせずに見ていた私は感動しました。
そうなのです・・・子どもたちの歌声に、年配の方々で思わず涙ぐむ方たちもいたのです。



▼ 「1.17は忘れない」追悼集会プログラム


●4・5・6年生・・・レクイエム合唱「マイバラード」

●参加者一同・・・黙祷

●職員・・・合唱「しあわせ運べるように」

●参加者一同・・・合唱「ふるさと」

●「ふるさと」に感激なされた校長先生の願いで、急遽「校歌」も歌いました。


何度か記事に書いたように、私のふるさとはこの淡路島ではありません。
http://blogs.yahoo.co.jp/iahs_h16/57461036.html
私は震災直後の3月末に、仕事の関係でこの島を訪れました。
当時まだ震災の名残が大きくありましたし、
この小学校近くに妻の実家がありますが、そのあたりはひどいありさまだったそうで、
妻自身も被災しています。
淡路島の中北部にて、このS小学校周辺は被災地だったのです。

今では、震災後の都市計画で町並みは整理されました。
小学校体育館は耐震化工事が済んでいます。
しかしこの地に住む人々の心には、あの日への思い、そしてあの日からの覚悟や決意が残っているはずです。




私が島に住んで14年、小学生である我が子たちはもちろん震災後に生まれた世代です。
追悼集会では、まず震災後に生まれた子どもたちの明るく力強い歌声が響きました。

黙祷を捧げ、続いて、先生方の歌声が届きました。
とても美しく、力強い歌声に、私は感動しました。

※ ここでは「しあわせ運べるように」の歌詞「神戸」の部分を「淡路」と変えて歌われていました。

***************************

「しあわせ運べるように」 

地震にも 負けない 強い心をもって
亡くなった方々のぶんも 
毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた神戸を 元の姿にもどそう
支え合う心と 明日への 希望を胸に

響きわたれ ぼくたちの歌 
生まれ変わる 神戸のまちに
届けたい わたしたちの歌 
しあわせ 運べるように

地震にも 負けない 強い絆をつくり
亡くなった方々のぶんも 
毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた神戸を 元の姿にもどそう
やさしい春の光のような 未来を夢み

響きわたれ ぼくたちの歌 
生まれ変わる 神戸のまちに
届けたい わたしたちの歌 
しあわせ 運べるように

響きわたれ ぼくたちの歌 
生まれ変わる 神戸のまちに
届けたい わたしたちの歌 
しあわせ 運べるように

***************************

<参考:神小研音楽部 こうべの歌>
http://www.kobe-c.ed.jp/research/on-es/kobenouta/shiawase.html
<参考:不明>
http://www013.upp.so-net.ne.jp/chorus_at_home/songs/shiawase/shiawase.htm



指揮を行う6年生担任の先生が、子ども達を代表しての言葉

「私たちは、14年前のこの震災で、悲しんだ人たちの同じ心にはなれません。
 しかし、私たちは、そんな辛い思いをした人たちの気持ちを、想像する事はできます。
 私たちは、これからもいろんな思いを胸に、強く、未来を、生きてゆきます。」


まず、子どもたちだけで歌う「ふるさと」・・・・

###########################

兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷(ふるさと)

如何(いか)に在(い)ます 父母(ちちはは)
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出(い)ずる 故郷

志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷

###########################

続いて、会場の皆さんが立ち上がって、「ふるさと」を歌ったのです。
今後、島内人口が減るだろうという過疎化への不安がある中で、
震災で被災した町や人を思い、そのふるさとを思う、老若男女が歌った「ふるさと」はまた素敵でした。


歌っている中に我が子がいるという事実に、より感動を覚えました。
子どもは、この様子を大人になっても、少しは覚えているだろうか?
この島を巣立っていった子どもたちが、いつかこの町を懐かしく思うとき、
この光景を覚えていて欲しいと願います。


我が子たちの小学校、妻の母校である小学校、
こんなよき思いが詰まった学校に通うことができる我が子を、何より感謝しました。


※ 同じ教職につく者として、このような機会を企画し、実現された先生方にも感謝しております。
  昨年の大雨の運動会片付けの時にも感じましたが、きっとよき思いでまとまる先生方なのでしょう。
  ありがたいことです。

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私は旧南淡町で被災しました
長女は小学校一年生でした
【しあわせはこべるように。。。】
のちに神戸に転校してきて私も聞きました
今 この歌を耳にすると
やはり当時の光景が目に浮かびます
特に私の場合は震災直後は主人は健在だったので
思い出しますね
辛い経験だったけど いつまでも後世に語り次ぐ義務がありますね

2009/2/9(月) 午前 4:03 極楽ぷりん 返信する

風化というのは時代が進めば避けることができないことですが、
次の世代が、その町と人を大切にしてくれることで何とかなるんじゃないか、
と教えられたような気がしたこの小学校の会でした。

14年間淡路に居て、何度も仕事では公園までは行きながら、
数年前、家族で初めて北淡震災記念公園の建物に入りました。
が、観光気分ではしゃぐ大人たちの集団が居て、
とても嫌な気分になったことを覚えています。
その時に語り継ぐということの難しさを感じました。
多くの人たちに伝えることをウリにした施設ですから仕方のないことでしょうが、
まず分かりあえる地域の範囲で共感し合うことが大切なんだと感じています。

「しあわせ運べるように」・・・歌の力も大切ですね。

2009/2/9(月) 午前 4:22 iah**h16 返信する

平成7年1月17日。
この日朝食をとりながらニュースを見て地震を知り、その後ニュースを見るたびに被害規模が大きくなっていくのに唖然としたことを覚えています。
私には図りえないでしょうが、現地で被災された方、特にお身内を亡くされた方の心の傷はいくばくかと…。
建物、道路は元に戻っても、心に残る傷は癒えないでしょうから。

2009/2/9(月) 午前 6:29 素浪人 返信する

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お気に入り登録ありがとうございます
平成7年1月17日私は姫路なのですが朝起きたとたんにゆれを感じました。
こんなにおおきな地震になるとは思いませんでした
当時主人は神戸の方につとめていました
電話関係の仕事なので帰って来れない日が続きました
1ヵ月後くらいに神戸の町を訪ねました
ひどい状態でした
あの光景は忘れられません
野島断層も何回か訪れました(*^。^*)

2009/2/9(月) 午後 8:50 yok*ot*an*0 返信する

こんばんは。
お気に入りに登録していただきありがとうございます。
この未明に起きた大震災のことは私も今も鮮明に記憶しています。
・・・とはいっても、私は東京で、小さく長い揺れを感じ、
テレビのニュースで知った次第なのですが。
震災後、復興も進んだこととおもいますが
実際に震災に遭い、心に受けた傷というものは
ずっと消える事がないのでしょう。
その痛みをこうして語り継いでゆくことが大切に思います。

2009/2/9(月) 午後 9:19 * りー * 返信する

素浪人さま、コメント感謝です。
そうですね、この追悼集会で、子ども達の歌声を聞きながら、
涙していたお年よりの方はきっと辛い思いをされた方だと思います。
その様子を見て、私もグッときました。

2009/2/9(月) 午後 9:43 iah**h16 返信する

yoshikoさま、コメント感謝です。
そうですね、最初はニュースも状況が掴めずに報道は小さいものでした。
時間が経つにつれ、深刻さが広がりましたね。
あの時、阪神地区にも、各地から復旧工事に入っていただきました。
いろんなナンバーの工事車両が走り回っていたことを覚えています。
神戸も、淡路も、皆様に助けていただきました。
そういったことも語り継ごうと思います。

2009/2/9(月) 午後 9:49 iah**h16 返信する

りーさま、コメント感謝です。
そうですか、東京でも揺れたのですね。
私は実家の阪神地区で大きな揺れを感じましたが、
その私が何ヵ月後には淡路で生活し、
そこで家庭をもつとは想像だにしていませんでした。
我が子たちに、この町で起きたことを皆で伝え、
そしてこの町と人を大切にする子どもに育って欲しいと願っています。

2009/2/9(月) 午後 9:54 iah**h16 返信する

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追悼集会は、素晴らしいものだったのですね。
感動いたしました。
やはり、語り継いでいきたい。行かねばならないんだと、
思いました。
この小学校の生徒さんたちは、震災を知らない子供達ですが、
きっと、心優しい思いやりのある人になっていかれるでしょうね。
すばらしいです。

ポチ☆彡 転載がついていませんが、転載させてくださいね。

2009/2/9(月) 午後 10:54 ゆうママ 返信する

ゆうママさんへ、ありがとうございます。
もともと感激屋の私ですので、恥ずかしい限りですが、
私の感じたことをそのまま記事にしました。
歌っている中に我が子がいるという事実に、より感動を覚えたのですが、
そのときの歌う表情をしっかりと心に焼き付けておきたいと思います。
転載感謝です。

2009/2/10(火) 午前 7:12 iah**h16 返信する

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当事まだ生まれていなかった小学生たちも一丸となっての素晴らしい企画ですね。被災・復興にあたられた方々にとっては感無量だったことでしょう。

2009/2/12(木) 午前 11:51 きぃろこ 返信する

き−ろこっさまへ、コメント感謝です。
本当に素晴らしい企画を小学校の先生方がしてくださったと思っております。
すぐ傍で涙を拭いておられた方々も、きっと同じ思いだったと思います。

2009/2/13(金) 午前 1:04 iah**h16 返信する

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