宮城谷昌光大全

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宮城谷昌光は現在、日本を代表する時代・歴史小説家の一人です。最近では日本の歴史小説も書いていますが、古代中国を題材にした作品が多く、その「漢字」に対する思いは読者を圧倒し、独特の世界へ誘います。ぜひ、宮城谷の作品を知って歴史の扉を開きましょう。
<店長>より
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奇貨居くべし 黄河篇

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奇貨居くべし 黄河篇(中央公論社)

呂不韋は孟嘗君ゆかりの街、慈光苑が斉と魏の軍に襲われることを予想し助けを求めようとしますが、

その相手は意外なものでした。

それはかつて、和氏の壁を奪おうとした秦の宰相・魏ぜんの側近である蛇方(たほう)であった。

秦の魏ぜんは国力増強を強く願っており、優れた農業集団であった慈光苑の人々を保護してもらうには

うってつけといえる相手であった。

しかし、そんな相手に助けを求めることについて呂不韋はこう言った。

『知人どころか敵であった。が、人は戦ってみて敵の器量がわかり、憎悪を超えた信頼を自得することができる。戦わない人には、人の尊卑や良否などは死ぬまでわからない』

こうして呂不韋は戦乱を越えて秦に向かい、新たな人々と出会うことになる。旅は続くのだ。


呂不韋の言葉は、現代には少し不向きなこともあるが、こうもとれるのではないでしょうか?

同業者でライバル関係の会社だと相手の力器量がよくわかることがありますよね。

切磋琢磨することで相手の力を理解し、尊敬することは会社の中でもあることです。

いい関係だけではいい仕事は出来ないですから、心に留めておきたいものです。

<店長>

奇貨居くべし 火雲篇

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奇貨居くべし 火雲篇(中央公論社)

呂不韋は旅の途中、趙に侵攻してきた秦軍に捕らえられますが、ここでも運命的な出会いをします。

奴隷として囚われた呂不韋の前に現れたのは、戦国末期の思想界の巨人「荀子」でした。

今にでも脱走しようとする呂不韋を諭し、太公望が麒麟なら呂不韋は駑馬だといいながらもこう言います

『だが、麒麟は一躍して十歩なることあたわず、駑馬は十駕すればすなわちこれにおよぶべし』

いかなる名馬でもひととびで十歩は進めない。それゆえ名馬がひとはしりで到着したところへ、駑馬であっても十回はしれば到着することができる。

これを聞いた呂不韋はその場で教えを受けることを申し出るのです。

弛まぬ努力が人を育てるのだとも言えるでしょう。

これが出来る呂不韋にも才があるということですね。

同時に自分にも何か出来るのではないかと思える、励ましの言葉にも聞こえます。

その後、呂不韋は秦軍と楚軍の争いの中脱走し、人相見の聖人「唐挙」と出会い、さらに孟嘗君の食客と

して招かれます。

しかし、1年が過ぎた後、異変が起こります。孟嘗君逝去。呂不韋はまた戦乱に巻き込まれるのです。





一身をなげうって和氏の璧を守りぬいた呂不韋。それを世間は知らない。

それゆえに、天は彼を憐れみました。

天は呂不韋の一命を救ったのです。
ということは同時に彼に大きな事業をさせようとしていることでもある。



「 ——それなら天は、呂不韋に、さらなる苦難を強いるにちがいない。

  偉人とは苦難のかたまりのようだ。

  偉人になりたいと望むことは、
  天に、死ぬほどの苦難をくださいとねだることだ。

  苦難のない人などこの世にいないが、その苦難の量と質によって、

  庶民は庶民でしかなく、賤臣は賤臣でしかないといえる。

  藺相如は趙王の陪臣にすぎないが、
  多数の一生ぶんの苦難をわずかなあいだに背負い、克服したことで、
  復命後に昇進することは確実であろう。
  一見、うらやましい人事ではある、が、当事者としてその昇進は、
  あらたに量と質のちがう苦難に直面させられることにほかならない。

  天によって選ばれた人とは、
  おそらくのがれようのない運命にはめこまれた人のことだ。 」





この文章はそういった天に翻弄されるような人生を送る偉人ならば、

「人は晩成するほうがよい」と結んでいます。
天に束縛された青春など、花のない苑池のようなものだ。と

溜め息がでますね。

これが天の法則なのでしょうか。

それでも私たちは「偉人」を望むのか。それとも平穏無事な庶民を願うのか。

私はある苦難を背負い込んでいる人を知っています。
同時にその人の夢と志も知っている。

できれば、もうこれ以上、天に試されることなく、
その夢と志を達成してほしいと願う。
それが願うだけではあまりにも無力というならば、
寄り添って生きてみたいとも思う。
なにがしかの力になりたいと思います。

天から与えられた自分の仕事を知ることを「立命」というそうです。

現実主義や個人主義のはびこる現代社会で、こんな話はお伽話に聞こえるでしょうか?

けれども私たちは何かを求めてやまない。

いったいそれはなんだろうか?





『奇貨居くべし』 春風篇(11)完
菊池寛太郎

徳とはなにか・・・





「 ——人に仕えることは、人に縛られることだ。

  世の中が広いことを痛感したにせよ、

  世の中の広さをみきわめたわけではない。

  自分がどういう人間で、何をしたいのか、何ができるのか。

  呂不韋はそれらのことをたしかめたいわけではない。

  自分をふくめた諸事を観照するには呂不韋は若すぎる。

  いまは意志をはぐくみ、身心の力をやしない、

  困難にぶつかってゆかねばなるまい。


  ——そうか。困難を求めてゆけばよい。

  困難を避けると、いつまでたっても自分というものがわからない。

  そのあいまいさと同居している自分が、

  的確な判断をくだせるわけがない。

  困難と格闘すれば、その困難に勝とうが負けようが、

  身心の力をせいいっぱいふるったことで、

  目的や対象の距離があきらかになり、自分の能力の限界を描きだせる。

  知恵とはそのつぎに生ずるもので、つまり知恵のある人とは、

  無限の能力を誇る人のことではなく、

  有限の能力をみきわめた人のことではないか。


  ——では、徳とは何であるか。


  どんなに知恵が衍(ゆた)かでも

  徳をそなえていなければ怠業ははたせない。 」





御無沙汰していました。

ずっと、この「徳」とはなにかを考えていました。

ようやく、自分なりに答えを導きだしました。

それは、愛ですね。




『奇貨居くべし』 春風篇(10)
菊池寛太郎





「 なさけ深い父がいて親孝行の子がいる、

  あるいは、名君がいて忠臣がいる、

  そういう家族や君臣のありかたはたしかに理想であり、

  儒家はその理想を説く。

  だが、現実には、

  なさけ深い父であれば、世間がたたえるような親孝行を、

  子に要求しないであろう。

  その子は親にいたわれるほうが多いであろう。

  名臣もまたしかれいである。

  名君であれな、臣下がいのちを棄てて忠をつくしょうな危機を、

  出現させるはずかがない。

  それだけのことを教えられただけで、呂不韋は、

  いままで漠然とした視野にあった世間とそこで生きる人のありかたが、

  くっきりとみえるようになった。 」





ぼんやり、読むすすんでいると、ついついうっかり納得してしまいそうでした。

道家、老荘の教えは、恐い。

個人的には鬼門です。たぶんもっと深いのだとは思うのですが、どうも。

納得しますよね、この逸話。
しかしそれは理屈であって実際はそういうことばかりでもない。
ここに老荘の怖さがあります。
極論と極論の対立、儒教と道家。

呂不韋は儒教一辺倒の中華の世界に道家を保護したとされます。
その影響を多大に受けたと。

それは、
「 いままで漠然とした視野にあった世間と
  そこで生きる人のありかたが、
  くっきりとみえるようになった。 」

ということですね。対比によって立体にまったということでしょうか。


なんでもかんでもありがたがったり、
物分かりが良すぎるのも考え物です。

最近はそれか、でなければ拒絶か、のどちらか。

これがまた危ない。





『奇貨居くべし』 春風篇(9)
菊池寛太郎

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