日本一周の記録

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□■日本を知り、新しい自分と出会う旅■□

「いってらっしゃい。」
たくさんの人が、私にそう言ってくれました。

ここにたくさんの旅の足跡を残していきたい。
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数々の100選に選ばれる砂浜


恋路ヶ浜。
愛知県の蟹の手の一つ、渥美半島の一番端っこ「伊良湖岬」にある砂浜。

平日でも、海を眺めに来ている人たちが意外と多かったです。

伊良湖岬に向かう、静かな散策路。
数百メートルの距離ですが、周りに誰もいないのもあって、
何だか長い時間散策していたような気分でした。

イメージ 1

途中に展望台があり、恋路ヶ浜が一望できます。

イメージ 2

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天気もいまいちだったせいか、霧がかっていて砂浜がきれいに写っていませんが、
静かで、真っ白い砂浜はかなり美しかったです。

灯台が目の前に聳え立った頃、目の前にはおじさんが。
草刈って、怖いですよね。飛んできた草が案外痛いので、
ちょっと遠くから存在をアピールしましたが・・・(笑)
なかなか私に気づいてくれないので、激写させていただきました。

イメージ 4

イメージ 5

こんなところで海水浴できたらいいですよね。。
(遊泳禁止みたいでしたけど・・・)
海をみて、ちょっと幸せになりました。
早く梅雨が明けて、夏が来たら、ここはきっとかなりの絶景ですよ。
楽しみですね^^

【伊良湖岬】
伊良湖岬 (いらごみさき)は、愛知県田原市の渥美半島先端にある岬である。
伊良湖フェリーターミナルがあり、知多郡南知多町(伊良湖-師崎)、
三重県鳥羽市(伊良湖-鳥羽、神島)等に航路がある海上交通の要所となっている。

また、太平洋側には「日本の渚百選」、「日本の道100選」、「日本の音風景100選」、
「日本の白砂青松100選」に選ばれた恋路が浜という砂浜があり、
柳田國男が1898年(明治31年)ここに遊び、拾った椰子の実の話を一緒にこられなかった
島崎藤村にしたところ、それから藤村が想像を逞しくして創作したのが「椰子の実の詩」とされ、
やしの実博物館や椰子の実詩碑もある。

伊良湖?


・・・じゃなくて、ダムでした。

イメージ 6

イメージ 7

地図に、湖みたいなものがあったので、「伊良湖」だろ!と思っていってみたところ、
ぜんぜん違いました(苦笑)。

しかしながら、渥美半島は、色々見所も多そうです。
東大寺の瓦の窯跡とかも近くにありましたし、
サイクリングロードもあるので、これは天気の日に自転車で散策したい感じです☆



この日は、この後、愛地球博跡を探しに行ったのですが、
案外看板が見つからず・・・、しかも雨が降ってきたので、断念(涙)

サミーさん、ごめんなさい・・・。またリベンジしますからね!


そして、そこから長篠へ。
長篠の戦場が見たかったので、ドライブがてら散策しました。
雨も降っていたので、カメラはお休み。
私レンズのみで堪能してきました。

・・・感想?
うふふ・・・いい感じでした(笑)
歴史を感じる場所、というのはやっぱり好きです。
今度、ちゃんと勉強してから、画像付きでお伝えしたいなと思います。


・・・そして、ここで静岡に突入したのをきっかけに、

実家が恋しくなって高速に乗り、一気に帰宅。
長かった日本一周旅行をこの日に終えました。


素直に、旅をしてよかったと思います。

言葉じゃ言い表せないほどのものを自分の中に詰め込んで帰ってきた感じがします。
そして、地元が愛おしいなと、すごく思いました。
地元の道を走るだけで、喜びのあまり絶叫・号泣でした。



話が長くなりますが、

日本一周の記事としては有田の記事がまだかけていないので、
それを書き終えた時点で
旅記録にINDEXをつけようと思ってます。
(写真が消えているところは、補修します。)

1ページに全部のリンクをつければ、今後見やすいですよね。

それをもって、日本一周旅行の書庫は終了として、今後は別書庫に旅記録をつけていく予定です。


だらだら長い文章になってしまいましたが、今後ともよろしくお願いします。

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苗木城【岐阜県】

自然地形を生かしたお城


ここ苗木城は国の史跡に指定されているお城です。

正直、このお城には驚きました・・・。

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自然石が石垣の一部になっているんです。
石垣の中に、権力を示すような大きな石が混じっているという石垣には出会いましたが。。

イメージ 2

すばらしいですね。
かっこいい!

門跡。
イメージ 3

屋敷跡。
敷石が並んでいます。
イメージ 4


そして、天守閣に向かっている途中にも巨岩。
イメージ 5


ここには天守閣は残っていませんが、天守台があった場所に、
木造で展望台を設けてあります。
大きな石を一部加工して、木を立てられるようにしてあり、
石の上にある展望台、というのは、ちょっと初めて、何だかどきどきしました。

イメージ 6

すばらしい眺めです。


マック片手にお城に来ていた若者たち。
Hさんが話しかけて、何だかフレンドリーに会話なさってました。

イメージ 7

お城にご飯を持ってきて、この景色眺めながら・・・なんて贅沢ですね^^
若者たち、何だか、かわいかったですよ(笑)

私の息子も、こんな風に近くのお城にお昼食べにいくような子だったらいいな・・・
なんて、将来の自分の子供を想像してしまいました。
(って、たぶん、大学生くらいの人たちでしたけど(笑))

私はいくつだって感じですね(笑)?・・・今、25歳です、はい。


【苗木城】
木曽川の北岸、通称城山と呼ばれる高森山に築城された苗木城は、
土岐氏と並んで東濃一帯を制していた遠山家代々の居城でした。
現在は石垣を残すのみですが、ここを 訪れる人々からは巨岩と石垣との
壮大な組み合わせに感嘆の言葉がでるほど、この城 跡は山城独特の要害の堅固さが
特色になっています。
城山の標高は433mで、山全体は巨岩に覆われ、南側の麓に流れる木曽川が天然の堀となり、
敵の侵入から守るには絶好の環境でした。
また、天守から中山道と飛騨路が一望できるという交通の要衝にあり、
そうした地の利を活かして、苗木に城を移したとも推測されています。

城郭は、自然の岩盤や石垣を基礎とし、その上にかけ屋造りによって
倉庫や小屋、武器蔵などの建物を建て、それらを区切るように数多くの門が構えられました。
三の丸、二の丸、本丸が段階的に構築され、平地の城に見られるような、
高階層的な建造形態をなしていました。
また、城壁は赤土のままだったと伝えられ、そのことから「赤壁城」とも呼ばれていました。

戦国から江戸に渡る長い歴史を秘めた城でしたが、明治維新後の廃藩置県を経て、
明治4年(1870)に城は取り壊されました。
城跡は「小藩の城ではあるが、よく戦国時代の面影をとどめている近世城郭として貴重である」
として、昭和56年に国の史跡に指定されています。


きっぽうしさんのおかげで、素敵な山城めぐりができました。
Hさんにもたくさん教えていただいて、感謝感激。。。

今度は私が、地元のお城をちゃんと勉強して、実際に行ってみて、
ご案内できるといいんですが^^

そのときを、ひそかに楽しみにしてます!
また、ぜひぜひよろしくお願いしますね^^

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岩村城【岐阜県】

霧の岩村城


ここ、岩村城は霧が有名だといいます。
この日も、例外ではなく、霧が出ていました。
霧のおかげで、とっても雰囲気があります。

一番初めの石垣。
木に囲まれてはいますが、ドキッとする感じの石垣でした。

イメージ 1

石垣が草に隠れてあります。
隠れたところにある石垣、めちゃくちゃいいですね。

イメージ 2

そして、この石垣!
すごい反り返り方です。

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そして、ここが霧が発生しているという井戸。

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イメージ 5


・・・圧巻。
岩村城がすばらしいっていう気持ちがわかりますね!

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ここの山道は、とても整備されています。
さすが、日本三大山城のひとつ。

ここは、戦いにくそうな場所ですね。
守るならまだしも、攻めるのは大変。
私なんて、下見て歩いて、上から攻撃されて一発でしょう・・・。

【岩村城】
岩村城(いわむらじょう)は岐阜県恵那市岩村町にある。
江戸時代には岩村藩の藩庁であった。
付近は霧が多く発生するため、別名・霧ヶ城とも呼ばれる。
「女城主」悲哀の物語が残る。
岩村城は恵那市の南部に位置し、岩村駅の南東に位置する城山山上にある。
本丸が諸藩の居城中最も高い海抜721mに位置していた。
このため、日本三大山城の一つに数えられている。

小里城【岐阜県】

作りかけのお城。


イメージ 1

このお城は、作りかけのまま時代が止まっている。

イメージ 2
ためいきがでるほど、立派な石垣を目の前に、思わず見とれてしまいました。

天守台。
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イメージ 4

天守台の後ろには、切り出し作業の途中のままの石が転がっている。
何だか、時代は流れ、途方もない時間が流れているのに、
ここだけ時間が止まっているみたいですね。

時代が流れれば、木は朽ち、色々なものが土に還っていく。
でも、石垣はただ黙ってそこに残っていく。
もちろん、老朽化して、崩れ落ちてしまうことはあると思うけど、
私が石垣が好きなのは、だからだと思う。

触れたその石が、きっと私の命が尽きた跡にも残っていくと思うから。

イメージ 5

この、長方形の穴が、石を割るときにつける跡だといいます。

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この跡を昔、見たことがあります。

確かあれは、萩城跡の指月山の山頂だったと思うんですが・・・。
何の跡なんだろうって、ずっと思っていたんですよね。
指月山を登ったところに、確かこんな石が転がっていたと思います。

石を切り出そうとしていた・・・となると、また色々思うことがありますね。
また、萩にも行ってみたくなりました。

イメージ 7

【小里城】
信長は、武田勢駆逐のために、東濃諸将に防備を急がせた。
まず、明智城の奪還作戦をたくらみ、信長は始めて精強な武田軍と遭遇し、
その手強さを知ることになる。

まずは、鶴ヶ城の防備を厳に、小里城を明智・岩村城攻略の向城とすべく、
小里光明に命じて、堅城の築城を急がせた。

織田信長は自ら縄張りを指図し、昼夜兼行の突貫工事となった。
ところが、織田勢は武田方の諸城砦をつぎつぎと攻略し、岩村城も猛攻の末、
ついに奪回。武田軍はすべて敗退したので、途中で工事が打ち切られた。

妻木城【岐阜県】

お城を目指して歩く道


妻木城にかかわらず、お城への入り口は二つある。

ひとつは大手道という、表道。
そして、もうひとつは搦手道という、裏道。

基本的に裏道は険しい道となっていて、
何かあったときに逃げる道として用いられる・・・とか。

搦手道から登っていったこのお城は、とても長い時間山道を歩きました。
どうやら、お城への入り口が違っていたようで、
(それもそうです、看板が小さすぎてわかりません)
でも、かえってそのおかげで「山城」を満喫できてしまいました。。

歩けば歩くほど、迷えば迷うほど、お城に会いたいと思うもので(照)、
私も相方も、このお城が一番印象的でした。


駐車場のすぐ横にある池。
イメージ 1

出会えた石垣。。。
イメージ 2

この石垣、大好き。
相方の心に一番残ったのも、この石垣だそうです(笑)

山城を登って、一番最初に出会った石垣が、そのお城で一番好きな石垣。

もちろん、すばらしい石垣は山ほどあるんですが、
一番初めに見た石垣が特別大好きなんです。

それを、なぜか相方も同感してくれました(笑)。


三の丸からの景色。
イメージ 3


実は、歩くのに一生懸命で写真が残っていませんでした(笑)
ここのお城、大好き。


大手門は、不思議なお宅があり、一人ではちょっと行きづらいそうですが、
いつか再訪してみたいお城です。

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