|
その相手は意外なものでした。 それはかつて、和氏の壁を奪おうとした秦の宰相・魏ぜんの側近である蛇方(たほう)であった。 秦の魏ぜんは国力増強を強く願っており、優れた農業集団であった慈光苑の人々を保護してもらうには うってつけといえる相手であった。 しかし、そんな相手に助けを求めることについて呂不韋はこう言った。
こうして呂不韋は戦乱を越えて秦に向かい、新たな人々と出会うことになる。旅は続くのだ。 呂不韋の言葉は、現代には少し不向きなこともあるが、こうもとれるのではないでしょうか? 同業者でライバル関係の会社だと相手の力器量がよくわかることがありますよね。 切磋琢磨することで相手の力を理解し、尊敬することは会社の中でもあることです。 いい関係だけではいい仕事は出来ないですから、心に留めておきたいものです。 <店長>
|
宮城谷昌光大全
[ リスト | 詳細 ]
<店長>より
|
奴隷として囚われた呂不韋の前に現れたのは、戦国末期の思想界の巨人「荀子」でした。 今にでも脱走しようとする呂不韋を諭し、太公望が麒麟なら呂不韋は駑馬だといいながらもこう言います
これを聞いた呂不韋はその場で教えを受けることを申し出るのです。 弛まぬ努力が人を育てるのだとも言えるでしょう。 これが出来る呂不韋にも才があるということですね。 同時に自分にも何か出来るのではないかと思える、励ましの言葉にも聞こえます。 その後、呂不韋は秦軍と楚軍の争いの中脱走し、人相見の聖人「唐挙」と出会い、さらに孟嘗君の食客と して招かれます。 しかし、1年が過ぎた後、異変が起こります。孟嘗君逝去。呂不韋はまた戦乱に巻き込まれるのです。
|
|
|
|
|
|
|




