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私が、2007年からずっと乗っている三菱ジープ。
ある人から譲り受けたのですけど、とにかくさびさびで、半分土に埋もれておりました。ボンネットをはじめとするフロントまわりは、左右のフェンダーまで全取っ替え、プロペラシャフト新、ブレーキハウス前後新、サスペンション(といってもリーフ)新、クラッチハウジング新、とにかく200万近い金を掛けました。でっかいバッテリーが2つもついているのだけど、これだけで6万円以上するんだから。もちろん、さびて脱落寸前だったマフラーも新。どこまで続ければまっすぐ走れるようになるのかわからないで金をかけ続けたボウフラも偉いけど(えへん)1992年販売の車なのにきちんと部品を供給できる三菱も偉い。
ふと気がついたら、エンジンと運転席周りだけが譲り受けた状態。あとは新、新、新。
今、街を走っている車で、マイコンのお世話になっていない車はそれほど「ない」はずであります。私は最近、日産クリッパーバンという軽自動車を買ったけど、マニュアルなのにしっかり要所はマイコンで制御しておりますから。その点、この三菱J-53ジープは本当に偉い。メーターは機械式だしウィンカーにはキャンセラーすらないのだから。(時々交差点曲がり終わってウィンカー消すのを忘れる事がある。危ない)
冗談抜きにして、最近、単なる自慢じゃなくなってきました。ひょっとして私は、この車から最新式のコンピューター制御のハイブリッド車(もちろんオートマ)に乗り換えると、あっというまに暴走するんじゃないかしらん。奥さんの愛車はスバルフォレスター、アルバイトで使っているのはクリッパーバン、みんなマニュアルだからかろうじて事故起こしていないだけで、実はボウフラは、ドライバーとして極めて危険なのでは無いかと思います。
そんなわけで。
MT論争ははじめから勝敗が見えてるけど(MT車はもう復活しない)でも私は、死ぬまでクラッチの無い車には乗らない、と、心に誓うのであります。腕力的にこのJ53にも乗れなくなったら(パワステ無しの車の車庫入れを一度諸兄は体験されるとよろしい)、潔く降車します。
誰か、いりまへんか? 目に見えないところがいっぱい、新品でっせ。
で? 福岡の病院にタクシーが突っ込んだ事故の検証も終わらないのに……え? また事故?
ええ〜!
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赤平に帰ってきたのが7月上旬。
それで、11月の市民音楽祭に顔を出すというのはいくらなんでも勇み足でございました。
4分の曲「主よ、人の望みの喜びよ」ですが、リハーサルでピアノに触ったとたん、「うわ、最後までは絶対に弾けねぇ」と思いました。
本番では、最初の1分半で演奏を取りやめ、ステージを降りました。だいたい、人の心を和ませるのが音楽です。癒やすのが音楽です。65歳のオジンが(出場者の中で2番目に年長)聴いてる人をハラハラさせてどうする。心配させてどうする。そして、このJ・S・バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」ですけど、実のところ、最初の1分半でも、途中の2分半でも、一応一つの曲のように聞こえる事は聞こえるのです。教会のオルガン弾きさんは、結婚式のあいだ中、最初の部分しか弾かないということがある。
私は最初のテーマだけでステージを降りましたが、まぁ教室の先生がそこにいらっしゃったらどうおっしゃったかわかりませんが(いらっしゃらなかった)、赤平市民の(健康の)ためにはその方が良かったと思います。
それにしても、十年以上前からずっと続いている市民参加型の音楽祭ですけど、レベルが高いのなんの。
私みたいな「熟年になってから始めましたスミマセン」は2人だけ。あとは、ピアノ教室の先生を筆頭に、地域の楽団に所属していますという半プロ、中学時代はブラスバンドでそれから社会人になってもずっと楽器を続けていますという恐ろしく上手な人から(なんとチューバでルイスボンファの「カーニバルの朝」を演奏)、この演奏会のために静内(!)から来ましたという人までいるのです。とてもとても素人の会ではありません。
「来年は聴衆として参加します」と主催者さんに挨拶して、会場をあとにしました。
今回はそれでいいですが、12月17日はピアノ教室の一門会。
まさかテーマだけ弾いてステージを降りるわけにはいかない。
ど、どーしよー。
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本州の、そろって首都圏に住んでいる3人の子どもたちに先駆けて、北海道の私たち夫婦は冬と闘い始めました。最初は、屋内を目指してしゃにむに家に潜り込もうとするカメムシさんとの格闘。無理を承知で一匹一匹退治するのですけど、それでも6月になると何千匹ものカメムシさんたちが、私たちに向かって「ざまーみろ」と言いながら「生きて」戸外へ出て行きます。もちろん、それを上回る数のカメムシさんたちが、屋内のあちこちで落命しキチン質の外殻をさらしているのですけど。
カメムシさんとの闘いが終わったら、クルマのタイヤを夏から冬に取り替えます。今年は、2台については新しくタイヤを買ったので楽でありました。日産クリッパーは赤平市内の上村タイヤさんで、奥さんが常用しているスバルのフォレスターは滝川市内のクリーンモービルさんで交換したのですけど、ボウフラ最愛の愛車、三菱のJ53については自分で行いました。
ボウフラは、基本的には自家用車のタイヤは自分で交換できないといけないと思っています。しかし、J53のタイヤの重いこと重いこと。
8月に買った夏タイヤは(写真ね)さほどではありません。何しろ幅が狭い(215)ので。ところが冬タイヤとなると、16インチ、265(!)もあるのでアルミホイールでも重いのなんの。加えて、フロントタイヤはハブから突き出た円筒があるからそれに引っかけてからゆっくりボルト穴を探して回転させればいいのだけどリアタイヤはとにかく最初の1穴を見つけて「嵌める」のが一苦労。
死ぬかと思いました。
でもまぁ27歳になる息子は、涼しい顔をしてこのクルマのタイヤを交換しているので、悔し紛れにあくまで自分でやろうとするボウフラ。30分近く車とタイヤとそれから油圧ジャッキと格闘の後、ようやく夏タイヤから冬タイヤへと換装し終えました。
年々、タイヤの交換に難儀するようになります。ボウフラは、口が裂けても「まだまだ若い者には負けねぇ」なんていいません。負けます。しっかりと、負けないといけないのであります。
でも、まぁ……。
来年4月には、絶対に自分で夏タイヤに戻すぞー。
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あほなことばっかりやってきました。
親戚一同の評価を総合すると、
「あなたは隅から隅まで阿呆だが、人生で2度だけ、良い判断をした。それは1983年に今の奥さんと結婚したことと、2013年にヤマハのG3を手放したことだ」
ということになります。
人生で2度も『良い判断』ができたら上等じゃないか、と思うのであります。
G3が家から消えた日は、寂しさもあったけど、家が無茶に広くなって驚いた。それはよろこびでもあった。あらためてグランドピアノというのは貧乏人には過ぎた持ち物だったのだ、と思った。
かといって、これを購入したのが間違いだったかというと、そうとばかりも言い切れない。中学生だった長男がこのピアノでベートーベンの「悲愴」を弾いてくれた時は、親になって良かった、結婚して良かったとしみじみ思った。そんな思いは金で買えない。
私の人生には、意外なことに後悔がない。(それ自体が失敗の人生だという友人がいるが、そうだろうか?)だが、「あの時、あの決断をするべきだった」ということは、複数ある。みんな遊びにまつわっている。
1970年代の終わりに、ある人から「僕のランボルギーニのウラッコを400万で買わない?」と言われたのに、買わなかったこと。銀行から金を借りてでも買うべきだったのだ。
高校教諭を退職してすぐ、深川のカタオカさんから「このフェラーリモデナを600万で買わない?」と言われたこと。
新車同様のモデナが600万!
さらに同じ時期に、小樽のバイク屋さんに、ヤマハのOW-01が80万で出たこと。
なんと、乗り出しが80万!
決断がつかないまま中国へ行ってしまい、このバイクは他の人のものになったが、これを購入する決断が出来ない私はバカだった。
そして今。
旭川のバイク屋さんで。
「KawasakiのH2? ありますよ。288万ですけど。」
持っていれば数年経てばまちがいなくプレミアがつく。プレミアが付いているバイクというとヤマハのFZR750R、VFR750R、それにNRだろう。まぁマッハのSSなんかは別格として。
Kawasakiはこのバイクを作るのに、タービンをIHIに発注しないで自社制作した。
タービンを自社で作る!
間違いなく赤字じゃん。一方では潜水艦を造って自衛隊に納入する川崎重工だけど(ほんまかいな)その資金で赤字を承知でこんなバイクを造るのだ。
旭川で、ついつい「じゃ買います」というところだった。
もし本当に買ったら、座敷に上げて、整備スタンド立てて……と思ったら、バイク屋さんの販売員さん、
「いえ、うちの店でもう3台売りましたけど、みなさん、しまったりしないで乗っておられますよ」
……。
ふ、ふ〜ん。
まぁ……288万って、NRが売られたときの値段の半分だしね……。
いや、そういう問題じゃないか。
発注するかな……。もう新車はKawasaki本社にもないだろうし。(いくぶん本気)
あ、いけねぇ。
こんなこと書くと、現在の愛車、スズキのGSXR1000が今夜の夢に化けて出る。
このバイクには何の不満も、もちろんございません。
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今となっては、「自分で探すべきだった」と、反省しております。
北空知の某中古車やさんに、「クラッチ付きのRVを」と依頼したのですが、結局担当の方が探してきてくれたのは5年落ちのフォレスター、走行は7万で綺麗な車両だったのですが、相当に苦労して探してくれたらしく、手間を考えるとほとんど儲けになんかならなかったからです。本州からの輸送代、車検手数料、法的経費(税金など)一切合切を含めて130万でした。
ちなみに北海道で経年変化を遂げた車と本州で同じ経過をたどった車とは、差がある。北海道では冬に大量の融雪剤、あるいは凍結防止剤を撒くからです。ものすごく車の下回りに悪い。更に、そこに住んでいる人には申し訳ないが、海辺で使用する車となると更に寿命が縮まる。塩分であります。
北海道の5年落ちと本州の5年落ちとは違うのだ。
納車の時、車屋さんは、「冬になったら頻繁に車の下回りに水をかけてください」といった。北海道には、かなり小さな街にも、そのための施設がある。一回500円でお湯が噴き出す。
ただ、私と奥さんにとっては、年齢的なことを考えるとこれが生涯最後の車になるかもしれない。気楽に乗りつぶすという考え方もある。(スバルさんごめんなさい)
納車が8月の6日だからまだ1ヶ月経たないのですが、燃費は12.6で良好であります。このフォレスターは2000ccだけど以前に乗っていた3400ccのランドクルーザープラドは街乗りで7キロ、旅行で8キロだった。重量のあるRVでこの燃費は「さすがスバル」であります。60リットルタンクだからぎりぎり55リットルまで使えるとして、(危ないが)650キロまでは無給油で走れることになる。旅行なら700kmまえOKでしょ(おいおい)。
気をつけて走れば、上等でしょ。
ただ……オイルについては「1万キロで交換」てマニュアルに書いてあるけど、私としちゃ首をかしげる。5000キロで交換するつもりであります。
平成3年式のランドクルーザープラドは、これといって欠点のない車だった。ミッションが5速マニュアルで、8人乗りで、ディーゼルエンジン車だった。子ども達が小さかったので、ひんぱんに旅行をし、レジャー施設も訪問した。本州旅行も何度も敢行。26万キロで排気口から真っ黒な煙が出るようになり手放したが、エンジンを載せ替えてでも乗り続けるべきだったかもしれない。このフォレスターが26万キロを走るとはとても思えない……私の年齢的なこと、それから耐久性に問題……が、まぁ今後長く様子を見ていくことになるでありましょう。
北海道内でフォレスターに乗っていらっしゃる方はずいぶん多い。情報をいただくつもりであります。あと3ヶ月で北空知の道路は雪道になる。その走破性も……命に関わることなので……今から気になっております。
タイヤは……もうずっと昔からブリジストンと決めております。先輩オーナーさんで、「いや、フォレスターにはこっちのほうが」という情報をお持ちのかたがおられましたら、いただきたいのですが。
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