|
昨日、10月13日(月)・・・「まぐまぐ!」からのメルマガ発行承認の通知が届きました。 |
ブログへのお誘い
[ リスト | 詳細 ]
1週間分をまとめて週刊メルマガにして発行してきました。創刊は2004年6月でした。「一握の砂」「悲しき玩具」を終え、現在は「一握の砂以前」の歌集に取り組んでいます。
このブログにアップしている私の歌は、そのメルマガで発表してきたものです。
この書庫にその文章を転載し、“それぞれの「一握の砂」”へのお誘いとしたいと思います。
お読みいただければありがたく思います。
|
このブログを始めたとき、それぞれの「一握の砂」の歌を寄せていただくように呼びかけましたが、私自身はまた歌づくりしようとは決めていませんでした。 でもきのう、また一から始めてみることにしました。啄木の歌をゆっくり味わってみたいと思いました。 歌づくりを始めたときは、自分の歌をどうするか考えるだけで精一杯だったように思います。あらためて「一握の砂」の歌を読むと新たな発見があるかもしれません。私自身の歌づくりも違ったものになるかもしれません。どんな変化があるか・・・あるいはないのか・・・そんなことも試してみたくなりました。 なによりも、まだ歌づくりに飽きていないのです。これには私自身が少し驚いています。なにしろ飽きっぽい性分ですから・・・。 思い立ったが吉日、きのうから始めたという次第です。 あまり代わり映えのしない歌になるかもしれませんが、読んでいただければうれしく思います。 また一から始めてどんな歌が出来るのか、結構自分でも楽しみにしています。 啄木の歌を読みながら自分の歌をつくってみませんか。 みなさんの歌をお寄せください。 2.頬(ほ)につたふ・・・ 頬(ほ)につたふ なみだのごはず 一握(いちあく)の砂を示(しめ)しし人を忘れず 啄木 若き頃 夜半に目覚め訳もなく 涙したこと幾たびか (一郎) それぞれの「一握の砂」
呼びかける 我も一からまた歌づくり (一郎)'06.8.27 |
|
啄木の歌集「一握の砂」の歌を読み、その歌をイメージして自分の歌をつくり始めました。使われている言葉からイメージすることが多かったようです。啄木の歌自体を「お題」にした歌づくりでしたから、何を書こうかと悩まずに済みます。 歌づくりも、短歌形式を借りた日記だと思うようにしました。文学のひとつの表現方法、分野としての「短歌」を意識しないようにしました。文学的な知識が何もないところからの出発です。日記なら自分の思うように自由に書けばいいからです。 メルマガ「啄木の歌とともに」を始めたころ、啄木のことについて私が知っていることはほんのわずかでした。誰もが知っている啄木のいくつかの歌、金田一京助と親交があり借金をよくしたということ、若くして亡くなったということ・・・このくらいのことでした。 歌づくりをする中で少しずつ啄木の生い立ちを知ることになりますが、啄木について深く研究するというつもりはありませんでした。啄木の歌は、私の歌づくりの「お題」・・・参考としての対象でした。 ただ、一日一首の歌づくりを続けることだけを自分に義務付けました。始めたことをとにかく最後までやり遂げる・・・それが私の課題でした。これまで何ひとつやり遂げたものはありませんでした。いつも中途半端、すぐ飽きる・・・そんな私でした。 準備を始めて1年半後、「一握の砂」の全551首を読み、私の歌もつくり終えました。その後、歌集「悲しき玩具」、「一握の砂以前」の歌をメルマガで続けています。 私にとっては初めてと言っていいと思います。最後までやり遂げることが出来たのが啄木の歌集「一握の砂」だったのです。 1.東海の・・・ 東海(とうかい)の小島(こじま)の磯(いそ)の白砂(しらすな)に われ泣(な)きぬれて 蟹(かに)とたはむる あてもなく辿り着きたる砂丘にて 我に生きたる 価値有るや問う (一郎)'04.1.4 時に泣き時に怒るや
君が歌 知らぬ人無き「一握の砂」 (一郎)'06.8.26 |
|
メルマガ「啄木の歌とともに」のデーターをコピーしてブログにアップしてきました。 |
|
8月23日発行のメルマガ「啄木の歌とともに」で、このブログに寄せられた歌を紹介しました。 |





