線とマチエール

このBlogの日記は私小説風の体裁を取っています。そのため、出来事、登場人物の心境には作者の主観も含まれます。予めご了承ください

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東洋の思想思索を読み解く上で抑えるべきポイントは、認識論と存在論が同時に一つの論理上に併存していることだと思う。
 
そのことに最初に気づかされたのは、井筒俊彦氏の「意識の形而上学『大乗起信論』の哲学」を読んだ際だった(意識の形而上学では「存在論から意識論へ」とある)。
 
たとえば道家思想の代表である荘子と老子に次のコトバがある。
 
・一与言為二 二与一為三 自此以往巧歴 不能得 (中略) 故自無適有 以至於三
 
「一と言と二と為り、二と一と三と為る。此れよりのちは巧歴も得る能わず(中略)故に無より有にゆきて以て三に至る」『荘子 斉物論篇』
 
たとえばこの「一と言と二と為り」の「一」とは、非常に大雑把に言えば存在のリアリティーである、と思う。さらに敷衍して言えばそのリアリティーを直接に体験すること。その直接的体験と「言(コトバ)」とで二に為ると言うのは、そのリアルな体験をコトバでもって表現し、定義してしまうと、本来のリアリティーは限定され、あくまでもコトバというフィルターを介したモノになるので「二」という。
 
では「二と一と三と為る」とはどういう意味か。たとえばそうしてコトバ的フィルターを介した「二」以降であっても、まだコトバで限定される前のリアリティの残響はある。言い換えればコトバ以前の感覚。感覚の記憶。
 
人間の脳細胞の中には、今生で体験した全記憶が畳み込まれていると言うが、そうした言語で表現された「二」と、その存在記憶でもって「三」になる。
 
本来のリアリティーの「一」と、コトバの「二」と、体験記憶の「三」。
 
荘子はコトバというものを介して、人間の認識にはこの三重構造があると言っていて、更に「三」以降の、この認識の分化はたとえ算術に秀でた巧歴(天文学者)でも数え尽くすことはできない。
 
そして老子。
 
・道生一。一生二。二生三。三生萬物。萬物負陰而抱陽。冲氣以爲和
 
「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負うて陽を抱き、冲気、以て和することを為す」『老子 四十二章』
 
老子は荘子に於ける「一」と「二」と「三」の認識論を、存在の生成過程として語る。
 
東洋の思想思索の中には、この存在と認識(井筒センセイ風に言えば「存在論から意識論」)の二重構造がある。
 
例えば龍樹(ナーガ―ルジュナ)の三諦偈に於いても存在は有と無の中道(空)だと言ったとき、この論は存在論でもあり認識論でもあって、ここには我思うゆえの我が無い(天台の三諦偈の解釈に於いては「空亦復空」と言うが、僕はその論はとらない)。
 
          *     *     *
 
ではいったい人間の存在認識と存在そのモノはどこで一つになり、どこで分かたれるのか。その一つの回答が、弘法大師の三部書の一つ「声字実相義」に読み取れる、と思う(この文章はその覚書)。
 
荘子に於いては存在のリアリティを混沌と分化させるコトバの作用については、いささか否定的であった。それは釈迦以降の原始仏教に於いても、龍樹以降の大乗仏教に於いても同様で、真理はコトバには顕わせないとする。
 
しかしこの空海ただ一人だけが、長い仏教史において、コトバには真理があると言い、声字実相の義を著わした。
 
内容をかい摘まめば次のような論旨だ、と思う。
 
先ず彼は「大日経」という密教の根本経典の一書から偈を引いて、声字に実相があると言う自説の論拠とする。更にその「大日経」偈の真の意味を、彼は不遜にも彼自身の偈で、その大義を説明する。
 
「五大に皆響き有り 十界に言語を具す 六塵悉く文字なり 法身は是れ実相なり」
 
以下は僕流の読み解き(覚書)。
 
空海がまず響きや声といったとき、それはただ人間が語る声という意味だけではない、と思う。「声の本体、音響はすなわち用なり」とあり、それは作用するモノとしての、あらゆる存在の表現行為。
 
いわば「五大に皆響き有り」と彼、空海が言ったとき、そこには五大、地水火風空(五大の「空」は空間的広がりのこと。三諦偈に謂う「空」とは別)の表現行為、例えば雄大な風景や美しい花々がその存在を以て語りかけてくる、そうした表現行為というビジョンがある、と思う。
 
そうしてこの内外わずかに響きあう声から、如来の深い悟りのコトバ(名教)が生まれたと言う。
 
次に「十界に言語を具す」とは。
 
ここで空海は考察対象を変える。五大云々がこの世界の構成要素に視座を置いた解釈であったのに対し、「十界に言語を具す」とは、その環境の相違によって顕れてくるコトバというモノを考察し始める。注意を要するのは五大云々と十界云々とでは、その考察する対象と、その視点が違うということ。
 
十界とは仏菩薩の世界から人間世界、はては餓鬼、阿修羅の世界まで。空海はここで環境ごとに使われるコトバの在り様を考察し、環境という側面で見たとき、その各々で使われるコトバには確かに真言と妄言があるという。
 
次に「六塵悉く文字なり」とは。
 
ここで空海は更に考察視点を変える。
 
六塵とは「色塵」「声塵」「香塵」「味塵」「触塵」「法塵(物質の本質)」のことを言い、それは人間が感覚する対象であり、「六塵悉く文字なり」の偈には、僕は観察者の視点が増えている、と思う。そして空海はここで観察者の視点、いわば「心」の定義に入っていく。
 
物質そのモノを考察対象にした場合、そこには幽玄な響きがあり、それが如来の名教(コトバ)のもといであり、そしてこの五大(物質)の響き(声)には、実相(真実)があるという。
 
そして次に環境世界というテーマで考察の視点を変えた場合、仏菩薩の世界から人間、はては餓鬼、阿修羅に至って使われるコトバには、その生まれた環境によって人生が分かたれるように、真妄の差別があるという。
 
ではその差別はどこから生じるのか?
 
ここで空海は「大日経住心品」の記述を論拠に、観察者の「心」とは色彩でもなく、カタチでもなく、動作行為でもないと定義し、主観的にも客観的にも、「心」は知ることは出来ないと断ずる。
 
いわば「心」とは根本的不明であり、その根本的不明な何モノかが、この世界を観察し、差別している。「前に謂う所の十界の依正の色差別なるが故に」十界における差別相とは、こうして生み出されるという。
 
しかし、このことを逆説的にとらえるなら、かえって「心」とは何であるかと固定的に定義してしまうと、その観察対象の善悪美醜も、その「心」の定義に従って限定されざるを得ない。とすれば、その「心」の差別相をのり越えて、その奥の奥、根源まで至れば、空海はその差別をする「心」とは「根本的不明」だというのである。翻って「根本的不明」では、差別の仕様も無いのだ。
 
          *     *     *
 
この「六塵悉く文字なり」の解釈を以て、「声字実相義」は終わる。空海の立場からいえば、この物質世界は、観察者の心の囚われからどこまでも自由であり、かくも美しく響きあっていて、この真実在を感得すれば、その人のコトバはそれ自体「真言」になるという。僕はここに、存在論と認識論の地平を観る気がする。
 
「かくのごとく内外の諸色(色は物質世界)、愚においては毒になり、智においては薬となる、故によく迷い、またよく悟るという」
 
ここに空海密教の、レトリック(声字・コトバ)の面白さがある。
 
          *     *     *
 
以下は蛇足。
 
西洋に於いてデカルトは「我思うゆえに我あり」と言い、その思考の根拠を神に置いたが、空海は「即身成仏義」に於いて、人間の意思決定の根拠は「決断簡択(ケツダンケンチャク)」決断して選びとることだと言った。
 
ここで僕独自に解釈すれば、荘子にいう「体験」と「コトバ」と「記憶」の、認識の三層は、真言密教にいう「身(密)」「口(密)」「意(密)」の三密と比較出来そうである。
 
例えば「即身義」に於ける「三密加持」して物事が成就するとは、「声字実相義」風に釈せば、「心(認識)」の在り様ひとつで、この世界はいか様にでも変わるということ。かるがゆえに、この世界の善悪一切は、人間の「決断簡択」に託されている。なぜならば、この世界を定義する「心」とは、根本的不明にすぎないからだ。
 
我田引水すれば、「易筮」の本質も、この「決断簡択」にすぎない。
 
おしまい

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この書き込みってちゃんと反映ってされたりしますか?

初めての書き込みなのでちょっとだけドキドキしています。(;≧∇≦)



個人的な事なんですけど、

私自身ずっと嫌なことがあったりとか、凄くつらい時が続いてて

何度もくじけそうになったんですけど、

iching001さんのブログを拝見してからは

凄く前向きになれたし、いっぱい自分自身にも自信がもてたりして

本当にiching001さんのブログに助けられたって言っても過言じゃないですヽ(*’-^*)。

もっともっと個人的にお話しをしたいなって思っちゃいました(●´∀`●)



ayundamon@i.softbank.jp



一応これが直接の連絡なんですけど、iching001さんからの連絡待ってます。o(^-^)o

2014/12/23(火) 午前 0:53 [ way*ay*an1*3 ]

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はじめまして(^▽^)
ブログは最近始めたので、色々見せて頂きました♪
教えて頂きたいのですが、参考にしているサイトとかあるんでしょうか?
育児・家事の合間に更新しているので暇があれば是非♪

2015/4/21(火) 午前 2:59 [ ゆうこ ]


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