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備忘録(2019年8月15日)

msnニュース:2019年8月15日
止まらない百貨店離れ 地方の「年金経済」はいよいよ終焉

https://www.msn.com/ja-jp/money/news/止まらない百貨店離れ-地方の「年金経済」はいよいよ終焉/ar-AAFOweU?ocid=spartanntp#page=2
www.msn.com

 地方百貨店の衰退が止まらない。8月15日には山形の老舗百貨店「大沼」(米沢店)が地元住民に惜しまれつつ閉店する。縮小均衡にある百貨店の撤退は、単なる経営手法の問題にとどまらず、地方経済の衰退を晒すことにもなる。神戸国際大学経済学部教授の中村智彦氏が、苦境に喘ぐ地方百貨店の現状をレポートする。

<以下略>

【コメント】   市場経済=競争経済=資本主義が諸悪の根源

●日本が市場経済=資本主義システムで経済競争を続ける限り、人口が少ない地方(農村)は疲弊し、人口が多い中央(都市)は繁栄するのは必然。

何事も人口密集地域の方が「効率」(時間の節約)が良いからで、「効率」の良し悪しは商品のコストに直結する。そして、「コスト」を無視して競争に勝つことは不可能だからだ。

もちろん、様々な条件が重なり、繁栄する地方もあるが、そのような地方は例外、つまり稀であって、大半の地方は人口が減少して、自然必然的に疲弊する。

●周知のように、明治政府は日本を近代化するため、様々な学校を設立し、欧米から教師として専門家を招いたが、そうした専門家は生徒が時間を守らず、時間にルーズだと嘆いたという。

近代以前の日本人の識字率が高かったのは事実だが、つい最近まで、日本人も現在の途上国の国民と同じように、時間にルーズな民族だったのであり、日本人が特別に優秀な民族というわけではない。

この事は現在、日本の科学技術力の「低迷」となって現れているが、日本人がアホになったのではなく、中国や韓国が近代化を成し遂げて、日本に追い付いただけだ。

●だから、いつまでも自己責任論(ハードな個人主義)が前提である「資本主義システム」で経済競争をしていると、「勝敗は兵家の常」であるように、競争にも勝ち負けはつきものなので、国家も企業も個人も、誰もが敗者になる可能性は免れない。

「資本主義システム」で敗者になると、この経済システムは自己責任論がパラダイムの世界なので、「負けたのは努力不足」とされて見捨てられ、生命さえも危機に陥る。だから、競争はゲームやスポーツに限り、経済では共生経済である「社会主義」を目指すべきである。

★自己責任論を理念とする資本主義である限り、格差問題(貧困・飢餓問題)を根本的に解決することはできない。

なぜなら、いわゆる「能力の差」は生まれながらのものという実体主義的人間観を前提とする自己責任論では、能力の差に応じて生活レベルに格差が生じるのは自然、つまり当然であり、むしろ平等であることは悪平等ということになって、貧困や飢餓問題が軽視、または無視されるからだ。

自己責任論が正しいと考えると、富裕の格差がある社会の方が平等な社会ということになる。それで、人類は100億人分の食料を生産できる地球に住んでいるのに、人類の9人に1人が飢餓状態という現状をいつまでも改善することは不可能となる。

★要するに、市場経済=競争経済=資本主義が諸悪の根源である。

資本主義の歴史的な役割は既に終わったのであり、資本主義から離脱しなければ、戦争を終わらすことも出来ない。

<経済競争の敗者と成って死線を彷徨うよりは、一か八で戦争を!!>ということになるからだ。





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