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それは、私たちがあなたの御前で、多くのそむきの罪を犯し、
私たちの罪が、私たちに不利な証言をするからです。
私たちのそむきの罪は、私たちとともにあり、
私たちは自分の咎を知っている。
私たちは、そむいて、主を否み、私たちの神に従うことをやめ、
しいたげと反逆を語り、心に偽りのことばを抱いて、つぶやいている。
こうして公正は退けられ、正義は遠く離れて立っている。
真理は広場でつまずき、正直は中にはいることもできない。
そこでは真理は失われ、悪から離れる者も、そのとりこになる。
主はこれを見て、公正のないのに心を痛められた。
主は人のいないのを見、とりなす者のいないのに驚かれた。
そこで、ご自分の御腕で救いをもたらし、ご自分の義を、
ご自分のささえとされた。
主は義をよろいのように着、
救いのかぶとを頭にかぶり、
復讐の衣を身にまとい、
ねたみを外套として身におおわれた。
主は彼らのしうちに応じて報い、その仇には憤りを報い、
その敵には報復をし、島々にも報復をする。
そうして、西のほうでは、主の御名が、
日の上るほうでは、主の栄光が恐れられる。
主は激しい流れのように来られ、その中で主の息が吹きまくっている。
「しかし、シオンには贖い主として来る。ヤコブの中の
そむきの罪を悔い改める者のところに来る。」
イザヤ 59:12〜20
ー主の御告げ。ー
「これは、彼らと結ぶわたしの契約である。」
と主は仰せられる。
「あなたの上にあるわたしの霊、
わたしがあなたの口に置いたわたしのことばは、
あなたの口からも、あなたの子孫の口からも、
すえのすえの口からも、
今よりとこしえに離れない。」と主は仰せられる。
イザヤ59:21
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