|
しばらくぶりのご無沙汰でございます。
2014年6月7日午後4時40分ごろ、 我が家の老猫みるみるが、本当の猫神サマになられてしまいました。 4月5日ごろから不調を訴え(ることもなく、察知できるような仕掛けがあった)、 近所の病院に連れて行ったところ、余命3日と言われ、泣き暮れていたのですが、 3日目に、大阪時代に通っていた病院に連絡すると「すぐに連れてきて」と言われ、とんでいきました。 猫は元来、腎臓が弱いという体質があり、それにもましてみるみるの尿道は細いという弱点もあり、 尿が出なくなってしまったんですね。 尿道を広げる手術をしたり、おちんちんを切開したり・・・・ 私たちが望む「苦しまない最後」のため、先生が手を尽くしてくださいました。 尿道が詰まって、膀胱破裂で亡くなるケースも少なくはなく、それはとてもとても辛く苦しい死に方らしいので、 せめて、亡くなるならつらさの少ない「腎不全」=老衰死を目標に、2か月がんばってきました。 この2か月間、徐々にやせ細り、弱っていくも、懸命に立ち歩き、生きる本能をたぎらせるみるみるに、 オットは「三途の川辺で水遊びをしているようだ」と言っていました。 でも、水遊びという表現がときとして似合わないくらいに、凛とした「武士」の気配も漂わせていました。 病院に通うたびに、どこにそんな元気が残ってるねん??と不思議なくらい、 診察室でフーフーと怒りまくるみるみる、本来なら入院して治療をするのがいいのだけれど、 彼の性格上、家で通いで・・・・がベスト、という医師の判断でしたが、後半はそれもままならず、 1週間ほど入院をすることになりました。私たちも医師も、苦渋の選択でした。 4月からずっと、家の1階部分のほとんどにペットシートを敷き詰め、どこでおしっこしても大丈夫にしていました。 カテーテルをしていると、移動するたびに、ぽとぽととおしっこが落ちます。毎日、毎日、その量を見ては、 一喜一憂。暑くなる時期だから、ちょっとでもおしっこが落ちたところのシートは交換していたので、その量たるやものすごいもので、ごみの日には、大きなゴミ袋5つ出すほどでした。 ペットシートは、いろいろ試した上で、コーナンのスーパーワイドが安くて良質ってことで、常に押入れには、 5〜6パック常備していました。 亡くなる4日前、病院の定休日やから電話はないとたかをくくっていたところ、早朝に電話が鳴り、 もう手を尽くしたのだけれど、もうあとは自宅でゆっくりさせてあげてください、と、病院から呼び出しがありました。 連れて帰ってくる道中、ニャーニャーと、まるで会話するように話していたみるみるですが、 家に着いて、キャリーから出すと、歩けないくらいに衰弱したみるみるがおりました。 もう、エサもお水もあげないで。そっとしてあげてくださいという病院の意思が、一目見たときに理解できる、 そんな姿でした。だっこされたらされたっぱなしで、ベッドに寝かせると、悲しそうな目でこちらを見る、 意思表示はその程度。オットが出張中だったので、せめてオットが帰る金曜日まで、がんばってほしい! そう願うのが精いっぱいでした。 そして、最後の日。前夜出張から帰ってきたオットと私、みるみると川の字で眠り、 (愚息は日曜のばあばの七回忌のため、早い目に赤穂に行って留守でした) 穏やかな朝を迎えました。午前中、自治会の会議で私が不在にしている間も、穏やかに過ごしていたそうです。 ただ、前夜から1時間くらいおきに、びくん!という痙攣が起こっていたので、なんとなくそれが合図だな、と 私もオットも予感をしていました。 夕方、、もう飲み食いしてはいないとはいえ、もう4日も排泄をしていないので、病院に電話をして、 尿を出すだけ出してくれないか、とお願いしたけれど、病院側は、そっとしておいた方がいい、と言い続けておられました。翌日は、赤穂に法事に出なければならず、1日、みるみるを放置しておけないので、預かってもらいたい、と言うと、夜、また電話くださいとのことでした。 電話を切った5分後くらいから、みるみるに異変が起こりました。すごい勢いで痙攣が始まったのです。 それは、まるで三途の川を泳いでいるように見えました。 私とオットは、互いにみるみるの手を握り締め、「泳げ!がんばって、向こう岸まで渡り切れ!」と、叫んでいました。気が付くと、痙攣はとまり、死が確認できました。 そのときの感情は、自分でもよく覚えていません。 とにかく、その先のことを考えることで、平静を保っていたように思えます。 近所の友達で、昨年愛犬をなくした人に電話して、火葬してくれる動物霊園を教えてもらいました。 保管用に、大きな発泡スチロールの箱と保冷剤をたくさんもらいました。これがとても助かった。 この二か月、みるみるのベッドのシーツと掛布団に使っていた、10枚以上のバスタオルを敷き、 そこにみるみるを横たわらせました。そして、みるみるが凍らない程度に保冷剤を入れ、庭のあじさいや 好きだったスープのパウチをいっぱい入れ、部屋を20度に冷やしました。 夜、また自治会の会議があったのですが、9時に早退させてもらい、オットとスーパーであれこれ買い込んで、 二人でお通夜をしました。 翌朝は、早くから赤穂に発ち、母の七回忌法要に参加するのです。 オットの出張の翌日、不在の前日、絶妙のタイミングで、みるみるは私たちの元から旅立ちました。 それは、同時に、つらくて重たいからだとの離別であり、私たち介護する側にとっても、つらさからの解放とも いえます。 赤穂へ向かう車内で、オットと、見える景色が違うことに、新鮮に驚きつづけました。 2か月間、死に向かうみるみると対峙するのに慣れた私たちにとり、車窓から見える景色は、まぶしいくらいに生命にあふれ、まるで別世界のようでした。 無事、法要を終え、生駒へ帰る途中で、大きな段ボール箱を買い、家に帰って三人で絵を描いて飾りました。 とてもいい出来でした。世界にひとつしかない棺桶ができました。 月曜、オットが休暇を取り、ひらかた動物霊園へ火葬に向かいました。 みるみるとの最後のドライブです。とても天気のいい日でした。 霊園についてから、みるみるを段ボールの棺桶に移しました。 猫って不思議。てゆうか、毛に覆われているので、顔色が悪くならないんですよね。 冷たい以外は、ほんと眠っているみたいなみるみるの頭をなでてあげました。 火葬の前に、お焼香もさせてもらい、その間に家の宗派のお経のテープも流れています。 ここんとこ私ん家のお経ばっかり聞いていたので、オット側の宗派のお経は新鮮でした。オットは聞きなれてると 言ってたけど。ま、んなことどうだっていいんだけど。 50分ほど待っていたら、みるみるは骨になって戻ってきました。 骨格の立派な姿でした。少し大きめの骨壺を買ったので、頭がい骨も割らずに、ひとつ残らず骨を収納することが できました。 そして、しばらく、毎日泣いてました。気が付いたら泣いてるという状態。なんじゃそれ!?と我ながら 不思議な感じでした。 10日ほど喪に服し、社会復帰(?)して現在に至ります。 泣きたい気持ちはまだまだ心のまんなかに宿っているのだけれど、それをうまく隠して、生きていくよ。 ひとつ願いがかなうとしたら、もう一度、みるみるのあの毛に触れたいです。 なでたい。あのやわらかな毛を、あたたかな体を抱きしめたい。 私がいつか、三途の川を渡るときは、きっとみるみるをだっこして渡ってるんだろうな。 その時を、楽しみにしています。変な言い方ですが、そんな気持ちもありですね。 駆け足ですが、近況報告を終わります。 |
全体表示
[ リスト ]







猫神様。
ねえさん大丈夫ですか?
みるみるがとなりで見てますよ。
2014/7/2(水) 午後 8:13
いつかはお別れが来るものとわかっていても、つらいですよね。御愁傷様です。
旅立つ日に皆でいられてよかったですね。
2014/7/2(水) 午後 10:12
お千代★大丈夫ですよ。ありがとう。
しかし、つらいとは想像してたけど、想像を超える喪失感ですね。
きついわ〜。
でもね、人生を終える最後の時まで、楽しく生きていかなくっちゃ。お迎えがみるみる、というだけで、最後が来るのも怖くないわね、て感じ。
2014/7/2(水) 午後 10:39
YURIさん★ご無沙汰してます。
そうです、家族に見守られて、苦しむこともなく、という、
闘病当初の目標を達成できた、大往生でした。
2014/7/2(水) 午後 10:42
そう、喪失感。。。
触りたいね、くんくん!ニオイを嗅ぎたい。
みるみるちゃん!天晴れ!大往!
素晴らしいご夫妻のパワーも天晴れ<(_ _)>
2014/7/3(木) 午後 8:33 [ ドンチ ]
大往生・・・と書きたかったんです<(_ _)>
2014/7/3(木) 午後 9:16 [ ドンチ ]
ずば!さん、ありがとう。
いただいたカードは、みるみるの遺骨の横に飾ってて、
訪れる人の目をひいてます。みんな「みるみる?」と、びっくりしてはります。。
2014/7/6(日) 午後 11:33
自転車の篭に入れての引っ越し風景が目に浮かびます。
いつかはこの日が来ると分かっていても悲しいですネ、、、、
御愁傷様です。
2014/7/15(火) 午後 7:37
デニちゃん、ありがとうございます。
1か月をすぎ、みるみるメモリアルアルバムも完成し、
だいぶん、落ち着きましたが、ふと、そこいらに居る気配ばかりがしております。。。
2014/7/16(水) 午前 0:43