ICAN(www.ican.or.jp) まにらブログ

人々の「ために」ではなく、人々と「ともに」。 人々と「ともに」悩み、「ともに」成長していく開発NGO、アイキャンのまにら事務所

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修飾語+わたし

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さだ@まにら

人間は「社会的な動物」と言われるように、社会と切り離して存在することはできない。

僕は「ICANのさだ」でもあるし、「日本人のさだ」でもあるし、「フィリピンに住んでいるさだ」でもあるし、「男性のさだ」でもあるし、「大阪出身のさだ」でもあり、「お好み焼きが大好きなさだ」でもある。

そのような修飾語がコミュニティとなる。ICANというコミュニティであり、日本人というコミュニティであり、はたまた僕は男性のコミュニティの一員である。そう考えていくと僕は無限の数のコミュニティに属していることに気が付かされる。

人間にとって、このように無数のコミュニティに属することはごく自然なことである。ただし、属していることと、それを意識することは別のようだ。それは自己のアイデンティティがどこにあるのか、と深く関わる。

「日本人であるわたし」を意識している日本人は多いだろうが、「人間であるわたし」を強く意識して生きている人はどれくらいいるのだろか?多くの人が「人間」にアイデンティティを持ち、「貧困」を「人間」の問題として捉えられられない限り、「貧困」は決してなくなることはないだろう。

「同じ人間」という意識なしに、「開発」はありえないし、その意識がないものに「貧困」はなくせない。

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修飾語が人を大きく左右するということには驚きました。意識している修飾語をもとに自分を作っていこうとすると言われてみればそう感じます。特に場所に関する修飾語は意識します。でも、人間という言葉を強く意識することはあまりありません。それが開発とか貧困を無くすということと深く関わりがあるのもうなずけます。 削除

2006/8/12(土) 午前 8:51 [ かずひろ ] 返信する

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最近、友達に「私一人が援助したって何も変わらない」と言われました。何気ない一言だったけど、こういうふうにみんなが思っていたら、もっと何も変わらないでしょうね。関心のない事に意識を持ってもらうことって、本当に難しい・・・でもその分、分かってもらえた時の嬉しさも大きいよね。 削除

2006/8/14(月) 午後 8:42 [ すずき ] 返信する

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「私一人が援助したって何も変わらない」。。。でも、まず私が変わることから始めないと何も変わらない。私が変われば、他の人も変わるかも。そして、他の人が変わることを信じられることかも。そう思って生活しています。 削除

2006/8/14(月) 午後 10:09 [ Nari ] 返信する

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同じ人間なのに、どうしてこんなに境遇が違うのか? それがICANの原点でした。活動を進めるうちに、最初は意識下に無かった「日本人である私」「持てる者の私」「有能であるはずの私」「開発に理想を抱く私」などいろいろな私が現れ、そしてそれが意味のないものに変わっていきました。最後には、人としての私が残るのでしょうか? 削除

2006/8/14(月) 午後 10:40 [ Nari ] 返信する

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