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片翼の青い鳥
It is only a key that I look.

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素顔の愛 -116- 告白

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 君と触れ合うそのたびに、愛と欲望は同じやりかたで表現されるという不幸を意識してしまうから、いつも君を両腕に抱きしめる前にその愛の破綻を想ってしまう。
 永遠とか優しさだとかは、いまだ希望に生きている人にしか抱かれないものだろう。
 だから、君を身近に抱き寄せたために、その輪郭がおぼろげになった顔の中で、それまでは絵に描いた花のように動かなかった口唇が熱を帯び、優しく僕の方に差し出されても、心は寂しくなるばかりなんだ。
 素顔の夜が泣いている。
 何かが硝子窓の向こうで、ほどけようとしているみたいさ。
 君の秘めやかな口唇の上に、セレナードに満たされた夜の、親しみ深い束の間の相貌を僕は見つめている。
 世界の上に零されたミルクのようなこの夜の中で、ざわめきはより広く、より澄んで響いている。
 雨は、ただ、夜が静寂の煌きの中で光り輝くことに疲れて、まるで雲の裏地を忘れたみたいに泣いている涙のようさ。
 そんな雨音が、路上の疲れた心たちに降り注いでいる。
 愛にも、そして欲望にさえも平等に。
 路上の小石が濡れそぼってゆく。
 雨音は、題名のない調べを奏でながら、小石を冷やしてゆく。
 いつかまた、小石は太陽に焼かれるだろう。
 僕にはいつも、幸せとは、まさしくこんなものなんだという気がしているんだ。
 幸せは、足元にたくさん転がっているものの中にある。
 手の届かないものに幸せなんてあるわけないってこと、本当はみんな気づいている。
 涙は軽々と舞い落ちてゆくものだから、瞳を閉じなくてもいいんだよ。
いつか君も答は育むものだと気づくだろう。
 僕は、それを歌い、今夜も誰かを傷つける。
 それは、僕が寂しいからだ。
 告白とは罪なりや。
 孤独とは、世界で最も恐ろしい病なんだ。
  








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君が住む街角を僕は歩いている。
誰もが雨を滴らせて歩いていた。
どこもかしこも水浸しだった。
道路を挟んだ向こう側に、雨の中に捨てられた子猫を抱いている少女たちが見えた。
みんなで囲んで、子猫を誰が持って帰るかを話し合っている様子だった。
少女たちは、しきりに「かわいそう」と言って、子猫の頭を撫でている。
だけど、僕の目には子猫がどうしても その少女たちの手を逃れようとしているみたいに見えてならなかった。
誰も誰一人として、誰かを背負って生きるなんてできないのだから。
少女に抱えられた子猫は、ずぶ濡れになった頭を激しく振って水を飛ばした。
びっくりした少女の手から放り投げられた子猫は、人混みの中を母猫を探すように泣きながら歩いてゆく。
子猫を追いかける少女たちは、何だか残酷に見えた。
そして、それを黙って見ている自分が一番汚く思えた。
張り詰めた心を、ほんの少しだけ許してしまったように泣いてしまうことが唯一の幸せのように感じるのが何だかおかしくて、溢れそうになる涙をこらえながら、誰とも話したくないと思った。
この雨のように、ただ、黙ってこんな気持ちの雨を降らしたいって思った。
そして、誰もが優しい雨の中を歩いてゆけたら。
そう思ったんだ。







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大好きな君のために

 君のことを想うだけで、心がとても優しくなるんだ。本当さ。
 この世界では、もう僕は自意識に苦しむことも、失った何かを取り戻そうと苛立つこともない。
 ピアノの鍵盤の上で、僕の指先と踊っている旋律は、君さ。
 どうか耳を澄ませて。
 今、僕の心にあるものを、そのまま君の心に移せたらと思う。
 だって僕は、君が笑み輝くことだけを考えているんだ。
 ねえ、何を話せばいい?
 やがて僕たちは疲弊してしまうだろう。
 何もやり遂げないうちに。
 だけど僕は、君のことがとても好きさ。
 ひどくやられてしまった今の僕にできること。
 それは、君のためにピアノを叩いて、そして、君が優しく微笑んでくれる。
 それだけなんだ。






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 僕は、孤児院で覚えた歌を、ピアノを叩きながら一生懸命に歌った。
 みんな泣いていた。
 僕も泣いていた。
 涙は、溶ける塊の氷だ。
 塊とは誇りだ。
 僕は、決して泣いちゃいけない人間なんだ。
 だけど、涙が頬を伝う。
 ほかのお客さんたちが、大人たちが、小さな僕たちを嘲笑っていた。
 僕たちは、いらない人間みたいだ。
 大人たちはよく笑う。
 どうしてそんなに笑えるのだろうと思っていた。
 大人になるってことは、うまく他人を笑えるようになるってことなんだろうか。
 僕たちは泣いてばかりだ。
 だけど、負けたくないって思った。
 店の片隅で泣いている僕たちが、例えば、もし、この世界からいなくなったとしても、そう、何も変わらず、時は穏やかに、誰もに等しく流れてゆくのだろう。
 この世界の誰かを傷つけることもなく、ただ、僕たちの心は置き去りに。
 足早に過ぎゆく大人たちの世界の中では、僕たちの存在は、こんなにもちっぽけで、そして、こんなにも無力だ。
 この街で暮らす人たちと同じように、寂しいときに泣くだけで、僕たちは笑われる。
 一人、サッカーボールを抱えて公園に行くだけで、僕はみんなに笑われた。
 事故で走れなくなった僕は、順番待ちをしていても、いつもみんなに先を越され、結局、すべり台にもブランコにも乗ることができなかった。
 たくさんの友だちと走り回って遊ぶみんなが羨ましかった。
 夕暮れに綴れ織られる痩せっぽちな影の中を、足を引きずりながら歩いて帰る一人きりの坂道。
 どうして僕なんだろう。
 一度うつむくと、二度と顔を上げられなくなった。
 だけど、それも僕だけじゃないよね。わかっているさ。
 最後に僕は言った。
「みんなさよなら。ぼく、ウイーンで頑張って、もっともっとピアノうまくなってみせるよ。それでそうさ、うん。そしたら、またこの歌をうたうよ。ぼくは、寂しい人たちのために歌いたい」
 アイが立ち上がり、僕に抱きついた。
 だけど、ゲンもリョウも茶化さなかった。
 ユキちゃんは、セラピストの胸に顔をうずめていた。
 マリアは、僕をじっと見ていた。
 心に傷を持つ者は、他人の傷跡を見て嘲笑うことはない。
「アイちゃん。必ず迎えにくるから、待ってて」アイに抱きしめられたまま、僕は言った。「約束だよ」
 人は、出会いと別れを繰り返し、生きてゆく。
 みんなで分け合ったコーンマフィンは、涙の味がした。
 誇り高くあること。
 それが、この滅びの男を光に向かって歩ませる唯一の力。
 僕は知っている。
 一滴の水を乞うたとき、そのとき僕は、笑われる僕を認めることになる。
 それだけは絶対に嫌だ。
 そうしたら僕は、生まれた意味を諦めることになる。
 だって、生きることは、自立することなんだから。
 絶望の深海の淵にいても、僕は誇り高くなくちゃならない。
 そう、誇りを失うとき、そのときこそが、この滅びの男の死すときなのだ。
 どれだけ傷つけば、人は幸せになれるのだろう。
 それぞれが、それぞれの理由の中で暮らしている。
 誰もが皆、いつかはきっと、心安らげる場所へ辿り着けると信じて歩き続けるしかないんだ。
 寂しい君も、そしてこの僕も。
 だから歩いていこう。
 笑われたって大丈夫さ、きっとうまくいく。
 僕は、そう信じているから。








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 旅立ちの日は決まった。
 僕はウイーンへ行く。
 みんなで集まったのは、白いテーブルクロスのかかった豪華なレストランではなくて、セラピストの相談室の近くの小さなコーヒーショップだった。
 デコレーションがのった特製ケーキもない。それでもよかった。みんなが集まって、グループのメンバーが揃ったのだから。
 僕はアイを誘って一緒にきた。僕なりの理由があった。マリアをアイに会わせたかった。アイは、すぐに、マリアの心の痛みを見抜くだろう。そうしたらきっと、アイはマリアの心の傷みだけを見つめて優しく微笑みかける。そう、微笑むだけのアイに、僕が救われたように。
 このことは、ルール違反だったかもしれないが、グループのメンバーは、アイを快く迎え入れてくれた。
 アイは、この日、僕の大切な仲間に会えるということをとても楽しみにしていた。そして、マリアのことをとても気にかけていた。実際、アイは、僕がウイーンに行ってもマリアとは友だちになるから大丈夫、と笑ってくれた。
 アイは、手作りのミサンガを用意していて、みんなにプレゼントした。
 いつもは大人ぶってるゲンとリョウも、優しいアイに見惚れて口ごもっている。僕にはそれが可笑しかった。マリアはアイとすぐに仲良くなり、二人はコーンマフィンをオーダーする相談をしている。とても安心した。ユキは、マフィンにロウソクを立てることを提案し、そして火をつけた。
「素敵な毎日であるように、火を吹き消そう」
 セラピストが言う。僕はうなづき、大きく息を吸って、ロウソクの小さな火を吹き消した。けれど、僕はそのとき、素敵な毎日を願って火を吹き消す必要なんてない、って思っていた。なぜなら、今が世界でいちばん素敵な日だと感じているから。
「マサヤ、また会おうな」と、ゲンが言った。
「おれたちのこと、忘れるなよ」と、リョウが言った。
 ユキは、何も言わずにセラピストの手を握って僕を見ている。
 僕は言う。「最後に、みんなで何か歌おうよ」
 一人遊びが得意だった僕。意地を張ることだけが、僕にできる唯一の抵抗だった。
 孤児院では何も口にせず、何度も脱水状態になっては病院に運ばれた。点滴を受けながら、ガラス越しに見える新生児たちを睨んだ幼い日々。
 夕暮れの保育園では、一人、靴下を丸めて壁に蹴り、大声で「ゴール!」と叫び続けた。お迎えは、いつも最後の残りんぼだった。僕を救ってくれた牧師さん、お姉ちゃんともさよならだ。
 事故で走れなくなり、大好きだったサッカーもできなくなった。
 お母さんもお父さんも、とうとう僕を迎えにきてくれなかった。僕のことを「待ちぼうけ」と、からかう連中たちと殴り合った。だけどそのとおり、連中たちの方が正しかった。
 自傷癖は治らず、僕の腕は何十条もの切り傷が刻まれ続けている。
 街を彷徨い、歩き、反抗し、愛を求めて傷つくだけの孤独な日々。何もかもがみじめだった。
 今、僕にあるもの、それはピアノを叩く指先だけだ。ウイーンから戻ってきたら、僕はもうみんなに会えないことを、自分がいちばんよく知っていた。
 養父は、今度は僕をどこへやるのだろうか。
 いつの日からか、僕は笑顔を忘れた。どこへ辿り着けば、僕はうまく笑えるのだろう。
「マサヤくんが歌ってよ」と、アイが言った。
「それがいい!」と、マリアも言った。
 コーヒーショップの窓際の壁に寄せて、アップライトのピアノが置いてあった。セラピストがそれを指差し、「どうぞ!」と、僕を冷やかす。
「へっへっへ。ぼくの歌は高いですよ。でも、今日はとくべつだからタダでいいよ。何がいい?」と、僕はおどけながらみんなを見た。
「よーし、じゃあ、ぼくの得意な歌をうたうね」








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