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もうひとつの「坂の上の雲」日露戦争外伝(2)
[明治十八年]杉山茂丸「伊藤公暗殺を謀る」
徒手空拳の青年が自分の首ひとつを担保に、九州から上京していた。
若き杉山茂丸である。この時22歳。
その上京の目的は時の宰相、伊藤博文の暗殺であり、
藩閥政治打倒こそが彼の青雲の志であった。
杉山にとって伊藤は薩長藩閥政治の首魁であり元凶、張本人であると確信していた。
かねてから面識のあった山岡鉄舟からの紹介状を持って、
単身伊藤の邸宅を訪ねた杉山は身に一寸の寸鉄も帯びてはいなかったが、
その羽織の下は襷がけにしてあり、素手でも決行するという気迫意欲満々であった。
杉山が狂信的な危険人物であることは山岡の紹介状に書き添えられていた。
ただし、山岡は
「他日国家の御用にも相立存候間一応御引見能く後説論御教訓を賜はり度切望致し候」云々と
記してあった。
それを一読した伊藤は杉山を自室に招き入れるのである。
テロリストとわかっていて紹介する山岡も山岡ではあるが、
それを知って面会の応じる伊藤も伊藤である。
そんな魅力が当時二十二歳の杉山に宿っていたのか、
はたまた、それが明治という時代と人間の奥深いところなどだろうか。
はたして、伊藤はこの杉山茂丸なる危険人物に会った。
しかも、単独で。
殺気だった杉山の目の前に現れたのは貧相な田舎親父だった。
伊藤はまず、接見前の警護の巡査による身体検査の無礼を詫びた。
これですっかり出鼻をくじかれた杉山だったが、
気を取り直し政府の非を罪状九箇条にまとめて糾弾した。
それに対して、伊藤はひとつひとつを証拠を提示して答えた。
そのうえで、
「 君に殺されて君の心配が解決され告示の汚点が一掃されるのなら結構だが、
それは不可能であり、君の忠誠心以外の感情で殺されるのは真っ平ご免だ。
君も国家を思うのならばお互いに命を大切に国家のために働こうじゃないか 」と言う。
杉山は伊藤暗殺を断念してしまう。
この日は晩飯まで御馳走になって、午後九時過ぎに家路に就く杉山は、
その帰りの道すがら世間の風説と実際の人物像のギャップに戸惑っていた。
この日を起点にして、杉山茂丸の指針は大きく拡大変換する。
「一人一党」。
これが杉山の生涯の指針だ。
これより杉山は後藤像二郎のルートから政府要人のコネクションを構築していく。
その子息、夢野久作の言葉を借りれば
「その左右のポケットに政界と財界の実力者を常に四、五人忍ばされていた」
策士であり、魔人であり、政財界の人形使いであったという。
[山岡鉄舟]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B2%A1%E9%89%84%E8%88%9F
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2015/1/17(土) 午後 3:33 [ man*a*u02*3 ]