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全てを失くした街に立った。

1年たった閖上の地が目前に広がった時、全身に寒気のような恐怖感が漂ったのが事実でした。

恐い、と思った。1年たって更地に近付いてはいるものの、そこで暮らしていた人達の映像が脳裏に浮かぶ。

たとえば僕がこの旅行の前日、仕事をして、誰かと出会い、笑いあい「明日は楽しみだ」という一コマがあったとする。限りなく日常であって、そこに突然、死を意識させるようなことなど絶対にありえないことだ。

だが、あの日、この地にはそれがあった。

日常の一コマをばっさりと断ち切られてしまった。

今の自分達と同じように。

普通に生きていただけなのに。


口では、がんばれ東北と言っている自分が嫌だった。いや、それは心から言っていることなのだけれども、テレビで流れたあの状況はいつも他国でおきる災害と同じような感覚でしか見れなくて、なんだよオレ、上っ面だけじゃねーかよって、なんにも気にせず楽しんでるじゃねーか毎日って、そのギャップを埋めたくて埋めたくて埋めたくてしかたなかった。

遮るものが何もなく、海風は直接、強く強く、身体を刺した。

閖上、荒浜、蒲生。何もないって、まっさらな更地になんかなってはいない。

家の基礎の部分が一戸づつ残っている。そこに存在していたことの証明のように。

南三陸は仙台から90キロぐらい離れた所にあった。

写真は連日報道されていた、最後までアナウンスをし続けてお亡くなりになった遠藤さんがいた南三陸役場。

僕もこの場所に来たかった、来てよかった、この役場にはたくさんの花が供えられていた。だけど、ぐるり一周見回すとやはりここにも家があった形跡がたくさんあった。遠藤さんの話を美談にしてはいけない。テレビはいつも誰かを泣かそうとしてる。みんな必死に生きようとして守ろうとして海に飲み込まれてしまったんじゃないかよ、平等じゃない、僕はこの震災で亡くなってしまった全ての人達を、同じように祈る。安らかにお眠りください。


いっぱい、泣きました。


生かされた人々は、ここから何かを学びとらなければいけない。

亡くなってしまった人達を悲しむだけでは、それはそれで失礼ではないのだろうか。

お前考えすぎだよ、もっと気楽にという方々もいらっしゃるでしょうけど、僕はもう少し上を目指したい。黙っててほしいというか、ま、どっちみち聞いちゃいないのだけれども。

いつ死ぬかわからない、そう強く感じた。僕は何の使命をもって生まれてきたのだろう。そう強く感じた。

全てを失くした時、一体僕には何が残るのだろうか。


もっともっと人に優しくなりたい。

誰かに必要とされる人になりたい。

希望と願望をしっかりと握りしめて、

これから先訪れるであろう困難に立ち向かって行く。


最初から「無理だ」「やめておけ」「才能がないんだから」

なんて言う人を信じてはいけない。

自分の物語の主人公は自分である。

未来は僕らの手の中。

全てを失くした街に立った。

でもそこには、

立ち上がった人達の、

あふれんばかりの笑顔があることを僕は知った。


東北は、死んでませんよ。


また、行くね。



明日からはいつも通りに、小坂井パンクスが疾走いたします。

薔薇の花とか、くわえながら☆

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