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といってもこの作品が発表されたのは2007年11月、2008年の本屋大賞も受賞しています。 帯には伊坂的娯楽小説突抜頂点と銘打ってあり、エンターテイメントの王道という感じ。 いつもの舞台である仙台で首相暗殺事件が起こるところから事件は始まります。 最初の視点は事件をテレビで見たいた視聴者、次に事件後20年たった事件記者の考察がある。 これを読む限り、主人公が幸福な最後を遂げていないことが推測される。 もしかすると、伊坂ファンの読者の一部は戸惑いを覚えるのではないだろうか? 伊坂作品は比較的ハッピーエンドが多く、爽やかな印象があるからだ。(もちろん例外もある) しかし、読み終えるとここからが伊坂ワールドが展開されるにふさわしい舞台だったと思えるから不思議だ。 主人公「青柳雅春」は、巨大な陰謀に巻き込まれて首相暗殺犯にしたてあげられるが、地の利を生かして必死の 逃亡を企てる。ここはケネディー暗殺のオズワルドとは違うところだ。 そして、何度も絶体絶命の危機に陥るものの、友人・知人や偶然にも助けられ、逃亡を続けるのだ。 私は彼が簡単に諦めないことに強い印象を持った。それは、事件発生直後に友人の森田が車両爆破で無念の死を 遂げたことにも起因しているのかもしれない。主人公は逃亡中に森田の言葉を何度も思い返すからだ。 ラストは読者のお楽しみであるので語らないが、とてもいい娯楽小説だとこの作品は言えると思う。 逃亡者の視点で見るドキドキする感じや、お互いの信頼・愛情を思い出させるストーリ展開は見事だ。 おそらく映画化されても立派に見ごたえのある作品になるのではないだろうか? 次の伊坂作品が待ち遠しい <店長より>
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伊坂幸太郎の世界
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もちろん、作品に対する読者の熱いコメントも期待してますよ。
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初めて読んだ「陽気なギャングが地球を回す」では リズミカルでユーモアのある文体にエンターテイメント性を強く感じましたが、 次に読んだ著者のデビュー作「オーデュボンの祈り」からは、 そのプロットと意外性に驚かされ続けました。 しかし、通常のミステリと違っていたのは、種明かしが分かっても驚きと同時に なぜかホッとするような安心感があったことです。 これは作品に共通すると思いますが、綿密な仕掛けには謎自体に癒しがあり、 だからこそ伊坂作品には独特の雰囲気が漂っているのだと、私は勝手に解釈しています。 それが読者の予想どうりであっても『こうなって欲しい』という読者の思いを満足させる部分があると思うのです。 もちろん、そうではない展開もありますが悲しみだけを残したりはしていないはずです。 また、どの世代にも共感できるような青春時代の思い出などの中に、 挫折を乗り越えて未来を攫もうとする登場人物の姿があり、それに読者自身を投影してしまいます。 自分が物語の中に居ると考えれば、 いつも以上に感情移入して読み、日常に近くて起こり得そうもないストーリーは、 私を初めとする読者を伊坂ワールドにトリップさせてくれますから、 伊坂作品がたくさんの人から支持されるのも頷けます。 著者と年代が近い私は、もしかすると余計にその感覚を強く受けているかもしれませんね。 更に、何度も言われることですが作品をリンクするように登場する人物達。 魅力的なキャラは脇役でも十分に味を出して読者を楽しませてくれますよね? (このあたりはファンサイト『無重力ピエロ』でよく分かります) そして、作者在住の仙台を中心とした作品群も異色でしょう。 私としては仙台に何度も訪れていて好きな街の一つですから親近感を懐いてしまうところです。 物語を書く上でのスタンスも物事を善と悪に分けず、 ファシストと超能力者という対決「魔王」でさえ ニュートラルな立場で書いていた伊坂氏には池波正太郎の「鬼平」「剣客」シリーズを読んだ気持ちまで 私に思い起こさせてくれました。 勝手な言い分を長々と書いてしまいましたが最後に一言。 常に『今まで読んだことがない小説を書きたい』という伊坂幸太郎の作品はこれからも私の「宝物」です。 <店長>より
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伊坂幸太郎の小説との出逢いは、「重力ピエロ」でした。 |
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伊坂幸太郎の『オーデュボンの祈り』によせて |
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伊坂幸太郎の『砂漠』によせて(菊池寛太郎) |



