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元旦だけが祝日で、なだれ込むように始まった2015年も、
毎日が慌ただしく過ぎて行きます。
1月11日は「鏡開き」でしたので、鏡餅…といってもパック入りですが、
片付けることにしました。
プラスチック容器に、充填するようにつめられた鏡餅です。
容器から出すのに、手間取りました。
そして鏡開きといえば、お汁粉だな…と思い、
日本食材店へゆで小豆を探し行きました。
ゆで小豆の缶詰一つとっても、海外では高いです。
何軒か見て回り、一番安い店で買いました。
コンビニで80000ドン、大きい食材店で85000ドン、小さい食材店で75000ドンでした。
1万ドンの差は、日本円にすれば50円ですが、
言うまでもなく安いほうがいいです。
そしてでき上がったのは、お汁粉ではなく、ぜんざいでした。
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日本のおきて
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3年半のインドネシア住まいを終えて、日本ではたして生活できるの?と思うリハビリ生活
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横浜北部にあるアートフォーラムあざみ野で10月21日(日)に開催された「アートフォーラムフェスティバル2012」のなかで、「想いをつなぐ―報道現場からの3.11 そして明日へ」という講演会があった。
去年、今年と2度の岩手県宮古市での震災ボランティア活動のあと、岩手にはちょっと思い入れがある。講師は宮城県出身で宮古の災害FMボランティアをなさった柴原紅さんというフリー・キャスターの女性と、矢野洋平さんという横浜出身のNHK盛岡放送局ディレクターのお二人だった。
「私にも何かできないだろうか」と思いボランティアで現地に入っても、「これで役に立っているだろうか」とか「被災者の方に逆に励まされて元気になった」とかと、みんな少なからず思うもののようだ。
仮設住宅もそうだが、2年という期限はあと半年ほどでやってくる。緊急対策のコミュニティFMも、なんとか継続できないだろうかという声が出始めているそうだ。
この日、宮古市に近い山田町では、去年できなかった「海よ光れ」という明治の大津波の全校劇が上演されたとか。でも、津波のシーンは今年はなし、ということになっていたようだ。
また、川を津波が遡上して、全く海も見えない区域でも、津波の被害が出ていることは、現地にいくと見て取れる。
鵜住居(うのすまい)もそういう場所で、避難場所に指定されている神社やお寺の高台に逃げずに、「防災センター」という名称がついた第2避難所に非難したために、多くの方が押し寄せた水に飲みこまれてしまったということだ。避難したと思われる被災者は251人、助かったのは33名だったというお話だった。
最後にライブをする岩手の「アンダーパス」というユニットが、地元の応援ソングを1曲だけ、サービスで披露してくれた。
そのほかにも山田町の名産品販売やカフェもあり、私の想いも再び岩手へ向けられた。
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東日本大震災から1年数か月たち、宮古の町は活気づいてきました。
4月から6月まで、JRの岩手キャンペーンもあり、
吉永小百合さんのポスターが全国のJR駅にも貼られていました。
復興には観光も大事な資源です。
前回(昨年9月)はワークの合間に浄土ヶ浜に行ったり、サッパ船に乗ったりしましたが、
今回も観光船に乗ったり、海岸線を北に、南に、走りました。
サッパ船と同じように、観光船にはウミネコが着いてきます。
鵜の巣断崖からのリアス式海岸の眺め。
龍泉洞という鍾乳洞の地底湖。水中からライティングしていて幻想的。
秋はサンマ、遡上するサケの季節ですが、
初夏に旬を迎えるのは、ウニ、貝類です。
宮古の北側、久慈には日本最北端の海女がいます。
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