ICAN(www.ican.or.jp) まにらブログ

人々の「ために」ではなく、人々と「ともに」。 人々と「ともに」悩み、「ともに」成長していく開発NGO、アイキャンのまにら事務所

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さだ@なごや

僕が大学生でバックパックを持って旅行に出かけていた頃、他の国、民族、そして文化に触れとても衝撃が大きかったことを覚えています。しかし、海外生活が長期に渡るようになり、あるときその衝撃が他国に行ったときではなく、実は自分の国に帰ってきたときの衝撃が大きいようになっていたことに気が付きました。

現在、名古屋に出張に来ていて目に付くのはやはり万博関連の巨大建物です。テレビ塔の隣には、なんちゃら21(写真1)という巨大なイベント施設が建っており、名古屋の駅には「世界一大きい駅ビル」がある。そして、その駅前には某超一流企業の本社ビル(写真3)が建設されています。

イメージ 1 イメージ 2

建設が終わると、その企業のエリートの方々が、スーツ姿でここを颯爽(さっそう)と歩いている姿が思い浮かびます。しかし、元警備員の僕はそのビルの工事現場の「警備員の方々」が気になってしまいます。(笑)というわけで、その警備員さんたちをさっそく盗撮(笑)。

イメージ 3 イメージ 4

一般的に工事現場の警備員で一日働いても6000円台後半から8000円程度。ひどいところは保険も何もありません。事故になったら責任を取らされ、個人で弁償させられたりします。実際、僕の周りには保険も年金もない方が結構いました。僕が工事現場で働いていたときは「この埃だらけの場所に来る日も来る日も立っていて、自分はこのビルに颯爽とかっこよく入って行く日は永遠に来ないんだろうなぁ」と、思いました。

この気持ちは、「第三世界」(この言葉の使い方も微妙ですが。)と呼ばれる国で、働いている人の気持ちと似ているのかもしれません。(一概にも言えませんが。)日本へ、アメリカへ輸出する製品を朝から晩まで低賃金で働いても、その製品を自分はいくらがんばっても手に入れることができません。外国人が泊まるホテルで一生懸命働いていても、自分はその豪華なホテルに泊まることができません。そのような現実を前にして、低賃金でも働かなければ生きていけない生活があります。

一生懸命働いて、社会全体の景気がよくなり、パイが大きくなればその賃金も上昇して、あなたも豪華な生活を送れるようになるんだよと言う人もいるけれど、(トリックルダウン理論)実際にそんな環境で毎日生活していると、とても疑わしくなってしまいます。

そしてそのようなビルを建てるのに一生懸命低賃金で働いてきた人たちの中には、実では今名古屋でもあふれる路上生活者となってしまった人も多くいます。(また詳しく書きます。)

イメージ 5  名古屋城となりの、名城公園内

「万博」という名で、「経済活性」と言う名で、豪華な建物を建てる公共工事の嵐をフィリピンから来た第三者として見て、誰の経済を活性化しているのか、この名古屋の路上に生活している多くの人の経済を活性化しているのか、それともそのしたたり落ちる果実にアクセスできる一部の人の経済なのか。ふと疑問に思ってしまいました。(市や万博自体を非難しているわけでは決してありません。これは世界中の多くのものが信じる「開発」というものに対しての疑念です。)

建て終わった豪華な建物を目にして、「わぁ、きれい」と思うだけではなく、そこにどのような人がどのような気持ちで建設に関わっていたのかを想像することが大切だと思います。そしてそれは、某有名企業のサッカーボールを見て、どのような人たちによって、どのような環境で、どのように作られていたのかと想像することと同じことです。

世界中の人は私達がサッカーボールをみて、抱いている感情と同じものを持っているわけではありません。それが、もしバングラディシュの子供達によって低賃金・過剰労働の上に作られていたとするならば、その子供達は一生その時抱いた気持ちを忘れないでしょう。そしてそれは僕が工事現場で雪の中12時間立っていたときに覚えた感情と近いものがあるのかもしれません。どう思われますか?

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自分の作ったものや関わったものを一生使うことがないというのは、悲しい世界だと思います。僕はあまり万博が好きではありません(決して否定はしませんが・・)確かに科学技術の進歩は必要だと思います。前はこれ以上必要ないと思っていましたが、母に「五体満足だからそう思うんだよ」と言われたからです。でも万博だけに注目してそのまわりの環境を気にかけることを忘れる、あるいは忘れてしまうのなら、万博はやらないほうがいいのではないでしょうか。 削除

2005/6/1(水) 午後 9:17 [ たかの ] 返信する

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自分が作ったり関わったりしたものを使えない人がいる今の世界は悲しい世界だと思う。そして、誰も望んでいない戦争、紛争に無理やり兵士として利用されるこどもが多くいる今の世界は間違っていると思う。 そんな今の世界はどのようにすれば変わる事が出来るのか。そんな事を考えようと思います。

2005/6/3(金) 午後 8:30 [ - ] 返信する

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初めてパヤタスに行った時、「ゴミを焼却できる法律にして、ゴミ山はなくせばいいのに・・・」と、思った。でも、何度も通い、それを生活の糧として力強く、明るく生きている人々の暮らしを知ると、「不衛生だからとゴミ山を奪うのは衛生的な暮らしをしている自分のエゴなのだ」と感じるようになった。少しでも人権が守られた暮らしに近づけることが重要なのだと思いはじめ、それを支援しているICANの活動に関わるようになった。そんな当時のことを思い出しました。 削除

2005/6/9(木) 午後 7:43 [ kyoko@Japan office ] 返信する

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万博が無くなり、サッカーボールを先進国内で作れば、日雇い労働者の人たちやバングラディシュの子どもたちの暮らしが良くなるわけでもない。生活の糧を失うこともある。大切なのは、誰でも同じように人権が守られなければいけないこと。 そんな単純なことが分からない人は少ないと思うけれど、「組織が決めたことだから自分ひとりの思いでは仕方が無い・・・」と、個人の良心の痛みが会社組織の責任に転化されてしまいがちなのが市場競争主義・・・・。 一人一人の人権と良心が守られる世の中にして行きたいですね。 削除

2005/6/9(木) 午後 7:44 [ kyoko@Japan office ] 返信する

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青山学院大学の雨宮先生(http://www.ngy.1st.ne.jp/~ieg/ieg/inter/vol8-2/tmr2.htm)が「何をしていても、どんな社会や組織に祖属していても、ボトムラインは『人権』なんだ。」とおっしゃっていたことを思い出しました。そしてその「人権」が尊重されていない社会はフィリピンだけではなく、私達が住むこの日本という社会にも、この人権思想が浸透しているとは思えません。さだ@なごや

2005/6/10(金) 午前 1:29 ica*man*lao*f*ce 返信する

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組織やシステム・社会を作り上げたのが「人間達」である限り、それを変えることができるのは、そして変える責任があるのはまた「人間達」なのだと思います。そして、その「人間達」は一人称としての「人間」、つまるところの「私」から始まります。「私ができる。(I CAN)」と信じることによって、すべてが始まります。そうやってこの地球上の歴史が動いてきたように。さだ@なごや

2005/6/10(金) 午前 1:47 ica*man*lao*f*ce 返信する

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